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5回目の御出現

日付: 1944年5月17日(水)
時刻: 18:00
その場に居た者: 約3000人
ヴィジョン: 8位の小さな天使たちを伴った聖母マリア

この日はアデライデがギアイエ・ディ・ボナーテの幼年学校に通う最後の日だった。彼女は御出現について教師から問われたが、彼女の説明は説得力のあるもののように思われた。帰宅後、アデライデの母親はアデライデをアデライデの部屋に連れてゆき、泣きながら、御出現は本当のことなのかとアデライデに訊いた。アデライデはその真実性を請け合った。

アデライデの日記から:

いつもの時間になり、私は出現地に行きました。二羽の鳩が光の点に先行する形で行き、やがて聖母がお現われになりました。彼女は赤いドレスと非常に丈の長い緑色のマントをお召しになっていました。三つの光の輪の周りに、青色と薔薇色の服を交互に来た8位の天使たちがいました。彼らは皆、聖母の肘の下方にありました。私が聖母に目を向けると、聖母はすぐに、司教様と教皇様に伝えるべき秘密を私に打ち明けられ、そしてこうおっしゃいました:「私があなたに託したこの秘密を司教様と教皇様に伝えなさい。… 私は、あなたが言われた通りにすることを望みます。つまり、それは他の誰にも言ってはなりません」。そして聖母はゆっくりと消えてゆかれました。

3日後の5月20日、アデライデはその秘密を伝えるため、司教のもとに連れて行かれた。司教は6月中旬、その秘密をもう一度聞くため、少女が居たガンディーノ訳注1までわざわざ足を運んだ。その秘密の中に司教にとって余程重要なことがあったのか?

1949年、アデライデはローマに連れてゆかれ、教皇ピオ12世の個人謁見を許され、1944年5月17日に聖母が彼女に託した秘密を彼に伝えた。訳注2


[訳注1]  アデライデの身柄は一時、ベルガモのガンディーノにあるウルスラ修道会に移されていたらしい。そして(私は十分には調べていないけれども)ここにはちょっと不穏な空気がある。「隔離」という言葉が散見される。また、「修道院の捕囚である7歳のアデライデ」と説明された写真もある。

[訳注2]  教皇様に伝えることができるまで5年を待たなければならなかったのか?!

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