2012.08.13

クリスマスの中に紛れ込んでいるもの 11

聖ニコラオの訪問
A Visit From St. Nicholas
彼らは「設定」したのだろう
初めの教会(カトリック)において聖ニコラオの祝日と云えば12月6日である。では何故、彼に由来すると言われる「サンタクロース」は The Night Before Christmas(クリスマスの前の晩)に現われるのか?
キリスト教がこの世に現われる前のヨーロッパにおいて、冬至あるいはその近辺における祭に贈り物を交換するという風習があったようである。
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彼の祝祭はサートゥルナーリアと呼ばれ、毎年12月17日から7日間執り行われた。 その間は、奴隷にも特別の自由が許され、楽しく陽気に祝われた。
また、サートゥルナーリアでは、人々はろうそくや小さな人形を贈物として交換した。 この風習は、のちにキリスト教におけるクリスマスに受け継がれたという。
その時期にそのようなことをする祭はサートゥルヌスの祭だけではなかったかも知れない。他にもあったかも知れない。 そして確かに、そのような混交(キリスト教との)は「民衆の間から」「自然に」出来上がったのかも知れない。
しかし、「彼ら(秘密の勢力)はそのようなものを利用し、強化しただろう」というのが、まあ、私の直観の告げるところである。
出版物の利用
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『サンタクロースがきた』(英語:"A Visit from St. Nicholas")、別題『クリスマスの前の晩』("The Night Before Christmas” または “'Twas the Night Before Christmas”)は、1823年に米国の新聞に無名で発表された英語の詩である。一般に作者はクレメント・クラーク・ムーアとされるが異説もある。世界的に商業化されたクリスマスとサンタクロースのあり方に大きな影響を与えた作品で、現在でも米国を中心にクリスマスを迎える時期に広く朗読されている。
本詩は1823年12月23日に米国ニューヨーク州トロイの『センティネル』紙 (Sentinel) に無名で発表された。原題は「聖ニコラスの来訪」を意味し、内容はクリスマスの前の晩に子供たちの父であると思われる「私」がトナカイの引くそりに乗ったサンタクロースが贈り物を持ってきてくれた様子を目撃するというものである。詩の書き出しから現在では『クリスマスの前の晩』という題で広く知られている
彼らは詩の書き出しばかりか本の表紙にも「クリスマスの前の晩」と印字することが多かった。様々な表紙
そのように二回繰り返されるそれは印象的である。即ち、彼らは印刷物の利用法を心得ていただろう。「現在では『クリスマスの前の晩』という題で広く知られている」のであるから、彼らの目論みは成功だろう。彼らは「クリスマスの前の晩」と「サンタクロース」の “セット” を人々の心の中に「浸透させる」ことに成功したのである。
「クリスマスの前の晩」が近づくにつれ、あなたのお子さんがこんな感じになるなら、
つまり「イエス様に」よりも「サンタさんに」祈るようなら、そして、親であるあなたもその晩が近づくにつれソワソワし始めるなら、彼らの目論みにとって「効果は上がっている」(あるいは「大収穫」)ということになる筈である。
ますますフリーメイソン臭
Wikipediaの続き
その後も再版を重ね、後に作者はコロンビア・カレッジの東洋・ギリシア文学教授クレメント・クラーク・ムーア(Clement Clarke Moore)に帰された。1844年にはムーアの作品集に収録されて、現在に至るまで一般的にはムーアの作品として流布している。しかし、真の作者はムーアの友人ヘンリー・リビングストン・ジュニア(Henry Livingston, Jr.)とする異論もある。
その「異論」を唱えているのはニューヨークにあるヴァッサー・カレッジ(Vassar College)の英語学教授、ドン・フォスター(Donald Wayne Foster)という人である。amazon
ここで、松永英明という人が書いたクリスマスに関する三連続記事を紹介しておく。
特に 3 の記事である。そこには二つの事が含まれている。
一つは、フォスター教授の論旨の簡潔な紹介である。
私は、その短い紹介によってさえ、ヘンリー・リビングストン・ジュニアが真の作者であった高い可能性を感ずる。
そしてもう一つは、表題通り、そのヘンリー・リビングストン・ジュニアなる人物はなんとブッシュ大統領の血族である、という事である。
(私はその辺の系図を詳しく調べるつもりはないが、それに触れている英文記事は複数あるようである。参照1参照2。また Wikipedia でさえそれを言っているだろう ─ Livingston family
Henry Livingston, Jr.
Robert R. Livingston
左は当のヘンリーだが、右は Wikipedia の日本語版参照にも載っている(即ち、かなり有名らしい)ロバート・リビングストンという人である。
そして、彼はフリーメイソンの大物であった。
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リビングストンはフリーメイソンだった。そして1784年に彼はニューヨークのグランドロッジの初代グランドマスターに任命された。彼は1801年までこのタイトルを保持した。マンハッタンのグランドロッジの図書館には彼の名が冠されている。ワシントン大統領に就任の誓いをさせる時にリビングストンが使った聖書は St. John ’s Lodge No. 1 が所有し、今日もグランドマスターが宣誓する時に(そして依頼があればアメリカ合衆国大統領の宣誓の時にも)使われている。
富と権力は受け継がれる。親も子もそれを望むから。それ故、彼らの世界では「一族郎党フリーメイソン」ということは普通でさえあるだろう。
というわけで、ピンタードの件ばかりでなくこれによっても「サンタクロース物語はますます “フリーメイソン臭” がする」ということになるだろう。
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