一夜だけの約束? 8



一夜だけの約束? 8
Promise of One night only



 安堵のため息をついて仙道のほうに身を倒すと、さっき三井につかまれた二の腕の部分をつかまえられ、 花道はつい顔をしかめてしまった。幸い仙道には気づかれなかったが。

「あいつ…おまえを脅してた?」
 目を見る準備がまだできていなかったので、仙道にもたれかかったまま訊ねた。
「…それで、オレがてめーの助けを必要としてるとでも思ったか?」
 当惑したような声で仙道が答えた。
「ああ」
「アイツは関係ねえ。なんでもねえ。今のヤツのことは…忘れてくれ」
「忘れられるか」

 これで終わりではない。
 三井は必ず戻ってくる。そしたらどうなる?
 ごくりと唾を呑むと、できるだけシャンとして仙道から離れようとした。ところがヤツは急に花道を抱き上げていた。
「セ、センドー!」
 胸にしっかりと抱き寄せられ、顔をのどに押し当てられた。
「シーッ。いいから。ちょっとだけこうさせて」

 させておけない。

 このままでいたら、すぐにでもわめきだしてしまいそうだった。三井がやってきたことと、仙道を巻き込みかけた余波が花道に与えたショックは大きかった。
「おろせ!」
「はいはい」

 地面におろしたが、仙道の両手は花道の至るところにふれ、髪を、顔を、あごを撫でまわした。
「桜木…大丈夫?」
 仙道は、本当に心配しているようだった。花道が危ない目に遭いかけたせいでひどく動揺しているように見えた。胸が詰まりそうになった。
「ダ・ダ・ダイジョーブ」
 険しい顔が心配そうな顔に変わった。
「話をしよう」

 三井が戻ってくるかもしれない。
 帰ってもらいたかった。とにもかくにも仙道を巻き込みたくなかった。
 三井ならひとりでなんとかできる。いままでずっとそうしてきたのだから。だけど仙道は…
「一週間、ジュウブン話したろ」
 顔から髪の毛を払うとき、自分の手が震えていることに気づいた。両手をさっと後ろにまわした。

「センドー…、オレほんとに…、もう寝てぇんだ。今日も、疲れたから…」

 仙道がゆっくりと下がり、顔をこすって月を見つめていた。今にも吠え出すのではないかと思った。ヤツが尻ポケットに両手を突っ込んだ。
「…少しも、譲らないってこと?」
 悲しさと喪失感にのどが苦しくなったが、負けるわけにはいかなかった。特にいまは。
 三井はどんな弱みにも付け込むし、花道にとって仙道は、もはや、間違いなく『弱み』なのだ。
 哀しい瞳で仙道を見つめた。が、気力をふるってグッとあごを上げた。
「そりゃ、どーゆーイミだ? あ? オレがオメェに人生を預けねえってコトか? 自分よりでけぇ男に助けてもらわなきゃ生きていけねえ、 か弱いオンナノヒトを演じねえってコトか?」
 怒りはまだ仙道から去っていなかったことに、堰き止められていただけだったことに、気づいた時にはもう遅かった。 今まで見たこともないような、険悪な表情で睨みつけられた。

「…ようやく少しわかってきた」

 花道はボサボサの髪を揺すり、平気な顔を努めた。
「へえ、ナニが?」
「おまえがとんでもない臆病者だってことが」
 花道はあとじさった。仙道が前に出る。
「あいつに何をされたのか知らないけど、おまえはいまだにそれにびくびくしてる。その方が簡単なんだ。安全なんだ。ヤツに勝たせておく方が。違うか?」
 花道は睨み返した。
「オ…オレはオクビョウモンなんかじゃねぇ!」
「そうか。だけどおまえがバカじゃないこともオレは知ってる。男がみんながみんな、そんなんじゃないってことぐらいわかってるはずだ。 なのにオレにはチャンスを与えることすら恐れてる。オレを求めてるのは絶対なくせに」

 花道は下唇を噛んだ。
 仙道の視線が、失礼なくらい馴れ馴れしく花道の全身を舐めた。
「…オレは女を知ってる。おまえはわかりにくい『女』じゃない。だってオレが近寄るだけで震える。ちょっとふれただけで喘ぎだす」
 仙道の笑みはすでにいやらしく意地悪だった。
「大抵の女は、こっちがあれこれ奉仕しないとそこまでいかない。けどおまえは違う」
 歯を食いしばりすぎて痛いくらいだった。噛み締めたまま、低い声で訊ねた。
「…オレがオテガルだって言いてぇのか」
 冷酷とも言える目をギラギラさせて、仙道がずいと近寄った。鼻は今にもふれそうで、花道は口唇に息を感じた。怒鳴るように言った。
「オレの手にかかればそうさ!」
 熱い返事は花道の中で煮え立ち、膨れ上がり、ぱんぱんになって今にも破裂しそうになった――そのとき、暗がりからクスクス笑う声が聞こえてきた。

 花道は仙道と同時に声の方を向いた。ウェイブした髪の、華やかな雰囲気の女性にも、その隣の肌の浅黒い男にも見覚えはない。 が、仙道は明らかに知っているようだった。イラついて吐き出すように言った。
「なんだよ牧さん。暗いところで何をコソコソしてるんだ?」
「おもしろいものを見てるだけさ」
 その男に微笑みかけられた花道は、そいつが、話に聞いていた仙道の兄だと知った。
「それから、どんどん墓穴を掘ってるアホな弟を哀れに思ってる」
 女性の方が『牧さん』に肘鉄を食らわせ、それから花道に手を差し出した。

「こんばんは。はじめまして。彩子です。仙道クンの義理の姉よ。それからさっきはウチの旦那様がひどいこと言ってたけど、 仙道クンはちっともアホなんかじゃないわ。ほんとに。すごく、すごーく、やさしいの」
 ほかにどうしたらいいのかわからなかったので、花道はとりあえず彩子の手を握った。すっかり不意を突かれ、アタマの中は真っ白、思考も停止していた。
「えーと…」
「邪魔したのならごめんなさいね。随分白熱してたみたいなのに」
 にっこりして花道の手を放す。
「だけどね彰クン。ホテルから出るお客さんたちにまであなたたちの声が聞こえてたのよ。まあそのおかげで、 どこに行けばあなたに会えるかわかったわけなんだけど…」

 明るいおどけたような彩子の口調。
 花道は助けを求めるように仙道を見た。が、ヤツはまだ怒りで頑なになっていて、肩をすくめただけだった。
 牧が彩子に言った。
「彼女をつかまえててくれ。こいつはオレがおさえるから。そうしたら、中へ入って人に聞かれないところで話ができる」
 鋭い目で花道を見る。その表情は帝王のように堂々としていた。
「まあ、全員を中に入れてもらえたらの話だが」
 問いかける口調だったが、花道が『いい』と言うのを待っているのがわかった。

 正直なところ、どうしたらいいのかわからなかった。
 これが『牧』。路上ですら生き延びてきた男。ひとりで生きてきた男なのだ。
 仙道は兄を『危険』と称した。今の彼は、その圧倒的な存在感を除けば無害に見えた。が、瞳には仙道にはない野生的な光が確かにあった。 とはいえ、いまの仙道は、牧に負けないほど野蛮に見えたが。
 花道がいつまでも答えないでいると、仙道の方が爆発した。
「入れてくれるのか、くれないのか!?」
 花道は仙道をギラッと睨んだ。
「アッチのふたりは大歓迎だ!」
 それから仙道を押しのけて玄関へ向かった。
 背後で仙道がうめき、牧がふきだし、彩子がひそひそ囁くのが聞こえた。

「大丈夫。本気じゃないわよ彰クン。さあ早くお近づきになる手助けをしてくれなくっちゃ」


   ***


 十分後、四人は狭いリビングに気まずく集っていた。

 花道は仙道とソファにかけ、それがうんと小さいので実際には身体がふれていたが、花道はあからさまなほどに距離を保とうとしていた(正直、滑稽だった)。
 彩子は台所の椅子がいいと言って真っ先にそれに腰かけていた。牧は立ったままその身体を壁にもたせかけていた。
 花道は、家具がもっとあればよかったのに…ときまり悪く思ったが、お客が来るなんて思ってもいなかったのだ。しかしそんな懸念も牧の一言で吹き飛んだ。

「庭造りを頼みたいんだが」
「造って造って造りまくる感じよ!」
 彩子が嬉しそうに笑って付け足す。

 瞬間、花道は思い当たった。
 助けようとしているのだ。仕事を欲しがっていると思って恵んでいるのだ。
 仙道が仕組んだのか?
 そんなに必死に見えたのだろうか?
 だれもオレ様の能力を信じてくれないのか?

 今日はいろんなことがありすぎて、施しを受ける気になどさらさらなれなかった。
 その威圧感と老けた…もとい落ち着いた顔に微塵もめげず、花道は牧にしかめっ面を返した。

 仕事はいつでも欲しいけれど、哀れみからの依頼はまっぴらだ。それに、このふたりは仙道の家族なのだ。 受ければますますつながりが強くなる。いまは、いつもにも増して距離を置かなくてはならないのに。
 牧の落ち着き払った瞳を見据え、花道は憮然と言った。
「どうしてオレを雇いてぇんだ?」
 すると花道の言い方にカチンときたらしい仙道がつぶやいた。
「おまえのやさしさが理由じゃないのは確かだな」
 殴りたそうな花道に気づいて、仙道はようやく自分の言葉を後悔した。

 今夜の花道はどこか頼りなさそうでひどく気になった。
 だから本音を言えば、そのまま膝に抱え上げてキスの雨ででも何ででも、 自分が不安を追い払ってやりたかった。なのに花道は、あまりにもぶっきらぼうでつっけんどんで(特に仙道に対して)、 その上大切な家族まで疑ってかかられては取り消す気になれなかった。
 牧は花道の言い草をなんとも思っていないようだった。だが牧は、そうしたいと思えば、自分の考えをきれいに隠せるのだ。

「岬での仕事を見たし、その速さもわかった」
 彩子がうなずく。
「わたしたち、海のそばと高原の方にコンドミニアムを持っているの。いつでもキレイにしておきたいものよ。 だけど最近買った物件は見た目がひどくて。芝生はないし、植え込みはガタガタだし、花もなければ彩りもないの。 そんな物件、借りたがる人がいるとは思えないでしょ? デザインから注文するといくらかかるか見積もりを出して欲しいのよ。 こんなふうにしたいってことは話せるけど、どこに何を植えたらいいかわかるほど、お日様とか土とかのことを知らないから」

 彩子さんは素敵だ。

 彼女がようやく言葉を切って息を継いだとき、仙道は改めてそう思った。こういう女性をかわいげがあるって言うんだ。 ダレカさんと違って――じろりと花道を見る――彩子は、会えばいつも明るく笑い、楽しく会話をはずませる。華やかな大輪の花のよう。
 花道の横顔に目を向け、兄と仕事の話をする間は不快感を呑み込んだらしい花道を眺めた。その時はじめて目の下のくまに気づいた。

 …寝不足なのか?

 別れた亭主にいつ頃から困らされていたんだ?
 突然、はっきりと電話の一件を思い出した。
 あの時花道は出たがらなかった。仙道が追い立てて無理矢理出させたようなものだ。

「…あの電話、ヤツがかけてきたんだな?」
 みんなが静かになり、しばらくして牧が訊ねた。
「…『ヤツ』って?」
 仙道の方を見もせずに花道が低い声で言った。
「いまはやめろセンドー」
 彩子が興味津々な顔で見つめる。

 仙道は引き下がったが表向きだけのことだった。思考は止められなかったし、今になって意味をなしはじめた別のことを考えるのもやめられなかった。
 たぶん花道は、前夫と仙道を比べていたのではない。おそらく花道は、ほかの男と関係を持ったら前夫にされるかもしれないことを恐れていたのだ。

 別れた亭主というのはひどく嫉妬深かったり、ときにはなわばり意識が強かったりするものだ。
 別れを切り出したのは花道だろうか。それとも逆? あの男は今でも花道を愛しているのか?
 誰一人、むっつりと考え込む仙道に声をかけようとしなかったのは、みんなヤツを無視するので忙しかったからだ。 仙道のほうも好都合だった。ようやくいくつかのことがわかりかけた気分だったから邪魔されたくなかった。

『花道は自分以外の全員を守りたがる』と水戸は言った。

 不安で背筋がゾッとした。
 それはつまり、花道が別れた夫に危害を加えられるかもしれないということか? それとももう加えられたということ? それとも両方?
『男が女に選ぶ権利を与えない』とか、『女にいろんなことをやらせる』というようなことを花道は言っていたが、 いまになってそういう言葉が新しい意味を持ちはじめた。
 仙道の両手がこぶしを握った。
 さっき、チャンスがあったあのときに、あの男をぶちのめしておけばよかった。
 そうできなかった言い訳をするとしたら、花道がヒステリーを起こしそうだったからだ。それを見て仙道もすっかり怖くなってしまった。
 普段の花道はむしろ大抵自信に満ちている(その根拠はたとえなくても)。だからその、いつもとあまりに違う不安定な姿に、こちらまで不安定になってしまったのだ。
 桜木を安心させたい。怪我をしていないか確かめたい、その一心だった。
 桜木はオレと前夫に争ってほしくないと思っていたようだ、それは間違いない。だけどなぜ?
 オレがあの元亭主に怪我をさせられるとでも思ってるのか?
 ハッと勢いよく鼻で笑い、みんなからギョッとした視線を浴びた。気づいた仙道は、三人に『お呼びでない』と手を振って、 また、花道の態度という謎解きに戻った。

 普段の桜木は本当にタフで……。

 いや。首を振ってその考えを否定し、三人からさらに当惑に満ちた視線を集めていた。
 花道は、いまや『女性』で、小さくて、やさしくて。タフなふりをしているだけ。それだけだ。
 生き抜かなければならなかったから?
 じゃあそれは終わりだ。
 ひとり強くうなずく。
 また兄とその妻がチラリと見た。その目はもはや気の毒なモノを見る目だった。しかし依然仙道の眼中には入っていない。

 もう二度と、誰にも花道を傷つけさせない。
 オレが守る。
 しかし水戸が言うには、花道にとって自尊心とプライバシーはとても大切なものらしいし、仙道が学んだことからもそれは本当なようだ。 こちらから問題に首を突っ込んだら喜びはしないだろう。たとえそれが花道のためでも。

 じゃあ、どうしたらいい?

 ついに耐えかねた様子で彩子が膝にふれた。
「あの…彰、クン? あなたさっきから独り言言ったりうなずいたり、頭がおかしい人みたいよ? 大丈夫?」
 考え事に没頭していたので、何を訊かれたのか一瞬わからなかった。ポカンとして彩子を見つめていたが、はたと我に返って膝を叩いた。
「ああ、だいじょうぶだよ。話は終わった?」
 戸惑った顔で彩子は椅子に戻った。
「ええ、明日一緒に来て見積もりを出してくれるって」
「よかったね」
 仙道はにっこりと笑うと、立ち上がった。
「じゃあふたりにしてくれるかな」
 彩子は笑みを咳でごまかしたが、牧は気にしなかった。
「ちょっとくらい遠まわしな言い方をしたって死にやしないんだぞ?」
 花道はうつろな目で虚空を見据えていた。
「…ソウダナ。でもオレがコロスかも」
 仙道はチッチッと軽く舌打ちし、とっとと兄たちを玄関まで追いやる。彩子が耳元で囁いた。
「猛烈にアタックしてるのね、彰クン」
 仙道は、彩子の魅惑的なお尻をピシャリと叩いた。
「『彼女』もよろこんでる。嘘じゃない」
 牧が弟から彩子をさらう。
「ああ、すっかりおまえに夢中のようだな。見ろ。あんなにスゴイ形相で歯を食いしばってる」
 それから仙道の肩に拳骨を食らわせた。
「オレの奥さんの尻にさわるな」
 肩を撫でながら仙道は繰り返した。
「彼女もよろこんでる」
 身をかわさなくては、彩子にまでぶたれるところだった。

 まだクスクス笑いながら玄関の鍵をかけ、花道の許へ歩いて戻った。


   ***


 花道の、張り詰め不機嫌そうな顔を見た瞬間、陽気な気分は消えうせた。

 知り合ってまだ一ヶ月。

 あの最初の夜をのぞけば、裸を見たこともないし、思いのままにふれたこともない。だが、これまでの女とは違うやり方で少しずつ近づいてきた。
 花道は大抵はわかりやすくて開けっぴろげだ。だがときどき完全に仙道を締め出す。どちらの花道にも心惹かれた。
 仙道は今、花道を見てほほえんでいた。

「あれ? 怒らせちゃった?」

 花道が口を開いた。
 とどまることを知らない非難の言葉が、一斉にその口から解き放たれた。花道には聞く余裕はまったくなさそうだったが、 それでも思わず言葉は仙道の口をついて出た。
「本当にごめん。桜木…」

 勝手な思い込みをしてごめん。
 理解してあげられなくてごめん。
 コントロールしようとしてごめん。

 機関銃のように文句を言い続ける花道の隣に座って、両手で両手を包みこむ。
 花道の声は聞こえている。理解もできる。オレに怒っている。なのにまるで、遠くで聞き取ることのできない言葉を流されているようだった。
 きゃんきゃんきゃんきゃん喚いている。その口唇に、仙道はそのまま自分の口唇を押し当てた。

 最後に口唇を重ねてから随分経っていた。
 この甘い感覚。止められなくなる。短く、やさしさのしるしとしてキスするつもりだったのに。
 一方的で激しい口撃はしぼむようにやんでいった。

 仙道のくちづけ。
 すでに硬直した花道の口唇は開き、逃げようともしなかった。それに乗じて、ゆっくりと、やさしくその口唇を味わい続けた。
 繊細で巧みな愛撫に花道がくぐもった声を洩らし、少しのけぞったので、期せずして仙道にもっと楽な態勢を与えることになった。

 仙道の口唇に、花道はいつも甘く完璧。

 しだいに深まるくちづけに互いの舌がふれあう。そのまま探るように舌を挿し入れてもひっぱたかれなかったので、 長くゆっくりと舌で貫き、互いに互いを絡ませあう、口で交わるようなキスをした。
 真夏の雪つぶてのように花道は溶けた。
 鼻で啼きながら花道が少しずつ身を寄せてくるのを感じた。

 ああ、こんなふうに花道を味わうのは久しぶりだ。

 目を覚ましているあいだじゅう、花道の口唇に思いを馳せていた。一週間が一年に思えた。
 花道の手が、最初はためらいがちにおずおずと仙道の胸にふれ、それから肩へ移り、やがて首に絡みつくとうしろ髪に指をうずめた。思わず仙道は我を忘れた。
「…死ぬほど恋しかった…」
 抑え切れなくて口唇に囁いた。最後まで言う前に花道に引き戻され口唇はまた密着し求め合った。
 花道の怒りも、仙道の不満と不安も、ひとつ残らず爆発して目もくらむような情熱に変わったようだった。 くちづけたまま抱き寄せると、ほとんど死に物狂いで胸の丸みを手のひらに探りわしづかむ。花道が震える啼き声を洩らして背中をしならせた。
「ああ…たまらない」
 柔らかく胸を揉みしだきながら、その変わらぬ感度のよさに息もつけなかった。
 ソファに身を横たえさせても、花道はいやがらなかった。すでにぐったりと力も抜け、荒い吐息のまま震えている。
 仙道は花道のシャツと格闘し、あごの下まで押し上げ、胸からショートパンツのウェストバンドまでをほぼあらわにした。

 白い、飾り気のないブラジャーをしていた。
 ただでさえ乳白色の胸をはずませ、お腹を膨らませて、下腹を引き締めた姿はとても魅力的だったが、はじめて見るその花道の下着姿に猛烈に興奮した。 ブラジャーごとその丸い胸をもう一度わしづかみ、そのまま布越しに探るように乳首を嬲る。
「あっ…あっ…やっ…センッ…」
「誓ってくれ、桜木」
 花道を見ようと身を起こし、両手で顔を包んで彼を見ることしかできなくさせた。
「おまえにとって、何が一番か決めるのは、信用しておまえ自身に任せる。だけど少しはオレのことも信用してくれ」
 吐息を吐きながら花道が顔を背ける。小声で言った。
「…ムリだ、んなん。やり方もわかんねぇ」
 その声には悲しみが詰まっていて、仙道は怖くなった。
 もう一度口唇を重ねた。長く強く深く。花道の瞳から恐ろしい荒涼をぬぐい去るためだけに。
「必要なときには電話するって約束してくれ」
「…ンドー」
 瞳をくすぶらせながら、花道が両手を仙道の胸に滑らせ、わき腹を腰まで撫で下ろす。仙道の身体に震えが走った。
「テメーのせいで、オレ…夜も眠れなかった」
「今夜はぐっすり眠れるよ」
 頬骨を撫でると、言葉通り、疲労の跡が見て取れた。

『嘘の友情』などというばかげた計画を立てるなんて、オレはとんでもない間抜けだった。 最初から言うべきだった。すべて必要だと。
「だから約束してくれ」
「オメェが知らねえことが、山ほどある」
 花道が説明したがらないことも山ほど。
 この深い沈黙に、仙道の心は震えた。
 誰だってこんなに孤独であってはならない。
「詳しい話はあとにしよう。いまはただ、必要なときは必ず知らせるって、約束してくれればそれでいい」
 やっと花道が小さくうなずいた。それでも深く不安そうに息を吸い込む。
「…けどセンドー、それ以外は、頼むから首を突っ込まねえでくれ」
 はじめの一歩だ。
 わかったとうなずくと、花道の瞳の中に微笑が浮かび不安が和らぐのが見えた。少しからかうように囁いた。

「心配…してくれてるんだ?」

 目を見開いた花道が、次の瞬間ふてくされるとぷいっと顔を逸らした。
『そんなんじゃねえ!』と顔に書いてあるが、その顔は耳まで真っ赤だった。
 その、意地っ張りでかわいくてしょうがないしぐさに、さらに胸をわしづかまれる思いだった。身体は切迫感に身震いを起こしていた。 自制しなければ目にも留まらぬスピードで行動してしまいそうだった。今夜桜木は十分いろんな目にあったのだから、急かしてはならないのに。

「…ンドー?」

 自分を落ち着けようと息を吸い、やっとの思いで笑顔を浮かべた。
「なに? 桜木」
「オレ…もうこれ以上、ガマンできねえ」
 真っ先に前夫のことを言っているのだと思った。怒りが渦を巻き、花道を慰めたい思いと闘った。全身がこわばって痛いくらいだった。
「オレにできることを言ってくれ、桜木。なんでもいい…」
 花道はさらに赤くなった。怒ったように囁いた。
「…んなこと、オレに言わせんのかよ!」
「言ってくれなきゃわからない。どこまでならいいの?オレがやりすぎると気に入らないんだろ?」
 顔を背けたまま花道は下唇を噛んだ。観念したふうでついに口にした。
「……テ、テメェがオレにシてくれたことは、どれも…すごく…ヨかった」

 ………………………は?

 何を言ってるんだ?
「…でも…」
 やっとふたりの視線が絡まる。たかと思うとすぐに逸らされた。身を縮こまらせて、仙道にすがりつくように囁いた。
「でも、…いまはアレ以上のが欲しい」

 ああ…。

 その消え入るような声で、本当の意味がやっとわかった。すでに十分燃え上がっていたから、うなるような声が出てしまった。

 勘違いした。

 真っ赤に火照って震える耳を甘く噛んで、笑いを噛み殺すように囁いた。
「アレ以上って…どれくらい?」
 花道が隠れてしまいたいように、小さくなり仙道に身をすり寄せる。泣きそうな声だった。
「オメェを…オレの生活から追い出せるくらい」
「桜木…」

 オレを追い払うことは絶対にできない。が、それを説明するチャンスを花道は与えなかった。
 花道は太腿をさらに開いて脚まで絡ませ、仙道にぴったりと身を寄せ抱きついた。やわらかいお腹が勃起に当てられると仙道のたがははずれた。
 スピードを落とせと自分に何度言い聞かせても従うことはできなかった。動物になった気分であると同時に花道を何よりも大事にしたいとも思った。 そのふたつが合わさると視界がかすみ、多少なりとも仙道が持っていた常識は押し流された。
 花道を裸にすること、ナカに入ること、ひとつになること、それ以上に重要なことはないように思えた。筋肉はひきつり胃が痙攣した。
 花道のシャツを頭から引き抜くと、縫い目が裂ける音がしたが、もうどうでもよかった。邪魔なブラジャーも強引に押し上げた。 あの魅惑的な胸が、弾みながらようやく再び仙道にさらされた。
 何度見てもきれいだった。
 つやめくきめ細やかな肌。その丸み。小さな突起は、愛撫を待ちわびるかのように可憐にぷちんと勃ちあがっていた。 仙道はかがみ、熱い口唇で包むと、貪るように吸いながら両手で揉みしだいた。
 切迫した喘ぎとともに身体の下で花道がわななき、仙道から逃れようと、快楽の猛攻撃に本能的に抗おうとしたが、 彼の渇望は飽くことを知らず、もはや花道の啼き声も耳に入らなかった。
 花道の背中に腕をまわしてのけぞらせ、胸を差し出させて存分に味わい続けた。芯の固い舌触りを繰り返し確かめ、 甘噛みし、激しく転がすうちに、やがて乳首は両方ともヒクヒク震えるほどに感じやすくなっていた。それでもなおも吸い続けた。 いくら味わっても足りなかった。
 花道の脚は仙道に巻き付けられ、腰のあたりでくるぶしが鍵をかけていた。そのままふたりの身体はセックスの動きを模倣した。熱に浮かされたように必死で。
 花道のショートパンツとパンティの薄い木綿は、たいした邪魔にはならなかった。仙道のズボンの素材は固く、花道を刺激した。

 不意に花道が硬直し、鋭く息を呑んだ。
 仙道が、もう一度右の乳首を舌先で撫でまわしていたときだった。いきなり花道が達した。
 首を反らし、目をギュッと閉じて、太腿できつく仙道を締め上げた。少し驚きながらも仙道は腰を動かし続け、 固く熱い自身をちょうどいい場所に当てたまま、わななく花道をさらに悦ばせ、肩に食い込む爪の感触に酔った。
 畏怖の念に包まれて花道を見下ろした。大きくわななきながら快楽に崩れる顔を見つめ、ソファのクッションに乱れたつややかな赤い髪を眺め、 上下する乳房を目で味わった。
 胸が苦しくなった。痛いほど。
 仙道の下でぐったりとなった花道に、やさしい気持ちで一杯になり、顔から汗に濡れた髪を払ってやった。
「これが必要だったんだ?」と囁いた。
 花道は言い返せなかった。息遣いは依然激しく、目は閉じたまま。頬も濃く紅潮していた。
 いい気分だった。
 すごくいい気分だった。
 たった一人の特別な女を見つけた男の気分だった。
「大丈夫? 桜木」
 花道が唾を呑み、震える息をなんとか吸い込んでうなずいた。二秒後、ククっと笑い出したが、笑いはうめきに変わった。
「…やっぱオレぁ『オテガル』なんだな」
「おまえは…」
 キスで言葉を区切りながら言った。
「『すごい』だよ」

 おまえは…、と心の中で付け足した。オレのものだ。

 まつげが上がった。瞳は濃く、熱っぽかった。
「…そりゃてめぇダロ」
 ふてくされたようにブツブツ言いながら、仙道のシャツの裾をつかみ、引き上げた。
「さっさとシロよ」
 ああ、任せとけ。協力しようと、手を後ろにまわしてシャツをつかみ、剥ぎ取るように頭から引き抜いた。仙道の素肌にふれると花道のまぶたは重くなった。
「ずっとオレ…ヘンだった」
 熱い小さな手が全身を這いまわり、筋肉を快楽でざわめかせる。なじるように言った。
「…一日に何回も考えた。テメェのこととか…こーゆーコトとか。んなコトばっかり。テメェのせいで、 オレはヘンタイみてえなことばっか考えるよーんなっちまった」
 花道の言葉もほとんど耳に入らなかった。自分の胸をまさぐる花道を眺めるのは格別な悦びで、あまり長くは耐えられそうになかった。 乱交パーティに来た童貞のように震えた。
「…点検するならもっとおもしろいトコがあるよ?」
 赤くなったままブスッとして花道が下唇を噛んだ。
「…テメェはもっとヘンタイだ」
「そうとも」
 花道がそれ以上何も言わないので微笑んだ。からかうようにチュッとキスして誘った。
「ジーンズも脱いでほしいだろ?」
 答えられなくて怒ったように真っ赤になって震えている。もう仙道の方が我慢できなくて答えの前に花道の横に仰向けに転がった。

 このチャチなソファは奥行きはあるが短いので、もし仙道に常識があれば寝室に移動していたことだろう。欲望の前に常識の出る幕はなかったが。
 蹴るように脱いだスリッパの片方が部屋の遠くまで飛んでいった。ベルトを相手に奮闘し、充血した自身に沿ってそっとジッパーを下ろした。 花道が横でじーーっと眺めている。視線がまっすぐ、ひるみもせずに注がれているので、これほど無我夢中でなかったら仙道も笑っていただろう。
 仙道はあごで示した。

「桜木も脱がない?」

 はっと我に返った花道は、言われたとおりにするあいだも視線を仙道から離さなかった。肘や肩がぶつかり、脚はもつれ、少々曲芸めいた動きも必要だったが、 ようやくふたりとも生まれたままの姿になった。
 激しく息をしながら仙道は花道にのしかかり、すべすべした身体を組み敷いた。
 目を閉じて感触を味わった。
 花道がいる場所の感覚を。天国を。

「フコウヘイだぞ、センドー」
 くぐもった声は欲望の霧をかろうじて貫いた。
「なにが?」
「オレにはよく見えねえ」
 そんな。
「今は勘弁してくれ。あとでいくらでも見ていいから」
 不満そうだったが、花道が乳首にふれたので、仙道は鋭く息を吸い込んだ。
「…アレ、しねえの?」
 アレ?
 仙道の鈍った脳は働くのをいやがった。必死で集中しなくてはなんのことやら。…アレか。
「だな。コンドーム。財布のなか」
 無慈悲に自分を制した。
 これまで一度も避妊を忘れたことなどなかった。
 大抵の男以上に責任をわきまえている。そんなふうに女性を傷つけるつもりはまったくないし、相手が花道ならなおさらだ。 仙道は少し自分に待ったをかけて、何度か深呼吸した。
「センドー」
 花道がもどかしそうに言う。
「ナニしてんだよ」
 さらに深呼吸。
「…ことを急がせたくない」
 快楽ですべてを忘れさせたかった。テクニックで圧倒したかった。永遠に虜にしたかった。
 そうなったらオレを追い払うことなどできなくなる。絶対に。病み付きになって。
 花道がイライラ言った。
「センドー」
 目を閉じ、呼吸を整えながら答えた。
「なに?」
「…イソガセロ」

 頑とした口調に仙道は目をしばたたき、つい微笑んで、丸いお尻をぴしゃりとはたいた。
「わがままだなあ」
 ジーンズをつかみあげ、財布を見つけるとコンドームを探った。記録的なスピードで装着し、再び花道にのしかかった。 花道が自らすりよってきたので、感動のあまり息が詰まった。

「やばい。オレ今切羽詰ってる。やさしくしたいんだ、ほんとに。だけど長く待ちすぎたし、ずっとおまえが欲しかったし、 それに、もう、おまえの中に入りたくてたまらない」
 花道の両手が仙道の両頬を軽くつねった。
「だからいいっつってんダロ!」

 ううっ。

「おまえはわかってないんだよ。この感じは、とても一回じゃ治まりそうもない」
 花道の両手が仙道の背中を撫で下ろし、むき出しの尻をぎゅっとつかんだ。むっとしたまま言った。
「…ダレが回数決めたんだよ」
 自制心が砕け散った。

 欲望の靄の向こうに花道を見つめ、身体のあいだに手を挿し下ろし、太腿のあいだに指をすべりこませて襞を分かつと、十分な露が仙道の指を濡らした。
 途端に花道がかわいく喘ぎ、身悶えする。
 さっき達したのと、新たな欲望のせいですっかり熱く濡れていた。
 そこにうずめるのだ。天にも昇る思いだろう。
 明らかに欲しがっている。
 オレを。
 猛烈な悦びと切なさに震えが走った。
 花道の顔を見つめたまま、ゆっくりと指を二本押し込んで、さらに柔らかく開かせ、準備させた。
 下で花道が身をよじり、全身を震わせながら、官能的な小さな声をのどの奥からしぼりだす。
「も…も…せんど…や…」
 指を引き抜き、ぷっくりとふくらんだかわいいクリトリスにふれると、花道がギュッと身を縮めた。もう少しで押しのけられそうになった。
 花道の息遣いがさらに切迫し激しくなり、再び『もうすぐ』なのがわかった。熱い先端を押し当て、襞に包まれるのを、濡れた熱に閉じ込められるのを、 強い筋肉に呑み込まれるのを感じた。
 鋭い快感に歯を食いしばり、腰を使い、ゆっくりと押し込む。

 きつい。

 傷つけてしまうのではないかと心配になるほど花道のそこは狭く、身を進める仙道にはたまらなかった。
「あ…ヤダ…センドー…怖い…あ…や…」
 今更になって花道は、その想像以上の圧倒的な感覚に、全身をブルブル震わせ必死で仙道の腕に爪を立てあらがった。 が、今度のわがままはもうきいてやれなかった。
 花道をそれ以上力ませぬよう、宥めるように弱い首筋に何度もくちづけ、時折きつく吸い、快楽に気を紛らわせる。
「あっ…あっ…んっ…」
 蕩けるような甘い声だ。

 かわいい。かわいくてたまらない。
 もう絶対にやめてなんかやれない。

 片手で身体を支え、やわらかな丸い胸を片手でそっと包み、そのまま手のひらの腹に当たる突起を転がすと、吸いつくような蠢きが加わった。
「ああっ…いっ…」
 全身を駆け抜ける切ない快楽の波に、涙を散らす花道。その艶を食い入るように見つめたまま、どちらの乳首にも同じような愛撫を十分に施し、 そのままタイミングをはかりながら完全にひとつになるまで、根元までうずまるまで、傷つけぬようにゆっくりと、 しかし容赦なく腰を使って、ついに花道の奥深くまで沈みこんだ。
 ふたりの呼吸は一緒に駆けた。
「あっ…あっ…センっ…ドっ…」
 仙道は唸った。
 具合がよすぎる。
 まだ入れただけだ。動いてもいない。が、せまい胎内を大きく押し広げ、硬く熱く脈動する仙道の感触に、花道の全身はヒクヒク震え、身をよじり泣いていた。
 もう我慢できない。動く前に果ててしまいそうだった。
「くそっ」
 こわばった腕で身体を起こし、ゆっくりほぐすように腰を使い出した。途端に花道の鳴き声はさらに甘く切なくなった。もちろん絡みつくそこも。
「ああ、すごい…よ桜木…おまえんナカ…。すごく、いいっ…」
「あっ…あっ…ダメっ…センっ…」
 今更静止の言葉まで紡ぎだした花道の耳を軽く噛み、思い知らせるように、もう一度激しく突き上げた。

「ひんっ…」

 わななきがつま先まで走り抜ける。
 何度かその激しい突き上げを繰り返すと、すでに花道は頭上に腕を投げ出し、みだらな、無防備なポーズとなってすすり泣いていた。
 めくるめく興奮の声。
 やっと。やっと花道とひとつになった。
『特別な相手』と、きつく、深く結ばれる幸福に仙道は酔った。しびれるような快楽だった。
 花道の陶酔の表情を間近にうっとりと眺めながら、わかりきったことを確認する。

「…まだいや? もうやめる?」
「あ…あっ……や…セン…ドッ…」
 自分でも何を言ってるのかわからないのだろう。だが身体は必死に仙道にきゅっとすがりついた。

 かわいい。
 かわいい花道。
 うんと、うんと、かわいがってやる。

 仙道はゆっくりと腰を使い出した。
 脚を大きく広げさせ、突く度に、充血したクリトリスまで十分刺激するように、巧みに腰を使った。
 あまりの切なさに花道は啼き続けた。

 本当によく締まる。

 滑りは十分によかったが、とにかく処女以上の締まりのよさだ。ひくひく締まるそのナカは、むしろざらついた感触で、 仙道の男を狂おしいほどに悦ばせる。そこを最奥まで深々と、何度も何度も抜き差ししては、強引に腰を使って味わい続けた。
「…すごい、よ、まえんナカ、すごく、いい…。ね、オレのキモチいい? キモチいいの?」
「い…いっ…や…あ…あっ…」
 言葉とは裏腹に、もはや仙道をきつく銜え込んだまま離そうとしなくなった肉壁は、さらに奥へと誘い込むような蠢きで仙道を蕩かしはじめていた。

 たまらない。
 今まで関係したどの女とも比較にならない。
 言葉などには到底表せない、まぎれもない名器の感触。
 すでにひっきりなしに上がりだした花道の追い詰められたような震える涙声が、さらに仙道の脳髄を蕩かし、 仙道もまた震える荒い吐息のまま、夢中で腰を波打たせその快楽を味わい、味わわせ続けていた。

 熱い視線をその顔に注ぎ、歯を食いしばり、筋肉は汗を浮かべ、引き締まり、わなないた。
 丸い胸は突く度に揺れ、敏感にぷちんと勃ちあがった乳首はその度に空気に嬲られ、繊細な疼きを身体の芯に、仙道に伝えていた。
 花道の匂いがした。
 花道独特の。甘い興奮の匂い。
 官能と、熱と、まだなにか別のものに包まれている気がした。ほかの女には感じたことのない、なにかに。
 これは花道で、とにかく、ほかとは違うのだ。
 仙道に揺さぶられるまま、涙を湛えた瞳がすがるように見上げた。背中をつかむ指がぶるぶると爪を立て、 さらに切迫して締まりはじめたソコは、仙道を銜え込んだまま切なく激しくざわめきだしていた。

 もう終わりが近いのだ。
 かわいい泣き声が、限界なほどに震えながら必死にその口唇につぶやいていた。
「あっ…イくっ…センドッ…イくっ…もイッちゃ…」
 絶頂間際の締まりのきつさに逆らいながら、力強く突きのリズムを保ちつつ、いまは花道の快感だけに集中して、 口唇が無言の叫びをあげ、身体が硬直するのを見つめた。

「おいで、桜木」
 殊更激しく深く速く、何度も何度も、熱い最奥を突き続ける。
「来ていいよ」
 ついに花道が、堪えきれぬ風情で何度か腰をよじると、絶叫とともに涙を散らし、仙道が繰り返し刻み込み続けた快楽の波に乗って、 大きくわななきながら高みに達していた。

 十分だ。十分すぎる。

 仙道は目を閉じうなりながら、至上の愉悦を味わわせ続ける花道の中で、自らも堪えに堪えた精を解き放っていた。


   ***


 凄まじい快楽だった。

 すべて搾り取られるような感じで、絶頂感はいつまでもやまなかった。このまま二度と動けなくなるのではないかと、 へとへとになって起き上がれなくなるのではないかと思えた。
 花道の上に突っ伏すと、体重を受け止めて小さく息を吐き出す音が聞こえた。
 何か言わなくてはならないのはわかっていた。
 何か気の利いたことを。愛情を示す言葉を。
 だが、唯一思い浮かんだ言葉は、あまりにも重くあまりにも深かった。

『愛してる。
 もう二度とオレから離れないでくれ。』

 …なんてこった。

 余波で頭がズキズキした。
 花道はそんな言葉は聞きたくないはずだ。まだ、束の間の関係だと思っているのだから。
 仙道は固く目を閉じて、論理的に考えろと自分に言い聞かせた。
 セックスのあと、いつもは相手にどんなことを言っている?
『よかった』とか、『特別だ』とか。本音だけれど、あたりさわりのないことを。冗談を言ってからかったり。雰囲気を明るくしたり。
 だけど正しくない気がした。決まり文句を花道に使うのは。花道は実際に本当に特別だし、『いい』どころではなかったのだから。
 その事実を軽んじるわけにはいかない。花道との行為には……そう、ぶっ飛んだ。しかも、ぶっ飛ばされたのはオレの方だ。花道ではなく。情けない。

 さらに数秒にわたってひとり悶々としていたが、やがて沈黙が気まずいくらいになってきた。
 花道を傷つけたくない。絶対に。だからなにか思いつかなくては。
「桜木」
 顔を上げると花道の目は閉じていて、身体はじっとしていて、息遣いは深く落ち着いていた。開いた口唇にキスをして、小さな耳にふれてみた。
「…もしもし?」
 返ってきたのは鼻から洩れるいびきで、花道はさらにのんびりとソファに沈んだ。
 驚きに目を見張り、仙道は繰り返した。
「桜木?」

 ピクンとしたが、起きなかった。
 ついに仙道はひとりでクックッと笑いだし、しばしの猶予に感謝した。おかげで花道に何を告白するにせよ、その前に頭の中を整理できる。
 起こしたくなかったので、用心しながら身体を離した。

 花道は一晩中オレと愛し合いたかったようだが、それどころではなかったのは明らかだ。
 だって意識さえない。こめかみにそっとくちづけた。
 これまでどれだけの心の重荷をひとりで背負ってきたのだろう。どうして水戸は前夫を追い払ってやらなかったのか。
 花道とのことで進展がある度に、新たな疑問が湧いてくるように思えた。
 花道が身動きしたので仙道の心臓は跳び上がった。
 いまある選択肢を考え、すぐに決心した。そもそも花道をひとりにしたくなかったし、いまは寝かせておけばそうしなくて済む。
 立ち上がると花道の脚の片方がソファの端からずり落ちて、上品とは言えないが視覚的には刺激的なポーズをとることになった。 裸体をちらりと眺めたが、目はどうしても太腿のあいだに引き付けられる。なんともそそられる。

 ああ、さわりたい。味わいたい。

 やめた方がいい。とりあえず、いまは。
 花道は頑なにオレを追い払いたがっているのだから、そんなことは不可能だと証明できるかどうかはオレの手にかかっている。 もしいま寝込みを襲ったら……いや喜びはしないだろう。
 花道はとても強情で我が強いから、仙道は束の間のお遊びではない、生活から追い出せる男ではない、とわからせるには、オレが努力するしかない。
 愛しい身体を両腕に抱き上げ、ベッドへと運んだ。
 随分眠っていなかったのだろう。横たえられたままぴくりと動きもしない。文字通り、枕を頭の下に入れてやらなくてはならなかった。
 その、動かぬ寝顔ですら、いつまで見ていても見飽きることはなさそうだった。


  ***


 バスルームに入ってコンドームを外した。

 自分に首を振った。
 花道の言葉がなかったら、避妊具なしで抱いていたのだろうか。妊娠させたらどうする?
 動きを止め、流しの縁に両手をかけて、洗面台を食い入るように見つめた。

 女性を崇拝しているし、もちろんセックスは好きだが、そのどちらにも常識を蹴散らされたことはなかった。 相手を傷つけるような危険を冒したことはないし、我を忘れたこともない。

 父親を憎んでいるのは、彼がしたことのせい。

 彼が無責任だったお陰で母と兄が払わされた犠牲のせいだ。まだ若い頃に、自分はああなるまい、 ろくでなしの父親とのあいだにはひとつも共通点を持つまいと誓った。
 それなのに花道を前にして大事なことを忘れかけた。
 花道が制してくれなかったら、なんの防御もなく滑り込ませて、じかに花道を味わっていた――ああ、気持ちよかっただろうなあ。
 コンドームなしでセックスをしたことはないが、花道を、いや花道なら感じたい。
 考えただけでゾクゾクする。

 ――花道が妊娠したらそんなにまずいか?

 自分の考えに度肝を抜かれて、仙道はぱっと顔を上げた。
 まったくオレは。またコトを急がせてるじゃないか。
 花道はオレに『そばにいてほしい』とも思っていないのに。いまはまだ。

 仙道は首を振った。
 花道のそばに戻りたくてたまらなかった。顔を洗い、うがいをし、さっぱりしたら、新しい窓の鍵と玄関の鍵を確認して居間と台所を抜けた。
 仙道は眠りが浅いので、寝室の窓は大きく開けたままにし、涼しくなった夜気を取り込むように扇風機を置いた。小さな建物は風通しが悪く、 エアコンがないので暖かすぎた――が、花道と一緒に眠れるのだからそれくらいの不都合はささいなことに思えた。
 電気を消すと、裸のまま花道の隣に横たわった。花道のベッドはかなり狭かったので、スプーンのように寄り添って、 花道を腕の中に抱きしめ、丸いお尻が股間に当たる感触を楽しんだ。
 オレのものだ、と言わんばかりに丸い胸を包み、無意識のうちに愛情を込めて耳にくちづけ、それから暗闇を見つめた。

 考えることがたくさんあった。
 花道の前夫、花道の安全、花道に対する自分の信じられない反応。
 そして隙さえあれば食ってかかろうとする相手を愛してしまったという事実。オレを生活から追い出したいと明言した相手を。
 その愚かさを鼻で笑った。

 オレはどこへも行かないし、花道はそれを受け入れるしかない。
 だがそれはさておき、いまはこうして花道のそばにいる――実感したくてギュッと抱く――だからいまは眠って、抱きしめて、そしてなにより花道を愛そう。
 明日になったら解決に乗り出そう。

 どうにかして。


   ***


 う〜んと伸びをした花道は、何か温かいものが背後を覆っているのを感じ、ぴたりと動きを止めた。
 片方の肘を突いて振り返ると淡い朝の光の中で仙道が微笑みかけていた。

「おはよ、桜木」
 ヤツが腕に力を込めたので、花道はよろけて仙道の胸に着地した。ものも言えないくらいビックリしていた。
 脂汗をダラダラ垂らしながら、仙道の腕の中、自分の殻に閉じこもっていた。

 なんだ?
 なんで?
 なにが?
 なぬ?!

 ぶるぶる震えながら岩のように硬く口を閉ざした花道。
 仙道の片手が、そんな花道の背中からお尻までをツツーッと撫で下ろす。そのまま手のひらでふくらみを包んでギュッとつかんだ。
「あ・んっ」
 思わずあがったかわいい悲鳴に、仙道の笑みが広がる。
 眠そうで、挑発的で、セクシーな笑みだった。
「朝のおまえっていつもこんな感じ?」
 花道は目をパチパチさせて、眠りで靄のかかった頭に押し寄せる記憶を咀嚼しようとした。が、容易ではなかった。 なんせ同じベッドに、すぐそばに仙道がいるのだ。その上自分はその腕の中にいるのだ。その上、すっぱだかで一緒に……寝たのだ。

 ……一晩中?
 マジで?
 でも、それならこれでヤツを追い出せるハズだ。

 ソウだろう?

 そう考えているあいだにも、大きなごつごつした手に尻をのんびりと撫でまわされ、身体に震えが走った。

 ……ソウじゃねぇのか?(泣)

「桜木、簡単な質問だったろ?」
 指先のたどる軌跡に目が閉じそうになった。
「シ…シツモン、て?」
 指が尻の割れ目をたどりだし、後ろから小さな襞にふれた。
「朝はいつもこんな感じなの?」
 もうほとんど息も絶え絶えだった。身体は勝手にこわばり背中は弓なりに震えた。
「そ…そんなにヒデェ顔、か、よ…」
 弱々しい声で答えた。
 撫でまわしていた手が太腿を愛撫しギュッとつかむ。のどの奥から低い声で囁いた。

「すごく、おいしそうな顔」
 花道の顔が、声にならない悲鳴をあげて固まった。
「オレ、ベンジョ!」
 とっさの自己防衛本能でベッドから降りた。仙道が男特有の余裕をにじませ微笑んでいた。
「早く帰ってこいよ。待ってるから」
 花道は全身汗びっしょりになってぴゅ―っと逃げ出した。

 バスルームは壁の反対側にあったので中へ駆け込むと、思わず力いっぱいドアを閉じた。ドアにもたれかかり目の前の壁を呆然と見つめた。
 灰色の夜明け前の光が、小さな窓から差し込んでいる。

 オレはハダカで、
 ヤツと一緒に、
 寝た? 
 一晩中?

 ひ・と・ば・ん・じゅ・う!

 その大きなロゴに押しつぶされそうになった。
 そして、仙道は今朝また『せくしー・モード』になりたがっている。
 あんな…あんな…

 先ほどの指先のいたずらに引きずられて、昨夜の追憶が、ぞくっと花道を震わせた。
 ゆうべ…
 すごく、すごく、スゴかった…
 すでにシンゾーが猛烈にバクバク言いはじめていた。
 奇妙な動揺が下腹部を疼かせ、胸が張ってぱんぱんになった。すぐに吐息が切迫し、まぶたが半分下りる。思い出すだけで、じゅん…とあそこが熱くなる。

 ひい! なんじゃこりゃ!

 自分のカラダのいやらしい反応に、わなわな震えながら花道はその場に立ち尽くしていた。





つづく


2007.5 脱稿


お久しぶりです。お待たせしました?
だって、この「8」だけで7ファイルもあるんですよ。
書き直しに次ぐ書き直しで。
まあとりあえずこんなところで、どうでしょうか。
いずれにしろ暫定です。推敲途中ですので、一緒に頑張りましょう(どうやって(笑))
(by Z様)








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