エロイカより愛をこめすぎたら 06 act.06 ただならぬ関係 (2) The Alarming Relations If Eroica put too much love
午後。 階段の方ですごい音がしたと思ってきてみれば…… こいつ、身軽さだけが取り柄なのに… 「まだ酔っ払っとるのか」 「いや…」 少佐は廊下にうずくまる伯爵を呆然と見下ろしたままつぶやいた。 「…猿も木から落ちる」 カチンときた伯爵。 「平気だよ、これくら…いっ!」 真っ赤になって即座に伯爵は言ったが、そんなもの無視して少佐がその足首をつかんだから伯爵の語尾がおかしくなった。 やや腫れている…捻挫か? 「おい、玄関に車をまわせ。病院に電話も入れとけ。そういや外科部長に挨拶しとらんかったな。ちょうどいい」 前半は召使い達に、後半はつぶやくように言った。 「いやあの、そんな…お気遣…いっ…!」 しゃがみこんだ少佐が試すために少し足首を動かした。 痛みに身を硬くした伯爵を、呆れたように少佐が見た。 「おまえ…身体が資本だろうが。何ごちゃごちゃ言っとるんだ」 伯爵は口唇を噛んだ。 威厳先生に会うのも嫌だし(『昼間っから酒臭い』とか怒られるのも嫌だ(苦))、この感じは…会えばしばらく帰れなくなる気がする。 動こうとしない伯爵。 しゃがみこんだままの少佐。 沈黙。 「…なんだ。おれが運ぶのか」 「結構だ!」 さらに真っ赤になって伯爵が少佐の手をはね除けた。 少佐は立ち上がった。 「おい執事、手を貸してやれ」 *** 結局、軽度ながら関節部の骨の損傷がレントゲンで確認された。 『しばらく安静』。 特に最初の2週間は絶対に安静に、との威厳先生のお達しで、 伯爵は不本意ながら本当に少佐宅に滞在を余儀なくされてしまった。だが奴は、帰りの車でもグズグズグズグズ言っていた。 「おまえ…」 そんなグズグズした話など、基本まったく耳に入らない様子で黙ってハンドルを握っていた少佐が、信号待ちを機に隣の伯爵を凝視する。 「…熱でもあるのか?」 少佐が伯爵の方に手を伸ばす。 「ない!」 ぱしんとその手をはたく。 怪訝そうな少佐の顔。 「…様子が変だ。何たくらんどる」 「た…たくらんでなんか…」 さらに少佐の目が細まる。 「何かやましいことがあるな。なんだ」 「何もない!」 (少佐の)じいいいいいいいっという追求の目。 (伯爵の)だらだらと垂れる汗。 じりじりと詰まる間合い。 「少佐! 前! 信号! 緑!」 「うるさい! わかっとる! わめくな!」 語気に似合わず上品に加速するベンツ。 可能な限り少佐から離れようとするかのように窓側に身を寄せ、ふてくされたように外を睨み続ける伯爵。 べつに伯爵の方なんか見なくても、その不審な様子くらい手に取るように把握できる少佐だった。 *** そして帰宅しても片側松葉杖の伯爵は、しつこくグズグズ言っていた。 「あの…やっぱりご迷惑だろうから空港まで送ってくれれば…」 車のキーを執事に渡しながら、やや振り向いて「何を今更『ご迷惑』とか言い出しとるんだこの阿呆は」という目で少佐が伯爵を見た。つられて執事も伯爵を見る。 「おい執事」 「なんでしょうご主人様」 改めて素直に少佐に顔を向ける執事。 「おまえ泣いてすがっとけ。得意そうだ」 そう言ってとっとと部屋に向かう少佐。 伯爵と執事が複雑な顔を見合わせた。 *** 客間に行くまで。 行った後。 どこで何をしていても、常に気になる使用人たちの視線。 「やっぱり困るよ少佐! またしばらく泊まるなんて。召使い達にどう説明するんだ!」 確かに…という顔はしたが少佐はあっさり言った。 「おまえそういうの得意だろう。まかせる。うまくやれ」 伯爵がむっとして噛み付いた。 「私は君の部下でもなんでもな…」 セリフが終わる以前に少佐が小さく舌打ちし、『黙れ!』と咎めるような顔に壁際に追い詰められ片手に口を押さえられた。伯爵の顔のものすごいそばで噛み締めるように小声で言う。 「声が大きい。不仲と思われたらどうする!」 顔が近い。 手は直。 伝わる熱。 かかる吐息。 ぷはっとなんとか少しだけその手を外す。 「どっ…どうもしないよ!」 動揺を悟られたくなくて、伯爵はすでに真っ赤になってしまった顔を背けて必死に言う。 少佐がはたと気づいた。何度か頷く。 「…ああ、そうだったな。じゃあもっとわめけ。おまえヘマしやがったらその足もっと歩けなくしてやる。それが嫌ならうまくやれ」 伯爵が潤んだ瞳でキッと少佐を睨んだ。 何か文句があるのかね、とでも言いたげな少佐の顔。 「…わかったな?」 『わかった』という表情からは程遠い伯爵のあごを再度つかんで、少佐は念を押すように数回揺すった。 伯爵はあからさまにビクッと身を硬くした。 怯えるように目をギュッと閉じて。 そんな伯爵の様子に、少佐は若干腑に落ちない顔をしたが、 「…フン」 つまらなそうにそう言ってとっとと行ってしまった。 動悸を必死で抑えるように胸の辺りを片手でつかんで、伯爵の悔しげな視線がその背中を追った。 *** 「エーディット様!」 少佐出勤不在中の夕方。 庭にて声を掛けられ伯爵は振り返った。 もう何人にそう声を掛けられかけたかわからない(苦)。 走り寄ってきた彼の明るい表情に、徐々に落胆が浮かぶ。 「…申し訳ありません。人違いを。とても…似ていらっしゃったので」 「いや、謝ることはないよ。エーディットは私の双子の妹だ」 伯爵は苦笑して見せた。 驚いたが納得したような彼。 あとはこの嘘を、彼が適当に仲間に広めてくれればいいのだが。 「あの…」 思い切ったものの、言いにくそうな彼に伯爵は続きを促した。 「エーディット様はお体の具合でも…」 「ああ、心配してくれてたんだね。少佐は言ってなかったのか…」 伯爵は大袈裟にひとつため息をつくと、声を潜めて彼に耳打ちした。 「実は少佐はうちの妹にフラれたんだよ。今じゃ別の『ボーナム』って男と熱々さ」 最後はとりわけ呆れ声でそう言った。 「まさか! そんな! ご主人様とあんなにも仲睦まじかったのに! エーディット様がお輿入れする日をいまかいまかと楽しみにしておりましたのに!」 「仕方ないさ。人間の心なんて移ろいやすいものだからね」 伯爵が肩をすくめる。 「そんな…信じられません! エーディット様に限ってそんな!」 拳を握ってムキになって力説する彼に、伯爵はきょとんとした後、堪えきれずにクスクスと笑い出していた。 「君、随分確信を持って語るけど…『少佐のため』というより……もしかして『君のため』?」 彼が固まる。 「すっ…すみません! 違います! いえ違いません! いや、魅力的な方でしたのでそれはもちろん! …いえ決してやましい気持ちでは!」 そんなに真っ赤になってご主人様の『元婚約者』について語っていながら、やましいもへったくれもないだろうに、と伯爵はさらに笑いが止められなかった。 素直で嘘がつけないタイプか。 誰かさんとは大違い。 つつつ…と伯爵が近寄る。 純情そうなそのドイツ青年の顔立ちは、どことなくノーブルな印象。 『三ヶ月に一度近所の床屋で』的な髪型などから察するに、あまり自分の見た目には頓着しないタイプらしいが、実においしそうな典型的ゲルマン系だ。 「君、素直だね。とても新鮮で素敵だよ」 「………はい?」 「名前は?」 「…フリードリヒ…です」 伯爵が極上の笑みで微笑む。 「へえ、王子様みたいだ。君らしくて素敵だね。『王子様』が『召使い』だなんてそんなシチュエーションもとても素敵だ」 美しいエーディット様の兄君は、うっとりした目つきでさらにフリッツ君に身を寄せる。 すでにかなり近い。 腰の引けるフリッツ君。 ついにあごまでつままれた。 なにかおかしい。目がチカチカする。 「あ…の…」 そのまま伯爵が『いただきま〜す』とその口唇を奪おうとしたとき… 「…その辺にしてもらおうか。うちの風紀を乱されては迷惑だ」 声に振り向いた伯爵は悪びれもせずにっこりと笑う。 「おかえり、風紀委員」 「ご主人様!」 何か重大な危機を脱したような気がして、慌ててご主人様の側にまわるフリッツ君。 怒鳴るご主人様。 「ばかもん! こいつは男色家だぞ。うかうかしてると喰われるぞ!」 「相変わらず失礼な言い方するね君は」 あからさまに気を悪くした風情の伯爵。 「事実だろうが。きさまどこまで守備範囲だ。親父にまで色目を使いおって」 フリッツ君がぎょっとして伯爵を見る。 「だって君のお父上は素敵だもの」 「きさまには倫理感とかスケベ心を抑えようという意思はないのか!」 「君みたいになりたくない」 途切れることなく延々と続く二人の口論を、フリッツ君はテニスの試合でも見るように観戦していた。 *** 「少佐、タバコを一本くれないか?」 少佐が上の空で箱をゆすって伯爵に一本取らせる。 休日。 書斎のソファ。 少佐は軍事関係の専門誌を、伯爵は雑誌の中にちょっと気になる美術関係の記事を見つけ、斜め位置でそれぞれ集中して 読みふけっていたときだった。伯爵も上の空で、もらったタバコを何度かはじいてから口に銜えた。 「じっとしろ」 言うと同時に少佐の手がぬっと伸びてきて不意に伯爵の後ろ髪をくっとつかんだ。 じっとしろも何も動けな…ん? ああ火…と思ったときには、少佐が自分の吸っているタバコの先を伯爵の銜えたタバコの先につけ火を移した。 伯爵の目の前に少佐のド・アップ。 まぶたは閉じて、やや眉間に皺。無駄にセク… ええええええーーーーー???(大汗) しょしょしょしょうさいったい… という考察を、脳に流れ込んだ強い煙が阻止する。 「ぶはっ、重いな! 君よくこんなの何本も… 私はもっと軽い方が好きだ」 少佐が嫌そうな顔をして伯爵を見る。 「文句言うなら吸うな。…きさまそういやゴミみたいの吸っとったな」 そう言って少佐はタバコを外すとひとつ煙を吐き、そのままテーブルの吸殻入れにタバコを置いた。 「『ゴミ』って言うな! でも…」 伯爵は言いながらひとしきりむせた挙句、少し笑った。 「不思議だな君って。こんなにチェーンスモーカーなのに…そんなにはにおわないんだよね。高級タバコだからかな…」 そう言ってタバコを口から外すとやや腰を上げ、テーブルに片手をついて、無邪気にやや不審げに、少佐の頬から首筋辺りをくんくんと嗅ぎ確かめた。 何をしとるんだこいつは…という表情を少佐は一瞬したが、そこまで近づいたことで伯爵の匂いも少佐に伝わった。 伯爵が離れようとしたときには少佐の方ががしっと伯爵の腰を捕まえていた。 「うわっ、なんだ?!」 「おまえ…あれやめたのか?」 「え? なに?」 「あのにおいじゃない」 今度は少佐の方が中腰の伯爵の匂いを嗅ぐ。 やや斜め上の、胸の辺りから首筋にかけて。 「え? コロンのこと? そうだよ今日はつけてない。悪かったよ。におう? 離してくれたまえ! ちょっ、恥ずかしいから嗅ぐな!」 不安定な姿勢でじたばたと暴れもがく。 「いつからだ」 「?」 「今日だけじゃないだろう」 「??」 「おまえ、あれもうやめろ」 「???」 「あのにおい…好かん。何もつけてない方がずっといい」 ぶわっと伯爵が真っ赤になった。 「ちょっ…しょうっ…さっ」 伯爵の片手は少佐の肩や肩甲骨の箇所の衣類を引っつかみ、必死に身を離そうとするがもちろんビクともしない。 少佐の身体の熱が伝わるだけでなく、巻毛にうずもれた少佐の吐息が首筋にかかるのだ。 身を捩り片目をつぶりそのこそばゆさ以上の感覚を必死で堪える。なのに少佐はそのまま平然と伯爵の顔のにおいまで嗅ぎ始めた。 『顔のにおいって…』と呆れるよりも、顔の表面を少佐の吐息がかすめていくだけでゾクゾクしてしまうことにうちのめされ、 伯爵は眉根をくっと寄せた。 タバコを指にはさんで後ろによけていた方の伯爵の手から、ついにタバコがぽとっと落ちた。 幸運なことに燃えやすい物の上ではなかったので、紫煙を上げてほどなく火は消えた。 そうして鼻と鼻、目と目、口唇と口唇が合う位置に来ると、ようやくはじめて少佐がまぶたを上げた。 異常な至近距離から、少佐の瞳が伯爵の瞳を射抜いていた。 その不思議な色の瞳に…捕らえられた。 もう、逸らせない。 少佐が私の瞳の奥に、何かを探してる。 私が…隠したがっている「何か」を。 それだけで、痺れるような甘い疼痛が身体の奥に走る。 鼓動は早鐘を打ち、吐息はさらに切迫する。 逃れられない。 逃してもらえない。 伯爵はもうすでに小刻みに震え、目は潤み、哀願するような表情になっていた。 「…しょ…」 *** 伯爵の震える囁きと短く早い吐息が直接顔にかかる。 本当に最近のこいつは以前と違う。 おれの視線を感じるだけで、怯えるような、今すぐにでも逃げ出そうとするような、それでいて捕まえてほしそうな、 何か痛みを堪えるような、詫びるような、おかしな顔をする。 ひどく引っかかる。 こいつはいつからこんな顔をするようになった? 一体何を隠している? 口を割らせる方法はあるのか? 昔から、こいつが何を考えているのかなんて、すべてはかり切れたわけではないが、それでもついこの間まではもう少しわかりやすかった。 特におれに対しては。 だが、最近はまったくと言っていいほど、何を考えているのかわからない。 ただ、何かを隠そうとしていることは……わかる。 そして逃げている。 なんだ? 今も口唇の熱が互いにわかるほどそばにあるのに、こいつは金縛りにでもあったように震えるだけで動かない。 以前だったらこんなこと、感じる暇もなく絶対こいつから… まさに口唇がふれあおうかというその瞬間に、伯爵がはじかれたように言った。 「ちょっ…少佐! 離せ! フリッツ君が見てる!」 必死に顔を逸らして間一髪で逃れた伯爵と、頭部を伯爵の胸辺りに押さえこまれて眉間の皺が深まる少佐。 「……誰だそれは」 「君んちの召使い!!」 依然伯爵の腰を抱え込んだまま、少佐が背後の窓の外(普通なら人通りなどあるはずのない植木の中)を振り向いたときには、少佐と目が合う前に フリッツ君は一目散で逃げ出していた。 やっとその腕の中から逃れられた伯爵が、どさっとソファに腰を下ろすと大きく息を吐いた。 特段乱れたわけでもない衣類を、ぱっぱっと整えながら。 けれど乱れた鼓動は整えようがない。震えも止まらない。 だから落ちたタバコを拾い、髪をかきあげ、できる限り平静を装って言った。 「一体いつから…ていうか命取りだよ少佐。もっと用心したら?」 『おまえにタバコをやる前からだ』 と知ってはいたけれど少佐はあえて何も言わなかった。 *** 夜。 伯爵は悶々としていた。 …くそ。落ち着かない。 布団の中で何度もプルプルと頭を振る。 今日の、書斎での、あの間近の少佐の匂い・熱・感触が、明かりを落としベッドに横になっても、いまだに伯爵を悩ませていた。 泊まらせてもらうようになって数日経ったが、伯爵はできる限り少佐を避けていた。 特に夜は徹底的に避けていた。 これまでと変わらず、少佐は、伯爵から仕掛けなければ手を出すことはまずなかった。 だから安心していられた………というわけではない(苦)。 伯爵の意志に反して、伯爵の瞳は少佐をとらえるとどうしても離せなくなるし、どうしてもそばに寄りたくなるし、挙句さわらずにはいられない(苦)。 それは昔からそうなのだが、あの一件(05)があって以来、最近の伯爵の身体は、ますます伯爵自身がもてあますほど大変なことになっていた。 私は病気か(中学生か)!? と愕然とするほど大変なことになっていた。 もはや意識化(言語化)したくないほど大変なことになっていた(苦)。 こんなこと、他の誰よりも少佐に知られたくない。 だからできる限り避けていたのだが……。 今日のあれは…、なんだったんだ…(苦)。 布団の中でうつ伏せたまま、伯爵は頭を抱えた。 少佐がどういうつもりかなんて、昔からほとんどわかったためしはなく、特にそういうことに関しては、『つもり』も何も、『何もない』ことがほとんどだったのだが(苦)、 それでも伯爵は一人で哀しいほどにふりまわされてしまう。 …だからこそ悔しかった。 本来、恋愛において優位に立つのはいつも伯爵の方のはず。…だった。…のに。これまでは。 これが『惚れた弱み』? というものか。 今日だって、昼間ちょっとあんなことがあっただけで何度冷水を浴びる羽目になったか。 その上まったく眠れない。 何度も寝返りを打った挙句、伯爵はついにイライラした様子でやや身を起こすと、大きなため息をついて時計を見た。 この時間は…少佐は風呂の可能性が高い。 このわずかなチャンスに、眠くなる本でも失敬しに行くか… と、伯爵は重い腰を上げ部屋を出た。 *** 確かに伯爵の予想通り、ターゲットは入浴中だった。 が、その部屋に足を踏み入れた途端、伯爵は猛烈に後悔した。 思わず絵に描いたようによろめいた。寝室に充満する、その主の匂いに(当たり前だ(苦))。 しかし、ここまできたからには何か収穫を得なければ帰れない。 『泥棒としてのプライドが許さない』というような妙な意地のようなもので、伯爵はその室内に注意深く歩を進め、 本棚の一冊を適当に手に取った。 開けば、案の定一行目で速攻眠気に襲われた(苦)。 (よし、これでいい!)とドアに向かおうとすると同時にバスルームのドアが『ばんっ』と開いた。 「うわっ!」 二人同時に声を上げた。 少佐は寝室にいるはずのない何者かに。 伯爵は首にタオルを引っ掛け上半身裸の少佐に。 飛びのいて後ずさり痛めた足によろけた伯爵は、背中の本棚にしたたか背をぶつけた。 それはそれは恐ろしいほどの狼狽ぶりだった。 少佐の表情がにわかに厳しくなる。 「…何しとる泥棒」 「ほ…ほ…本を借りに来ただけだよ」 愛想笑いの青い瞳が泳ぎまくっている(苦)。 『その挙動不審ぶりで、そんな言い訳が通用するか!』という少佐の目。 だが伯爵に言わせれば『挙動不審にもなる!!』といったところだ。 なんせ少佐は上半身裸なのだ(下はいつものストライプのパジャマ)。 今日に限ってなんでそんなカッコで出てくるんだ! 気前よすぎじゃないか! と伯爵は心中怒り爆発だった。が、ここは少佐の部屋なのだ。どんな格好しようが少佐の自由だ(6巻p152思い出してくれ)。 まさに理不尽な言いがかりだった(苦)。 「ホントだ! 嘘じゃない! ねっ…眠れないからっ! 君なら絶対恐ろしくつまらない本を持ってると思って!」 失敬な言い草だが、本音だし、伯爵は必死だった。 重低音を伴う不機嫌さで少佐は言った。 「……生憎だがそんな本はここには一冊もない」 伯爵は懸命に、手にした本を少佐にかざして示した。 顔は思いっきり背けたまま。 「いや! これでいいんだ! これでいいから一晩貸してくれ! じゃ!」 そう言ってとっとと客間に戻ろうとした伯爵の腕を少佐がすかさず捕まえる。 ギ…ギ…ギ…と軋ませるように首をまわし、恐る恐る少佐を見上げる伯爵。 不機嫌極まりない少佐がきっぱりと断言した。 「貸さん!!」 (な…!) 「ここにあるのはすべて選りすぐった大事な本だけだ。1秒たりともきさまなんぞに貸せるような本は一冊もない!」 伯爵は驚愕にうち震えた。 (な……なんてケチなんだ…!!!) ジェイムズ君だって賃料さえ払えば貸してくれるだろうに…!(哀) 少佐は伯爵の手から、その『大事な』本を、落ち着き払って取り上げた。 そして伯爵を見据える目をさらに細めて言った。 「…だいたい、つまらん本ならおれの部屋じゃなくて、なんで書斎に行かなかった」 伯爵の顔面が驚愕と屈辱で一瞬のうちにザーーーーーーッと青ざめる。 まさに少佐の言うとおりだった。 なんでわざわざ心労のかかるこんなところへ……(苦) 少佐が、まるで旧東側スパイでも尋問するような凄みで伯爵をギラリと睨む。 「…目的はなんだ」 一方伯爵は、自分のアホさ加減にひたすらうちのめされ、片手で顔を覆い、うつむいたまま力なく言った。 「…眠りたいだけだ」 少佐の顔面に不信感が満ち満ちる。 「…どういう意味だ」 伯爵の、情けない泣き笑いのような表情。 「意味なんかないよ」 半ば投げやりな口調。 奇妙な間。 「…………ないわけないだろう」 真顔の少佐が本棚の両端に手をついた。伯爵を囲むように。 (…え?) 突然暗くなった視界に、伯爵がぽかんと顔を上げた。 ……………………少……佐…? 「…この嘘つきめ」 ……え? えええええ〜〜〜〜〜〜!!! 少佐は見事に誤解してくれた(苦)。 *** 「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て、ストーーーーーップ!」 真っ暗だった部屋に明かりがつく。 半脱ぎ(脱がされ?)の伯爵は半身布団から逃げ出していたが、少佐は頭だけ(前髪だけ?)ほんの少し出ている状態だった(※ふとんお化け状態(苦))。 中途で止められて、 布団の中の少佐の顔面が怖いことになっている(苦)。 説明を求められているのはよくわかる。 だがもちろん言いにくい。 が、そんな理由ではこの追求の目からは逃れられそうもない。 顔を逸らし、絶対に少佐の目を見ないようにしながら、伯爵が搾り出すように白状した。 「最近、君………気持ちよすぎるからイヤなんだ」 少佐は渋い顔でしばらく考えているようだった。 が…。 「………きさまの言語はわからんな」 そうつぶやいてとっとと再開しようとする。 「ちょ…少佐ーーーー!!!」 結局、どうにもこうにも伯爵が暴れて手が付けられないため少佐も諦めた。 シャワーを浴びて改めてパジャマを着込んでしまった。 「きさまがイヤならおれはかまわん。じゃあおれは寝るからな。起こすなよ!」 と言ってさっさと部屋の明かりを消して寝てしまった。 …やっぱり。 今更ながら(わかってはいたが)、少佐はこんなこと、やりたくてやってるんじゃないということが伯爵のプライドをいたく傷つけた。 そう、君にとってはまるで任務のようなもの。 そう自覚しただけで、頭にカーーーッと血が上った。 『任務』『任務』『任務』『任務』! 結局、君の頭はそればっかりか! こんなことまで君にとっては『任務』なのか! なのに私は… 私にとっては………! 真っ暗闇の中、怒り(?)に震える伯爵の瞳からぽろっと涙がこぼれ落ちる。 背を向けて寝たはずの少佐のこめかみにイラッと青筋が浮かんだ。 「…起こすなと言ったろう。なに泣いてる。さっさと寝ろ」 背を向けたままそう言われても、伯爵は黙ったまま動こうともしない。 ついにしびれを切らした少佐の方が、暗闇の中、伯爵を布団の中に引きずり込む。 「うわっ」 巻き込んで伯爵を下敷きに抱きしめた。 「ちょ、しょ、少佐…痛いよ」 「黙れ。寝ろったら寝ろ!」 「しょ……」 し…信じられない。この男は…(死) もう気絶する。目がまわる(苦)。 部屋がどうのなんてレベルでなく、少佐の匂いそのものに包まれて。 というかこんなの、少佐の体重がイタ気持ちよすぎて寝られっこない。 なのに、このトーヘンボクは!! こんな拷問………耐えられない(哀) 下唇をくっと噛む。 ただでさえ、今の私は普通じゃないのに… 君はどこまで残酷なのか。 しばらくすると、すん…すん…と鼻をすすりながら伯爵が少佐の顔中にキスしてきた。 『こんなんで眠れるか!(怒)』 と、少佐もまた顔中に青筋を浮かべてギリギリと歯を食いしばっていた(苦)。 つづく
エロイカより愛をこめすぎたら
act.06 ただならぬ関係 The Alarming Relations
ニ0一0 六月十九日
サークル 群青(さみだれ)
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