沖縄・宜野湾市の普天間飛行場は、在日米軍再編の中核施設。
沖縄の基地被害の象徴的存在として返還・移転が日米間で話し合われてきた。
(沖縄県ホームページから)

岩国市長選】

基地依存の地域活性化はない

 
 在日米軍再編に伴う米軍艦載機の岩国基地移転を最大の争点とした
岩国市の出直し市長選は、移転を容認する前衆院議員の福田良彦氏が、移転反対の前市長、井原勝介氏を敗った。
 2年前の住民投票と同年4月の市長選で「移転反対」を示した民意が、今回「容認」に転じたのは、有権者が直面する基地問題で「実利的」な選択をしたということだ。
 民意の「ねじれ」は、ひとつには米軍艦載機の移転が安全保障問題にかかわる極めて高度な政治・外交的問題で、1地方自治体の裁量を超えていること。さらに、1000億円を超す岩国市の借金財政からの脱却に、国の財政支援が欠かせない――と有権者が判断したからだ。
 つまり、岩国市民がどんなに移転反対を訴えても、最終的には国にねじ伏せられる。カネももらえない。であれば、多少の不満はあっても国の方針を受け入れ、その中で国からの「見返り」を引き出す方が得策ということだろう。

 地元が期待する見返りは、当面は岩国市の新庁舎建設の補助金35億円の凍結解除に加えて、米軍再編の関係自治体に国が支払う再編交付金である。
 長期的には基地関連の各種交付金も期待できる。福田氏はさらに、基地を民間も使える「軍民共用化」も訴えている。
 補助金の凍結は井原前市長が米軍艦載機の移転に反対したことに対する「報復」であり、再編交付金は、いわば、米軍再編に協力する自治体への報償と考えればいい。再編交付金は今後10年にわたって、計134億円が想定されている。
 こじれた国との関係が修復でき、中央直結の行政運営が可能になり疲弊する地域経済の活性化が期待できる。できるか、できないかは別として、有権者は福田氏の公約に賭けた。

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 当然のことだが、政府・与党は福田氏の当選を歓迎し、見返りの財政的措置の検討に着手した。政府の在日米軍再編作業にも弾みがつくだろう。
 基地問題で首長の出方次第で政府が対応を180度転換した事例は、沖縄の普天間飛行場の移設・返還でも見られた。
 1997年初頭、当時の革新系知事が移設に反対すると、政府は県に約束済みの経済振興策を全面的にストップ、関係を断絶した。その後、保守系知事が誕生すると、大盤振る舞いの財政支援策が復活したのは記憶に新しい。
 05年10月にまとまった、米軍再編の中間報告に岩国基地への米軍艦載機移転を盛り込んだ日米両政府の中間報告について、当時の井原市長は「住民生活に大きな影響を与える。容認できない」と反対の立場を明確にした。
 その結果が、約束済みの新庁舎建設の補助金の凍結であり、米軍再編に伴う基地交付金支給の対象外扱いだった。
 沖縄県名護市も交付金の対象外とされていたが、岩国市長選に先立って、政府は米軍再編の核となる普天間飛行場の移設・返還問題で、環境影響評価(環境アセスメント)の着手を前提に、移転先となる名護市に米軍再編交付金を支給する方針を固めている。移設計画への協力を引き出すため、急きょ方針を切り替えたのである。
 膠着状態にある普天間移設の打開を図るとともに、岩国市長選もにらんだ米軍再編の「環境整備」と見ていい。

 福田氏の勝因として、米軍艦載機の移転容認を基本としながらも、経済振興・地域活性化に軸足を置きながら、基地問題の争点ぼかしに成功したことが挙げられよう。
 選挙で基地問題が真正面から論じ合われる場面は少なくなった。正面きって取り上げる問題としては、特に保守陣営の候補にとって、あまりに「高度な政治判断」を要するテーマであることだ。
 基地を抱える自治体にとって、基地問題は避けて通れない。かといって、新人候補にとっては、基地問題に深入りするのはリスクが大きい。それよりも、地域経済が直面する問題に軸足を置いて、政治問題よりも生活面での不安解消を訴える方が有利と選挙戦術を立てる。福田氏はそれに成功した。
 沖縄でも似たケースがあった。普天間飛行場の移設先とされた名護市の市民投票(96年)で移設を拒否した有権者が、翌年の市長選で経済振興を前面に掲げた候補者を選択している。このときも、「民意のねじれ」が話題になった。
 いずれも、「基地」という政治問題よりも、当面の「経済」「生活」を重視する有権者が多かったということだ。それを見極めて、潤沢な選挙資金を用意するのは、誰にでもできるものではない。

 岩国基地への艦載機移転と普天間飛行場の移設の重要性を単純に比較できないが、政府にとって沖縄の過重な基地負担の軽減は最優先課題だ。
 1972年の本土復帰以降、沖縄の米軍基地は常に住民生活を脅かす存在だった。
 その沖縄の基地機能を温存しながら基地負担の軽減という、矛盾する問題に風穴を開けられると政府が期待したのが、米軍戦略の世界的規模での変革であり、在日米軍の再編である。
 沖縄の基地負担は米軍基地・部隊の分散、グアム移転で軽減されるシナリオができているが、肝心の政府と沖縄県側の交渉は、今でも行きつ戻りつの繰り返しだ。
 沖縄県知事が普天間移設の前提となる、移設先の辺野古沿岸域の環境アセスメント調査や公有水面の使用許可の権限を持ち、知事の許可がなければ計画は暗礁に乗り上げる。
 県の権限を国が取り上げる特別立法も不可能ではないが、そんなことをすれば沖縄の基地問題が大爆発してしまい、引いては日米関係に決定的な亀裂が生じてしまう。

一方の岩国基地の場合は、市が移転反対を貫いたとしても、沖縄のように移転を行政の手続面でストップさせることはできない。
 
住民感情としても、日常的な基地被害にさらされている沖縄のような切迫感がないのも事実だ。
 基地問題の本質は沖縄も岩国も同じなのだが、住民感情も含めて置かれた状況は異なる。
 ただ、はっきりしていることは、戦術・戦略的な要衝となった基地は、特別な事情が起きても動かし難い存在になってしまうということだ。沖縄基地にそれを見ることができる。
 福田氏が公約した「軍民共用化」の意図ははっきりしないが、艦載機の基地では管制上極めて危険だし、実現できたとしても採算面で大きな疑問がある。それ以前に、米軍が軍民共用を受け入れるとは考えられない。

昨年秋以降、国内経済は不透明な時期に入っている。大都市と地方の格差、地方においても地域間格差が社会問題化している。基地問題よりも経済・生活分野の問題が重視されだしたのは紛れもない事実である。そんな時期に岩国基地の問題が重なった。
 だが、「基地」に依存した経済が地域の活性化につながると考えるのは幻想だ。交付金や補助金は、今の時代確かに魅力的だが長続きすることはない。
 外交・安保問題は政府の専管事項ではあるが、地方の自治を無視した政府の方針が許されるものではない。ましてや今は国と地方が対等な立場で懸案を話し合う地方分権を追求している時代である。
 自治の論理から言えば、そうなる。特に基地問題は、住民生活と隣り合うものであり、住民意思が最大限尊重されなければならいことは論を俟たない。
 在日米軍の再編問題は沖縄に「隔離」されてきた基地問題を関係自治体に問うきっかけとなったようだ。米国中枢同時テロ以来の米国の一極支配態勢がぐらつき始めた今日、米国にくっ付いて離れないわが国の外交・安全保障政策が続くようだと、米軍再編は「本土の沖縄化」に行き着いてしまう。(08211日)