リュブリャーナ
昼食後、プリトヴィッツェ国立公園を発ちクロアチア国境のパスポートチェックを抜け、スロベニアに
入る。そこで大きな変化を見た。クロアチアでは潅木が多く畑らしい畑は無く、食事時に出る野菜類は、
どこからと不思議に思っていた。スロベニアに入るとトウモロコシ、麦畑、キャベツ等の野菜畑が続き、
のどかな田園風景が続いた。この差はどこから来るのか?政治の差?環境の差?人種の差?地理的要因?
何故か分からないが、過去の旅行で、多くの国境を越えたがこれほど歴然と変わった事は初めてだ。首都
リュブリャーナのホテルの夕食後、夜9時頃旧市街に出かける。サマータイムでまだ薄明るい。リュブリ
ャニッツァ川の両側の旧市街では、川に面したレストランの外のロウソクの灯の載ったテーブルを挟み恋
人、若者が食べ、談笑していた。川面からの微風も微笑んでいる。
スロベニアの田園風景 クロアチアの未開地 フランシスコ会教会 スロベニア大学
今回の旅行地(4ケ国)は、チトー大統領時代の旧ユーゴスラビアであった。内戦により1990年代
に独立した国で、西欧諸国に近いスロベニアが、一番旧体制から早く西欧化し落ち着いた国に思える。(ユ
ーロ圏)クロアチアのアドリア海に面した西側しか通過しなかったが、リゾート観光地が多くそれなりに
子供達も明るく、人懐っこい。内陸側(東側)のクロアチアはどうなのか? ボスニア・ヘルツゴビナは、
内戦の傷跡は、まだ解消していない様だ。
今回の旅では、“安物買の銭失い”の諺を痛感した。同じ旅行社から同時期にA、B二つのツアーがでて
いた。訪問先、日数は同じで、旅行代金はBが約7万円安い。募集人員はAが最高28名に対し、Bは38
名だった。Bを選択したが、募集要項に宿泊地が“訪問都市またはその近郊”とあり全て宿泊費が安い“近
郊”となた。訪問目的地までの往復時間の無駄、また、人数が多い為トイレ休憩時間も長くなり、結局観
光時間が短くなった。航空会社もヨーロッパで一番安いKLMで、スロベニアから遠いイタリアのベニス
へ入国となり、深夜にバスで国境近くのホテルに到着。翌朝の出発も早い。これは、反省点だ。
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