初 め て の 行 事
 
Nは週に一回学校を休み、東京シューレに通い、夏休みは終わった。
 夏が過ぎ秋になった。東京シュ−レでは毎週木曜日「いろいろタイム」といって子供たちがミーティングで企画してどこかへ出かけたり、何かを作ったりする。そのいろいろタイムで綿摘みをしにいくというので私とクミも一緒に参加することにした。

 私の頭の中にはシュタイナー教育の農業体験のことが頭にしっかりと残っていた。咲いている綿なんて私も見たことがない。綿の花から綿や糸ができるところを子供にも見せたい。そう思って姉のクミも学校を休ませた。

 その日は東京シュ−レにテレビの取材が入っていた。東京駅のホームで待ち合わせることになり、取材のクルー達も電車で一緒に千葉の農家まで出かける。

 さすが小学1年から高校3年までいるだけあり様々な年齢の子が集まっている。スタッフも皆若いので誰が生徒だかスタッフだか、はたまた撮影クルーなのか一見するとよくわからない。機材をもっているから撮影クルーはすぐにわかるものの、まだスタッフの顔もよく覚えていない私は生徒に、
「スタッフですか?」と声をかけてしまい苦笑いをされてしまった。
 
 ここの子供達は概して他の同年代の子供より人懐っこいような気がする。それは色んな大人の人がしょっちゅう見学に来るからか、新しい子供が次々入ってくるので慣れているからかわからないが、向こうから「こんにちはー」と気さくに声をかけてくる子供が多い。

あまりにも物怖じしなく明るく声をかけてくるのでついスタッフだと思ってしまったのだ。 10代というこの年齢はシャイで大人とは距離を置きたがるものだというのは自分の子供の頃だけだったのかもしれない。

 ○時集合といっても電車に乗る前に整列させて注意事項を告げたりすることもない。「皆揃った?○○ちゃんがまだ、じゃあもう少しまってみよう」なんて友だち同士の待ち合わせのようである。

 全員揃ったところで電車にのるのだが普通に「じゃあこの電車に乗るよー」などという調子である。みんなに聞こえるような大声で声をかけるでもなく、学校のように先生がジャージ姿で笛を首から下げて汗をかきかき駆けずり回って皆が乗ったのを確認するなんて事もない。

 全員いるのか確認しなくてもいいのかと思わずこちらが余計な心配をしてしまったがそんな心配は無用だった。大きな子供が小さな子供をちゃんと見ているからである。

 途中の電車の乗り換えの時スタッフが「お弁当もってきてる?ない人はここで買った方がいいよ、コンビニとかはないそうだから」と普通に声をかける。私は遠足にはお弁当は必需品と思っていたのでお弁当を持ってこなかった人がいるということにまずは驚いた。

しかも目的地の駅に到着してからもまだお弁当を買ってない子供がいるという。その子供たちが商店でお弁当を買うのをみんなで待つのだ。待っているついでに私もジュースを買った。
 学校だったら集団行動を乱すとこっぴどく叱られるところである。

 綿畑はそれほど広い面積ではなかったが、綿の花を見るのは全員始めてだ。Nは畑を駆け回ったり友だちとかくれんぼをしている。私たちは自由に綿を摘ませてもらい、その後綿打ち、糸に撚るという作業をさせてもらった。クミはこの作業に夢中だった。
 
 日本の綿花と外国の綿花とは色が違い、実のつき方が違うという話しや、化繊より綿が熱に強いということなどの説明を聞いた。帰りに種のついた綿をたくさんお土産に貰った。クミとNはそれを学校に持っていった。

 帰りの電車の中も行きと同じ調子で家に近い順に三々五々帰って行く。小さくて一人で帰れない子は「○○君同じ方向だから一緒に連れてってくれる?」とスタッフが大きい子に声をかける。そういう子がいない場合はスタッフが送っていく。私の学校の集団行動のこれまでの認識を覆すような一日だった。

 それから1ヶ月ほど経った頃、Nを東京シューレに迎えに行った帰り二人でラーメン屋さんに入った。Nはラーメンを食べながら唐突に、
「シューレの人は僕を王様って言うんだよ」といった。私はNが何をいっているのかよくわからなかった。
「ふーん、そうなの。どういう意味だろうね」といった。

そんなある日、東京シューレの初等部のスタッフをしている石川さんから電話があった。学校はやりとりはほとんど連絡帳のやりとりだけで、よほどのことでないと親も電話をかけてはいけないし、むこうからも電話がかかってくることがない。初めてスタッフの人から電話を貰ったので私はびっくりしたのだが、その内容はNが初等部の中で孤立しているという話だった。

 近々不登校フェスティバルという催しがあり、初等部はそこでお化け屋敷をやるので皆その準備に夢中になっていた。だがNはたまにしか東京シューレに行かないので皆の盛り上がりについていけず、
「こんなのつまんない」と言ってしまったのだそうだ。みんな一生懸命になっていただけに怒りだす子もいて、
「なにもやらないでえらそうなことをいう、王様みたいな奴だ」と言われたのだそうだ。

 『王様ってそういう意味だったのか』先日Nがラーメン屋でポツンと私に言った言葉の意味がやっと理解できた。そんな重要なことだと私は気づきもしなかった。

 今でこそNの癖がわかったが、その頃は自分がしんどい時に素直にそれを言えず、さもたいしたことのないようにしかいえないというNの性格がわからなかった。子供というのは親が思う以上に親を心配させたくない、という気持ちが強く働くようである。

あるいは親の知らない場所で起こっていることなのだからいってもわかってもらえないというあきらめなのか。こんな小さなサインでは見逃さないようにするほうが難しいくらいである。

 イジメで自殺してしまう子供の報道などを見るとなぜもっと早く親が気づかないのかと思ってしまうが、うちの子がまさかそんなはずがないという先入観をとりはらい、もしや?という勘をかなり働かせないと案外気がつかないものかもしれない。私はNが毎日東京シューレに通っていればみんなの作業に参加できたかもしれないのに、と私は週1回の準会員にしたことを少し後悔した。

 石川さんは「N君は今は初等部にいないで中等部や高等部の大きな子達と遊んでもらっています。しばらく私も注意して様子を見ますから」といった。

 こんな小さなことを見逃さずわざわざ自宅まで電話をしてくることが私には嬉しかった。学校だったらこんなことはまずありえない。事が大きくなるまで学校で何が起こっているのか親はまったく伺い知ることができないのが現状である。Nの登校拒否の理由さえも新しい学校に伝わっていなかったぐらいだから。

        続く