京都府 2024/02/25

【地域特性】
 京都府の沿岸域は、日本海の若狭湾と山陰海岸に挟まれた領域です。丹後半島や天橋立な ど豊かな自然景観に恵まれ、特徴的な漁労文化を今に伝えています。
 調査は2015年から2018年にかけて3回実施し、丹後半島沿岸を中心に7方位の風位体系が 確認されました。各地で共有化が図られているのは、北の風(キタ)、東の風(イセチある いはヒガシ)、南の風(アラシあるいはミナミ)、西の風(ニシ)、北西の風(ウラニシ) となっています。なお、日本海の代表的な風位呼称であるアイノカゼについては、北から東 寄りの風が対象ですが、北風を指すのは宮津辺りまでで半島から西は「キタ」に置き換わる 傾向がみられます。

【伝承事例】
◇アイノカゼが吹くと漁ができない〈宮津市栗田〉
◇冬に吹くミナミの風は、雷をもってくる風である〈宮津市栗田〉
◇ウラニシが3日吹いたら、丹後にブリがやって来る ※ブリの群れは富山湾を経て若狭湾 にやって来るといわれ、伊根で水揚げされるブリは特にイネブリと呼ばれる〈伊根町伊根〉
◇イセチが吹くと魚が獲れなくなる〈伊根町伊根〉
◇節分を過ぎてから吹く強い南風をハルイチバンという〈京丹後市丹後町〉

京都府の風位呼称

風 位 宮 津 市 与謝郡伊根町 京丹後市A 京丹後市B
 北 キタ・アイノカゼ キタ キタ オキ
 北東 アイノカゼ アイノカゼ
 東 ヒガシ イセチ・ヒガシモン イセチ アイノカゼ
 南 ミナミ アラシ ミナミ アラシ
 南西 ナンセイ
 西 ニシ ニシ ニシ ニシ
 北西 ウラニシ ウラニシ
 その他 ハルイチバン

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兵 庫 県 2023/11/25

【地域特性】
 兵庫県は、近畿地方において瀬戸内海と日本海にそれぞれ沿岸域を有する唯一の自治体で す。このことは、地勢や気候・風土などで異なる特性を育んでいます。調査は、2014年から 2018年にかけて、島嶼部を含め4回行いました。
 確認された風位名の体系は、全体として9方位で構成されており、風位名によっては呼称 の共有化が図られています。キタ(北風)やニシ(西風)はその代表ですが、北東の風では 瀬戸内海沿岸域や島嶼部のキタゴチに対し、日本海沿岸域ではアイノカゼが伝承されていま す。南方風についても県南部のマゼあるいはヤマゼ系に対し、北部ではミナミが一般的で、 南東風も含めてアラシの呼称も使われます。
 なお、坊勢島に伝わるタカニシは南西寄りの春の突風のことで、家島のキタウケマゼに関 しては、北風の後に吹くことからキタウケのマゼ(南方風)という意味があります。

【伝承事例】
◇ニシの風が強く吹くと漁に出られない〈明石市東二見町〉
◇ヤマゼやニシが吹くと海が荒れる〈明石市東二見町〉
◇ヤマゼは春を呼ぶ湿った風で、雨をもたらす〈明石市東二見町〉
◇東が曇ると風が出る〈姫路市家島町〉
◇アラシは良い天気で吹く冷たい風で、朝吹いても9〜10時頃には止んでしまうので長くは 続かない〈豊岡市竹野町〉
◇ヒガシの風が吹くと沖では白波が立つので、漁師らはこれを「イヌコロが走っている」と いう〈新温泉町諸寄〉
◇ハルニシが吹いたら枕にしておけ ※ハルニシは、天気が良いのに少し強く吹く春の西風 で、漁に出られないため寝るしかないというほどの意味という〈新温泉町諸寄〉
◇秋のマゼは人をくう ※この時期に吹くマゼは風と波が激しく、次第に西へ回っていく 〈淡路市岩屋〉

兵庫県の風位呼称(瀬戸内海沿岸)

風 位 明石市A 明石市B 姫 路 市 赤 穂 市
 北 アラセ キタ ヂカゼ・キタ キタ
 北東 キタゴチ キタゴチ
 東 コチ コチ コチ コチ
 南東 ヤマゼ ヤマゼ タカゴチ
 南 マゼ ヤマゼ ヤマゼ・ヤマジ ヤマゼ
 南南西 キタウケマゼ
 南西 ニシマゼ タカニシ マゼ
 西 ニシ ニシ オオニシ・マジ ニシ
 北西 アナゼ ヂニシ・アナゼ アナジ アナゼ

兵庫県の風位呼称(日本海沿岸・淡路島)

風 位 豊 岡 市 美方郡新温泉町 淡 路 市 洲 本 市
 北 キタ キタ キタ キタ
 北東 アイノカゼ アイノカゼ キタゴチ・ヤワセ
 東 イセチ ヒガシ コチ コチ
 南東 アラシ マゼゴチ
 南 アラシ・ミナミ ダシ・ミナミ マゼ マゼ
 南西 ヤマセ ニシマ
 西 ニシ ハルニシ ニシ ニシ
 北西 アナゼ

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和歌山県 2023/08/25

【地域特性】
 紀伊半島西部の沿岸域を占める和歌山県では、紀伊水道に面して漁港が連なっています。 調査は2013年から2019年にかけて実施され、風位に関する伝承は、和歌山市から那智勝浦町 に至る地域で記録されました。体系の構成は基本的な8方位で、北風のキタッポや北東風の キタゴチ、東風のコチ、南風のマゼ、西風のニシについてはほぼ共有化されていますが、南 西風や北西風では地域により特性が異なります。特にヤマゼに関しては、広川町の北西風に 対し、田辺市や那智勝浦町では南西風の呼称となっています。ただし、『風の事典』等によ ると北部から中部沿岸域の北西風は、アナゼあるいはアナデが優占する傾向を示しており、 分布圏としてはアナジ・アナゼ系に入るようです。
 体系として最も多様度が高いのは、和歌山市加太の事例で、南東方向を除く7風位に呼称 があり、このうち南西風のマレニシやタカニシ、北西風のサゲニシは比較的分かり易い風位 名といえます。
 なお、その他の風位名として、田辺市にタイワンボウズがあり、2月頃に吹く風で4〜5 mの大波をもたらすとのことです。また、広川町に伝わるトウセンボは北方から吹く突風を 指しており、『風の事典』の事例からは本来トウジンボウと呼ばれる人物由来の風位名と考 えられ、西日本の各地で多くの転訛形がみられます。みなべ町のカミカラについては、特定 の風位ではなく南から西へ変化する風とされています。

【伝承事例】
◇ヤマゼかわせ(返し)の西がこわい〈広川町広〉
◇マゼ(南の風)が強く吹くと海が荒れる〈みなべ町堺〉
◇コチが吹くと海が時化る〈田辺市江川〉
◇西の風は、昼間強く吹いていても夕方になると凪ぐ〈田辺市江川〉
◇ヤマゼ返しのニシがこわい〈那智勝浦町勝浦〉

和歌山県の風位呼称

風 位 和歌山市 有田郡広川町 田 辺 市 東牟婁郡那智勝浦町
 北 キタ キタッポ キタッポ キタッポ
 北東 キタゴチ キタゴチ キタゴチ ホクトウ
 東 コチ コチ コチ コチ
 南東 マゼゴチ
 南 マレ マゼ マゼ マゼ
 南西 マレニシ・タカニシ ヤマゼ ヤマゼ
 西 マニシ ニシ ニシ ニシ
 北西 サゲニシ ヤマゼ カワセ
 その他 トウセンボ タイワンボウズ

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鳥 取 県 2024/01/25

【地域特性】
 日本海に面した長い沿岸域を有する鳥取県の調査は、2014年および2017年に実施され、主 要な漁港で聞きとりを行いました。
 伝承された風位名は、標準的な8方位の体系で、北風がキタあるいはアオキタ(地域によ ってはアオギタ)と呼ばれ、西風はニシでほぼ地域的な共有化が図られています。また、ア イノカゼが北東から東の風位に、ダシやハエについてはそれぞれ南あるいは南西の風位に対 する呼称として定着しているようです。
 なお、トビウオ漁に深くかかわる風位名として大山町にアゴカゼが伝えられているほか、 岩美町のオキノカゼは風向が特定されない呼称となっています。

【伝承事例】
◇アラシには、弱い風と強い風がある〈岩美町田後〉
◇オキノカゼは、灯台より外側から吹く風をいう〈岩美町田後〉
◇アオキタ(北風)が吹くと海が荒れる〈鳥取市〉
◇ニシ風と夫婦喧嘩は、夜になれば止む ※西風も夫婦喧嘩も、夜になれば自然に収まると いう意味〈琴浦町赤碕〉
◇アイノカゼはしつこい風で、これが吹くと海が荒れて港にもどれない〈琴浦町赤碕〉
◇ヤマセは大山の方角からくる風で、これが吹くと雪になる〈大山町御来屋〉
◇ヤマエダは5〜6月に吹くトビウオ漁やハマチ漁の始まりを告げる風で、温かい強風だが 夜になると凪ぐ〈大山町御来屋〉
◇ヤマエダが吹くとアゴ(トビウオ)が灘に入ってくるようになるので、アゴカゼともいう 〈大山町御来屋〉

鳥取県の風位呼称

風 位 岩美郡岩美町 東伯郡湯梨浜町 東伯郡琴浦町 西伯郡大山町
 北 キタ アオキタ キタ キタ
 北東 アイノカゼ ホクトウ
 東 アエ イセイチ アイノカゼ
 南東 コチ
 南 アラシ ミナミ ダシ・ハエ ヤマセ
 南西 ハエ ダシ
 西 ニシ ヤマセ ニシ ニシ
 北西 ホクセイ ヤマエダ・アゴカゼ
 その他 オキノカゼ

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岡 山 県 2023/10/25

【地域特性】
 瀬戸内海東部の主要な沿岸域を占める岡山県では、2014年から5回の調査を行い、一部の 島嶼を含めて風の伝承を記録しています。
 風位名の体系は、標準的な8方位で構成され、キタ(北風)、キタコチあるいはキタゴチ (北東風)、コチ(東風)、ニシ(西風)、アナジ(北西風)がほぼ共有化されている一方 で、南東から南・南西の風位にかけては、地域によってヤマジとマジが混在しています。 さらに、南西風ではマエマジ(瀬戸内市)やヤマジニシ(倉敷市)などの変化形も確認され ました。ただし、備前市においてはアナジが北風として伝承されており、北西風にはニシキ タの呼称が充てられています。

【伝承事例】
◇ヤマジ(南の風)は沖からくる風で、これが強く吹くと漁に出られない〈備前市日生〉
◇山の上にときどきカブニジ(短い虹)が立つことがあり、そうすると風が吹く〈瀬戸内市 牛窓町〉
◇ヤマジかわせ(返し)のニシがこわい〈倉敷市下津井〉
◇キタやニシの風は、漁にとって特によくない〈笠岡市真鍋島〉

岡山県の風位呼称

風 位 備 前 市 瀬戸内市 倉 敷 市 笠 岡 市
 北 キタ・アナジ キタ キタ キタ
 北東 キタコチ キタゴチ キタコチ キタゴチ
 東 コチ コチ コチ コチ
 南東 ヤマジ ヤマジ
 南 ヤマジ・ミナミ マジ マジ・ヤマジ マジ
 南西 ナンセイ マエマジ マジ・ヤマジニシ マジ
 西 ニシ ニシ ニシ ニシ
 北西 ニシキタ アナジ アナジ アナジ

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山 口 県 2023/08/25

【地域特性】
 山口県の沿岸域は、日本海から響灘、関門海峡、周防灘、瀬戸内海とさまざまな海域に面 しています。漁港や漁場をとりまく環境も多様性に富んだ状況ですが、風位呼称に関しては ほぼ共有化が図られているようです。構成は8方位の標準型で、具体的には北風がキタ、東 風がキタゴチ、東風はコチ、南風がハエまたはハイ、西風がニシ、そして北西風のアナジと 共有化された体系がみられます。また、南東風と南西風については、南風のハエあるいはマ ジにかかわる呼称が主体です。
 その他の風位名としては、長門市油谷で夏季に突然吹き始めてすぐに止む南西からの強風 をハアテ(はやて)と呼んでいます。なお、下関市豊浦町では、春一番に吹く強風をオオゴ チと称していました。

【伝承事例】
◇毎年春が近づくと、春一番・二番・三番と南寄りの大風が吹くが、これらは後になるほど 強くなり、シオマキ(潮が舞うこと)とともに海は大荒れとなる〈長門市通〉
◇アナジは寒い季節に吹く風で、海は大荒れとなり漁に出られない〈下関市豊浦町〉
◇ハイ(南風)は梅雨時に吹く風で、これが吹くと海が荒れる〈宇部市床波〉
◇アナジの風は身に沁みる〈周防大島町久賀〉

山口県の風位呼称

風 位 長 門 市 下 関 市 宇 部 市 大島郡周防大島町
 北 キタ キタ キタ キタ
 北東 キタゴチ ヂギタ キタゴチ キタゴチ
 東 コチ コチ コチ コチ
 南東 ヘエゴチ ハエゴチ コチマジ
 南 ハエ ハエ ハイ マジ
 南西 マジ ナンセイ マジニシ
 西 ニシ ニシ ニシ ニシ
 北西 アナジ アナジ アナジ アナジ
 その他 ハアテ オオゴチ

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香 川 県 2023/12/25

【地域特性】
 瀬戸内海に面した香川県では、島嶼部を含めて各種の網漁が行われてきました。一部で継 続されているものの、瀬戸大橋の開通以来、漁業を取り巻く環境は大きく変貌を遂げていま す。特に西部の沿岸域では、生業としての衰退が顕著にみられます。
 調査は2014年に始まり、東かがわ市から観音寺市までの沿岸域を対象に2018年にかけて実 施しました。確認された風位体系は、標準タイプの8方位が記録され、ほぼ各地域で共有化 された風位名による構成となっています。特に、キタ(北の風)、キタゴチ(北東の風)、 コチ(東の風)、マジあるいはヤマジ(南の風)、ニシ(西の風)、アナジあるいはアナゼ (北西の風)については、四国地方の代表的な風位体系といえます。
 その他の風位名としては、丸亀市の島嶼部に風位が特定されない突風としてハヤセノカゼ が伝わっています。

【伝承事例】
◇アナゼは冬季に吹く寒い風で、これが吹くと漁に出られなくなる〈さぬき市志度〉
◇マゼは、弱ければ漁にとってよい風だが、強く吹くと海が荒れて出漁できなくなる〈さぬ き市志度〉
◇ヂアラセは、朝から吹く風である〈さぬき市志度〉
◇ヤマジが吹くと、海が荒れていなくても魚が獲れない〈三豊市詫間町〉
◇ニシの風が吹くと、海が荒れて漁に出られない〈丸亀市本島町〉
◇ハヤセノカゼは特定の風位によらない突風のことで、黒雲の中から吹き出す〈丸亀市本島 町〉

香川県の風位呼称

風 位 さぬき市 丸 亀 市 仲多度郡多度津町 三 豊 市
 北 キタ キタ キタ キタ
 北東 キタゴチ キタゴチ キタゴチ キタゴチ
 東 コチ コチ コチ コチ
 南東 マゼ
 南 ヂアラセ マジ ヤマジ ヤマジ
 南西 ニシマジ
 西 ニシ ニシ ニシ ニシ
 北西 アナゼ アナジ アナジ アナジ
 その他 ハヤセノカゼ

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高 知 県 2023/08/25

【地域特性】
 高知県では、香南市から宿毛市にかけての沿岸域で2015年と2018年に調査を実施していま す。風位名の体系は標準型の8方位で構成され、キタ(北風)、キタゴチ(北東風)、コチ (東風)、マゼ(南風)、シラ(南西風)、ニシ(西風)でほぼ共有化が図られています。
 南東風では、土佐清水市にヤマゼとイナサがあり、南西風についても通常吹くシラに対し、 干潮時に吹く風はシオメジと称していました。文字通り、潮目の風という意味でしょう。な お、マジは北西風だけでなく、同じ土佐清水でも南西風として捉えている漁師がいます。

【伝承事例】
◇シラは春一番の風で、これが吹くと暖かくなる〈香南市夜須町〉
◇「師走の八日吹き」といって、昔は年の瀬に8日以上も西風が続いた〈香南市夜須町〉
◇マゼは主に春先に吹く〈高知市御畳瀬〉
◇シラは春先から夏にかけて吹く南西風で、これが吹くと海中が攪乱されて漁が出来なくな る〈黒潮町田野浦〉
◇ヤマゼが吹くと、海が荒れるのでよくない〈土佐清水市下川口〉

高知県の風位呼称

風 位 香 南 市 高 知 市 幡多郡黒潮町 土佐清水市
 北 キタ キタ キタ キタ
 北東 キタゴチ キタゴチ
 東 コチ・カミカラ コチ コヂ コチ
 南東 ヤマゼ・イナサ
 南 マゼ マゼ マゼ ハエマジ
 南西 シラ シラ シラ
 西 ニシ ニシ ニシ ニシ
 北西 マジ
 その他 シオメジ

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佐 賀 県 2024/02/25

【地域特性】
 北九州にある福岡・佐賀・長崎の各県は、いずれも日本海側と有明海側の双方に海岸線を 有しています。佐賀県はその中心に位置し、2014年に東松浦半島を主体とした調査を実施し たほか、2018年には有明海に面した太良町でも聞きとりを行いました。
 風位体系を構成するのは、基本の8方位に西北西を加えた9種の風位で、唐津市や太良町 では伝統的な体系が確認されています。共有化の状況をみると、北風はキタが主流で、以下 東風(コチ)、南風(ハエの系統)、西風(ニシ)、北西風(アナゼ)があります。このう ち、アナゼについては近世の『物類称呼』に「西北の風を名づけてあなぜといふはあなじの 転語也」として、『後拾遺集』の歌を掲載しています。一方、『風の事典』ではアナジとア ナゼの地理的分布に注目し、「こうした地理的分布から判断すると、アナゼはアナジより古 く、縁辺のへんぴな地方に追いやられているように見える」という見解がみられます。調査 では、中国・四国地方と東九州がアナジを主体とし、近畿や北九州・西九州でアナゼが優占 する傾向を示しています。こうした状況について、どのように解釈すべきでしょうか。さま ざまな観点から検証する必要性を感じます。なお、瀬戸内地域には北風をアナジと称する事 例があるほか、『能嶋家傳』のアナシは西風が対象で、冬春に多く吹くとしています。
 ところで、北西の反対側は南東ですが、唐津ではこの風位をオシアナと呼びます。『風の 事典』によるとオシアナジのことで、「台風時の南東からの暴強風」とされます。伝承地は ほぼ西九州に限られており、長崎県や熊本県にはオシャナの記録があります。

【伝承事例】
◇アナゼは晩秋から冬にかけてよく吹く風で、海が荒れる〈唐津市呼子〉
◇コチが吹くと、魚が獲れなくなる〈唐津市唐房〉
◇アナゼが吹くと海が荒れる〈玄海町外津〉
◇雨が降り、ニシ風が吹くとよくない〈伊万里市波多津町〉
◇秋から冬にかけて西方から吹く突風をニシオトシというが、西の空で雲が舞い始めるとそ の予兆となり、雲が低ければ早く吹き出し、高ければ遅くなる〈太良町大浦〉

佐賀県の風位呼称

風 位 唐 津 市 東松浦郡玄海町  伊万里市  藤津郡太良町
 北 キタ・タカカゼ キタ キタ キタ
 北東 キタ キタゴチ
 東 コチ コチ コチ コチカゼ
 南東 オシアナ
 南 ハエ ハエ ハエ ハヤンカゼ
 南西 サガリニシ・ナンセイ オキバヤ
 西 ニシ ニシ ニシ ニシ
 西北西 タカニシ
 北西 アナゼ アナゼ アナゼ アナゼ
 その他 ニシオトシ

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長 崎 県 2023/10/25

【地域特性】
 日本海から東シナ海、そして内湾の有明海という具合に三方を海に囲まれた長崎県には、 壱岐・対馬・五島列島など多くの島嶼があります。調査は2014年と2018年に実施しましたが、 島嶼部での記録は生月島だけです。
 体系の構成は8方位の標準型を示すものの、南東風に関しては総体的にあまり注目されて いなかったようです。各地で共有されていた風位名は、北風がキタで、以下キタゴチ(北東 風)、コチ(東風)、ハエ(南風)、ニシ(西風)、アナゼ(北西風)となっています。ま た、南西風については平戸市のサガリニシを除くと、他の3地域はオキバエです。その他の 風として、地域固有の呼称と思われるミツデノカゼやカカシラズノカゼが伝承されています。

【伝承事例】
◇アナゼが吹くと海が荒れて漁に出られない〈平戸市生月町〉
◇朝コチ 夕ニシ ※5月頃、朝はコチが吹き次第に南へ回って夕方ニシの風になると、天 気が良いという意味〈長崎市高浜町〉
◇ミツデノカゼは、沖合にある三つの小島(三ツ瀬)から吹いてくる西寄りの風をいう〈長 崎市高浜町〉
◇キタゴチは海を荒らす風だが、湾内は静かなので家にいる漁師の妻は気付かない。それで、 この風をカカシラズノカゼと呼ぶ〈大村市久原〉
◇オキバエが吹くと海が荒れる〈大村市久原〉
◇朝夕にオカから海に向かって吹く風をダシと呼ぶ〈諫早市多良見町〉

長崎県の風位呼称

風 位 平 戸 市 長 崎 市 大 村 市 島 原 市
 北 キタ キタ キタ・キタンカゼ キタカゼ
 北東 キタゴチ キタゴチ キタゴチ キタコチ
 東 コチ・オシャナ コチ コチ・ヂゴチ コチカゼ
 南東 コチ
 南 ハエ ハエ ハエ・ハエンカゼ ハエ
 南西 サガリニシ オキバエ オキバエ オキバエ
 西 ニシ ニシ ニシ ニシ
 北西 アナゼ アナゼ アナゼ アナゼ
 その他 ミツデノカゼ カカシラズノカゼ

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熊 本 県 2023/09/25

【地域特性】
 熊本県の沿岸域は、北の有明海から南の八代海へと連なり、さらに天草諸島を介して東 シナ海にも接続しています。このうち、南部沿岸域と天草諸島では2015年に、有明海沿岸域 については2018年に調査を行いました。
 風位名の体系は標準的な8方位で構成され、北風がキタあるいはキタンカゼ、北東風がキ タゴチ、東風がコチ、南風がハエ、西風がニシ、北西風がアナゼという具合に、ほぼ共有さ れています。また、南東風のオシャナ、南西風のオキバエあるいはオクバエは、いずれも地 域特性に根差した呼称です。
 その他の風位名として、熊本市にカミカゼが、宇土市にはアガルカゼが伝承されています。

【伝承事例】
◇東の山に雲が湧くと、コチが吹き出す〈熊本市西区〉
◇カミカゼは、普賢岳に雲がかかると吹く西寄りの特別な風で、次第に北へとまわっていく 〈熊本市西区〉
◇夏のキタンカゼは、大雨になる〈宇土市長浜町〉
◇西の空に黒い雲が垂れ込めると、突風が吹いて天気が荒れるので、手漕ぎ船の時代はすぐ に漁を切りあげて帰ってきた。この風をアガルカゼと呼ぶ〈宇土市赤瀬町〉
◇ハエノカゼが吹くと、太か波が出る〈宇城市不知火町〉
◇11月になると、ニシ風が吹いて雨が降るようになる〈苓北町都呂々〉

熊本県の風位呼称

風 位 熊 本 市 宇 土 市 宇 城 市 天草郡苓北町
 北 キタ キタンカゼ キタ キタンカゼ
 北東 キタゴチ キタゴチ・ネキタ キタゴチ
 東 コチ コチ コチ コチ
 南東 ウチンバエ・ナントウ オシャナ
 南 ハエ ハエ ハエノカゼ・マハイ ハエ
 南西 オキバエ ナンセイ オキバエ・オクバエ
 西 ニシ ニシ ニシ ニシ
 北西 アナゼ アナゼ・マビヨ アナゼ
 その他 カミカゼ アガルカゼ

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大 分 県 2024/03/25

【地域特性】
 瀬戸内海と豊後水道に面した大分県には、国東半島という特徴的な地形がみられます。そ の沿岸域には多くの漁港が連なり、風の伝承も豊富です。調査は2016年と2018年に実施しま したが、南部では一部の地域だけが対象となっています。
 風位名の体系は、8方位の標準型を示します。キタ(北風)、キタゴチ(北東風)、コチ (東風)、コチマジあるいはコチヤマジ(南東風)、マジ(南風)、ニシ(西風)、アナジ (北西風)など、多くの共有された呼称が認められます。また、その他の風として、国東市 にジリギタが伝承されていました。

【伝承事例】
◇朝北(アサギタ)、夕西(ユウニシ) ※朝にキタ風が吹けば、やがてニシ風に変わり、 夕方になると必ず凪ぐという意味〈国東市国東町〉
◇8月下旬から9月中旬頃に吹く北風をジリギタと呼び、雨になる〈国東市国東町〉
◇ヤマジ(南西風)は地からくる風で、次第に西へ移るとフッカエシといって猛烈な西風が 吹くことがある〈国東市国東町〉
◇キタゴチが吹くと高波になる〈国東市国東町〉
◇キタやマジ(南東風)は、海を荒らす〈国東市武蔵町〉
◇アナジは、山口方面から夜中まで吹く風で、朝には凪となる〈宇佐市長洲〉
◇コチマジはニシのかわせ ※コチマジが吹くと、その後強いニシ風に変わって山から吹き 下ろすことをいう〈津久見市日代〉

大分県の風位呼称

風 位 国東市A 国東市B 宇 佐 市 津久見市
 北 キタ キタ キタ キタ
 北東 キタゴチ キタゴチ キタゴチ
 東 コチ・ヒガシ コチ・ヒガシ コチ コチ
 南東 マジ コチマジ コチヤマジ コチマジ
 南 ヤマジ マジ マジ マジ・マジンカゼ
 南西 ヤマジ ヤマジ
 西 ニシ ニシ ニシ ニシ
 北西 アナジ アナジ アナジ
 その他 ジリギタ

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鹿児島県 2024/01/25

【地域特性】
 九州の南端に位置する鹿児島県は、太平洋と東シナ海に接し、二つの大きな半島や奥深い 鹿児島湾など、多様な沿岸環境を有しています。調査は、2015年から2018年にかけて3回実 施しているものの、島嶼部での聞きとり記録はありません。
 風位名の体系は8方位の標準タイプで、北風はキタ、北東風がキタゴチ、東風のコチ、南 風のミナミあるいはハエンカゼ、西風のニシなどが地域共有の呼称です。また、南西風では 南風と同じハエンカゼ(ハエの転訛形)が使われるほか、オキバエについてもほぼ共有化が 図られているようです。さらに、クンバエ(南東風)やシラハエ(南西風)など、広く南方 からの風に対してハエから派生したと推察される呼称が伝わっています。
 その他のオッバエもやはり南東からの強風であり、通常吹くクンバエとの呼び分けが行わ れていたことは、総じて南方系の風位への関心の高さを窺わせるものです。

【伝承事例】
◇オクバエは、夏季に吹く南西風をいう〈出水市住吉町〉
◇ハエが吹くと、海が時化る〈阿久根市波留倉津〉
◇西寄り(南西〜北西)の風が吹くと、いずれも海が荒れる〈阿久根市波留倉津〉
◇ハエンカゼは沖からくる風で、よくない〈南さつま市坊津町〉
◇ハエとクダリは、特に冬の間吹くこわい風である〈南さつま市坊津町〉
◇キタは海からくる風で、冬場は時化になり漁ができない〈指宿市岩木〉
◇マジ(南西風)はあたたかい風だが、アナゼ(北西風)やニシ(西風)は寒い〈肝付町南 方〉
◇キタが吹くと海が荒れる〈南大隅町佐多〉
◇クンバエは南東から吹く風で、さらに強く吹く風をオッバエという〈南大隅町佐多〉

鹿児島県の風位呼称

風 位 阿久根市 南さつま市 指 宿 市 肝属郡南大隅町
 北 キタンカゼ キタ キタ キタ
 北東 キタゴチ キタゴチ キタゴチ キタゴチ
 東 コチ・コンノカゼ コチ コチ コチ・コンノカゼ
 南東 ハエ ミナミゴチ クンバエ
 南 ハエンカゼ・シモカゼ ハエ ハエンカゼ・ミナミ ミナミ
 南西 オキバエ・ナンセイ オキバエ・ハエンカゼ ハエンカゼ シラハエ・ハエンカゼ
 西 ニシ ニシ ニシ・ヂダシ ニシ
 北西 アナゼ クダリ
その他 オッバエ

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沖 縄 県 T 2024/04/25

【地域特性】
 南西諸島の南に位置する沖縄県は、広大な海域に多くの島嶼を有しています。ここでは、 沖縄本島を中心とした沖縄諸島における風の伝承について整理しました。ただし、調査は本 島内の沿岸域が主体で、他の島嶼はごく一部に限られています。実施したのは、2019年です。
 風位名の体系をみると、記録されたのは5方位に限られ、南東や南西、北西方向からの風 位に対する呼称は採集できませんでした。従来の資料でも、北東風を含めて全般的に少ない 傾向がみられることから、風位の認識は東西南北が基本であったと推察されます。これら4 方位の呼称は各地で共有化されており、北風がニシ(カジ)、東風がアガリ(カジ)、南風 はへェカジあるいはヘイカジなど、そして西風がイリ(カジ)となっています。ここで注意 したいのは、奄美地方以南のニシがいわゆる西ではなく北を意味していることです。
 その他の風位名として、本部町と伊江村にタイワンボウズが、またうるま市にはニンガチ ノカジマヤーが伝承されています。

【伝承事例】
◇春から夏にかけて吹く強い風をタイワンボウズという〈本部町谷茶〉
◇ミィニシは、冬場に吹く北寄りの風である〈本部町谷茶〉
◇オチカジ(北東の風)は、北から東へ落ちていく風〈伊江村具志〉
◇3〜4月に台湾付近で発生する低気圧による風はタイワンボウズで、サバニの時代はこの 風によって命を落とした漁師が多い〈伊江村具志〉
◇旧暦2月頃に吹く春一番をニンガチノカジマヤーといい、かつてはこの風で死んだ漁師も いる〈うるま市与那城〉
◇冬の間はニシカジ(北風)に、夏の間はヘイカジ(南風)に注意する〈南城市馬天〉

沖縄県(沖縄諸島)の風位呼称

風 位 国頭郡本部町 国頭郡伊江村 うるま市 南 城 市
 北 ニシカジ・ミィニシ ニシ ニシ ニシカジ
 北東 オチカジ ホクトウ ニシアガリ
 東 アガリ・コチ アガリ アガリ アガリカジ
 南 ヘェカジ・ハエノカジ ペェカジ ヘイカジ ヘイカジ
 西 イリカジ イリ イリ イリカジ
 その他 タイワンボウズ タイワンボウズ ニンガチノカジマヤー

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