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             建築家の自邸に表れた家族意識

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「個室群住居」の指さすもの――
   プライバシー空間の誕生と展開 6


                      芹沢俊介(評論家)


図1:武田先生の個室群住居




図2:中川邸・同居個室群




図3:わたしの個室・ヒロコの個室








 家族(夫婦)のエロスが育ててきた家族の親和性が消滅してしまえば、本質的に言って家族や夫婦(や親子)でいる必然性はどこにもない。そこには他者性があるだけである。むろん他者性しかないのに親和性をよそおうことはできる。だか、私たちがいま問おうとしていることについて、そうした親和性を偽造した家族、つまり解体した家族はとりあえず捨象していい。私たちが問題にしているのは、家族のあり方とその家族のあり方に規定された住居である。
 黒沢隆の個室群住居の概念が魅惑的なのは、家族の親和性と他者性の均衡というテーマに、まったく新しい解をつけ加えたことによる。黒沢以前の住宅は、家族において他者性より親和性をつねに優位に置くという地平から発想されていた。黒沢隆の個室群住居という概念は、これを転倒させたところに生じた。もう少していねいに言ってみれば、家族(夫婦ないし親子)の親和性を前堤とすることによって、むしろ、ほんらい家族がもっているはずの他者性が露出してくるはずだ。その他者性を設計思想の中心に据えたとき家族のあり方とそれに想定される住居はどういう現れ方をするか、これが家族の戦後史という主題から見えてくる−−出現してくる個室群住居の思想である。
 家族の親和性を前提とするということはどういうことか。具体的に述べれば、まずひとつ屋根の下に住むということだけの、住居的には最小限の力点しか置かれないことを意味する。(註一)残りの空間的なすべての配慮は、家族の他者性に費やされるのである。こうした発想が、菊竹清訓の「スカイハウス」の思想−−夫婦の一体性すなわち親和性を住居設計の核に置く思想−−とまるで逆であることは明らかであろう。
 黒沢隆は、個室群住居の必然性を立証するために、単婚家族の解体を語り、第三次産業社会の到来による労働の意味あるいはその質的変化がもたらす、私生活の場としての住居と言う観念の無効化を訴える。こういう状況が徹底化してくるなら、男も女も「自らを糊する職業をもち、自分のことは自分で処理し、他人をたよらず黙々とそして営々と生きる社会」が出現する。そういう社会では、あるものは個人だけである。このような社会における住居の一般解は、<Σ個室>であり、その住様式が個室群住居と呼ばれる、というのである。
 黒沢隆は自分の議論をいつの間にかオーバーランさせてしまっている。黒沢の個室群住居が面白いのは、家族という枠組を破壊していない地点においてである。くりかえせば、家族の親和性から他者性へ力点を緩和させたところに議論の革命性があったのである。黒沢の個室群住居が衝撃力を発揮するのは、いまなのだ。ということは、私たちの家族が、夫婦の一体性に象徴されるような濃密な家族の親和性に耐えられなくなっており、そのためにどうすべきかということが切実に問われているのである。個室群住居は、そのために実に衝撃的かつ適切な解答を提供しているのである。
 私たちの理解では現在、家族は夫婦の親和性を中心とするエロス的家族をとき、夫婦の他者性を中心とする超エロス的家族へと構造転換しようとしている。その過渡期の苦しみがさまざまな局面に現れている。黒沢の個室群住居という概念は、こうした家族の構造転換をもっとも早い時期に告知したのであった。
 プライバシーという概念はここにいたって、家族間の他者性を盛る器という新しい相が付け加えられるのである。夫婦のプライバシーではなく、夫と妻の個別のプライバシーが出現したのである。夫婦はいっしょに一つ部屋を夫婦寝室として確保するのではない。夫婦は一つ家を共有するだけで、各自の個室を確保するのである。夫婦寝室の解体である。


 黒沢隆が個室群住居を語るとき必ずといっていいほど出てくる言葉に「同居」がある。「同居」は個室群住居における、家族の親和性にあたっている。別な言い方をするなら、親和性と他者性の均衡が、他者性へと深く傾いたぎりぎりのところで保たれていることを伝える概念である。家族は消滅したのではなく、家族の親和性が他者性の背後に隠れたのである。したがってもっとも陥りやすい誤解は、個室群住居を、家族の解体(実は親和性の解体)した後に描き出される個人つまり相互に他者として出現する個人に対応する概念ととらえることであろう。こうした誤ちは黒沢自身が犯しているし、同じ誤ちを、「精神生活における個室」という文章を寄せて、修道院生活に個室群住居の起源を求め、そこに個室と同居の対概念的な現われを指摘している佐藤潔人も犯している。一言で言えば、コミュニティ理論に足をとられているのだ。だがくりかえせば、相互に他者として出現する個人同士が同居するのではない。少なくとも家族であることを前提とするということが同居の実質である。ここで問われているのはあくまで、家族における親和性と他者性なのである。コミュニティに類似性を求めることはいっこうに構わないが、それがしょせん類似性であって、ふたつは議論のレベルが異なっていることは踏まえておくべきであろう。実際、この期の個室群住居をめぐる黒沢隆たちの発言が、家族と社会とを無媒介に連続的な地平で論じていたため、せっかくの衝撃力がそうした混同によって弱められてしまったのである。
 私たちのこのような観点は、個室群住居の実例を調べることで容易に確かめることができる。
「武田先生の個室群住居」(図1)。(註4)平面図で明らかなように、三つ並列された個室群は家族における他者性を引き受け、各室に平等に開かれたホール(バブリック・スペース)が家族における親和性が否定されていないことを伝えている。つまり、家族の同居であることを示している。ここでのデザインポリシーが、個室を主に、パブリックスペースを附続的に表現することであったという黒沢隆の言葉が、このことを語っている。
「中川邸・同居個室群住居」(図2)。ここでも同様のことが指摘できる。一階の両親の部屋に接しているホールは、階段で二階の各個室と繋がれている。ただし二階の四個室(子供三人と予備室の中央に設けられたホールに行くためには、両親はどこか一つの個室を通らなくてはならない。中川邸における同居という概念の実質は、下宿人と家主あるいは寮の管理人と住人の関係と類似しているが、この点で決定的に違っていることが知れよう。家族の親和性(とりわけその両親からの発露)の機会は狭められることによって開かれているように見える。つまり個室群住居は、家族のためのものであるという主張を高めている。しかも、親和性の発露の機会は、「呼びかけ」の空間としての一階ホールがさらに保証している。
 もうひとつ、ほぼ同じ時期に黒沢隆は結婚し、黒沢の母と同居している。すなわち、これまでの家を個室群住居化している(図3)。
黒沢は、このことを次のように語っている。「つまり、ふたりが個室群住居を欲するためにこそ、母の主宰するコミュニティに率先して参加しなければならないし、そのコミユニティに参加すればこそ個室辞住居は成立したのであった。」(註5)ここで使われているコミュニティという言葉が、家族の親和性の枠を超え出ていないことは明らかであろう。前号で東孝光の「塔の家」について、東利恵の発言を紹介したけれど、黒沢のこの言葉は、それと少しも変わりがない。父や母の客がきたとき、それを避け閉じ込もるのではなく、逆に積極的に参加してゆく。このなかで、家族の他者性を承認してゆく行為が語られていた。黒沢の場合も同じである。だが、これが可能になるためには、家族の親和性への確信ないし信頼が前提とされていなければなるまい。
 私たちの家族はいま、家族の親和性を一体性へと濃密に閉じてゆくことを願っていない。反対に、家族の親和性へ対する確信や信頼を基礎に、家族の他者性をせいいっぱい拡張しようと願っているように見える。黒沢隆の個室群住居という考え方は、このような家族の戦後史の現在の主題に対し、鮮やかな形で、その志向を具体化して見せたのである。


 註1 黒沢隆はこの点ではもっと徹底していて、家族の親和性は、共に住むという形での同居を必ずしも必要としないというところまでつきつめられているように思える。夫婦という観念、親子という観念ないし心的な相互規定性をぎりぎりの家族の支えとする点までつきつめられる。(吉本性明の「対幻想」参照)個室群住居はここまできてはじめて、社会的存在としての個人、相互に他者としての個人と限界を接するのである。
 註2 「個室群住居とは何か」都市住宅一九六八・五
 註3 都市住宅一九七一・一一
 註4 図1、2、3はすべて「個の意意識と個室の概念」から。都市住宅一九七一・一一
 註5 「わたしの個室・ヒロコの個室」都市住宅一九七一・一一


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■ 建築家の自邸に表れた家族意識         (月2回発行)
     発行者     :武田稔
発行システム:まぐまぐ http://www.mag2.com/  ID:0000020587
      :MACKY http://macky.nifty.ne.jp/index.htm
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