小学校卒業

数ヶ月経ちNは次第に落ち着きを取り戻していった。
「そろそろお風呂に入ったら」という一言にも、
「うん」と素直に返事をするようになった。私はほっとした。
 

落ち着きが取り戻された頃、Nに聞いてみた。
「最近友達とどうなの?まだ嫌なこといってくるの?」
「もう言わなくなった」
「ママにあんなひどいことをしたのは、ママは絶対Nのことを嫌いにならないって思ったからじゃない?」
「・・・。」返事のないところを見ると図星のようだった。
 
 東京シューレのスタッフにその後の様子を聞いてみると、もうNに対するそのようなからかいの言動は見られないという。
 一番ひどかった頃というのは年明けで、ちょうど年度変わりを迎えるころだった。

Nはまだ小6であまり重要ではなかったが、大きな子供たちは進学するかシューレに残るかで、自分たちにもプレッシャーがかかっていたのかもしれないとも思った。本当のところはわからないが。
 
 3月を迎える頃、王子の小学校の校長から電話がかかってきた。Nは卒業式に出席するのか、と聞く。
 「本人は行かないといっているので私が代わりに卒業証書を貰いにいってよろしいでしょうか」というと、Nは一度も小学校に来ていないし、そんな子供の卒業を認めるわけにはいかないという。

 私は文科省も東京都もそんなことはいっていない。東京シュ−レでもちゃんと義務教育を卒業できるといっているし、現に皆卒業していると反論した。すると校長は口篭もり、
「では卒業式には出席しないんですね、わかりました」といって電話を切った。

 私はすぐさま北区の学務課に電話をした。
 「まだそんなことを校長はいっているんですか?文科省ではフリースクールに通っている子供も卒業と認めていますから大丈夫です」といった。

 同じ王子の小学校に在籍をしている田宮さんに電話をしてみた。
 田宮さんのお子さんはそのころ東京シューレに行かず、自宅にいることが多くなっていた。たまたま校長の電話をとったのがその子供だったので直接校長に、
「学校にも行けないような子供は将来ろくな人間にならない。白髪になるまで小学生をやるつもりなの?」など散々なことをいわれ、子供は校長の言葉に恐怖で怯えてしまったそうだ。

親に対しても、
「このままではお宅のお子さんはダメになってしまう。東京シュ−レを休んでいるのなら学校に来させなさい。首に縄をつけてでも連れてきなさい。今のままの状態では絶対に卒業などさせられない」とまでいったのだそうだ。
 私と田宮さんは結束し、卒業証書は一緒に貰いに行くことにした。
 
 そして、3月のある日私の携帯電話に見知らぬ番号の一本の電話がかかってきた。私はクミの高校入学の手続きで、家から一時間半もかかるところにいた。誰だろう、と思って電話に出ると王子の小学校の校長だった。今から卒業証書を取りにこいという。

 私は今いる場所と事情を話し、すぐに小学校にいくのは無理だということをいい、他の日ではだめなのかと聞いた。校長は今日が小学校の卒業式だったのだから今日じゃなくてはダメだという。

 あくまでも自分のやり方をまげない、あるいは最後の最後までも私たちに嫌がらせと思える行動だった。3時か4時には王子に戻れるので戻り次第小学校に行くことを約束し、私はすぐに田宮さんに電話をした。

田宮さんの家にはちょうどお子さんもいて、最後だから親と一緒に学校に行ってもいいと言っているらしい。3時半に小学校に行くという電話をいれ、3人で出かけた。
 
 私は東京シューレのお母さんたちに親と先生だけのささやかな卒業式で思わず涙を流してしまったなどの話しを色々聞いていたので、少しばかりセンチメンタルな卒業式を想像していた。ところが現実はあわただしいものだった。私には、丸めてリボンをかけただけの卒業証書があっさりと渡されただけだった。

本来PTA会費から出されるものなので、ケースはなくても当然だと思うが、中学卒業の時、在籍していた中学の校長は、余っているからと証書をいれるケースをくれたところをみると、やはりこの校長は意地があったのかもしれない。
 
 だが子供を連れてきた田宮さんには、教頭が2人に学校内を案内するという。私にはもう帰ってもいいといったが、これまでの校長の田宮さんに対する経緯を思うと、田宮さんだけを残すとまた何か嫌がらせをいってくるのではないかと案じた。

「私も校内を見たことがないので一緒に見学してもいいですか?」といって2人の後に続いた。一通り見学をし、お礼をして学校をあとにした。
 田宮さんは教頭から、校内の見学が終わったら校長が田宮さんと話をする予定だった、といっていたことを聞いたのだそうだ。私の勘は当たっていた。

 3月末の新聞を広げると、定年退職の欄にその校長の名前があった。校長の意固地ともいえる態度は、定年退職を前に不登校を一人でも減らそうとした最後のあがきだったのかもしれない。
 
 Nの中学の入学案内が届いた。入学式を前に田宮さんと中学に挨拶に行くことにした。なぜかクミが一緒についていくという。本来ならクミは中学最後の1年をこちらの中学で過ごさなくてはならなかった。だが、友だちと別れるのは厭だということでそれまでの中学に区域外通学していたのだ。自分が行くはずだった中学がどんな学校か見てみたいという。
 
 王子の小学校で散々な目に会っていた私たちは緊張した面持で校長室に入った。だが運のいいことに校長は前の中学で東京シューレの子供を受け持ったことがあるという。

 その子供とは、なんと以前東京シューレでの綿摘み体験がきっかけで友達になったアキちゃんだった。Nもクミも家に遊びに行ったりして、とてもよく知っている。今回は不快な思いをすることなく東京シューレに通うことを受け入れてもらうことができた。アキちゃんのおかげでありがたいことだった。

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