20世紀の国家や社会は戦争の後、帰還兵をいかに迎え、彼らに何を与え、また、何を求めたでしょうか。ひるがえって帰還兵自身は、どのように社会と国家に向き合ったのでしょうか。2020年11月の歴科協大会では、日本とドイツの戦傷病者が置かれた環境や、直面した困難について活発な議論が交わされ、帰還兵をめぐる問題への関心の高さをうかがわせました。また近年、帰還兵政策の国際的な連環や国境を越えた帰還兵の運動が注目され、研究の国際化も進んでいます。そこで今号では、異なる国や地域を専門とする執筆者が、冒頭に述べた問いを軸に国や地域間での比較の視点も意識した考察を行い、元兵士という対象を通して、戦争がその後に残したものを論じます。
各論考では、除隊後の兵士に対して実施された雇用保障・住宅提供・精神医療などの政策、帰還兵および彼らの団体と政治的・社会的な権利の平等を求める運動との関係、戦争や植民地支配の影響が残る社会において、帰還兵個人が直面した生存や適応に関わる経験といったものが、分析の俎上に載せられます。そうした多様な側面への注目により、戦時から戦後への推移の中で、兵役を務めた者の権利や義務を規定しようとする国家・社会・帰還兵の動きと、それら相互の関係を浮かび上がらせることが狙いです。
本特集が、個々の戦争と戦後が置かれた歴史的文脈の相違に注意深くありつつ、どの戦後にも共通する問いとして帰還兵を考えるきっかけになることを希望します。 (編集委員会)
* | 特集にあたって | 編集委員会 |
論 文 | アメリカにおける傷病兵の就労支援 Job Placement Aid to Disabled Veterans in America |
中村祥司 NAKAMURA Shoji |
論 文 | 黒人帰還兵と住宅をめぐる人種対立 Racial Conflict over Black Veterans and Post-World War II Housing |
武井寛 TAKEI Hiroshi |
論 文 | メキシコ系アメリカ人と軍事的市民権―アメリカンGIフォーラムの活動を中心に― Mexican Americans and Martial Citizenship: Political Activism of the American G.I. Forum |
戸田山祐 TODAYAMA Tasuku |
論 文 | 二〇世紀中国の戦争と帰還兵―「監視国家」への傾斜― Wars and Returned Soldiers in China in the 20th Century: Inclination towards “Surveillance State” |
笹川裕史 SASAGAWA Yuji |
論 文 | 朝鮮人帰還兵のアジア・太平洋戦争と戦後 Korean Veterans' Experiences during and after the Asia-Pacific War |
金庾毘 KIM yubi |
論 文 | 帰還兵のトラウマと医療・社会に関する研究の現在 Current Research on Medical Care, Society, and Trauma of WW2 Veterans |
中村江里 NAKAMURA Eri |
歴史のひろば | 蔣介石・蔣経国日記などの国史館への「返還」とその意義 |
川島真 |
歴史の眼 | 大阪コリアタウン歴史資料館という試み |
伊地知紀子 |
科学運動通信 | 2024年度陵墓懇談会(東京・宮内庁書陵部)参加記 |
森田喜久男 |
書 評 | 須田努編『社会変容と民衆暴力』 |
林進一郎 |
書 評 | 古波藏契著『ポスト島ぐるみの沖縄戦後史』 |
鳥山淳 |
紹 介 | 上野大輔・清水光明・三ツ松誠・吉村雅美編『日本近世史入門』 |
鈴木凜 |