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斎藤勇東大名誉教授惨殺事件

1982年(昭和57年)7月4日午後1時20分ごろ、東京都新宿区南榎町の自宅で、東大名誉教授(専門はイギリス文学)で文化功労者の斎藤勇(たけし/95歳)が同居している孫のT(当時27歳)によって惨殺されるという事件が起こった。

斎藤勇・・・1887年、福島県生まれ。東京帝国大学(現・東京大学/以下同)文学部英文科卒業。1923年から東京帝国大学教授。プロテスタント信仰を背景に、日本における英文学研究に学問的基礎を与えた。夏目漱石が去った後の東大英文科で指導的な存在となる。1947年、退官し名誉教授になる。1948年から1954年まで東京女子大学学長。1950年から始まったチャタレイ裁判では検察側証人として出廷。1953年、国際基督教大学の開学に参加。1954年から1964年まで国際基督教大学教授。1975年、文化功労賞に選ばれる。ちなみに、同姓同名の心理学者の斎藤勇(いさむ/現在は立正大学心理学部教授)とは別人。

死因は頭部顔面打撲による外傷性クモ膜下出血。金属製の置時計を凶器に、頭部15ヶ所、顔面17ヶ所、前顎部8ヶ所・・・合わせて40ヶ所の挫創が顔に集中していた。

そして、眉間には刃渡り18センチの柳葉包丁がグサリと9センチもめり込んで突き立てられていた。家人が「ウォーッ!」という断末魔の叫びを聞いている。

母親の和子(当時55歳)は、実はこの日、2度、千葉県旭市の「海上寮療養院」に電話をかけている。「海上寮」とは、Tが精神分裂病と診断された精神病院である。

「精神分裂病」という名称は “schizophrenia”(シゾフレニア)を訳したものですが、2002年(平成14年)の夏から「統合失調症」という名称に変更されています。

午前11時半ごろ、最初の電話をかける。「息子が昨日から何も食べず様子がおかしいのですが、すぐに再入院させた方がいいのではないでしょうか」

これに対し、病院側はとにかく刺激しないでそっとしておくようにと注意し、詳しい様子をさらによく観察して知らせるように言った。

午後0時半過ぎ、2回目の電話をかける。「あれから、様子を見ていると、いくらかよくなっているようなので、とにかく父親が名古屋から帰って来たら相談して、改めてもう一度ご連絡いたします」

父親は、東大名誉教授で国際基督教大学教授でもある政治学者の斎藤真(当時61歳)。この日は名古屋大学の集中講義に出席していた。

午後1時20分ごろ、Sが突然、暴れ出し、和子に殴りかかり、帰宅した妹(当時17歳)にも襲いかかった。

台所から柳葉包丁とチーズ用ナイフを持ち出し、玄関わきにある祖父の勇の書斎に入っていった。和子は慌ててTのあとを追うが、Tは勇に本や新聞を投げつけ、やがて金属製の置時計を手にして、勇の頭を幾度も殴り始めた。和子と家政婦(当時62歳)が慌てて制止しようとしたが、27歳の男の力にはかなわず、勇はついに、柳葉包丁を眉間に突き立てられてしまう。

近所の人の110番で警視庁機動捜査隊と牛込署員が駆けつけたときには、すでに勇は血の海の中に絶命していた。また、和子は1ヶ月の重傷、家政婦も頭に怪我を負った。

捜査員が手分けしてTの行方を捜していたところ、1階の家政婦の部屋の押し入れに隠れており、不意にチーズ用のナイフを振りかざして警視庁機動捜査隊赤羽分駐所主任の根岸省二警部補(54歳)に飛びかかってきた。顔などをナイフで刺された根岸警部補は、Tの腕を掴んだまま廊下に倒れ、そこに駆けつけた他の捜査員が、傘などでナイフをたたき落とし、午後2時15分ごろ、Tを逮捕した。

根岸警部補は病院に運ばれるが、やがて死亡する。

Tの自室にあった日記には、スペルを逆さにした英文で、<悪魔は殺さねばならぬ>(7月1日付)とか<ゾロアスタ・アーミンマ。地球の人類は悪魔だ。私は悪魔を殺せとの指令を神から受けた>(7月4日付-犯行当日)などと書かれていた。

Tは1978(昭和53年)の春、慶応大学法学部を卒業し、秋からプリンストン大学に聴講生として留学。翌年、帰国し、そのまま慶応大学院に進んだ。しかし、長続きせず1年足らずで中退。1980年(昭和55年)4月、宗教に関心があるということで、東京神学大学に入学する。しかし、ここも秋には退学。再び、1981年(昭和56年)1月、渡米するが、極端な菜食主義から栄養失調になり、同年5月、帰国した。この間、正統のキリスト教ではない異端の宗派や「神秘学」などに凝り、インドに憧れ、日本語をしゃべらなくなり、日常会話も英語だけになり、わけの分からないことを口走るようになっていた。

警察での取り調べに対してもTは英語しか話さないため通訳をつけて行われた。祖父の勇の殺害については「悪魔を殺した」と英語で認めた。

Tは精神鑑定の結果、責任能力なしと診断され不起訴処分になっている。

参考文献・・・
『戦後欲望史 転換の七、八〇年代篇』(講談社/赤塚行雄/1985)

『実録 戦後殺人事件帳』(アスペクト/1998)

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