周囲 の 反 応

ある日、Nが柔道か剣道か空手を習いたいといってきた。エネルギッシュなNにはこういうスポーツは向いているに違いない、と私はよく考えずに勇み足になってしまった。

 保育園の時に一緒だったチカラくんがお兄ちゃんと剣道を習っていたのを思い出し、早速電話をしてみた。窪塚小学校で夕方5時から、週に一回教えてくれる人がいるということだった。来週早々に体験をしにいってみることにした。
 
 だがこのような伝統的武術は行儀作法にうるさいということを私はすっかり忘れていた。Nは長時間の正座などもできず、マイペースで動いてしまい、先生に注意されてしまう。

私は心の中でつぶやいた。
『しまった、このスポーツはN向きじゃなかった』一緒についてきたクミもそんなNを見て、
「ママ、N、全然だめじゃん」という。私はすぐに後悔した。そして自由人のNに剣道を勧めるのはやめよう、と思った。案の定Nはもう剣道にいかないという。
 
 2,3日後チカラくんのお母さんから電話があった。
「この間私は行けなかったんだけど、Nくんどうだった?」
「うーん、Nには向いていないみたいだからやめとくわ」
「実は剣道の先生に電話をしてこの間のことを聞いたの。『なかなかしつけがいのあるお子さんだね』っていってたよ。でも通ってるうちに慣れてくるんじゃない?」という。

私は『しつけがいのある』という言葉でスパルタ式を想像してしまった。なんとか丁寧に断わろうとすると話はNの不登校のことに飛び火した。

 なんとチカラくんのお兄ちゃんも何ヶ月か学校にいくのを嫌がったことがあったのだそうだ。チカラくんのお母さんは、いかにして自分たちが不登校を克服したかについて1時間にも渡って話し続けた。学校に戻すためにも剣道の訓練は有効だろう、精神の鍛錬が必要なのだという。

 そういわれて、私は痛ましい80年代の戸塚ヨットスクールでの児童死亡事件を思いだしてしまった。私は親切心からいってくれているその言葉をどうかわそうか考えあぐねたが、結局、はっきり断わらざるをえなかった。

「ごめんなさい。いろいろ考えてNに一番あう学校を探した結果がフリースクールだったの。だから学校に戻す気はないのよ」チカラくんのお母さんはやっとあきらめたようで受話器を置いた。
 
 また、こんなこともあった。Nが大町小に行くのをやめてしばらく経った頃、登校班で一緒だった金石さんが、
「Nくん学校行かなくなったみたいだけど元気?」と電話をかけてきた。家で砂ねずみを飼っているから見にこないかという。Nは小さい頃から動物が好きだったので遠慮なくお宅に伺った。Nが砂ねずみのゲージのところで遊んでいるあいだ、金石さんは私に話しを始めた。自分の友人の子供も不登校なのでお母さんの気持ちはよくわかる、という。

 私はその言葉を聞いて少し安心した。ところが、金石さんの理解は私の考えとはまったく違っていた。
「うちにこうやって何回か遊びにきていれば、そのうちまた学校に行くようになるかもよ。うちの子供にもNくんを学校に行こうって誘うようにいっておくから。いつでもうちに来てもいいからね」という。ここでも私はせっかくの親切にキッパリと断らざるをえなかった。
 金石さんからの誘いの電話はもうかかってくることはなくなった。
 
 こういう経緯を何かにたとえれば宗教の誘いに似ている。その人は自分の考えが正しいと絶対的に信じていて、他の考えを容易に受け入れない。学校に行くことが絶対的に正しいと信じていてそれ以外は不幸だと思っている。人類史上、たかだか100年と少しの歴史の学校制度。だがその信仰は根深い。このような場合、キッパリと断らないとわかってもらえないことが多かった。

 またこんなエピソードもある。ある時、風邪を引いたNを小児科に連れて行った帰り、コロッケでも買おうと近くの肉屋に2人でよった。肉屋のおばちゃんは、くったくのない顔で、
「おや、ぼく、学校はどうしたの?」と聞く。

黙りこんでしまったNにかわって私が答えた。
「風邪をひいたのでお休みして、すぐそこのお医者さんに行った帰りなんです」というと、
「あらそう。お大事にネ。最近は学校もイジメとか不登校とかいろいろあって大変よねー。おばさんなんか昔の人間だから不登校なんて考えられないよ。とんでもない世の中になったもんだね」という。

「はあ、そうですね」と一応同意を示して聞き流したものの、そばにいたNは何を思ってじっとその話を聞いていただろうかと考えるとなんだか切なかった。いつもはおいしいコロッケだが、その日はなんだかしょっぱく感じた。
  
 普通の子供と違うことをしているということをNは子供心に感じていたのだろうか。もう髪の毛を抜くことはなくなったというのにいまだにフード付きのパーカーばかり着て、いつもフードを頭からかぶっていた。屋内にいても脱ごうとしないので祖父母に会うといつもそのことを注意された。

 あるときお昼近くなっても出かけないのでどうしたのかと聞くと、駅前のおもちゃ屋で買い物をしたいけどまだ皆は学校にいっている時間だから出かけられないという。あっけらかんとしているようでそんなことを気にしていたのか、とこちらが逆に驚いたことがあった。Nは小さいなりに特殊な自分の立場を指摘されるのをかわす方法を考えていたのだ。

 「なんでいつもフード付きの服ばかり着るの?」と中学になってから聞いたら、
「寒い時や急に雨が降った時便利なんだ」といっていたが、あの頃のNはそんなことと関係なく家の中でも常にフードをかぶっていた。私には他人に自分の姿を見られたくないという気持ちの現われのように感じた。

まるで他の人からみられないように、自分の存在を隠してしまうかのように。そんな奇妙行動はシューレの近くに引越し近所に知っている子供がいなくなったころようやくなくなったのだった。 
 
 フリースクールは何時に行ってもいいし、終了が5時と普通の学校より遅いので、帰宅が6時を過ぎてしまう。歯医者に通うときなどは午前中に通院したあと東京シューレにいっていた。普通の子供が学校に行っている時間に通院してくるので大抵の人は不思議に思い、学校はどうしたの?と聞いてくる。

Nが東京シューレに通い始めた頃はまだフリースクールという言葉は市民権を得ていなく「なんですか?それ?」と怪訝そうな顔をされ、私も説明をするのに苦労をし、幾度となく嫌な思いを繰り返した。そこで思いついたのは『私立のフリースクールにいっている』という言いまわしだった。『私立の』とつくと何か普通と違う特別な教育を受けていると思うらしく、それ以上誰も深く聞いてこない。

 若い人にはフリースクールや不登校は馴染みが深く、学校社会が崩壊しつつあるのを肌身で感じているので容易に理解を示してくれるが、中年以上の人にはうっかり不登校で、などと口走るとここぞとばかりに説教をしてきたり、落ちこぼれよばわりされたり余計な口論の火種を与えることになりかねない。

これは私とNの楽に生きぬく知恵だった。
今では恋愛ドラマにもフリースクールが登場したりしてすっかり市民権を得た観がある。

 最近ではこんなこともあった。知り合ったばかりのお母さんに、不登校でフリースクールに行っているというと、
「ハヤリよねー、ハヤリ」といわれた。
『あー、ハヤリといわれるまでになったんだ』と思うとこの何年かの苦労が救われた思いがした。

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