==========================================2000/04/15-30====

                建築家の自邸に表れた家族意識

        ===============================================09-10/24====





                           東孝光自邸

地階:収納・作業室
1階:玄関・車寄せ
2階:居間・キッチン
3階:便所・浴室・吹抜け
4階:寝室
5階:子供室

http://www.saku-kenchiku.com/kenchikuka/a/azuma.htm


「塔の家」について――
      プライバシー空間の誕生と展開5

                     芹沢俊介(評論家)


 東孝光の自邸「塔の家」の最大の特徴は、各階すなわち各室に(
便所・浴室にさえ)扉がない、ということである。夫婦と子供一人
(女)という家族構成において、こうした扉の撤去ということがど
うして可能になったのであろうか。「スカイハウス」においてせっ
かく実現した、夫婦のプライバシーという観念からの、これは後退
ではないのか。渡辺武信はこの点に触れて、後退とは言っていない
けれど、はっきりと疑念を表明した。渡辺武信は、「戦後的住居」
の特徴として、次の五項目をあげた。
 @椅子式化の徹底
 A専用個室の確立
 B接客機能の後退(家族中心の平面)
 C厨房の表舞台化と共用空間への融合
 D通路と共用空間の融合
 渡辺はこのような五項目に照し、「塔の家」がAとDの点で「戦
後的住居」に忠実ではないと、述べている。内部に扉が全くないた
めに個室の分離が物理的には完全でないこと。子供室から浴室、ト
イレに行くのに夫婦寝室を通り抜けるのは、双方にとって具合が悪
い。とりわけプライバシーを考えると問題があるということ。(註
一)
 平面図で見るかぎり、確かに視線は、各階一室という構造が、ご
く自然に遮断している。ただし、それも渡辺武信が危惧するように、
動かないかぎりである。さらに音や声に関してはまったく、無防備
である。
 これに対する東孝光の答えは、プライバシーは家族の各自の内面
に規範化されることが大切なのであって、そのことを充たしさえす
れば、扉で物理的に視線や音を遮ったり、動線で処理したりするこ
とは、プライバシーにとって二義的な問題にすぎない、というもの
であった。このような答えはもう少し、具体的に検討してみる必要
がある。これだけで終るなら、物理的なプライバシー確保(扉をつ
けること)に対し、心的なプライバシーを対置しただけにすぎない
からだ。むろん、心的な規範としてのプライバシー観念を提出した
というだけでも、意味は小さくない。家族のプライバシーの成熟を
伝えるものであり、「スカイハウス」が実現した、家族が産出した
独自の時間性として子供と子供室をとらえる設計思想の延長上にこ
の心的なプライバシー観念は位置づけられると思われるからである。
 だが、もっと積極的で興味深い要素が「塔の家」には出現してき
ているのである。それは、家族における個別性ともいうべき要素で
ある。別な言い方をすれば、心的なプライバシーを媒介にして、家
族の成員間に対等性が芽生えはじめているのだ。これは菊竹清訓の
「スカイハウス」には認められなかった新しい要素である。この家
族間の対等性という要素は後に、戦後住居思想に最後の飛躍的転換
をもたらした黒沢隆の「個室群住居」という考え方を導き出す基盤
となったのである。
 「塔の家」におけるプライバシーがどのようなものであったかは、
住人に実際に聞くのが手っ取り早いであろう。娘利恵と妻節子はと
りわけ音について次のように発言している。(註三)視線のプライ
バシーにいては、おおむね、確保されていると述べた後で、
 「しかし、音に関しては、まったく筒抜けの状態である。居間の
テレビの音も、しゃべる声も、全部一番上の私の部屋まで聞こえて
くる。反対に私の部屋のラジオの音も声も階下まで伝わる。しかし、
この状態に対処する方法は、長年の経験で自然に身に付いてしまっ
ている。テレビの音はどの程度のボリュームであれば、上にいる人
が気にしなくてすむのかわかっているし、ラジオの音も同様である。
 また、少々の音では、気にならないように育っているし(幼稚園
児のころは、うるさい駅前に住んでいたので、そのころからあまり
音を気にしなかったのかもしれない)、ガマンできない音がする時
は抗議すればいいし、気になるおしゃべりの声が聞こえた時には、
そこへ行って参加するのが一番である。我が家には結構お客様が多
いのだが、そういう時には小さいころから自分の部屋にとじこもら
ずに、下の居間に降りていって、階段にすわり、おとなたちの話を
参加はできないまでも熱心に聞きいったものである。つまらない時
もあったが、だいたいおもしろい話だった。」(東利恵「「塔の家
」とともに一七年」)
 「かくて、塔の家の内部では、例えば、上から、「音を小さくし
て下さい」と、要求があれば、下から「小さくなどしたくありませ
んよ」と、主張したりして、続く話し合い、心配りが、次には、自
然の譲り合い、気配りとなり、やがて、無意識に常識的な行為とな
って、プライバシーをつくってきた。」(節子「生物・音・におい
」)

 私たちはこうした発言に、なにを読み取るべきだろうか。第一に、
「塔の家」においては家族は、プライバシーを物理的に最初から与
えられていないという点である。これまで戦後住居のプライパシー
は「スカイハウス」に見てきたように、夫婦だけに与えられていた。
 フライパシーはそこではじめて、家族において成立したと言って
もいい。だか、ここでは、そうした夫婦のプライバシーの先験性が
放棄されている。渡辺武信が疑念を洩らしたのはこの点についてで
ある。この夫婦のプライバシーの優先性の放棄は、戦後家族のプラ
イバシー理念からの後退であろうか。たぶん、逆である。「スカイ
ハウス」における夫婦のプライバシーの成立地点から、さらに一歩
が踏み出されようとしていたのだと考える。成る程、夫婦のプライ
バシーの優先権は放棄されてはいる。けれどそのかわり、夫婦と子
供が闘いながら、各自の内面に相互に自己を主張しうる限界線を探
そうとする試みが可能な空間が用意されたことを、ふたりの住人の
発言は示している。こうした試みの過程で、他者として親子が向か
い合う場面が出現しているのである。家族のなかにこの他者性が浮
び上ってくる地平線が、プライバシーが生じる場所である。他者と
しての親子という言い方は矛盾していると感じるかも知れない。け
れどこういう言い方をとったのは、親子のあいだに生じつつある対
等性に着目したかったためである。
 もちろん、「塔の家」の家族は、夫婦中心のエロス的家族である。
その点で、ここに生まれてきている相互の他者性、あるいは対等
性は、完全なものではないことは、明らかである。けれどそれとと
もに、こうした対等性ないし他者性という要素の家族内における出
現によって、戦後住居はプライバシーという観点で眺めるかぎり、
ほぼ限界まで歩き切ったと考えられる。「スカイハウス」では、子
供は夫婦に完全に従属的であったことを思い合わせると、他者性の
出現してくる地平が、家族の戦後史のなかでどれほど成熟した場所
であるかが容易に理解できよう。この地平で、子供は子供であると
同時に、一個の独立した他者とみなされるようになったのだ。家族
における関係はここで、ふたつの軸に分割される。ひとつは親和性
の軸であり、この軸の周辺では家族は一体化しようとする。親と子
の関係は必然的に保護―被保護という雰囲気が支配する。もうひと
つの軸は、他者性である。この軸の周辺では、親子は対等な存在と
して立ち現れる。
 だがこの他者性の軸は依然として、親子のあいだにしか働かない。
つまり、夫婦の一体性を壊すようには作用しないのだ。なぜだろ
うか? 戦後家族の夫婦像が、その一体性を主張したままで、いま
だ十分な批判にさらされる段階に戦後史がなかったからである。
「塔の家」は扉がないという点で、どんなに上へと各室が積み重ねら
れようと、基本的にワンルームである。すなわち「スカイハウス」
の変奏にすぎない。子供室を主寝室の上の五階に配したことは、「
スカイハウス」がピロティ部分へと下へと子供室をぶらさげたのと
は逆ではあるが、持ち上げたという点で同型対応だと考えられなく
もない。けれど、他者性の出現は、こうした批判からは抽出するこ
とはできないであろう。プランニング上の一般解は、「スカイハウ
ス」では、<(LR+BR)+Σ子供室><(リビング・ルーム+
寝室)十Σ子供室>というものであった。「塔の家」は、この一
般解から夫婦中心ということを意味するカツコを外してしまった。
すなわち、<LR+BR+Σ子供室>である。だが、これでは「ス
カイハウス」以前の、戦後住居のプランの一般解と同じになってし
まう。だが、決定的に違うのだ。なにが違うかと言えば、夫婦と子
供の関係に露出してきた他者性が「塔の家」には入っているのだ。
徹底して家族が個別化したときの住居の一般解は、黒沢隆によれば、
<Σ個室>であった。だとすれば、「塔の家」の解は、<(LR+
BR+Σ子供室>という式と、<Σ個室>との中間の形態だとい
うことができそうである。
 黒沢隆の「個室群住居」という構想は、「塔の家」における、家
族の親和性と他者性の均衡が破れたところに生まれてきたものであ
った。
(せりざわしゅんすけ)


 註一 「「塔の家」の歴史的意味」 (「「塔の家」白書」所収)
 註二 「「塔の家」白書」から
 註三 「「塔の家」白書」所収





                   (6)へ続く
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■ 建築家の自邸に表れた家族意識         (月2回発行)
     発行者     :武田稔
発行システム:まぐまぐ http://www.mag2.com/  ID:0000020587
      :MACKY http://macky.nifty.ne.jp/index.htm
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