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第十章 夢の幻視

 前章の、耳の治癒に関する天使の予告の中で “今朝話題になった” 云々と指摘された姉妹笹川の夢は、単なる悪夢と片づけられぬものがあるので、一応取り上げておきたい。
 六月十日(月曜)の朝、六時からのミサのため司祭館から聖堂に向かった私は、二階に並ぶ修室の一つの窓に布団が干してあるのに気づいた。早朝にこれまで見かけぬ干し物なので、目を引かれたのであった。だが、べつに問いただすほどのことでもなし、そのままミサを挙げ、朝食、礼拝といつもの午前中の日課をすませた。
 昼食のとき、ひとりの姉妹から、姉妹笹川の見た怖しい夢、という話題がもち出された。興味を引かれて私がその委しい話を求めると、彼女は恐るおそるという感じで語りだした。
 「今朝ひどい迫害を受ける夢を見て、目がさめてもしばらく動悸がおさまらないくらいでした。
 私の前に大勢のそれぞれ宗教家とおもわれる一団が立っていました。それを率いる頭のような、ねずみ色の服のカトリック神学者とみえる外人が進み出て、私にこういう言葉をあびせかけてきました。
 『三位一体の神がなぜ唯一であるのか。われわれはキリストが神であると信じることはできない。カトリックの教えの山はどこにあると思うのか。おまえが神を信じ、神に仕える者であるなら、なぜわれわれと同じく、八百万の神々を神とみとめないのか。神を信ずる者だというなら、われわれ同様に、八百万の神々を信じろ。そうすれば、われわれも皆でカトリックになろう。われわれの仲間になれば、われわれのように面白おかしく人生をたのしんで生きられるものを。お前たちは好きこのんでそのような生活をしている。そんなお前を見るのがかわいそうだ。いまお前ははっきりと、三位一体の神が唯一の神ではない、八百万の神々も神と信じる、ということを、われわれの仲間に言ってくれ。でなければ、この苦しみを受けよ!』
 そういって杖のようなものをふり上げましたが、見るとそれは大きな蛇で、私の体に巻きついてきました。恐ろしさに声も出ないほどでしたが、必死に答えました。 『三位一体の神だけが唯一の神です。そのほかにいかなるものも神と信ずることはできません。キリストが神である、と信じられないなら、カトリックになることはできないでしょう。カトリックの山は、キリストが神であり、人である、ということだと思います』
 すると相手は
 『キリストが神だというのか。いや、われわれはそれを信じることはできない。お前たちはキリストの復活を信じて、カトリックになったのであろう?』
 と念を押すので、
 『はい、その通りです。そしてキリストが神であり人であることを信じて、カトリックになりました』
 と答えると、蛇が一だんと強く巻きついてきて、身動きもできなくなりました。蛇はときどき赤いするどい舌をチロチロと出しながら、その口を私に向けて寄せてきます。怖ろしさと身を締められる苦しさで、あとは同じ質問をくり返しなげかけられても、答える元気もなくなってきました。ただ夢中でロザリオを握ってその祈りを唱えていました。蛇が赤い舌を顔に寄せてくる時だけは、ロザリオをふり上げて追いはらっていましたが、その力もだんだん弱ってきました。助けを求めて見まわすと、右側には仲間の姉妹たちが並んでいます。どう助けることもできず、ただオロオロしているのが、手にとるようにわかります。眼が合うと『わたしたちがついているから、がんばってね』とそれぞれの眼ざしが言うだけです。日ごろ頼りにする長上も皆そろってお姿が見えるのに、だれからも救いの手は伸ばされません。
 もう疲れはてて、蛇の頭をはらいのける力もつき、祈る声も出なくなったとき、ふいに安田神父様が目の前にとび出して来られました。『聖父と聖子と聖霊の御名によって、アーメン』と大きく十字架の印をしてから『彼女の言うように、われわれは皆、三位一体の神が唯一の神であると信じている。それを信じることができない者は、カトリック信者になってもらわなくてもよい』と声高くおっしゃいました。すると、まず左側の気味わるい一団の先頭に立って私を責めたてていた頭分が、たじたじとなって退き、つづいて私に巻きついていた蛇も離れました。
 ヘナヘナとくずれおちた私をようやく姉妹たちが助けに来てくれました。私は神父様にお礼をいう力もないほど、弱りきっていました。汗がふき出るように流れるけれど、それをぬぐう気力も出ないでいると、守護の天使が現れてふき取ってくださいました。
 そこで目がさめたのですが、実際に全身が汗びっしょりでした。ああ、夢でよかった、と起き上がろうとしましたが、胸がまだ締めつけられるように苦しくて、すぐには起きられませんでした。手足もつめたくなっているし、隣室の姉妹を呼ぼうとおもっても、喉が締められたなごりで声も出ません。枕もとの時計をみたら、午前四時半を過ぎたところでした。
 やっと起き上がってみると、ねまきはもちろん、ふとんまで体のかたちに汗が滲み通っています。それで、まだ陽も出ていないけれど、窓に干したのでした。
 お聖堂に行っても、祈りのうちにも夢がまざまざと浮かんでくるので、一心にお助けを願いました。共同の祈りになっても、まだ体に力がなくて、声が出ませんでした。
 この夢の話はだれにもしないつもりだったのに、あまりにも怖ろしかったので、つい隣席の姉妹に、こわい夢をみた、と口をすべらしてしまいました。どんな…と聞かれましたが、朝食中だったので、あとで、とことわりました。食後、お礼拝のあとで、その姉妹が私のへやまでわざわざ聞きに来られたので、一部始終を話しました。そしたら『こわかったでしょう。ほんとに、ふとんはまだ濡れている』と、おどろかれたようでした。
 それで、いま、神父様にも判断していただくように、この話題をもち出されたのだとおもいます」
 という報告であった。
 聞き終わった私は、姉妹一同の物問たげな表情を見まわしながら、ただの悪夢とは思えない、と前おきして、自分なりの解釈を述べてみた。──
 これは笹川さんだけに関する事ではない。現代の教会の姿、その動向をも暗示しているように考えられる。教会は、宣教の旗じるしのもとに、次第に異教、多神教への接近をこころみる傾きがみられる。同時に、他宗教と妥協する傾向をたどり、信仰の生き方を、この世的に考えて比較的楽な方向に向けて行く。現在すでにそのような安易さへの迎合が、教会の指導層に見えてきている。そういう風潮に流されぬように、私たちも心をひきしめて、神のみ言葉を誠実に守る使命につくさなければならぬと思う。……
 この意見を姉妹たちはうなずいて聞いていたが、中には、たかが夢に過ぎないことを…と、まじめに受け取る気にならない者もいたようであった。ともかく、これで一場の夢ものがたりとして、けりがついたかたちであった。

 ところが、その夕方のことである。晩の聖務に先立つロザリオの終わったとき、姉妹笹川があわただしく寄って来て「神父様、となりのへやに蛇がいます」と告げた。立って行き応接間の戸を少し開けてみると、奥の壁ぎわに大きな蛇がとぐろを巻いている。姉妹たちも背後から目にしたらしいので、私はまず一同を落ちつかせるために、今は祈りの途中であるから続けるように、と命じて戸をしっかり閉めた。やがて晩の祈りの終わったところで、蛇を応接間から玄関口へ追い出し、戸外で始末したのであった。
 あとから姉妹笹川の説明によると「ロザリオの終わりに “いと尊きロザリオの元后、われらのために祈り給え” と唱えているとき、守護の天使が現れて『いま隣りのへやに蛇がいるから、神父様に伝えなさい。あなたの夢の話をかるがるしく聞いた人があるので、それを正すためです。神父様がよく導いてくださるでしょう』と言って姿を消されました。おどろいて、先唱をちょっとやめて、境の戸をそっと開けてのぞいてみたら、夢に見たと同じような大きな蛇が丸くなって鎌首をもたげて、舌をチロチロ出しているので、いそいで神父様にお知らせしたのです」ということであった。

* * *

 これは今から思えばもう十二年前の、一つの悪夢とそれにつらなる出来事であるが、あらためて吟味すると、いろいろな警告がふくまれているように思われる。さらに、近い将来にあてはまる重大な示唆がみとめられるようである。
 姉妹笹川を責めたてた神学者めいた頭目の言い分を、とり上げてみよう。
 その第一は、三位一体の神がなぜ唯一の神なのか、という詰問である。天地創造の神を信じてきたユダヤ教にしても、神は唯一とみとめても、三位一体の秘義は知らなかった。この三位一体の秘義の啓示を受けなければ、イエズス・キリストが唯一の神の子であることも、信じることはできないわけである。迫害者は「われわれはキリストが神であると信じることはできない」と宣言しているが、この問題は今に始まったことではなく、唯物論の抬頭と科学主義時代の幕明きと同時に、人間精神を揺すぶってきた課題である。今や教会の中にも、多種多様の形で婉曲な唯物思想やヴェールをかぶった無神論が入り込んでいることは、蔽いようのない事実である。
 この夢では、ひとりの神学者が唯物思想をもって、戦いをいどんでいるが、これはまた現代精神の滔々たる趨勢を、表徴しているごとくである。
 彼の主張によれば、八百万の神々、すなわち昔から日本にあった在来の神々を信じれば、われわれも皆カトリックになる、という。これは妥協による容易な福音伝道をめざす、安易な宣教活動の態勢と合致するものである。
 結論としては「われわれの仲間になれば、人生をおもしろおかしく、楽しく生きられるものを」と憐れむごとく誘いをかけ、信仰を現世的生活の享楽の補充とさえしているのである。つまりは、この世に生きる人間生活が大事なのであって、崇高なる神の次元に結びつく超自然の生活を否定するのである。
 ここに、たかが夢の話として軽視できぬものを、私は感じとったが、実はやがて彼女の受けるべき試練の前知らせのようなものであったと思われる。そのような意味がふくまれる故にこそ、天使が先の治癒の予告にさいして「今朝の食卓で夢のことが話題となったでしょう。心配することはない」とわざわざ言及されたのであろう。そして、夢を軽んじた者のために、現実に蛇を目に突きつけて、反省をうながされたのであろう。

思いがけぬ訪問

  “湯沢台の聖母の出来事” と題した私の原稿を、伊藤司教は日本で有名な神学者二、三人に見せて回られたが、反応はきわめて消極的であり、むしろ、否定的な声がつよく聞かれた。より詳細な調査の必要あり、とされる以上に、神学的にあまり意味のないものとして、軽くあしらわれたのであった。
 しかしともかく結果としては、これまでここの小グループの姉妹たちの間で、ひそかにささやかれていた事実が、世間に洩れ出ることになったのである。
 一九七四年十一月三日、突然聖体奉仕会の姉妹たちに、東京から電話がかかった。カトリック・グラフの編集部の一記者と名乗る人から、“うわさの出来事” について取材訪問をしたいとの申込みであった。驚いた姉妹たちは、遠慮を申し出たが、相手は強硬であった。司教によって極秘を命ぜられているから、とひたすら逃げの一手を打つ苦労話を聞かされて、私は、それではよい解決法になるまいと考えた。
 当時カトリック・グラフという雑誌の編集方針は、宗教の因習にとらわれたいかがわしい部分を摘発して、カトリック界の刷新をはかろうと、進歩的使命に意欲をもやしているごとくであった。
 ここでわれわれが当面しているような、一般の常識とかけ離れた超自然的な出来事を、ただ秘密のヴェールでおしかくしてジャーナリストの自由な想像にまかせるのは、賢明なやり方ではない。それでは、わざわざ誤解の種をまくようなものではないか。想像をたくましくした報道がまかり通ることになっては、カトリック界のみならず、社会全体にひろがる悪影響をおそれなければならない。
 そこで私は、姉妹たちに説き、自分が責任をとってこの件に対応することにした。
 やがて記者を迎えた日、姉妹たちはちょうどマリア庭園の石拾いということで、全員外出していた。ひとりで応接する私に、その記者氏は、ここの聖母像にまつわるふしぎな出来事のうわさを聞いて事実をたしかめに来たので、協力してほしいと申し出た。それに応えて私は、それまでの経過をかいつまんで述べた。
 まず姉妹笹川が前年の三月、突然全聾となってこの修道院に移って来たこと。その後、彼女の左手に聖痕のような傷が現れたこと。七月の初金曜の未明、守護の天使に導かれて聖堂に入り、聖母像の右手に同じ傷のできているのを見たこと。御像を通じてメッセージを受け、その御手の傷から血が流れるのを見、姉妹たちも確認したこと……などを語った。
 私の説明は、本来信仰を同じくする相手の心に、すんなり入って行ったようだった。ミイラとりがすぐミイラにならぬまでも、態度に頭からの否定の固さが消え、ノートをとるペンの構えにきびしさがうすれてゆくのが見てとれた。ともかく出来事を正直に報告させてもらう、と約束する彼に、私は、一応司教の許しを得るように、と念を押しておいた。そして早くも十二月号のカトリック・グラフ誌に、「秋田に聖母が出現! の噂を追う」と題した、写真入りのトップ記事が現れたのであった。

記事の内容

 ひと昔前のことになるから、今はもう記憶される方も少ないであろう。記事の主な部分を(私自身のこれまでの記述との重複は避けて)ひろってみれば、次のようなものであった。
 まず在俗会としての聖体奉仕会の位置する地形を述べ、「戦前まではおそらく踏み入る人とてない深閑とした霊山だったことだろう」と想像している。
 次に「守護の天使に導かれて」と題して、“Sシスター” が聖母像の前ではじめてお告げを耳にしたこと、次に第二、第三のメッセージとして、忘恩の世に対する祈りのすすめと天罰の警告を紹介する。さらに、御像の掌の傷について、姉妹たちの証言を列挙している。
 結論には「この “秋田事件” が果たして奇蹟なのかどうか、いまの時点で断定することは不可能である」とことわった上で、この種の話は世界各地に多く存在する、と述べ、イタリアのサン・ダミアノの例をあげ、コメントを援用する。── 「一九六四年以来、五月と十月の聖母月になると一人の農婦に聖母が現れ、いまも続いている。
 これらの共通性について、東京放送秘書部のハリー・J・クイニー氏はこう説明する。『出現の場所は、ほとんどの例が周囲に山があったり盆地であること。これは秋田県の場合、該当するといえるでしょう。もう一つの条件は、現れ(に会っ)た当人の生活が貧しいことです。日本は経済発展がめざましく、貧しいとはいえませんが、Sシスターの生活はロザリオを熱心に唱える素朴なものだったと想像することができます』
 さらにクイニー氏によれば、
 「誰に出現があったか」「どの場所で…」はことさら問題にならないという。
 『出現があったから、その人が偉いのではありません。本人にすればすばらしい恵みにはちがいない。けれど、その人は聖者でもなんでもなく、単なる神の召使いなのです。
 最も大切なことは、メッセージの内容。それがもし教会のドクトリン(教義)に反しないならば、教会はその内容を一人でも多くの人に伝える義務がある。秋田県のメッセージには、全人類災難の予告と、回心が呼びかけられているし、実際に、予言が実現(耳の治癒をさす)したのだから、メッセージの信憑性はかなり高いと思いますね』」
 (ここにいう “耳の治癒” は天使の予言による一時的なそれで、聖母に告げられた完全な治癒はまだ後のことになる)
 次に教会側の見解が加えられる。
 「一方、カトリック教会側は、今世紀日本で初めての “聖母出現” のニュースにとまどいながら慎重な態度を見せている。代わって教義学の権威として知られるイエズス会のE・ネメシェギ神父が答えた。
 『このような話は、とくにヨーロッパに多い。国民性にもよるでしょう。が、教会が詳しく調査をして、超自然的な働きが確かにあったと認めるケースはほとんどない。精神的、または心理的錯覚によって起こる場合が多いからです。
 しかし明言できることは、神だけには奇蹟を行ない得る力がある、ということです。もちろんその場合、神にふさわしい意味と目的がなければなりません』」
 ここで、先の会見の際私の語った言葉が引用されて、記事は締めくくられている。
 「この目的について、安田神父は『現代を救うためには信者が目を醒まして祈ることだ』と前置きして次のようにいう。
 『Sシスターの耳が治ったことは、メッセージが正しかったことの証明です。また、十字架印の傷という客観性もある。
 これから先、どんな奇蹟が起こるか、知らされていないが、私は祈りの体制づくりに全力を尽くしたい』(取材と文・米田記者)」
 このようにして、山の小さな修院の中で極秘にされていた事実は、一つの衝撃的事件として世に知られることになった。これは私どもの思い及ばなかった神のはからいによるものであった。
 ところが、これを皮切りとして、摂理は翌年早々に、こんどは聖母像から涙が流れる、というさらに瞠目的事件をもって、世の関心をいやが上にそそられることになった。
 議論は沸騰した。人間の作為によるものとして、現象の超自然性を断乎否定する嘲声が、神の働きかけを素朴に信じようとする声を圧倒した。とくに教会の聖職者の側からは、一様に無視ないしは否定的態度が示された。…やがて十年の検討を経て、当該地区長である伊藤司教により事実の超自然性が公式に認められたにもかかわらず、今なお多くの聖職者が先入観にとらわれた領域にとどまっている。

 聖母マリアも、聖書にしるされている「反対のしるし」となっているのであろうか。

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