戦後、“皇国史観”の呪縛から解放された歴史学界は、国民的歴史学運動、『昭和史』論争、「自由民権運動」一〇〇年等の経験を経て、時代や社会の変革主体としての民衆の歩みを具体的に追求してきました。民衆史研究です。こうした民衆史研究は、現在どのような研究状況の下にあるのでしょうか。一九八〇年代以降の民衆史研究に大きな影響をもたらした、フランスのアナール学派をはじめとする社会史研究の現状はどう評価されるのでしょうか。本特集では、今日、減速しつつあるとみられている民衆史研究の現状を広く概観し、今後の民衆史研究の課題や方向性を展望してみたいと思います。
既に指摘されているように、今日、「民衆」という言葉を用いる論考は減少化傾向にあります。しかしながら、かつては「民衆」という範疇で一元的にとらえられてきた各時代・各地域の人々の姿は、地域ごとに異なる政治史・経済史の中で的確に相対化されつつあります。また、ジェンダーやコロニアリズムをはじめとする様々な分析視角から多角的にとらえていく中で、従来の「民衆」という範疇ではとらえきれない人々の検討が、着実に進みつつあるのが現状ではないでしょうか。また、特定の時代・地域に生きた人々を、歴史学とは別の視点から検討する他領域(文学、民俗学等)の研究者との共同研究も不可避な状況になりつつあると思われます。本特集が、単にこれまでの民衆史研究の総括にとどまらず、若い読者の皆様による、今後の新たな民衆史研究へのアプローチの起点になれば幸いです。(編集委員会)
* | 特集にあたって | 編集委員会 |
論 文 | 民衆史研究の現在 ―他者への“共感”を再び― Recent Trends in People’s History |
宮瀧交二 MIYATAKI Koji |
論 文 | アナール派と民衆史研究の現状 ―「人新世」の時代の中で捉える― The Present Status of the Researches of the Annales School and People’s History |
近江吉明 OMI Yoshiaki |
論 文 | 日本中世史・近世史研究のなかの民衆 Perspectives on People’s History in the Studies in Medieval and Early Modern Japanese History |
長谷川裕子 HASEGAWA Yasuko |
論 文 | 琉球・沖縄の民衆の重層性 ―八重山から首里城へ― The Feature of Multi-layered Society of the Ryukyus/Okinawa |
得能壽美 TOKUNO Toshimi |
論 文 | “常民”を発見した民俗学 Discovering the Concept of “Common People” in Japanese Folklore Studies |
加藤 幸治 KATO Kouji |
歴史のひろば | 教科書の中の民衆像 On the Image of the People in Social Studies Textbooks |
戸川点 TOGAWA Tomoru |
歴史のひろば | 【リレー連載:人類は感染症といかに向き合ってきたか?E】
日本統治下台湾におけるペストの流行と防疫機関 ―臨時台湾防疫局官制案の廃案及び臨時防疫課の設置過程を中心として― |
鈴木哲造 |
歴史の眼 | 【リレー連載:二一世紀の災害と歴史資料・文化遺産C】
茨城における水損資料の保全活動 ―令和元年東日本台風への対応を中心に― |
添田仁 藤井達也 佐々木啓 |
歴史の眼 | 記録から見る社会運動 ―環境アーカイブズの視点で考える― |
川田恭子 |
書 評 | 岸本直文著『倭王権と前方後円墳』 | 佐々木憲一 |
紹 介 | 長谷部将司著『日本古代の記憶と典籍』 | 堀川徹 |
紹 介 | 河西秀哉・瀬畑源・森暢平編著『〈地域〉から見える天皇制』 | 鬼嶋淳 |
紹 介 | 糟谷憲一著『朝鮮半島を日本が領土とした時代』 | 久留島哲 |
紹 介 | 北河賢三・黒川みどり編著『戦中・戦後の経験と戦後思想』 | 高田雅士 |
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