一夜だけの約束? 3



一夜だけの約束? 3
Promise of One night only



「一晩…だけ?」
「おう」
 また仙道にふれる。小さな手が這いまわり、肩を撫で上げ首筋を包む。たまらない。
 そのいたずらな手をつかみ、叱るように手のひらにくちづける。
「いつまたこんな気分になるかなんて…わかんねぇし。つかハジメテだ。もう二度とねぇかも。どうせ今日は何から何までオカシんだ。 お互いフーゾクにでも行ったと思えば…てめぇの言ったとおり、一晩だけなら込み入ったことにもなりっこねぇ」

 いやダメだ。
 オレが欲しいのは一晩だけの遊びじゃない。
 欲しいのは……その、一晩以上のものだ。
 どうしたらいい? どうしたら…

「桜木……困ったことがある」
「ん?」
「おまえに約束した。『今夜そーゆーことはしない』って」
 花道がやや戸惑った表情をした。
「んなん…」
「いいや。いまさら考えを変えるなんて許さない。朝になったら絶対オレが責められるんだから」
「オ…オ…オレがいいっつってんだから…」
「『後で何を言っても』とも言われた」
 花道がむっと口唇を結んだ。
「ジ、ジブンの行動にはジブンで責任持てるぞ! オレ様はちゃんと……オトナだ!」
 そうだろう。
 花道が他人に頼るのが苦手なことも、死ぬほど助けが必要な時だとしても、オレには頼ろうとしないのも直に学んだ。

「わかってる」
 たまらずもう一度くちづけた。今度は欲しいままに。
 深く。さらに深く。
 舌を挿し入れ翻弄しては、痛みを与えるほどにその口唇と舌を味わい続けた。花道が息を切らして仙道にしがみつくまで。
 あっという間に熱くなる花道の身体に仙道の身体も燃えた。すでに二人とも喘いでいた。
 花道はもはや明らかに仙道を欲しているし、仙道は花道の自然な欲情を利用せずにはいられなかった。口唇を離し首筋に囁く。
「すごくいい解決法がある」
 驚かさないように、いやなら抵抗できるように時間を与えながら、ゆっくりと動いて花道の横に寝そべった。
 花道を引き寄せると、興奮して震えているのと激しく脈打つ鼓動を感じた。仙道も震えていた。
「…どんな?」
 花道は仙道をひどく警戒しているから、これが花道を納得させられる唯一のチャンスかもしれない。

 オレは一度約束をしたら必ず守る男だということを。

 限界まで試されることになるかもしれないが、それでも構わない。
「…センドー?」
 こめかみに鼻を擦りつけ、まだ湿っている赤い髪とつやつやでやわらかい肌を味わった。
 このままこの薄い布を剥ぎ取ってしまいたい。
 上にまたがり、今すぐにでも深く貫いてしまいたい。そうする代わりになんとか囁く。
「手を貸すよ。おまえは疲れてて眠らなくちゃいけない。でも興奮してるとなかなか眠れない…」
 予想通り、花道がけげんな顔で身体を離そうとした。
「…なに言ってんだ?」
 花道を引き寄せる。
「オレにまかせて」
 耳たぶにくちづけ、そっと噛む。「達かせてあげる」
 瞬間花道が息を呑みカッと赤くなった。
「オ、オレが言ってんのは…」
「セックス? だめだ」
 花道にやさしくふれ続けその気にさせる。
「さっきまでおまえが望んでなかったことは絶対にしない。だけど他にもおまえを気持ちよくさせる方法はいくらでもある」
 花道は固まったまま、迷いと不信感、ショックのようなものを滲ませていた。帰ってくる皮肉や怒りを想定して仙道は身構えた。 が花道は力なくつぶやいた。
「…マジで?」
 仙道の中の、あらゆる男性的なものがふくれあがった。

 決意。興奮。劣情。

 片肘をついて身を起こし、闇の中で花道を見つめた。
「もちろん」
 うんといい気持ちにしてやる――よすぎて、たった一晩ではとても終わりにできなくなるくらいに。
 胸に当てられた小さな手がギュッとこぶしをにぎり仙道のシャツをつかんだ。その手を肌に直接感じたかった。
 仙道は口を開いた。
「これ、脱いでいい?」
 そして身体を離すとシャツを取り去った。
 上半身裸になり、もう一度、ためらう花道をやや強引に腕の中に抱き寄せなおす。花道の息はさらに速く、胸の肌に熱く当たった。
 うろたえた表情が見上げた。

「て…てめーはどうなるんだよ」
 鼻の先にキスする。
「プレゼントだって思うことにする。オレは、おまえに……ふれたくて仕方なかったから」
 花道が口の中でごにょごにょ言った。
「フ…フコウヘイじゃねぇかよ」
 指先で花道のあごを見つけ、自分に向かせる。
 明かりがなくても花道の瞳がわかった。おびえと熱とが同時に宿っている。
 不慣れな感情が自分の中で騒ぎ出す。荒々しく、激しく、圧倒的な勢いで。
 指先でそのやわらかい口唇にふれるだけで、身体の芯が花道を欲しがって猛烈に疼いていた。
「はっきり言うと、オレはあたまがおかしくなるくらい今すぐにでもおまえが欲しい。自分でもわけがわからないほど。 でも、オレはおまえに、ちゃんとオレと同じくらいオレを求めて欲しい」
 花道は真っ赤になっていた。
 そのあからさまな告白と間近な熱い瞳、その上自分もうちあけさせられる恥ずかしさに。怒ったように言った。
「も…も…もとめてるじゃねぇかよ!」
「いや、まだだ」
 が、そのうちきっと。
 しっとりと口唇を重ねると、花道が身体をこわばらせた。それでもおずおずと懸命に応えようとする。
「うんと気持ちよくしてあげる、いいね?」
 花道の震えを感じた。
 不安ではなく羞恥と興奮で震えているのがわかった。
「少しずつ進めるよ」


   ***


 指でうなじをまさぐり、産毛の感触を味わっていると身体を走るそのぞくぞく感に花道が身をこわばらせた。肩の華奢な骨に手を移し、 それから胸元に滑らせる。仙道は息を詰めて身構えたが、花道は拒まず、やめろとも言わなかった。
 あの頃とは比べものにならない、女性的な小さな身体。
 Tシャツの襟ぐりはゆるく深かった。胸にはふれない胸骨の上で指を広げる。ブラジャーはつけておらず、Tシャツの柔らかい木綿の感触にそそられた。
 かすれた深い声で言った。
「もしオレがなにかいやなことをしたら言ってくれ。すぐにやめるから…」
 泣きそうな顔で、かすかに身体を動かして、花道が仙道の首筋に顔をうずめてきた。脚に脚をからませ、 無意識に太ももを勃起に押し付けられてますます昂ぶってきた。
「…桜木?」
 わからないくらい小さく花道はうなずいた。安堵のあまり雄叫びを上げたくなった。「そうか」
 おでこに、こめかみに、やさしくキスをする。
「よかった」
 花道が身体を動かした。仙道がより身体にふれさせやすくしたようだ。が、仙道は急ぐつもりはなかった。 それどころか、じっくり時間をかけて淫らな前戯に耽るつもりだった。女はそれを喜ぶものだし、仙道のほうもまったく不満はない。

 花道を激しく駆り立てたかった。
 自分に負けないくらい我を忘れさせたかった。
 仙道は花道の首筋を、かするように口唇でたどりだした。
「…あっ…あっ…やっ…センッ…ドッ…」
 どうやらくすぐったさだけではなさそうな甘い声が仙道の耳をくすぐる。
 やめてなどやるわけがない。
 そうしながら弱い箇所を見つけては、やや強く肌を吸いじっくりと痕をつけてゆく。  鏡を覗いた時、今夜のことを、この瞬間のことを思い出すように。二人の間にあるものがなんであれ、 それが一晩では決して消え去らないことを知らしめたかった。
 舌をふれ合わせたくちづけのままTシャツの上から、その身を確かめる。上へ。下へ。なぞるように。
 胸の谷間をちょっと下りて、また這い上がる。たまたま胸の突起を指先がかすめた。途端花道がハッと息を吸い込み、乱れた声を洩らした。

(どれくらいご無沙汰だったのだろう。)

 敏感すぎるほどの花道の反応。
 まだほとんどふれていないというのに、花道はすでに全身を震わせていた。
「…かなり切羽つまってる? 桜木…」
 耳に直接囁かれる問に、悔しそうに花道が仙道の肩に歯をうずめた。強くではないが欲しがっているのは間違いない。そしてコクンと素直にうなずいた。

 かわいい…

 今夜何度そう感じただろう。
 かわいくかわいくてしょうがない。

 桜木…

 もっともっとかわいくさせてしまいたい。泣き出すくらいに。この花道を快楽にうんと泣かせたら、どんなにかわいいのだろう。
 仙道は自らの焦れた欲望を追い払い、花道の欲望に集中した。反応をひとつひとつチェックしながら、Tシャツの上から左の胸を手のひらに包み、 その丸みをくっとやさしく揉み上げた。
 張りのある質感。でもとてつもなくやわらかい。
 きゅ…きゅ…と何度も何度も確かめるように揉みしだき、その揉み心地のよさを堪能する。
 揉み込むその度に鼻にかかった甘い声が漏れはじめた。とても敏感な胸だとわかった。吐息は乱れ、全身がふるふると震えている。 もう一度耳に口唇を寄せた。
「…気持ちいいの? 桜木」
 わざと恥ずかしい質問を囁かれ、震えながらさらに身を縮こまらせる花道。
 すでにTシャツを押し上げるように乳首が堅く勃ち上がっていた。きゅ…きゅ…と揉まれる度に繊維に擦られ、 不意に仙道の指に挟まれる度にソコから身体の芯にまで疼きが走りぬける。
 仙道が右手も合わせて花道の両胸をTシャツの上から揉みしだき始めた。
 時折手のひらで敏感な突起を転がしては揉み、揉み上げてはそのままひとさし指の側面で繰り返し突起を弾いた。 あまりの感覚に小さな手が必死に仙道の両手首をつかむが、仙道の力強い腕はびくともしなかった。花道に爪を立てさせたまま、 さらに容赦なくその愛撫で花道を翻弄し続ける。そうされたまま凄まじい快楽の波に身悶える花道は、ついに泣き出してしまった。

 暗い部屋に満ちる花道の吐息と泣き声。

 ますます仙道の愛撫は加速した。きゅ…きゅ…とまるみを揉みしだきながら敏感な突起を指先に摘み、 もう片方はTシャツ越しに口内に含むと容赦なく舌で転がしては吸い上げ甘噛みする。その愛撫を右に左に何度となく繰り返し、 花道に一層の甘い鳴き声を上げさせ、堪能し続けた。
 一通り満足すると、仙道はようやく再びしっとりと花道に口唇を重ねた。依然敏感な胸を両手に揉まれ続けているため、 花道は必死でかわいい舌を絡ませてくる。もちろん仙道は十分その極上の舌を味わい続けた。

 花道が見たい。
 いま、こうしてかわいがっている胸も、その涙に濡れる泣き顔も。
 キスも愛撫も続けたまま、片手をナイトテーブルに伸ばし懐中電灯を点ける。それをまっすぐ花道に向けるほど下品ではなかったが、 生まれかわったままの姿にして丹念に調べるのもまったくやぶさかではなかった。
 その想像に仙道はうめきたくなるのを堪え、花道の小さな肉体を調べたい衝動を追い払いつつ手早くナイトテーブルの上に懐中電灯を立てて置いた。
 やわらかな光はところどころで影を作りながら部屋の隅々まで届き、花道の赤い髪と淡い肌を浮かび上がらせていた。
「…Tシャツ、脱ごうか」
「待…て…」
 息も絶え絶えに花道が制止した。血液が血管をドクドクと流れている。「どうした?」
「オレ…」
「ん?」
 花道が顔を逸らすようにうつむいた。
「オレ…別れたヤロウしか知らねんだ」
(意表を突き続けるつもりか?)
 花道の言葉を頭の中で反芻し、言わんとするところを推し量ろうとした。
「経験豊富じゃないってこと?」
「…だけじゃねくて」
「なに?」
 花道がすぐに答えないのでキスをした。やさしく口唇を口唇で撫でる。しっかり。だけど短く。切迫して。
「言ってごらん」
 花道の息遣いが聞こえた。まるで小さくなりながら、さらに小さな声で打ち明けた。
「オレ…得意じゃねんだ…イクのが」
 あまりに刺激的な言葉に仙道はうめいた。

 なんてこった。
 確かに挑戦しがいのある相手を求めたが…いかにも花道はソレだ。どこまで行っても驚きの試練が待っている。
 花道と同じくらい真面目な声を出そうと努めながら囁いた。
「かまわないよ。今にわかる」
 鼻に鼻でやさしくふれ、そっと微笑みかけた。
「目を閉じて。楽にして。あとは全部オレにまかせて」
 花道は濡れた瞳で仙道を見上げた。
 仙道の目と、目があっただけでさらに胸が、身体の奥が疼いてしまう。自分でも信じられない身体の反応だった。
 半べその花道はそのまま観念したように仙道の腕の中にその身を預け、震えながら目を閉じた。


   ***


 ここ数年、花道には『こういうこと』は全く縁がなかった。生き延びることで精一杯だった。
 しかし、仙道にくちづけられ服の上からふれられ、胸を揉みしだかれただけで、もうすでに花道は荒い息を吐く以外、何の抵抗もできなくなっていた。
 偶然にも『悪魔の実』なんてものを意地汚く拾い食いしたお陰で、こんな摩訶不思議な変化を遂げてしまった花道だが、女に成りたてだった当時は、 花道自身もお年頃であり、『女性の身体』に興味がないわけがない生き物であった。
 とりあえず『胸』は自分のソレとはいえ花道にも派手に目についた。
 いくら花道が純情系だったにしても、現代普通にテレビを見ていれば、どんなドラマでもその他でも、 多少のお色気シーンというものは視聴者のお愉しみとして提供されていたわけで、「胸をさわられるとオンナノヒトはエッチな声を出す」 というくらいの認識はさすがに花道にもしっかりあったのであった。

 そしてソレは実際どんなモンなのか、自分で自分にやってみた(苦)。

 しかし、その脂肪の塊を、いくら揉んでもつねっても引っ張っても、あんなヘンな声を出したくなる気配はまったくない。 一分ほど研究してみたが、結局得られた回答は、『何が楽しんだかわからない』だった。
 なのに…

 やはり今日の自分がおかしいのか。
 あるいは仙道がやはりそういう意味で『天才』なのか。
 仙道に、そっとふれられただけでヘンになりそうだった。揉まれてしまってはもう完璧にヘンになっていた。
 揉まれれば揉まれるほど、身悶えても泣いてもその疼きが全身を狂わせ、胸にも身体の奥にも熱い切なさが蓄積されていった。 突起をいじられるに至ってはそのえも言われぬ感覚に、もう自分でもわけがわからなくなっていた。

 ヤツは「うんと気持ちよくさせる」と言った。「だけどセックスはしない」と。そんな芸当、普通の男なら考えられないが、 コイツなら楽々こなすように思えた。その方面のことならどんなことでも。
 花道を見つめる仙道のまなざしは、思えば昔から不思議な熱を湛えていた。が、いまや花道を見つめるその瞳にはそれ以上の何かが篭っている。
 その腕の中にいながら、震えるほどに感じる。

 仙道が怖い、と。

 腕力で男にかなわなくなった今、男に恐怖を感じたことがなかったとは言わないが、こんなふうに男を怖いと思ったことはこれまで一度もなかったと思う。
 自分を丸ごと変えられてしまいそうだった。もうもとには戻れない気がした。だいたい「いやなことは絶対しない」「すぐやめる」と言ったくせに、 すでに泣いていやがってもやめてくれていないではないか。

 仙道をなじりたいような気持ちが膨らんで涙があふれてくるが、その愛撫で自分がどれだけの快楽を与えられたかも、すでにはっきりわからされている。
 仙道の手は今の花道の手に比べてずっと大きい。その手が仰向ける花道のTシャツをたくし上げるのを見ているだけで胸がギュッと締め付けられた。

 恥ずかしい。それだけで…

 ぷるんとしたかたちのいい胸が、ついに外気と仙道の視線にさらされてしまった。いや増す猛烈な疼きに、花道は口唇を噛んで震えていた。

 見られている。

 あんなにたくさん揉みしだかれて、泣かされて、疼かされた箇所が、剥き出されてヤツに思うさま見つめられている。 それだけでも恥ずかしくて息が止まりそうなのに……。

 疼きに熱く腫れてしまった胸。
 丸みの先端の突起は可憐に色づき、はち切れそうなほど敏感に堅く震えていた。
「…すごくきれいだ、桜木」
 言うとほぼ同時に右手がじかにその左胸のまるみをそっとつかみくっと揉み上げた。
「あっ…あっ…やっ…」
 花道が抵抗しようとする前に、両胸ともつかんでしまう。そして再び、今度はじかにきゅ…きゅ…と揉みしだき始めてしまえば、 また仙道の手を必死でつかんだまま、花道は泣きながらその快楽に身悶える以外為すすべもなくなってしまった。
「…ああ、やわらかくて気持ちいいよ。すごくきれいだ桜木。もっと感じて…」
 どくどくと脈打つ鼓動が、そのわななきが、揉む度に手の中のまるみからも伝わる。Tシャツをたくし上げられ、 腫れて疼く胸だけを露出させられて、全身をバラ色に染めてその愛撫に身悶える花道は、とてつもなく淫らで扇情的だった。
 色づき堅く勃ち上がったその突起には、あえてふれずに舐めるような視線で犯していたが、そろそろ限界だ。思う様味わいたい。 疼いて疼いておかしくなるくらい、たっぷりかわいがって泣かせたい。
 くっと揉み上げたまま、その突起を指の腹で摘み、その芯をこりこりと確かめるように嬲った。
「ひっ…ひあっ…あっ…」
 ビクビクッと大きくわななき、顔をそらし目をギュッと閉じる花道。結果胸を突き出すような姿勢になってしまう。 まるでそこへの愛撫をさらにねだるかのように。
「かわいいよ、桜木、本当にかわいい…いっぱい、かわいがってあげる…」

 ひくり…とさらに大きく身体は硬直した。
 濡れた感触が、痛いほど敏感になったソレの片方に絡みつき音を立てて吸いあげていた。
 さっきTシャツ越しにされて、じれったくておかしくなりそうになった愛撫を、その舌に直接施されているのだ。
 はげしく揉まれながら敏感な突起を吸われては転がされ、じっくり味わわれている。その濡れた音と、それ以上にイヤらしい激しい舌の動き、 ざらついた感触に、必死にもがく花道だったが、その四肢は完全に仙道におさえこまれていた。
「あっあっあっ…や…だっ…セン…ド…やっ…あっ…」
 やはりやめてくれなかった。
 そのまま気が遠くなるほどかわいがられ続けた。
 花道のうわごとのような泣き声が意味をなさなくなり、まったく抵抗もできなくなるころには、仙道の舌と口唇の感触は、 下腹部にも、震える内腿にも脚のあいだにも感じられた。
 すでにどこもかしこも感じやすくなりすぎていて花道の全身が悲鳴をあげていた。
「…セン…ドぉ…セ…ン…」
 わななく悲鳴のような鳴き声が、すでにどれほど花道を追い詰めているかを表していた。

 かわいい…!

 口唇が口唇を覆った。
 舌が舌をなぞり、夢中で睦みあう。
 その間も、仙道の両手は両胸を包み、堅く濡れた突起を摘んではこすっていた。
「…やっ…もっ…それっ…いっ…いっちゃ…うっ…」
「シーッまだだよ」
 仙道はようやくたくしあげていたTシャツを頭から抜き取り脇に放ると、あらためて熱の篭ったキスに専念しだした。
 長く、深く、むさぼるようなくちづけに、ぼうっとさせられ駆り立てられさらに全身が疼いた。とろりとしたものが身体の奥で渦を巻き、 巻くごとに強く締まっていって、耐えられなくなりそうだった。なのに仙道は達かさぬ程度に胸を揉みしだいては、ただただ口唇をむさぼり続けるだけだった。

 痛いほどのくちづけ。
 キスがこんなにも心を燃やすものだとは、こんなに効果的なものだとは思ってもみなかった。花道は知らなかった。男の飢えたくちづけに、 これほどの悦びがあることを。
 胸ははちきれそうで、突起は我慢できないくらい感じやすくなっていたが、仙道は手を緩めなかった。 ときどき口唇を離れてまた喉に、肩先にくちづける。どこもかしこも敏感になっていたので、どこにふれられても焼けそうに苦しい。 仙道が花道の肘の内側から手首までゆっくり舌を這わせる。じれったさに身悶えた。
 向かい合わせになるように横向きにさせられ、背中に手をまわされた。指を広げて仙道が片方の尻を包んだかと思うとギュッとわしづかまれていた。

「いっ…い…あっ…」
「すごくいい尻をしてる」

 ざらりとした声で囁きながら、強く尻を揉みしだき、さらに引き寄せようとする。新たな強い刺激に、花道の身体がさらにびくびくと震えた。
「ショートパンツも脱ぎたくなった?」
 花道は震えながら必死にうなずいた。仙道のかすれた笑い声は勝利の色に溢れていた。
 上半身を起こして、ショートパンツをあるべき位置にとどめているゆるい腰ひもをほどく。足首まで下ろすと、ひったくるように抜いた。
「きれいな脚だ」
 うっとりと囁く。
 つけているのは小さな木綿のパンティだけ。もどかしくなった花道は親指をその端に引っ掛けた。
「待った。急ぐことはない」
 反論しようとしたとき、仙道が顔を上げて、脚のあいだのふくらみを手で覆った。
「ああ。いい感触だ、熱くなってる」
 もはやここまで追い詰められてあの部分に手を当てられては、にじり寄らないでいるのが精一杯だ。震える息を吸い込み、 花道は必死で太腿をほんの少しだけ開いた。
 仙道が見つめている。視線のあまりの熱心さに、射すくめられて逃げられなくなった気がした。
「…それに濡れてる」
 指先でそっといたぶる。
「楽しんでる? もっとしてほしい?」
 二度も深呼吸してしっかり集中しなくてはうなずくことさえできなかった。
 仙道はてのひらを押し当て、花道に途切れがちな喘ぎ声を洩らさせてからゆっくりと言った。
「もう少し脚を開いてくれる?」
 熱が全身を洗い、顔を火照らせ、身体を燃やした。
 恥じらいに震えながら花道は口唇を軽く噛んで言われるまま脚を広げた。
「いい子だ。じゃあこれはどんな感じ? 正直に言って」
 木綿のパンティの股の部分に羽根のように軽く指先を走らせる。一度奥まで下がっておへそまで上がる。
「言ってごらん、桜木」
「す…すごく…」
 指が下りてきて襞のあいだを押さえ、また上がって、いちばん敏感なあの部分にふれる。
「すごく?」
 花道は首をふった。
「…めろよ」
 小さいけれどなじるような、涙に濡れた震える声だった。
「んなの…言えね…」
 閉じた目から涙が零れ、身体が壊れそうなほどのわななきを抑えようとする。
 仙道の片手は胸に戻り、再びそのまるみを愛撫していた。
「快感に集中したい? ここに……こっちかな?」
 巧みな指先の感触に途切れがちな喘ぎ声が漏れる。
「ああ、どんどん濡れてきた」
 仙道が言うころには、くちゅくちゅいう恥ずかしい音は、パンティ越しにすでに花道にも聞こえていた。

「よし、全部脱ごう。おまえを感じたい」
 急な決定にも、すでに花道は何もできなかった。その最後の小さな下着は仙道にするりと脱がされ、すべてをその目にさらしていた。
 仙道は花道の太腿に両手を載せて前かがみになると、膝に、腰骨に、内腿にとくちづけた。
 脚の付け根に口唇をあてて、仙道が花道を見上げ視線を絡ませた。ゆっくりと目を閉じて顔を内側に向け、深く息を吸い込む。 低い唸り声が花道にも聞こえた。
 次の瞬間、仙道が横に横たわり、花道は引き寄せられた。痛いくらい強く髪をわしづかみにされて、激しく口唇を求められる。 いきなりの激しさに息もできない。ジーンズを履いた脚が太腿を分かち、さらに開かせる。花道は仙道にしがみつかされ、肩のたくましさと、 筋肉の収縮を強引に感じさせられた。

「ああ、おまえが欲しい」

 口唇を重ねたまま狂おしくつぶやく。
 身体のあいだに手をねじ込むと、もはや何のためらいもなく指をソコに滑らせる。一度、二度、ぷっくりとふくらんだ感じやすい部分に、滑りやすい露をまぶす。
「オレの腰に脚を載せて。ここに…」
 言われたとおりにすると、中指をうずめられた。
「あっ…あっ…」
 身をよじったが、手に頭を抱かれていて逃げられない。そのまま仙道がのしかかってきて花道を仰向けにし、押さえつけた。
 ゆっくりと深くうごめき続ける指。喘ぎながらのけぞるが、鋼鉄のような腕に押さえつけられ逃れられない。
「や…いや…だっ…」
「嘘。こんなに熱くてすごく濡れてるのに…」
 口唇を口唇で塞いで、そっと、でも有無を言わさず指を増やしてしまう。
 傷つけぬようゆっくり確かめるように抜き差しし、中で指を広げ、まわし、また抜き差しする。くちゅくちゅいう恥ずかしい音は、 塞がれた口唇から漏れる悲鳴同様次第にますます高くなっていった。
 仙道の腕が頭から背中に下りたので、再び胸を突き出すような姿勢になった途端、疼いた乳首の片方に襲い掛かられ強く激しく吸われた。 一瞬にして高まり燃える感覚に鳴き声を上げるや、花道の身体は解き放たれたい一心で勝手に腰を振っていた。

「いくよ」
 突起を含んだままの囁きはとても小さくて、花道にはほとんど聞こえなかった。親指の腹が充血した肉粒にふれる。
 ひくっ…と花道が硬直した。締まりが一層増す。
 最初はそっと、さわっているかわからないくらいに軽くいたぶり、激しい快感を受け入れる準備をさせる。 それから徐々にそれは強さを増し、意地悪に、容赦なく高めてゆく。
「あっ…あっ…セっ…あっ…」
 喘ぎ声が漏れる。哀願するような甘い悲鳴。もっと啼かせたい。もっと。もっと。
 感情に比例するように乳首を責める舌の動きも激しさを増してゆく。
 挿入している指以外の指がそこを大きく割り開き、ぷっくりと濡れてひくひく震える肉粒を、その親指が丁寧に大胆に嬲り続ける。

 すさまじい快楽を与えるように。
 でもできる限り焦らして達かさぬように。
 時にすばやく。
 時にじっくりと。
 大きく円を描いたかと思うと上下に。あるいは左右に。
 時折指先で摘んでは、さらにその動きを繊細に巧妙に飽きることなく繰り返した。

 花道の全身が仙道の指先に支配されていた。
 玉の汗を浮かべ、つま先まで緊張を走らせたまま仙道の愛撫に甘んじてわが身をさらしていた。

 イきたい。
 イきたくてイきたくてもうヘンになりそうだった。でも怖い。こんなのは知らない。仙道が花道に施す快楽の波はあまりにも大きい。
 花道は仙道の腕に肩に必死に爪を立て、全身をひくひく震えさせながら、身も世もなく身悶え続けていた。
 もう限界だった。
 ついに花道の震える涙声が必死でその終わりを訴えた。

「あ…も、もダメ…いっちゃう…いっちゃう…いっちゃ…あ…あああああああー!」
 仙道の容赦のない攻めにより、最後は一気に絶頂へと駆け上がった。信じられない感覚に鳴き声は爆発し涙が散り、 太腿はピンと張ってわななき、熱が波になって繰り返し全身を駆け抜けた。挿入された指を咀嚼するようにきつく締め付けながら、 全身をビクッビクッと繰り返し大きくわななかせて、しばらく鳴き続ける花道の声もまた同様に大きく震えてわなないていた。


   ***


 ようやく花道は疲れと驚きに包まれて横たわり、火照った身体に冷たい汗を感じた。 もしいまこのホテルが嵐に吹っ飛ばされたとしても動ける自信はまったくない。
 ここまで満ち足り、ここまで疲れ果てたのは、生まれてはじめてだった。

 おどろいた。
 すごかった。
 死ぬかと思った。
(イくってこういうことなのか…)

 まだその指をナカに挿し入れたまま、仙道が横向きになりこぶしで頭を支えていた。見られているのはわかっていたが、 全身がぐったりと弛緩し、視線すら動かせなかった。
 仙道は他人なのに、花道本人より花道の身体を知っていた。
 開いた口唇にくちづけられたとき、尊大な笑みを感じた。口唇を重ねたまま、憎い指を深く埋めたまま仙道が尋ねた。
「これからどうしたい? 眠る? それとも話す?」
 頭が麻痺していた。すさまじいほどの快楽で。

(もう一回できるかな)

 ちょっと自分にびっくりしつつ、花道は答えた。
「…眠る」
 より賢明な選択だ。
 考えなくてはならないことがたくさんあるし、それに何を話すってんだ。礼でも言うのか。こんなに…スゴク…イかせてくれたことに。
 いや、起きてからにしよう。こんなにヘトヘトじゃないときに。別れの挨拶をして礼を伝えてそれからさっさともとの生活に戻ろう。
 時間をかけて仙道が脚のあいだから指を抜いた。一本だと思っていたそれはいつのまにか三本だった。それに気づいた時にまた奥がきゅ…と締まったが、 濡れた音とともに出て行った。
 沈黙に耐えられなくなった花道が目を開くと、ちょうど仙道が濡れた指を口に突っ込むところだった。度肝を抜かれて見つめていると、 仙道は指に絡まる花道の蜜を味わい満足そうに目を閉じた。
 驚きの声を発してしまったのだろう。仙道がこちらを向いた。湿った指で花道の頬に触れ、低くささやいた。
「すごくおいしかった」
 上を向かせ口唇を重ねると舌を差し入れた。
 ギョッとして離れようとしたが逃がしてもらえなかった。仙道が舌を絡ませ、花道自身の蜜を味わわせる。 驚きもしたが、行為の淫らさに興奮もした。仙道が名残惜しそうに口唇をはなし微笑んだ。
「次の時は」と請け合う。
「オレのしたいようにおまえを味わうから」

 次の時? 花道は目を剥いた。

「おまえも…楽しめると思う?」
 小鳥がついばむようなキスをしては、花道の下唇を噛む。仙道はまるでキスするのをやめられないようだった。
「オレの舌を肌に感じたい? 身体のなかは?」
 深く荒い声だった。
「クリトリスもいただくよ。そっとね。きっと気に入る」
 仙道の言葉に花道の身体がぶるっと震えた。

 そんな単語を、まさか知らないわけじゃない。
 けれど、実際自分のソコがどんな感じで、どれ程感じやすいかを教えられたのは、ついさっき、今夜だった。
 仙道の言うことは淫らで刺激的で、することはそれ以上だ。けれどそれは今夜だけ。「一晩だけ」という約束を、仙道は忘れてしまったのだろうか?
 どうやって思い出させようかと思案していると、仙道が言った。
「そんなふうに女の子を悦ばせるのが好きなんだ」
 突然、驚くほど激しい感情が湧き上がった。
 仙道はきっと何十人というオンナノヒトと関係を持ってきたに違いない。さっき花道にしたことは、そういう度重なる経験を通じて完成されたものなのだ。
「いろんな方法で達かせてあげられる」
 ひどく自信のある様子だった。
「さっきのは、気に入っただろ?」
「………」
 今更嘘はつけなかった。
 甘美なだるさに四肢は萎え、心臓はゆるく重い鼓動を刻んでいる。悦びの疼きを、肌の上に、太腿に、胸に、身体の奥に感じた。「…ああ」
 仙道がさらに微笑むと、少年のように見えた。
「得意じゃないって言ったくせに」
「…別に嘘は言ってねぇよ」
 むっとしてよく考えもせずに付け足した。
「さっきのは、驚きのショ…ショタイケンだ」

 仙道が仰天した顔になった。
「ほんとに? 初めてイッたの?」
 勘弁しろ。そんなこと言いてぇわけねぇだろ。
 仙道が親指で花道の下唇をなぞり、それから真面目な顔になって尋ねた。
「…男にイかされたのは、ってことだよな?」
 花道はポカンとした。

 このヤロウ、何が聞きてぇんだ。

 仙道が眉をひそめた。
「やり方は…知ってるよね――?」
「そのハナシはもうすんな」
 打ち切ろうとする花道の顔を強引に手のひらで包み、頬を愛撫する。
「桜木? まさか、女になって最初の最初ってこと?」
 その言い方が気に食わなかった――まるでオレ様が変人みてぇじゃねぇか――ので下唇を噛んで答えなかった。

 仙道は……驚いた顔をしていた。
 信じられない、という顔を。それから男のへりくだりを示そうとしてかなんなのか、非常にやさしい顔になっていた。
「そうかぁ」
 にっこりしてぶすっとした花道を抱き寄せると、顔を胸に当てさせ頭のてっぺんをあごでこする。
「イけなかった? 自分でやっても?」
 花道の顔はまた火照ったが、今度はまったく違った理由からだった。二人がしたことも、その速さも、十分恥ずかしかった。 それなのに、まだ頬を赤らめさせられるとは。花道は抵抗した。仙道をぶちのめしたい一方で、どこかに隠れてしまいたかった。
 思ったとおり、花道の抵抗を感じた仙道がさらに腕に力を込めた。
「気にするなよ。そりゃあ……自分で絶頂を迎えられるほど自分の身体を知らないってのはちょっと信じがたいけど。二十四歳って言ったよね?」
「…オ…オンナノヒトは、そんなコト、しねぇもんだ」

 完璧に仙道の動きが止まっていた。
 心臓を打ち抜かれるような告白だった。

 信じられない。
 なんてことだ…
 なんてかわいい、愛おしい存在なんだろう。
 自分が『女の子』に抱いていた夢を信じて疑いもせず、自分で自分にふれたこともないだなんて。
 愛しくて愛しくてたまらない。

 桜木……!

 花道はなんとか仙道の胸から顔を離そうとしたが、ナゼか仙道の腕の強さはますます増し、いまや痛いほどきつく抱きしめられていた。 いずれにしろフニャフニャの身体では抵抗もうまくできなかったのだが。
「…てぇよもう、いつになったら眠れるんだ」
「ああ…、もうちょっとしたら」

 この愛しさがもう少しでも鎮まったら。

 強く抱きしめられて、胸が腹でつぶされ、お腹がジッパーに押し当てられていた。
「だからもう逃げようとするのはやめて。全身ギリギリに張りつめてるから、おまえがちょっとでも動いたら身体が反応しちまう。 自制心を残しておかないと。眠ってるおまえを抱っこしてられるようにね」
 花道はショックで硬直した。
「い…一緒に寝るのかよ」
 そんな状態で。
 仙道が鼻を耳にこすりつける。
「いけない?」
 いけない、…わけではないけれど。
「心配ない。おまえの純潔はオレが絶対に守るから」
 おでこにキス。
「寝てるあいだにいきなり襲ったりしない」
 花道の背中を、むき出しのお尻を撫でながら、顔で顔をつついて上を向かせる。仙道は微笑んでいたが、 その顔には満たされていない欲望の険しさが残っていたし、瞳にはこれまで以上に切迫した焔が宿っていた。 が、耳に髪をかけてくれたときの手つきはやさしかった。
「…大丈夫?」
 目を反らし小さくうなずく。が、
 どうしよう…。

 仙道の腕の中に、いる。

 ヤバイ。どきどきして眠れないかもしれない。
「いやに静かだな」
 ぐ…。ヘンに勘ぐられるのはまっぴらだ。
「て、てめーにヘトヘトにさせられただけだ」
 仙道がにんまりして、それから笑い出した。
「天国にも昇らせたけど?」
 強く短くキスをする。
「それにしてもすごい一日だった。朝ベッドから出た時は、まさか桜木にまた会えるなんて思ってもみなかった。しかもこんな…とびっきりの…」
 花道を見つめる目が切なく細められ、満たされない身体の飢えを湛えている。仙道がうなるように息を洩らした。
「やばい。オレが誠意ってものを忘れないうちに、もう寝よう」

 罪悪感に襲われた。
 花道はすっかり満たされて、身体は今なおはじめての絶頂の余韻に酔っているというのに、仙道の方はおそらく欲望でカチカチのままだ。 そのつらさは、花道にももちろんよくわかる。
 口の中でブツブツ言った。
「…べつに…やりゃあいいじゃねぇかよ。さっきからそー言ってんだからよ」
「だめだ。おまえはオレをいままでに出会ったアホどもと一緒くたにしようとしてる」
 真面目な声になっていた。
「そんなのはいやだ。だから約束を守る」
「て…てめぇがつれぇんじゃねぇのかよ」
 仙道の頬にえくぼが浮かんだ。
「そりゃあもう」
 お腹に腰をこすりつけて、その固さがどこに集約しているかじかに教える。それから低い声で言った。
「こんなに『したい』と思ったのは生まれてはじめてだ」
 仙道のかすれ声に花道まで息苦しくなった。
「だったら…」
 指で口唇をふさがれた。
「セックスだけじゃないんだ。いや、早とちりしないで。おまえの生活に踏み込もうとは思ってない」
「…」
「だけど今夜おまえが『したくない』って宣言した時にどんな理由があったとしても、その、そいつはまだ有効だと思うんだ。 もし今気が変わってるんだとしたら、それは『オレ』が気持ちよかったからだろ?」
 にんまりと笑う。
「おまえをセックスでコントロールできたらいいのにな。なあ、どう思う? いまだって最初の頃よりずっと愛想がよくなってる」
「てめぇがスキを見せたら、棍棒で滅多打ちにすると思う」
 仙道は声を立てて笑った。かなり上機嫌のようだ。
「寝よう。オレのことは気にしなくていいから。明日、このことはまた明日話そう」

 明日?
 明日になったら、さっさと別れのアイサツをして、それでおしまいだ。これ以上じゃれあうことも心を乱されることもない。
 単なる昔なじみ。バスケつながり。『敵』(だった)。
 だけど疲労困憊でこれ以上コイツとややこしい話をするのはムリだった。
「…好きにしろ」
「感じがいいねぇ。あとで思い出してくれよ。裸でオレとベッドに入っていないときに」
 仰向けになり花道を上に重ならせるとシーツで覆い始めた。
「なにしてんだよ」
「好きにしてるところ」
 両手をお尻に載せ、肩にくちづけてため息を洩らした。
「おやすみ桜木。あーあ、おまえにヘトヘトにさせられた」
「………」
 こんなに身体をぴったり重ねさせられて眠れるわけがないではないか。
 花道はすでに一人で眠ることにしか慣れていないのだ。

 だけど………、

 正直言えばそんなに悪くはないものだった。
 人肌。
 あたたかい。
 ヤツの胸に頬を当て、心臓の上で手を丸めて目を閉じてみた。
 時折肩を撫でる手も髪を撫でる手も気持ちがいい。

 腹に固いものを感じたが規則的な胸の鼓動も感じた。深い息遣いが聞こえた。仙道のにおいがした。
(…キライじゃない。)
 花道はちょっと哀しそうな顔をしたが、一度だけ、その熱い胸にそっと口唇を当てた。
 覚えているのはそれが最後。


   ***


 長い夜が明けるまで、仙道は目を覚ましたまま、おさまっていく嵐の音に耳を傾けていた。地響きのような雷鳴と派手な稲妻は遠のき、 やがて光も音もなくなった。あとには穏やかで落ち着いた雨が残されたが、それもしだいに弱まって小雨に変わった。朝のごく早い時間に月が顔を出し、 濡れた窓ガラスにオパールのような影を落とした。その後、太陽の最初の光が闇を裂いて矢を投げかけ、蒸し暑いとはいえ美しい一日を約束した。
 仙道は骨の髄まで疲れていたが、どういうわけか心の底から満足していた。一晩中花道を抱いて、ふれたり撫でたりしていた。

 桜木がここにいる。

それをひしひしと感じた。一緒にいる時間を一秒でも無駄にしたくなかった。眠りにつけるほど長く感覚を鎮めておけないように思えた。
 花道の方はそんな苦労とは無縁だった。どれだけふれられても眠り続けた。ときには静かな吐息を洩らし、ときにはかわいくモゾモゾ動いたが、 目を覚ますことはなかった。
 まぶしい朝日がカーテンの閉じた窓をこじあけようとしはじめたので、仙道は花道のやわらかい身体を脇へ下ろした。ようやく電気が復旧したらしく、 息を吹き返す送電線や電気回路や機械のうなる音が静けさを乱した。花道が鼻を鳴らし、小さくウーンと言ってまた深い眠りに落ちていった。
 仙道は片肘をつくと、もっと早く実行したかった調査を開始した。

 シーツをくるぶしまで下ろす。

 昨夜ジーンズを履いて寝たのは、自制心の欠如に対抗するためであり、花道をゆっくり休ませるためでもあった。 やわらかくて履きなれたジーンズだったが、今は履き心地がいいどころではない。
 花道が片腕を頭の上へ伸ばしすらりとした脚をマットレスの上で動かした。小さな声を洩らし息をつく。
 ふれずにいるのは決意への試練だった。
 眠ったせいで肌はやや赤みを増し、つややかで湿っている。電気が切れていたから空調も動かず、夜の間に室内は暖かくなり過ぎてふたりとも少し汗ばんでいた。
 冷房が生き返り全力で稼動し始めた今、ひんやりした空気が部屋の中を泳ぎ花道の身体に吹き付けた。乳首がきゅ…とすぼまる。 暗闇ではよく見えなかったので色もわからなかったが今ならわかる。悦びつつ見とれながら花道のそこが、まだ初々しいピンク色だということを知った。 また花道を味わいたくなった。どこもかしこも。

 今でも本当は信じられないが、花道は見事に『女』だった。
 頭のてっぺんからつま先まで。
 まるい。やわらかい。かわいい。でも『花道』。

 鼻は小さく少しつんとしていて、そしてあの愛らしい、食べてしまいたくなる口唇…
 広い肩にしっかりした太腿、そして真っ平らなお腹のせいで、ちょっと少年ぽく見えた。ウェストは取り立てて細くないし胸はまるく引き締まっているとはいえ、 とりたてて大きくはない。
 それでも花道はこれまでに出会ったなかで一番ストライクにきた『女』だ。仙道の欲望は花道の生まれ変わった見た目だけに掻き立てられたのではないし、 単に昔から知っていたからというわけでもないが、それはダイナマイト級の威力で爆発した。花道のすべてに魅力を感じた。抑え切れなかった。
 鼻にほんの少しあるそばかすを除けば、肌は一点の曇りもなく健康的につやつやだった。脚のあいだに目がいくとそこにふれずにはいられなかった。 そっと軽くさわるともっともっと欲しくなった。やわらかい毛に指を絡め、やさしく梳いてから手のひらでその部分を包んだ。自然と目が閉じた。 記憶にあるのと同じくらい熱かった。
 胸をドキドキさせつつ、太腿のあいだに指を押し当てたまま、花道をもっとよく見ようと起き上がった。
 視線を顔からお腹へと下げ、また顔に戻して、花道が目を覚ますのを、あるいはもし運が味方すれば、受け入れてうめくのを待った。

 花道は眠り続けていた。
 安定した息遣い。
 かすかに開いた口唇。
 緊張を解かれた重たい身体。
 ベッドの足元に移動してシーツを床に放った。マットレスを揺らさないように気をつけながら太腿のあいだにひざまずく。
 ゆっくりと、さらに脚を開かせる。
 自分のしていることに、こらえがたい興奮に、血流が渦を巻く。
 ありがたいことに花道が勝手に膝を折り曲げて、飢えた探求心の強い手のために、さらに身体を開いてくれた。寝返りをうちそうになったが、 仙道がすばやく腰をつかまえてじっとさせると、やがて甘い吐息を洩らしながら元どおりに落ち着いた。
 こんなにぐっすり眠る女(?)にははじめてお目にかかった。一瞬、まったく眠っていないのではないか、寝たふりをしているだけではないか、 という疑念がよぎった。けれど、花道の顔も身体も、深く眠った時特有の完全にくつろいだ様を呈していた。

 かわいそうに。

 昨日はこれでもか、というほど働いたのに、夜も半ばを過ぎるまで眠れなかった。嵐のせいで。それとオレの欲望のせいで。

 指を締め付けるきつい感触を思い出した。
 喉の奥から漏れた必死の甘い小さな悲鳴。
 あのとき、顔に浮かんだ切なさと恍惚の表情…

 ゆっくりと息を吸い花道を見つめた。
 全体的によく日に焼けていて小麦色だが、内腿はやや色が白く、絹のようにやわらかい。そのなめらかな筋肉を交互に撫で、すべらかな肌に酔った。

 欲望が暴れだす。
 自分を抑えられなくなってくる。
 胸の鼓動があまりにも激しいので、何かを壊せそうな気がした。そのまま、両手を当てた膝裏を静かに静かに開いて…
 突然その身体がぴくっと硬直した。
 仙道が顔を上げると花道も上げた。
 視線がぶつかった。

「…あにしてんだ?」

 うろたえた、かすれた声が尋ねた。
 ぼうっとした表情。仙道は答えた。
「えーと……睡眠中の婦女子にいたずらしてる……のかな」
 今も両脚を持ったままだったからごまかしようがなかった。まずい…と思いつつも荒れ狂う欲望で全身がこわばっていた。
「さくらぎ…」
 仙道の、普通なら速攻で女を蕩かせる熱の篭ったささやきにも花道は喘がなかった。というか逆に非常に色気のない悲鳴を上げた。大声で。
 慌てて這って逃げる拍子に仙道の顔に蹴りを入れ、シーツをひったくった。そのままヘッドボードにぴったりとくっついたので身体が拝めなくなった。
「…っつー…」
 一撃にクラクラしながら突いていた膝を起こすと、落胆と、寝込みを襲ったやましさを抑えようとした。あごをさすって顔をしかめる。
「…おびえた顔してるってことは…眠気覚ましの一発には興味ないってことだよな」
 まん丸な目と真っ赤な顔のせいでむしろ滑稽に見えた。
「おま…おま…オレを見…っ」
「そうだよ」
 シーツにくるまってしまったその小さな身体に視線を這いまわらせ、まだ眠っていてくれたらよかったのに、と強く思った。
「朝飯におまえを食べようかと思ったら、あごに蹴りを入れられてね」
 花道の口が何か言いたげに開き、ギュッと閉じた。ふるふる震えている。腫れぼったい目とくしゃくしゃの赤い髪が、ものすごくかわいらしかった。
 ぶすっと聞いた。
「…いてぇ?」
 試すようにあごを動かしてみてからうなずく。
「ああ、すごくね」
「ザマァミロ!」
 いい気味だ! と言わんばかりの花道の言い草に仙道は笑い出した。
 すごい。こんなに欲望で猛々しい気分の今でさえ、花道には愉快にさせられる。
「小悪魔め」ベッドルームのドアをノックする音に花道は飛び上がり、警戒心を新たにしてドアを見つめた。仙道は花道の太腿を軽く叩いた。

「たぶんルームサービスだよ。じっとしてて」





つづく


2007.1 脱稿


また前後しました。
先にハーレクインロマンスエロ『一夜だけの約束?3』お届けです。
遊様にのせられました。Z様、簡単にのせられるタイプです。 皆さん、ダイジョブですか? ついてこれてますか? もうだめですか?(笑)
そろそろここいらが分かれ目でしょう。
まだイケルというツワモノの皆様、
今後ともどうぞよろしく。
(by Z様)








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