検証「大詰め 普天間返還」

◎通じなかった前首相の熱意
 副知事の失脚で状況一変
 解決急がせたサミット決定

 一九九六年四月、日米両政府は沖縄の米海兵隊基地、普天間飛行場の全面返還で合意した。それから三年半が過ぎた。昨年暮れ、大田昌秀氏に代わって県政を担った稲嶺恵一知事は、普天間飛行場の移設先として沖縄本島北部の名護市の米軍キャンプ・シュワブ地区に絞り、近く正式に表明する意向だ。
 九五年秋の米兵による少女暴行事件に始まる沖縄米軍基地の存在を問う激しい世論は、日米安保の根幹を揺るがし続けた。激動のこれまでを振り返ると、あらためて米軍基地の在り方が問われなければならないということに気付く。
 九六年四月十二日夕、橋本龍太郎首相(当時)から執務室にかかってきた電話で普天間返還合意を伝えられた大田昌秀知事(当時)は、あまりの突然の知らせに「驚き、うろたえてしまった」と、当時の県幹部は証言している。「とにかく、ありがとうございます、と答えてください」とこの幹部は進言した。

 普天間合意の伏線は同年二月の米サンタモニカでの日米首脳会談。訪米に先立って首相の意を体した財界人の諸井虔氏(現太平洋セメント相談役)が那覇市に飛び大田氏から直接、普天間返還が最重要であることを聞き、首相に伝えていた。
 首相からの電話があったとき同席していた吉元政矩副知事(当時)は、普天間返還の条件となる代替施設は米軍嘉手納空軍基地への統合と、とっさに頭に浮かんだ、と言う。
 嘉手納基地の広さは普天間の四倍強の約二千f。返還合意を受けた日米実務レベルの会議でも、日本側は強く「統合案」を迫った。だが、米軍内部の確執や部隊運用面の問題が難しく、統合案は消えた。

 米軍基地がある限り、基地被害はなくならない。
 日本復帰から二十三年、戦後五十年の節目を迎えていた九五年。秋に起きた少女暴行事件は、平和な生活を希求する県民の心に無慈悲に襲いかかった。大田知事は基地継続使用に必要な軍用地契約に関する代理署名を拒否し、事件に抗議する県民総決起大会は文字どおり県民ぐるみの激しい怒りの集会となった。
 日本国民でありながら、米軍人犯罪に制約づくめの捜査権しか持ち得ない日米地位協定の見直し要求は、米軍基地が集中する沖縄では切実な住民の声である。そんな求めに河野洋平外相(当時、現外相)は、にべもない返事で答えた。
 対照的だったのは米政府だった。沖縄の安定なしに在日米軍基地機能を維持できないという事情を熟知している米政府は、モンデール駐日米大使(当時)が直に謝罪したのをはじめ、大統領も事件への憤りを表明している。日米のこの際立った事件への対応が、「隔絶された」基地の島・沖縄だったから、と思わざるを得ない気持ちを県民に植え付けてしまった政治的責任は大きい。
 かつて反安保闘争で沖縄の革新陣営と行動をともにした自社さ政権の村山富市首相に代わった橋本首相は、燃えさかる住専問題をよそに沖縄問題に没頭した。師と仰ぐ故佐藤栄作首相は念願の沖縄返還を実現させた。まな弟子として元首相の歴史的功績を完成させようとする意識は強かった。

 橋本首相は沖縄問題の処方せんを探るため十七回も大田知事と会談している。短期間にこれだけ会談の場が用意されるのは異例だが、沖縄へのこだわりが首相をそうさせたのだろう。だが、首相と知事の親しい関係は間もなく途絶える。
 九六年暮れの日米特別行動委員会(SACO)最終報告を受けて明確になったキャンプ・シュワブ沖合の海上ヘリ基地計画について橋本首相は、住民密集地域にある普天間飛行場の危険性を取り除き、環境問題にも配慮した撤去可能な「最良の計画」と再三強調した。
 しかし一年後の名護市民投票で拒否され、大田知事も年が明けた二月に海上基地受け入れを最終的に断った。知事が頼みとした吉元氏は、その一カ月半前、副知事再任を否決され県庁を去っていた。国と県の関係は黒子役を欠いて断絶状態となり、沖縄政策協議会で積み重ねられてきた振興策も事実上凍結された。
 昨年十一月の知事選で稲嶺氏が勝利、状況は一変した。
 稲嶺知事が掲げる基地問題への現実的対応、経済振興は政府の意向でもある。暗礁に乗り上げていた普天間問題に動意が表れ、これを加速させたのが来年の主要国首脳会を沖縄で開催するとした小渕恵三首相の今年四月末の決断だった。
 来年七月の沖縄サミット決定で米政府が普天間問題の早期解決を強く迫り、日本政府も早期決着に向けて環境整備に乗り出した。双方の本音は年内決着だ。

 普天間飛行場の移設は大詰めを迎えた。沖縄の基地問題は、日米両政府間の交渉に沖縄県が複雑に絡む。名護市民投票に見られた日本政府の焦り。大田知事と絶妙のコンビで政府を沖縄の「土俵」に引き込んだ吉元氏の失脚。この二つが普天間問題の流れを変えてしまった。
 肝心の地元名護市の判断がどうなるのか。県内移設に反対する運動の広がりも、サミットの前に立ちはだかっている。

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