2013.11.08

浦川和三郎司教様編著『基督信者宝鑑』(昭和5年)より

聖体訪問

聖体訪問は当然の義務である

聖堂に近い人は、出来れば夕方往って聖体を訪問することにして欲しいものである。忙[せわ]しくてわざわざ聖堂へ参詣し難い人でも、せめて聖堂の前を通る序に一寸立寄る位の事は忘れない様にして貰いたい。其他、辛い目を見るか、悲しい事に出遭[でっくわ]するか、無理無体な事を仕向けられ、残念で残念で胸も破れそうになった時などは、どうせ安全弁を開いて胸中の或物を洩さなければならぬ。然し之を人の前に洩しては、益を得るよりは却って害を招き心の傷を一層深からしめる憂がある。むしろ聖体の尊前に駈付けて其事を訴え、慰を求める様にするが可[よ]い。

そもそもイエズスは天地の君、萬物の御主[おんあるじ]にて在しながら、我等の愛に駆られて、わざわざこの涙の谷に降り、浅間しい人間と生れ、千難・萬苦を凌ぎ、果てはその二つとなき御生命を十字架上に献げ給うた。そればかりか、我等を遺して孤児となすに忍び給わず、聖体の秘蹟を定め、世の終までも我等とお留まり下さる。主は実に人の子等と共に住むのを何よりの楽しみとして、その尊い人性の光も、その限りなき神性の輝も、小さなパンの形色の下に隠して、聖櫃の中に籠り在すのである。我等の罪を贖うが為に、破られ、砕かれ、傷だらけとなったその尊い御体を以て、十字架上にたらたらと漓[した]め尽されたその価貴[あたいたか]き御血を以て、我等の困窮の哀れを思遣って、熱い熱い同情の火に燃え立てるその感ずべき御心を以て、神の御手に造られしものゝ中で、最も清く、美しいその御霊魂を以て、閉じ籠り遊ばすのである。

そして御在世当時、その優しい御顔、温かい御言を以て、使徒等や、御前に推掛ける群衆やに接し給うた如く、今も聖体の中から人の目を以て我等を眺め、人の耳を以て我等の話を聴き、人の心を以て我等を愛して下さる。我等の涙を見ては同情を寄せて下さる。我等の悲しい声を聞いては、憐んでも下さる、労っても下さる。実にベトレヘムの馬屋にお生れになった嬰児[おさなご]、ナザレトの工場にセッセとお働きになった職人、福音を宣べてユデアの村邑[むらむら]をかけ廻られたイエズス、ゲッセマニの園に、ピラトの館に、カルワリオの頂きに責められ、侮られ、殺され給うた救主、栄光の中[うち]に復活[よみがえ]って、天にお昇り遊ばしたその同じ救主が此処には籠り在すのである。

今イエズスが我等の中に斯うしてお留り下さるのは、聖櫃の中に島流にでもされ給うたかの様に、ひっそりと唯だ独りお暮し遊ばすが為ではない。天の大王がその御力を包み、その御光を晦[くら]まして此処に閉籠り在すのは、我等に近いて貰いたい、共に親しく物語って貰いたい、悲哀[かなしみ]でも、喜悦[よろこび]でも、希望でも、気遣でも打開けて、指揮[さしず]を願い、扶助[たすけ]を祈り、慰安[なぐさめ]を求める様にして貰いたいと云う思召からである。考えても見るが可い。何処かに慈悲深い国王があって、賎しい田舎人を厚く愛し、彼等と共に住み、共に親しく物語りたいと思い、わざわざその九重の宮殿を出て、いぶせき片田舎にお降りになった。してその村人が自分の威光を畏れて差控えて居る様では面白くないと思召になり、わざわざ田舎人の語[ことば]を遣い、田舎人の服を纏い、全く田舎人にお成り下さったとするならば、村人は如何ほど勿体なく思って、御訪問にも行き、御話も致して、その海山啻[うみやまたゞ]ならぬ御恵を感謝するであろうか。然し主が天地の大王にて在しながら、その御力を包み、御光を晦[くら]まして聖櫃の中に籠り在すのは、それ位の御恵ではない。それに*我等は斯る大恩を一向有難いとも思わず、御訪問にも行かず、親しく御話も致さないと云う塩梅ではないか。

* それに: 現代の私達の「それなのに」というニュアンスなのかも知れませんね。

親を見舞い、友を尋ね、嬉しい事も、悲しい事も、心に隔なく打語らうのは人情である。其為には途の遠きも厭わねば、時間の潰れるのも惜くはない。今主は啻[たゞ]に天地の大王にて在すのみならず、また実に慈悲深き親である、二つとなき友である。如何に忙[せわ]しくても時として御見舞にも行き、慰めもし、慰められもすべきではあるまいか。所で実際はなかなか然うでない。朝寝・昼寝に費す時間はある、用もないのに家から家へと喋り廻って潰す余裕はあるが、この慈愛あつき親を見舞い、この親切な友に御挨拶申すが為、一寸家を出、少しく途を枉[ま]げる余裕さえ見付からぬ位。「若しイエズスが聖体の中に実在し給うと信ずるならば、自分は一生涯、尊前に跪いて礼拝するよ」と或プロテスタント派の信者は曰[い]ったことがある。我等は幸いにそれを信じて居る。そのイエズスを一心に愛して居る。それに*どうして聖体の尊前に馳参じないのだろう。そのイエズスを伏拝んで、我等の中にお留まり下さる聖恩[おめぐみ]を感謝しないのだろう。

* それに: 現代の私達の「それなのに」というニュアンスなのかも知れませんね。

ドミニコ会のモンサブレ師はこんな事を書き遺して居る。「一日[あるひ]私は田舎の小さな聖堂に這入[はい]って、聖櫃の前に跪いた。忽ち私の胸には、こんなに愛情熱き御主が理不尽にも打棄てられて在すよと云う感がヒシヒシと迫って来た。時も時とて、私の悲しい物思をいよいよ切ならしめよとばかりに、堂内は急に冷えきって、薄暗くなって来た。外には寒い風がヒゥヒゥと唸って、締りの悪い板戸をがたつかせ、窓硝子をビリビリと言わして居る。如何にも薄気味悪い物音だ。してその物音の切間切間に聖櫃の底から哀しい声が洩れ出るかの様に覚えられる。耳を澄まして聞けば、それは十字架上に於て、気息奄々[きそくえんえん]なる救主の御胸を突いて、迸り出た御叫びに左も似たりで、我民よ、我民よ、何で、私を見棄てるのです、と云う御声のようである。私は涙を禁[とゞ]め得なかった。どうしてイエズスは私等の中にお留り下さるのだろう。私等は御身の周囲に長い、悲しい、如何にも寂しい荒野を作って、一向お訪ね申そうとも致さないのに! 斯んなに棄てられ給うては、終には私等をお見切りになる様な事はあるまいか。昔エルザレムは至聖所の門の所で、天使が、此処から出よう、此処から出よう、と叫んだように、今も叫び出し給わぬだろうか」と。

〔管理人による挿入〕この神父様のようです。

Jacques-Marie-Louis Monsabré (1827 - 1907)

モンサブレ神父様
モンサブレ神父様

Wikipedia-en  Internet Archive  eBay

聖体訪問は大なる利益を齎す

近年ルゝドに於ては、洞窟の霊泉に浴してよりも、聖体を捧げて行列する間に全快する病者の方が多いそうである。御母を尊ぶ中にも、決して自分に対する尊敬を忘れてはならぬ、御母の力ある伝達[とりつぎ]によって与えられる御恵も、実は自分から流れ出るのだとお諭し下さる思召から、そんなにお取計い遊ばすのではあるまいか。聖体訪問の利益は全く茲[こゝ]に存する。

実に現世[このよ]は戦いの場で、基督信者たるものは始終救霊の敵に向って花々しく戦わねばならぬ。日々尽すべき義務は多いものだが、それがまた如何にも邪魔くさい姿をして立顕れる。一方から肉慾は、さも優しい、愉快そうな面持をして麾[さしまね]いて居る。精神は善を望んで逸[はや]れども、肉はなかなか弱くて、動[やゝ]もすれば邪道へ走り出そうとする。気力が大いに必要であるが、さて其気力は聖体の中に籠ってある。誰にしても聖櫃の下に駈け寄って「主よ、救い給え、我等亡ぶ」(マテオ八ノ二五)と叫ぶか、「主よ、汝の愛し給う人病めり」(ヨハネ一一ノ三)と申上げるかすると、主は必ず御力を貸して下さる。聖人伝を読んで見給え。その偉大なる事業、感ずべき徳行、献身的企図[くわだて]の多くは、聖体の尊前に於て発案もし、決行もされたのではないか。聖アルホンソの如きは、自分が世間を去って専ら主に事[つか]え奉る身の上となったのは、全く聖体訪問の結果だと言って居られる。

聖櫃の中には気力ばかりではない、慰も籠って在る。現世は涙の谷、泣いて生れて泣いて死ぬのが世の例[ならい]、現世に生れ出た以上は、誰しも涙なき能わずだ。頼とせる親兄弟に死なれて、今や取付く島もない人もあろう、然し主も養父のヨゼフに先立たれ、親しいラザルに死なれて、お泣き遊ばした御経験があるので、斯る時に尊前に駈付けたら、屹と同情を寄せて慰めて下さる。「善人に取っては、死んだと云っても、実は幸福[さいわい]の生命に移ったのである。後日天国で遭われる、悲むには及ばぬ」と云ってお慰め下さるであろう。

貧乏の意地悪い手に抑えられ、頭を擡[もた]げることすら出来ないで、甚[ひど]く苦む人もあろう。聖体の尊前に跪き給え。主は必ず之を慰めて「悲む事はない、唯だ基督信者らしく堪え忍ぶのだ。今の不自由の代りに、云うにも云われぬ幸福[さいわい]の世界が備えられてあるよ」と仰しゃって、力を付けて下さる。

自分の愛する父母なり、夫や婦[つま]や子女[こども]なりが救霊の道を踏み外して、今にも滅亡の淵底へ滑り込まんとして居るのを見ては、何人[だれ]しも平気で居られたものではない。聖体の尊前に駈け付けるが可い。主はマダレナに赦し、ペトロを顧みて悔い悛めさして下さった。若し痛悔の胸を打って平伏[ひれふ]したら、ユダにでも必ずお赦し下さった筈である。

我身もまた時としては罪悪に汚れて、癩病者の如く、見るに見られぬ姿に成り果てることが無きにしも限らぬ。聖体を訪問し、主の御足の下に平伏して痛悔の涙を溢らしつゝ、「主よ、思召ならば、我を潔くすることを得給う」と申上げたら、主は必ず聖櫃の中から、その慈み溢れる御手を伸べて「我意なり、潔くなれ」(マテオ八ノ二)とお答え下さるに相違ない。

聖体訪問の方法

今聖体を訪問するには如何なる方法に由らねばならぬかと云うに、たゞ二三分間の訪問ならば、伏して主を礼拝し、愛情を起し、我身や我事業の上に、主の祝福を祈ると云う様にすれば、それで沢山である。然し聖体降福式に与るとか、物の十五六分間も御訪問いたすとか云う時は、他に心得べき点が無いではない。昔主はユデア人に向って、「聖所に近づくには戦慄[ふるいおそ]れよ」と曰い、ホレブ山でモイゼにお顕れになった時も「汝の足より履を脱ぐべし。汝の立つ所は聖なる地なればなり」と仰せられた。今主の籠り在す聖堂は聖の聖なる所である。謹んだ上にも謹んで近き奉らねばならぬ。聖水を着けるにせよ、十字架の印を為すにせよ、据るにも跪くにも、容[かたち]を慎み、身を恭しくし、夢にも懶[なま]けかえった態度をしてはならぬ。そして、

─ 信仰を起す。茲に真[まこと]の神が在す。親しく私を視て、私の話に御耳を欹てゝ下さる。天使等[たち]は数知れず居列んで、伏拝み給うよと思い、熱い熱い信仰を起して心から礼拝せねばならぬ。

─ 感謝する。主の御手より賜わった数々の御恵、殊に世の終までもこの狭ぐるしき聖櫃の中に留り、屡々自分の霊魂の食物とさえなって下さる御情を感謝せねばならぬ。又かゝる大恩に浸りながら、感謝しようともせず、感謝する道も知らない人々に代って、心から感謝せねばならぬ。

─ 謝罪する。主は我々人類と共に住むのを何よりの楽しみとしてわざわざ聖体の秘蹟を定め、夜も昼も聖堂内にお留り下さる。それに*堂内は何時も寂然[ひっそり]と静り返って人の影すら見えない時が多い。侮り辱める者、見捨て、顧みもしない人は数えるに遑[いとま]ない程だが、御訪問に上ろうとか、尊び愛し奉ろうとか云う人は極めて少い。で其を気の毒に思い、心を尽して主を尊び敬い、慕い愛して、人々の忘恩の罪を詫び奉らねばならぬ。

* それに: 現代の私達の「それなのに」というニュアンスなのかも知れませんね。

─ 恩恵[めぐみ]を願う。主が聖櫃の中に留り給うのは、我等を憐んで必要な恵を施したい思召からである。主は聖櫃の中から絶えず我等に向って、「渇ける人あらば、我許に来りて飲め」と叫び給うのである。さすれば何時も希望に躍れる心を以て尊前に近き、子が父に、友が友に訴えるが如く、自分の望む所、気遣う所、恐れる所を心置きなく打開けて、その御助を願い、その御光を求め、その御指図を仰がねばならぬ。自分の病を告げて御薬を祈るやら、意志の弱きを訴えて御力を強請[ねだ]るやら、誘の猛烈[はげ]さを申述べて之に当るの聖寵を乞求めるやら、別して主を熱く熱く愛して、死するまで変らない御恵を願うやらせねばならぬ。我為ばかりではない、人の為にも、活ける人、死せる人の別なく祈って上げるが可い。主は何処[いずこ]にも在す。何処に於ても我等の祈をお聴容れ下さる。然し聖体の中には、殊更ら聖寵の溢るゝ御手を開いて、我等の願出るのをお俟[ま]ち遊ばす。篤い信仰と深く依頼むの心とを以て祈ったら、必ずお聴容れ下さる。疑うべくもない。

終に望の聖体拝領を為し、序に聖母マリアをも訪問する。聖母はイエズスの御母で、イエズスとは離るべからざる関係がある。イエズスを御訪問いたしながら、聖母には一言の御挨拶も申上げないのは宜しくない。(詳しい事は『聖体訪問』を見よ。尚本書中、毎月の第一金曜日の黙想は、取って以て聖体訪問に応用されぬことはない)

次へ
日記の目次へ
ページに直接に入った方はこちらをクリックして下さい→ フレームページのトップへ