『豊饒の海』における空間と時間の構造を読む


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『豊饒の海』における空間と時間の構造を読む


昭和45年7月22日の取材旅行

1. 地理的トレースと記憶の再構築

三島由紀夫の「豊饒の海」 第4巻「天人五衰」において、老境に至った弁護士の本多繁邦が余命を悟って京都・蹴上の都ホテルから
奈良・帯解の月修寺門跡、旧皇族の婚約者で親友の恋人でもあった綾倉聰子に面会に行く道中、伏見区醍醐地区をかすめてゆく。
実際に三島由紀夫は昭和45年7月22日に、京都・蹴上から奈良・帯解の圓照寺まで取材旅行に赴いており、「創作ノオト」にも残っているという。
「駐車場つきのスナックの店」は「スナック沼」という店で、旧・京都市東部クリーンセンター前に長らく閉店状態で十数年前まで存在したが、現在はマンションとなっている。
また、「自動車道にまでしなだれかかる竹若葉」は伏見区桃山町伊賀にある外環状線にしなだれかかる竹林と思われる(下の写真)。
なお、文中では宇治市となっているが、実際には「スナック沼」を過ぎた後すぐ宇治市奈良町に入るものの、まもなく京都市伏見区に再び入る。
「崖つぷちに、自動車の捨て場」は、おそらく外環状線 大受団地から石田森東交差点付近の合場川沿いではないかと推定する。少なくとも昭和60年頃のこの川沿いの堤防は、廃車置き場の様相であった。

2. 文体と時間の流れ

「天人五衰」の文体は、比較的淡々とした駆け足気味のもので、いわゆる三島らしい文体とは若干離れているが、このエピソードでは比較的ゆったりとした時間の流れを感じさせる。

3. 門跡寺院の象徴性

月修寺は、奈良の圓照寺をモデルにした架空の寺院である。
圓照寺は、伝統的に皇族または華族の女性たちが門跡を務めてきた歴史的背景があり宮中とのつながりが深く、
現在も一般公開されておらず外部の視線が届かない、静寂の空間である。
つまり、この聰子がいる寺自体が聰子自身の沈黙を反映し、外部と隔絶する空間であり、
観察、解釈、そして侵入を拒む私的な夢の空間の象徴として位置づけられている。

4. 昭和的風景の残響

山科南詰(現在の山科駅口)・醍醐地区は、日本中どこでも見られる新規で落莫とした風景とされつつも、今現在も、当時の「新建材と青い釉薬瓦の屋根々々」が残っており、
いまだに昭和40年代の残滓が残っている。山科・醍醐地区は「豊饒の海」では通過点として現れるが、ほぼ知られていないためここに紹介した。
木津、帯解、圓照寺の庭の描写も含めて最終章の描写は、「最後の夏」として引きつけるものがある。

参考文献


有本伸子/三島由紀夫「天人五衰」の原稿研究-結末部を中心に-/広島大学表現技術プロジェクト研究センター表現技術研究 5号
小澤保博/「豊饒の海」の構造(下)−第3巻、第4巻の分析−/琉球大学教育学部紀要 第一部・第二部(34): 181-207

写真/Photo


伏見区桃山町伊賀の「自動車道にまでしなだれかかる竹若葉」







評論:村田佳子郎(Keishiro Murata)
Kyoto, Japan


 



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