『歴史評論』2013年1月号(第753) Historical Journal(REKISHI HYORON) January 2013 vol.753

映画をめぐる歴史と時間 History and Time about Films

定価 860円

 映画には歴史がある――と言っても、この〈歴史〉は一様ではありません。一世紀以上にわたる、産業・文化としての映画総体のあゆみが「映画史」であることは言うまでもありませんが、ひとつひとつの映画も複雑な葛藤や衝突の過程を経て製作されてきたミクロストーリアの世界です。また映画作品は、公開後さまざまな時と場所において、さまざまな人びとに受け容れられ、かぎりなく解釈を施され続けていく、という「未来」に開かれた歴史でもあります。そして当然、映画自体はその時点における「過去」を内容として描くこともでき、あるいはその時点における「現在」が、映画が古びるにつれて「過去」ともなります。
 歴史学において〈生きられた歴史/叙述された歴史〉というアポリアは、しばしば研究者を悩ましてきました。ところで、映像・音声・文字などが組み合わされた、二〇世紀を代表する複合メディアの中に折り畳まれた多義的な歴史、多層的な時間というものに思索をめぐらすことは、もしかしたら、アポリアを解きほぐす手がかりの一つにもなりえるのではないでしょうか。そこで今回、いくつかの日本映画の内と外をめぐる歴史意識・時間意識にかかわる論考を集めてみました。
 まずは娯楽としての映画についての文章を読んで愉しみ、その後、歴史学の方法について考え直す場所に立ち戻ってきていただければ幸いです。(編集委員会)

    *  特集にあたって  編集委員会
  論  説  映画史における〈異本〉とフィルム復元―伊藤大輔作品を中心に―
The Importance of Variants in the History of Japanese cinema
 板倉 史明
ITAKURA Fumiaki
  論  説  占領軍が描いた日本女性史―CIE映画『伸びゆく婦人』の検討―
A Japanese Women’s History by GHQ/SCAP:An Analysis of CIE Film“Progress of the Japanese Women”
 池川 玲子
IKEGAWA Reiko
  論  説  失われた戸惑いを求めて―「復帰」前後の沖縄アクション映画・再読―
Look for the lost puzzlement: Rereading the Okinawa action movies around 1972
 千葉  慶
CHIBA Kei
  論  説  『帝都物語』と二つの「都市史」―劇映画による歴史叙述の転義法―
“Teito-Monogatari”and two “urban history”:Tropes of historiography in narrative film
 平井雄一郎
HIRAI Yuichiro
 歴史のひろば NHK「連続テレビ小説」が創り出す歴史意識―「国民的ドラマ」という装置への批判的覚書―
The anatomy of Asadora,the early morning NHK television series:a critical note
 戸邉 秀明
TOBE Hideaki
 歴史のひろば 放送史関係資料のアーカイブ化をめぐる現状と課題
Current Situation and Issues in the archiving of historical documents on broadcasting
 米倉  律
YONEKURA Ritsu
  書  評 小畑弘己・寺前直人・高橋照彦・田中史生著『Jr.日本の歴史1 国のなりたち』  小野 一之
  書  評 亀谷弘明著『古代木簡と地域社会の研究』  仁藤 敦史
  書  評 柴田哲雄著『協力・抵抗・沈黙』  今井 就稔
  紹  介 木村茂光著『戦後日本中世史研究と向き合う』  守田 逸人
  紹  介 羽田正著『新しい世界史へ』  桃木 志朗
    * 2012年『歴史評論』総目次    *
  

戻る