トラブル 

小学4年の秋、困ったことが起きた。
 
 Nが東京シューレに出かけようとしていたとき、私はお弁当を入れようと何気なくリュックのファスナーを開けた。すると4千円が出てきたではないか。私は驚いてこのお金はどうしたのか問いただした。するとNは泣きながらことの次第を話し始めた。

 4千円は祖父にもらった小遣だった。Nは夏休み直前に高等部のゲーム好きの友だちから、ゲームソフトを借りた。だが、ゲーム機に入れっぱなしにしておいたゲームソフトを、ゲームをしようとしたクミが出してしまい、机の上に置いてしまった。

しかも友だちに借りた大切なゲームソフトとは知らず、本などを上に積み重ねてしまい、ゲームソフトはどこにあるのかわからなくなってしまった。

 Nは夏休み明けに、その高等部の友だちに返してくれといわれ、
捜したが、なかなかみつからなかった。ようやく積み重なった本や雑誌の下にゲームソフトが見つかった時には、しっかりと傷がついてしまっていた。とりあえず傷はあれどもゲームするのに支障がなかったので友だちに返した。

だがその友だちはコレクションをするほどゲーム好きだったので、傷のついたゲームは受け取れない、代わりの新品を買うので弁償してほしい、といってきたのだそうだ。
その金額が3800円だった。
 
 そういえば実家に電話をして祖父にお金をねだっていた。時期も金額もその一件と一致する。その様子を小耳にはさんだ私は、3800円ほしいという中途半端な金額をおかしいとは思っていた。
 小学4年生のNにとって4千円というのは途方もない金額に思えたことだろう。親にも言わずになんとかしようとしたことを思うとショックだった。
 
 私は一時お金を預かり、東京シューレのスタッフの石川さんに電話をして一部始終を話した。そして高等部の子供の連絡先を聞き、親と話すことにした。
 
 電話をすると、子供の母親がでて、ちょうど今子供がいるから電話を代わると言う。私はこれは親と話すべき問題だと思ったのだが
その言葉に従ってしまったのが間違いの元だった。
 
 子供の話を聞くとゲームソフトの価格と消費税を足してその金額になったという。自分がゲームソフトを買いなおすためには消費税も入れた金額が必要なのだという。

私は小学4年の子に全額弁償しろといったのも酷だが、消費税まで請求するのはおかしい、と反論した。どうもこの経緯が子供に威圧感を与えてしまったようだった。高等部の子供の親と改めて話し合おうとしたのだが、話は大いにこじれてしまった。
 
 人一倍ゲームの好きな高等部の子は傷のついたゲームソフトは価値がなくなるので、いくらゲームに支障はなくともコレクションとして許しがたいものがあるのだそうだ。Nがあまりにしつこく貸してくれというので、そんなにゲームが好きなのなら大事にしてくれるかも、と思い貸すことにしたのだそうだ。そんなに大切な物を小学4年生に貸したのは間違いだったと今になってわかったといった。
 
 私はことが発覚したときのNの涙が忘れられなかった。自分のしでかしたこととはいえ、高校生の大きな子供にお金を返せ、といわれさぞ困ったことだろう。そう思うとその要求をすべて飲む気になれなかった。できればこのようなことは子供同士で解決しようとしてほしくなかった。

小学生のNに弁償を請求する前にスタッフや親である私に相談して欲しかった。そういう順序で私の耳に入ってきたのであれば私もすんなりと弁償することを納得できたかもしれない。
 
 私が高等部の子供と話をして威圧感を与えてしまったのは確かだし、うかつだったと思ったが、高等部の子供がNに威圧感を与えたのも同様のことだと思った。もしこれが同年齢の小学生同士の間で起きたことだったら、簡単に済んだ話だったのではないかと思う。

お金の絡むことはおのずと親同士の話し合いになり、しかも小学生にゲームソフトに傷をつけないように注意して扱えというほうにもかなりの無理があるからだ。

 これは双方に責任があったということで半額ずつ負担をすることを先方の親に提案した。だが関係が大きくこじれてしまっていたのでこちらの提案は拒否されてしまった。

 私は途方にくれてしまった。間にはいってくれたスタッフの石川さんも双方の親が妥協しないのでさぞや困ったことだろう。私は区の法律相談を申し込み、このような場合どのぐらい負担するのが適当なのか聞いてみた。

 高校生が小学生に貸した物が傷ついて帰ってきたからといって、全額弁償しろというのは、年齢差を考えると無理がある。だが同じ学校の生徒で日常的に顔を合わせる相手なのであれば、イジメなどがある昨今なので、これからの友だち関係のことを考えて全額払うほうがいいかもしれない、という話だった。結局目安になる金額なんてものはなく、オールオアナッシングだった。
 
 また、ゲームを作った会社に電話をして、ゲームソフトの傷をとるクリーニングは出来ないのか聞いてみた。だがゲームに支障がないようなものをクリーニングするというシステムはないといわれた。

 いつまでも結論がでない状態に東京シューレの奥地さんはNと高等部の子とそれぞれと話をしたのだそうだ。
Nは詳しいことをいわなかったが、
「奥地さんはどっちの考えも同じにならきゃだめなんだよ」といっていたそうだ。納得しなかったのは双方の親たちだったのだ。
 
 そして東京シュ−レの新たな提案は、シュ−レ内で起きてしまった出来事なので、東京シューレが半額を負担するというものだった。私は了承し、半額を支払った。そして半額を東京シューレが出し、高等部の子供に支払った。
 だが先方は受け取らず、全額東京シューレに送り返してきたのだそうだ。私は送り返されたお金を受け取る理由もなかったのでそのお金を全額東京シューレに寄付することにした。
 
 東京シューレはこのようなトラブルを防ぐため、内部での金銭のやり取りはさせないようにする、といっていた。
 Nは後でこういっていた。
「ママに見つからなかったらだまってお金を返してそれで終わりだった。こんなことにならなかったのに」と。

 私は今でもこの自分の判断が正しかったのかどうか迷ってしまう。

 今Nはあの高等部の子と同じ年齢になった。その子と同じようにゲームが好きで、高く売れるからとゲームソフトの箱までとってある。もし今Nが同じようなことにあったらどうだろう、と考えてみた。
 
 私はこの手痛い経験から、相手は小さな子なので貸したNにも責任があるのだからあきらめるようにNにいうだろう、と思った。

Nには小さな従兄弟たちがいて小さな子がどんなものなのかわかっているし、自分も辛い思いをしたのできっと納得するだろうと思った。結局自分よりずっと小さな相手をどこまで許せるかと気持ちの違いかもしれない。

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