エロイカより愛をこめすぎたら 06 act.06 ただならぬ関係 (1) The Alarming Relations If Eroica put too much love
夜は相変わらず真っ暗だった。 だが、何かが変わったことに二人ともほどなく気づいてしまった。 「あっ・だっ・だめ・だめだ・だめ・だめ・だめ・しょおっ…さっ…」 一番派手に変わったことは、伯爵が切羽詰ったような声を出すようになったことだ(苦)。 真っ暗なので「どちらのせい」ということは(もちろん作者にも)判断できないのだが(苦)。 そしてある朝… *** 「少佐、不満があるんだけど」 ホテルの一室。 朝食のテーブル。 シャワー浴びたてバスローブ姿の伯爵様と、すでに準備万端ワイシャツネクタイ姿の少佐殿。 「君、最近エッチが上手(うま)すぎだよ(怒)」 ぶふぉおっ 「一体どういう勉強の仕方? 変な専門書でも読んでるのかい?…そりゃ私だって嫌いじゃないけど…でもちょっと嘆かわしくなったよ。 私はそんなにもそんなことばかり求めているような男に見えるのかね?」 少佐はしょっぱなむせてからず〜〜〜〜っと激しくむせ続けている。 「私はそんな技巧に走ったそういうのより、君本来の素朴な感じ(←?)の方がずっとグッと来るのに。 それに体力的にも私が君に合わせるのはなかなか大変なんだよ…だから、ね、別にムリなんてしないでいいから…」 「いい加減にしろ、この野郎。それ以上そんな話を続けるつもりなら、おれはもう二度ときさまにはさわらん!」 青ざめてぶるぶるぶるぶる震えている。 コーヒーカップの取っ手もくだけそうだ。 「わかった。手短に言う。任務みたいに私を抱くのはやめてくれ」 「〜〜〜〜〜〜」 朝っぱらから真顔でそんなことを言いだした伯爵に、少佐はガタガタ震えながらガマの油のような汗を垂らし続けた。 *** イギリス。 ロンドン某所。 「ボーナム君、聞いてくれ。悩みがあるんだ」 (きたぞ)とボーナム君は思った。 この数日の伯爵の物憂げな顔。 悩みの内容は120%ドイツのボンのアレのことだ。 「最近少佐が『いい男』過ぎるんだ」 ぶふぉおおおおっとボーナム君が盛大にお茶を吐き出す。 その後激しくむせ続けるが、伯爵はそんなもの一向に耳にも入らない様子で続ける。 「派手にはしないんだけど、いつもすごく…すごく大事にされてるって感じるんだ。そばにいるときはずっとだし、 アレのときなんかもーホントにね。怒らないし、怒鳴らないし、憎まれ口も忘れたみたいで……。でもね、 私はもともと素の少佐が好きだったんだから、変に気配りとか遠慮なんかされると、逆に刺激が足りないというか ………いや嘘だ。なんかしあわせ過ぎて…怖いんだ。不安になるんだ。こんな気持ち、わかるだろ? ボーナム君」 ひたすらむせ続けるボーナム君。 「お父様のことで感謝されてるのはわかるし嬉しいんだけど、ホント少佐って律儀だよね。ねえ聞いてるのかい? ボーナム君」 伯爵は不満そうに、むせ続ける部下をようやく見る。 「…もういいよ。『飲み物を飲むときは注意して』なんて歳でもないだろうに…」 嘆かわしげに頬に手を当てて、伯爵はため息をついて自室へ行ってしまった。 (誰のせいで!!)と言う気も起こらないほど、伯爵の呆けっぷりに度肝を抜かれていたボーナム君だった…。 *** ドイツ。 ボン。NATO情報部。 ある日、ちょっとした叙勲式の会場で、少佐の目の前でこけた若く美しい重役秘書。 (一番近くにいたため仕方なく(←重要))彼女を抱きとめた少佐の反射神経。 「大丈夫か」 「すみません少佐。ありがとうございます」 「君のせいではない」 そっけなくそう言った彼の横顔にポーッと見とれる重役秘書。 少佐は会場整備の不備を指摘し、さっさと改善を指示した。 その助け方のスマートさ、秘書への言葉のやわらかさ(というかそれまでが異常に嫌悪感モロ出し過ぎたんだが(苦))に、 この事件は、終始赤面して目撃していた女子たちはもちろん、それ以外のすべての女子職員の間で一気に有名な事件となった。 少佐人気赤丸急上昇。 *** A君ボーナム君のお便りメール。 「件名 : 最近の少佐はモテまくりですごいんですよ」 ロンドン某所。 いつもは楽しいはずの定期便にボーナム君の顔が曇る。 こんなメール、万一伯爵に見られようものなら…と思ったときにはすでに背後からそのお方に覗かれていた。 悲鳴にならない悲鳴を上げて固まるボーナム君。 「A君には、私はイギリスの片田舎で大泥棒中だって伝えたまえ。 出かけてくる!!」 そう言い捨てて、上着を片手に伯爵がどこに向かったかは訊かなくてもわかる(涙)。 ボンのNATO情報部である。 *** 日々モテまくりの少佐殿。 目の前でコケる女子多数。 さすがにもういちいち助けない少佐(苦)。 部長がのんびり、そんな少佐を眺めていた。 廊下にて。 「君も大変だな」 「なんとかなりませんか」 親指で指し示し、真顔で少佐が陳情する。 すでに打ち所が悪く骨折した者まで出たと聞いた(苦)。 『おれのせいではない』と言いたいところだが、目の前で、なんとかしてやれなくもない者をすべて見殺しにしているのだから後味は悪い。 部長は引き続き腕を組んだまま、片手だけひじをついて口に当て少佐を観察していた。 「…ふむ。確かに、お父上が亡くなられてからの君は…どことなく丸くなったからな」 「体調管理は万全です」 「そうそう、それだよ君。以前に比べて嫌味にもキレがない」 部長が深刻げに首を振る。 その様子におちゃらけを敏感に感じたとった少佐殿。 「部長、絶対におもしろがってますな」 肩をすくめると、珍しく部長が常識人のような顔をして言った。 「よいことだよ君。お父上も立派な息子を遺せて安心して逝けただろう」 しばらく部長を凝視してから少佐がくさい芝居で目頭に指をやる。 「そんなことを口にするとは…部長もとうとう…」 「生憎だがわしにはまだお迎えは来そうもない」 のどかにそう笑った部長に、少佐は今度こそ真顔で心から言った。 「残念です」 くそ、と部長は去り行く少佐を見送った。 *** 「A君、最近ヒゲだるまは何て書いてきてる」 ギクッとして、席に着いたままA君の背中がこわばった。 少佐の『モテ武勇伝』をメールしているなんてバレたら殺される。 動揺を必死で隠しながら(全然隠せてないが)言った。 「あ、えっと『伯爵はイギリスの片田舎で絶賛大泥棒中』…」 少佐とA君ははたと顔を見合わせた。 「わざわざそんなことを書いてきたのか」 「まさか…」 『はじめて気づいた!』という様子で(実際はじめて気づいたのだが(苦))、A君がキリッと提案する。 「もっと探りを入れますか少佐」 あごに手を当て少佐は少しばかり思案した。 そして結論した。 「ほっとけ、そんな泥棒なんぞ。それより……」 ちろ…とA君のノートPCに目をやる。 「見せろ、そのメール!」 言うなりそのノートPCを取り上げた。 「あーーーーーーーっ」 青ざめるAの悲鳴など完全に無視してその字面を追う。 そのままそ〜〜〜っとその場を逃げ出そうとするAの襟首をぱっとつかんだまま、詳細な(それなりに長い) メールに目を通し、やがて何度かうなずいた。 読了してしまったらしい。A君は恐怖のため窒息寸前だ。 「ほーーーーー。君のメールはおもしろいなあ。ヒゲだるまも大層楽しんどるだろうなあ」 完全に愛想笑いのひきつるA君。 「しょ…少佐…でも、女性にモテるのはいいことで…」 「そんなことはどうでもいい!」 少佐の一喝。 「それよりこの文面によると、君はおれに怒鳴られる方が気分が落ち着くらしいからおれも協力しよう。 最近あまり目をかけてやれなくて…………悪かったな」 笑顔がここまで怖い人間を、A君ももちろん他に知らない(苦)。 悪気はないのに墓穴を掘る。 いつものA君のパターンだった。 *** Aとヒゲだるまとのやりとりの日付から考えて、伯爵はもうここに来ている。 本来職員でないと入れないはずだが、 それでも入り込むのがあいつの悪知恵の働くところだ。 一応まわりに注意を向けたが気配はわからん。 そんな簡単にわかるくらいなら苦労はせん。 そんなかわいげがありゃ警察もとっくにあの阿呆をとっ捕まえてるだろう。 食堂で、トレイを片手に席を探して歩いていると、また目の前で女がこけた。 正直もううんざりだ。 だが…、この際、利用させてもらうか。 少佐がしゃがんだ。 「大丈夫か。君たちもご苦労だな。飯くらい落ち着いて食え。邪魔せんならまわりで食うくらいかまわん」 *** 『戒厳令が解かれた』という噂が噂を呼び、食堂で大量の女子に群がられたままランチをとる少佐。 淡々と口に運ぶ。 ふと顔を上げるとため息混じりに言った。 「そんなに注目されると食べにくいんだが」 まわりから「キャー!」と一斉に黄色い歓声が上がる。 内心猛烈に「やかましい!」と怒鳴りつけたかったが(いつもだったら絶対そうする。というかここに居ない(苦))、 そんなことよりも今は常に神経をはりめぐらせていた。 どこかで必ず見ているだろう、あのド派手な男を捜して。 「すごいなアレ」 「そろそろ少佐も年貢の納め時かもな」 柱の影のBとCのいらん視線はわかるのに (というかおまえらも情報部員ならもうちょっとちゃんと隠れろ!(怒))。 ――少佐は黙って食事を続けた。 *** 「エーベルバッハ少佐、あの、先日はご迷惑をおかけして…」 振り向いた少佐は、誰だこの女…と一瞬思ったが、この一連の騒ぎの元だと思い出した。 ギーゼラ・アマーリエ・フォン・グリュックスブルグ。勤続五年。 実は、部内で唯一と言ってよいほど少佐と家柄の張れる職員だ。 むしろ、一度田舎に引っ込んだことのあるエーベルバッハ家に比べ、ドイツ中心部でその高貴な血を守り続け、 現デンマーク王家、現ノルウェー王家にもつながるグリュックスブルグ家の方が上と言えなくもない。 いずれにしてもすでにドイツに貴族制はないが、こちらもいまだにお城に住まう、正真正銘、現代のお姫様だった。 喫煙室。 タバコを銜え、火をつける直前だった。 「ああ」 「申し訳…」 「まあ、君のせいではない…と言いたいところだが、いささか印象的過ぎたようだな」 改めて火をつけるとライターをぱちんと言わせて内ポケットにしまう。 「少佐…あの、これ、つまらないものですが。先日のお礼の印に…」 タバコを銜えたまま彼女の手のものを見る。 世界的に有名なドイツの文具ブランドの包装紙。 万年筆あたりか。 その書き味のよさはもちろん少佐も気に入っている。とはいえ、こんな女からもらう筋合いはない。 が、『いらん』と付き返すより納めた方が面倒がないと踏んだ。それに今は……なんでもいい。餌が必要だ。 「ありがとう。君もご苦労だな」 「いえ、そんな…私は…その、以前からお慕いしてましたから」 やや思い切ってそう言い、頬を染め微笑む彼女には一瞥もくれず、辺りをぐる〜〜〜〜〜〜っと見まわす少佐。 まわりにいるのは一定の距離を保ちつつ耳をダンボにさせているNATO職員ばかり。 とりあえずそれらには全員逃げ出さずにはいられないような眼(ガン)を飛ばした(苦)。 不意にはじかれたように少佐の表情が変わる。 「…少佐?」 「悪い、失礼する」 *** 「そこか!」 バッと現場を押さえると、廊下の壁に手をついたまま部下Gが泣き崩れていた(死)。 (つまらんものを見つけてしまった…)という猛烈な後悔が憤怒にすりかわり、仁王立ちのまま無駄なほどの威圧感と凄みを効かせて少佐が訊いた。 「…おい、おまえ、アレを見なかったか」 「少佐しか見えません…。 僕にはもう少佐のことしか目に入りません〜〜〜(爆涙)」 話にならないのでもうそれ以上何も言わず、少佐は部下Gをそのままほったらかして戻っていった(苦)。 *** 「大丈夫でしたか?」 「ああ」 情報部に戻る廊下。 最上階へ向かう彼女はエレベーターホールまで歩く。 もちろん少佐の歩幅は『女性向け』ではない。 が、彼女も伊達に『重役秘書』ではない。 「とにかくお礼とお詫びを。あの日、重かったですよね。恥ずかしいです」 「いや、いつももっと重いもん持っとる」 「まあ、私は『物』ですか?」 ややすねるように、でも明るく笑う。 少佐は『物』を思い浮かべたわけではなかった。 日頃もっと『重い者』を相手にしているため(苦)、そういうふるまいも自ずと無駄に備えられ鍛えられ、 より華奢な『女性』などの扱い方が必要以上にエレガントな男になってしまっただけなのだ(苦苦苦)。 「少佐、別に私を助けただけでは、皆ここまで騒ぎませんわ。あの日の私への接し方で、女の子たちは直感的にわかったんだと思います」 少佐の速度が緩んだ。 「…何が」 はじめて視線が彼女に向く。 「少佐が……慣れていることに」 ギーゼラが見上げる。 「今まで、そんな空気微塵も感じさせなかったのに………少佐、もしかしてもう、決めた方がいらっしゃるの?」 その少佐の表情に彼女は一瞬驚いた顔をしたが、その後クスッと笑った。 「思ったより顔に出る方なんですね」 少佐は無視して再び歩みを速めた。 「でも逆にかわいらしいわ。即答できないということは、迷いもあるはず。付け込ませていただこうかしら」 少佐は意外なことに気づいた。 この女、誰かに似てる。 *** NATO情報部、男子トイレ個室の便座に座り込み頭を抱え愕然とする伯爵。 確かに愛情は伝播する。 私は惜しみない愛情を少佐に注いできたと自分でも思う。 それを少佐なりに律儀に返しはじめてくれてきたの(か?)はもちろん嬉しいが…。 その対象は何も私だけに限定されない。 つられて誰にでもやわらかくなってる。まあ自然なことだ。 もともと独身でハンサムで有能で出世頭で身長があって男らしくて金持ちで家柄がよくて世が世ならご当主様 (その上ホモじゃない(苦))な少佐が、それほどにはモテなかった理由は、一重に、猛烈に『女なんて大嫌いだ噛み付くぞオーラ』のお陰だったのに。 それがない。 なくなってる。 それどころか、話しかける声音までなんだか…。 あの調子じゃホントに奥方を見つけるのも時間の問題だ。 その方が少佐のためにも亡くなったお父上のためにもいいのはわかってる。 だけど… 伯爵は両手のひらを鼻の前であわせて、目頭を押さえるようにしたまま目を閉じた。 *** 三日後。 墓場で出会った少佐と伯爵。 有給をとった(というか、仕事が混んでないという理由で人事に無理矢理とらされた(苦))少佐は、父の墓前にしゃがみこむ金髪巻毛の後ろ姿を見つけた。 まだ昼前。 供えられた大きな白いバラの花束。 「…きさまいつきた」 伯爵の後方4、5メートルほどのところから、タバコをくわえた少佐が突っ立ったまま声をかけた。 しゃがみこんだ伯爵は振り向きもしない。 「ついさっき」 (嘘つけ) 「三日も何してた」 「泥棒だよ。イギリスの片田舎で」 「収穫は?」 「バッチリだ」 別にこいつが嘘つきなのは今にはじまったことじゃない。 伯爵が立ち上がった。軽く土を払う。 うつむいたまま。 「もう行くよ。飛行機の時間…」 すれちがいざまぱっとその腕を少佐が捕まえた。 「執事に挨拶してけ」 「…さっきした」 「じゃあもう一回しろ」 伯爵が黙った。 少佐がようやくはじめて伯爵の顔を見た。 「そんなぐじゃぐじゃの顔で空港なんか行ったら、悪目立ちできさまなんぞ即刻捕まるぞ」 *** 屋敷への帰り道。 「少佐、あの花の名前、知ってる?」 「知らん」 「お母上がお好きだったらしいよ」 「らしいな。こないだ執事が言っとった」 「…やっぱり」 伯爵がむしろほっとしたように笑っていた。 「君、知らなかったんだ」 「ああ」 「…だろうと思った」 風に嬲られる髪を束ねながら伯爵が言った。 少佐は久しぶりに伯爵の笑顔を見た気がした。 *** 昼間っから『飲みたい』などと言い出した伯爵。 いつもなら無視するか「ふざけるなアル中!」と怒鳴りつけるところだが、 親父の墓の前で大泣きされていたとあっては(しかもいつからだかわからない(苦))無碍にできなかった。 黙って強めの酒を出してやった。 伯爵は一口で簡単に酔っ払った。 そしてソファに不貞腐れたように座ったまま、少佐にブツブツ言い出した。 「私はなんてものに君を育て上げてしまったんだ…」 「おれはきさまなんぞに育てられた記憶はない」 律儀にアル中につきあった少佐は、律儀に合いの手を入れる(苦)。 それを聞いているのかいないのか(多分聞いてない(苦))、伯爵が勝手に盛り上がり懇願する。 「元の嫌われ者のイヤな君に戻ってくれ! 私だけの少佐に!」 「おれはきさまのものになった記憶は一度もない!」 少佐もそれなりに怒鳴ってはいるが、酔っ払いの耳には届かない(苦)。 落胆したようにうつむくと伯爵はつぶやいた。 「お父上が亡くなってからというもの、君は変わったよ…」 そして目頭を押さえる。 しめっぽい。 うっとおしい。 一体いつまでこんなことを続けるつもりだ。 「親父が死んでから変わったのはおまえの方だろう。いつも泣いてやがる」 むっとして伯爵が顔を上げる。 できる限り嫌がらせを言う口調で言った。 「お父様は関係ないね。誰かさんのせいで最近涙腺が弱いんだよ」 少佐がじ…っと伯爵を見た。 伯爵が若干引く。 「…何見てんだよ」 「男のくせにみっともない」 ぷいっと顔を背け、軽蔑するように言った。 「おれはうっとおしいやつは大嫌いだ」 伯爵は口唇を噛んだ。悔しさに体が熱くなる。 「そんなの知ってるよ! ここにいても君を不快にさせるだけだからもう帰るよ!」 ムキになって立ち上がろうとした伯爵の襟首をむんずとつかむ。 つかまれたまま、怒ってジタバタと暴れもがく酔っ払い。 「離してくれ少佐。うっとおしい男は嫌いなんだろう!…って失敬だぞ君!そんなつかみ方!(怒)」 「………そんなみっともない顔で外に出るな」 伯爵が諦めて大人しく隣に座り込むまで少佐は手を離さなかった。 「…………………………………………少佐?」 「うるさい。口はきかんでよろしい。きさまは黙って気の済むまで泣いてりゃいいんだ」 ついに諦めた伯爵はソファに沈んで、こて、と背もたれによりかかったまま、しばらく黙って隣の少佐の横顔を見ていた。 「……………………」 手を伸ばせばふれられそうなところで少佐が新聞を眺めている。 私の視線も一挙手一投足すべて把握しているくせに、一切見てないふりをして、難しい顔をして活字を追っている。 その横顔。 お父上も偲ばせるが、きっとお母上も美しかったのだろうな。 そうやって大人しくまどろみ、30分ほども過ぎてからようやく伯爵が口を開いた。 「……少佐? ねえ、どうして『そばにいてほしい』って言えないの?」 (はああああ!?)という少佐の顔。 「とっとと帰れ! 今すぐ出てけ! 二度と来るな!(怒)(怒)(怒)」 立ち上がり、玄関を指さし、顔面青筋だらけの少佐が怒鳴りつける。 このほんの30分ほどの小休止で伯爵は酔いが醒めたらしい。 軽めのため息をひとつつくと、ひどくすっきりした口調で明快に言った。 「君、わがままにもほどがあるよ。もう私は君の言うことなんか何も聞かないことにしたよ」 「昔からきいとらんじゃないか!!!(怒)」 にっこりと伯爵が微笑む。 「そうだね。じゃあ変更ナシってことで」 と、同時に小用から帰った執事に気づいたようだ。 さっさと立ち上がって廊下の彼に駆け寄る伯爵。 「あ、コンラート。少佐が『帰らないでくれ』って泣いてすがるから、もう少しいてあげることにしたよ」 「さようでございますか。ありがとうございます伯爵様」 そのまま楽しげに世間話に花を咲かせる二人。 あいつら結託しておれをコケにするようになりやがった。 反論するのもバカらしくなり、少佐は乱暴に新聞を広げた。 つづく
エロイカより愛をこめすぎたら
act.06 ただならぬ関係 The Alarming Relations
ニ0一0 六月十九日
サークル 群青(さみだれ)
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