Headphone Ensemble Project

半分聞こえない即興演奏に耳を傾ける Headphone Ensemble Project (since 2010)

FAQ(よくある質問とその回答)

* English version not available.

簡単に言うと、何がやりたいんですか?

演奏の半分を欠落させた状態を作り、欠落した音を想像するという形で聴衆に参加してもらう、ということがコンセプトの中心です。

出演者同士は、他の出演者が持ってきた音源の中身をあらかじめ知っていますか?

出演者同士も秘密にしているので知りません。

音源は複数使い分けているのですか?

一つだけです。そうしないと「同じ音源と違う演奏家の組み合わせ」を楽しむ事ができなくなってしまうからです。

どうして録音された音源を使うのですか。生演奏のデュオではいけないのですか?

演奏手段を電子楽器に限れば、片方の演奏だけ聴衆には聞こえなくした生演奏のデュエットを行う事は可能です。ただ、生演奏だと全く同じ演奏を繰り返す事ができないので、やはり「同じ音源と違う演奏家の組み合わせ」を楽しむ事ができなくなってしまいます。

音源の中身に制約はありますか?

基本的にありません。音楽に限らず言葉でも、自然音でも、音であれば何でもかまいません。ただし、音源を聞く演奏者が耳を壊さないように突発的な大音量は避けるなどの、最低限の決まりはあります。

演奏内容について、何かルールはありますか。たとえば音源がFのブルースだった場合、演奏者は必ずFのブルースで応じるのでしょうか?

唯一のルールは「必ず音源と共演すること」です。途中から音源を無視して勝手に演奏することは禁じられています。ただし、共演のスタイルも音源の解釈も自由なので、ブルースにブルースで応じる必要はありません。共演する意思さえはっきりしていれば、行進曲にノイズで応えても、話し声にロングトーンを重ねても、何をしようと自由です。

音源の中身が気になるので、最後に「タネ明かし」をしてほしいのですが?

少なくとも終演前に「タネ明かし」をすることは絶対にありません。その理由は、想像力には正解も不正解もないということを示したいからです。タネ明かしをしてしまうと、音源がだいたい自分の想像していた通りだった聴衆はうれしいかもしれませんが、まったく想像と違っていた聴衆は、落ち込んで、自身の想像力を否定してしまうかもしれません。そうなってしまっては残念です。もちろん現実には「正解」がプレーヤーの中にあるわけですが、それを明かさない事によって「正解があるのに正解が無い」という不思議な状況を作り出せるわけです。

もうひとつの理由は、演奏中の聴衆の意識を「想像する」ことに集中させたいからです。最後にタネ明かしをします、と告知してしまうと、聴衆は想像しようとせずに、答え合わせに備えて目の前の演奏を「記憶する」ことに集中してしまうかもしれません。

ただし出演者には、「後日こっそりとタネ明かしをしてもかまわない」と伝えてあります。これは未発表の自作を音源に流用したいケースや、ライブ映像と音源を合わせて視聴しながら知人と鑑賞・研究したいケースなどが考えられるためです。

出演してみたいのですが?

お申し出は大変ありがたいです。ただし、出演者は主催/主宰の高橋由房が100%独断で選んでいますので、あまり期待せずに待っていてください。

聴衆の想像力は、普通の音楽の演奏でも十分に喚起されるはずです。わざわざ欠落させたりして、実験的な事をする意味はどこにあるのですか?

もちろんその意見にも一理あります。色々な考え方ができると思いますが、少なくともこのイベントについては次のように考えています。

「普通の」表現というものは、まんべんなく照明が当たったステージの上に存在しています。表現の受け手はそれを自由に鑑賞します。しかし自由に鑑賞しているつもりでも、実際には様々な慣習や思い込みがあるので、いつも決まりきった方向から決まりきった見方で眺めていたり、同じようなことばかり考えていたりするというのはよくある話ではないでしょうか。

それに対して、何らかのコンセプトの共有を求める表現というのは、ステージの上である方向からの細いスポットライトを浴びています。ここで表現者は受け手に対して「この方向からこんな風に眺めてみませんか」「みんなで一緒にこんな風に考えてみませんか」という提案をしています。

欠落した音源によって、聴衆は今まで気がつかなかった事を、経験したことの無いやり方で考えるに違いないと思い、この企画を行っているわけです。