ミルトン大司教が自教区に向けて放ったその通達を訳してみました。原文はポルトガル語なので、機械翻訳に頼りながらの “おおよそ訳” です。(大意は間違っていないと思います)
注目箇所だけポルトガル語原文と英訳を併記しました。
文字色による強調は管理人。
クイアバ大司教区
主題:「聖体拝領の時の態度」についての説明
クイアバ、2013年7月11日
主は私達の内に、私達は主の内に、
マリアと共に、永遠のための
コミュニオン!(シノドス)
クイアバ大司教区
「聖体拝領の時の態度」についての説明
跪くのでしょうか? 立つのでしょうか? この事をはっきりさせることが必要です。「聖体拝領が、真に、主の同じ食卓を囲む会食者たち全員が一致していることを示すしるしとなるために」1 。
APRESENTO À ARQUIDIOCESE DE CUIABÁ um esclarecimento sobre a “ATITUDE na Comunhão Eucarística”: de joelhos? De pé? Faz-se necessário este esclarecimento “a fim de que a COMUNHÃO seja verdadeiramente o sinal de união entre todos os comensais da mesma mesa do Senhor” 1.
[Machine translation] SUBMIT TO ARCHDIOCESE DE CUIABÁ a clarification of the "ATTITUDE in Eucharistic Communion": Kneeling? Standing? It is necessary to clarify this "so that the communion is truly the sign of union between all the diners in the same table of the Lord" 1.
「交わりの道」は歩きながら作られます! 聖体拝領の方法についての幾つかの説明が、私達の「カテキスタ養成とキリスト教参入の諸秘跡についてのガイドライン」の 2012-2018(pp. 32-33)にあります。
『指針 聖体の奥義(Eucharisticum mysterium)』(礼部聖省、1967年5月25日)ははっきりと言っています、「いずれの方法を用いるにせよ、… 信者は司牧者が示した方法に喜んで従うことが望ましい。それは、聖体拝領が、真に、主の同じ食卓を囲む会食者たち全員が一致している事を示すしるしとなるためである」2 と。
この「説明の書簡」により、また『指針 聖体の奥義』に照らされて、クイアバ大司教区では、聖体拝領の態度[訳注1]を、行列して立って拝領することに統一[訳注2]することとします。礼部聖省の指針は説明しています、「しかし、立って拝領する場合、拝領者は、行列して近づきながら、秘跡を受ける前にふさわしい尊敬を表すよう強く勧められる。この動作は、聖体拝領のための人々の往来を乱すことのないよう、適切な時と所に於いて為されなければならない」3 と。
その「指針」は「聖体拝領の時の態度」について言っています、「特に、聖体祭儀に於いては、誰も、たとえ司祭であっても、自分の考えで、典礼に何かを加えたり、何かを省いたり、また変えたりしてはならない。教会の最高権威だけが、また、法の規定に従いながら司教と司教協議会だけが、それを為し得る。4 従って、司祭は、信者たちが、自分たちは個人的な裁量によって構成された儀式に参加しているのではなく、教会の公的な礼拝に参加しているのであり、そこに於ける規則は使徒たちとその後継者たちがキリストから委託されたものである、ということを理解するような仕方で、聖体祭儀を取り仕切ることを確かなものにしなければならない 5」 と。
日々、交わりの態度を身につけて下さい。有益さ、望み、忍耐、バランス、勇気. . . これらの態度に他の態度も加えれば、結果は「愛のコミュニオン」となるでしょう!
全ての司祭、助祭、そして信者の皆さん. . . 私の兄弟的な抱擁を受け取ってください! イエズスとマリアに於いて。
+ ミルトン・サントス - クイアバの大司教
+Milton Santos – Arcebispo de Cuiabá
追伸。司祭の皆さんに、この「説明の書簡」を信者の皆さんに読んで聞かせるようお願いします!
1 INSTRUÇÃO SOBRE O CULTO DO MISTÉRIO EUCARÍSTICO, Sagrada Congregação dos Ritos; Roma, 25/05/1967; Edições Paulinas, 2ª. Edição, 1987.
2 IDEM, §34, a).
3 IDEM, §34, b).
4 Cf. CV II, Const. Sobre a s. Liturgia, “Sacrosanctum Concilium”, n. 22, §3.
5 IDEM, §45.
訳 注
ここを「態度」と訳すのはおそらく間違っていないと思います(ポルトガル語は「atitude」)。何故なら、この通達に反感を感じた神父様たちが文章を書いているのですが(参照)、彼らはその中で「o modo de receber a Sagrada Comunhão (a atitude, como ele chama) 」=「the manner of receiving Holy Communion (the attitude, as he calls it) 」と言っているからです。 |
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ここを「統一」と訳すのはおそらく間違っていないと思います(ポルトガル語は「unificamos」)。何故なら、前記の神父様たちが「“unificando” (sic!)」=「“unifying”(原文のまま!)」と叫んでいるからです。 |