〜卒業式前日 先生サイド〜
(『〈彼女〉という変量を与えられた場合の個体の変動値及び帰着点の仮定について』より抜粋)

 

「君は、『自己完結型』だね」

 大学在籍中の或る日、恩師と崇める教授からそう言われた。
 何気無い会話の最中のことで、侮蔑でも称賛でもなく、ただ事実を述べるという具合であった。
 そう言った彼の人の目は細められ、口元には薄く笑みが刷かれており、
 それは恩師の平素の表情で、学生に対し、終始穏やかに接しられた人であった。
 続いて「不器用」だとも告げられ、この時はからかうように笑いながらであったが、
 今思うと、“憐憫”が含まれていたようにも感じる。

 同じ単語は、旧友で悪友の益田からも何度も言われていたことであるが。

 私は早くから自分の思考ロジックーー理論体系を確立させており、
 そうすることで不必要に思い煩うことなく自分を取り巻く一切の事象や感情を処理して来た。
 たとえそれが他人から見れば不器用で無彩色な世界だとしても、
 自分のその世界を正しいと思っていた(今でも間違っていたとは思っていない)。
 であるから、他人から何を言われようと(仮にそれが恩師からであっても)、
「自分」を変えるつもりはなかったのだ。

 だが、その世界に、“飽き”を感じていたのかもしれない。
〈彼女〉を知り、惹かれ、変わっていく自分も良いものだと思い始めたのはその所為だろう……。

 
 世界が広がると今まで見えなかったものが見えてくる。そしてそれが堪え難く辛い時もある。
 それはわかっていた。だからこそ、今まで拒んできたのだから。

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