97年暮れ、橋本首相は沖縄県の大田知事と名護市の比嘉市長を官邸に招き、普天間飛行場の名護市辺野古沖合への移設を了承するよう最後の説得を試みた。市長は、名護市民投票で拒否さえた移設を容認する意思を伝え、その責任を取って辞意を表明した
 しかし、大田知事は首相の説得を受け入れるにはまだ世論を見定める必要があるとの態度を変えず、首相の説得を断った両者の関係は1年半前までの対立から融和へと進んだが、基地問題の複雑さに合わせるように、再び不信感が漂い始めた。
 そして、比嘉市長の辞職に伴う市長選が告示された。

核心評論「名護市長選告示」

◎重みを増す政治的意味
 ヘリ基地反対派勝てば 日米関係に影響

会談先送りで拍車

 沖縄県名護市長選が一日告示される。
 市長選が持つ意味は、単に海上ヘリ基地が再度問われるということにとどまらない。海上基地問題で当初予定された一月下旬の橋本龍太郎首相と大田昌秀沖縄県知事との会談が、首相側の事情で選挙後に先送りされた結果、これまで以上に政治的意味が大きくなった。
 政府側が「逃げ」に回ったとの印象を与えてしまい、政府の対応のまずさを露呈したからである。
 だが、同時に会談延期は知事の今後の動向を見定める時間的余裕を政府にもたらした。
 現時点では、橋本・大田会談は市長選を終えた二月九日以降というだけで、具体的日程は決まっていない。状況次第では、両者の会談そのものが流れてしまう、こともないとは言えない。
 昨年暮れの首相との会談で知事は、最終判断を一月の再会談で明らかにする考えを表明している。しかし年明け以降、知事は海上基地反対の立場を強め、間接的ながら建設反対の意向を明らかにしている。
 沖縄県は、海上基地問題で各種団体からの意見聴取を終え、県の新三役も誕生した。大田知事は手続き的にも体制上も、いつでも首相に会い県の最終判断を伝えることができる。

政府に決め手なく

 これに対し、政府には形勢逆転を狙おうにも目下、これといったカードはない。全力を投入した名護市民投票に敗れ、海上基地を容認して辞任した前市長の路線を踏襲する前同市助役の岸本建男候補の勝利にも自信が持てない。知事の判断を選挙後に引き延ばす以外、知恵がない。 政局が目まぐるしく動いている中で、嫌な結論を聞くのにわざわざ会談の場を用意する必要はない―が政府・自民党首脳の本音だろう。

 半面、会談の先送りはその分だけ時間が多くなったことを意味する。知事がこの間、海上基地問題に全く口をつぐむことはできない。個人的に「恩義がある」海上基地反対の県議、玉城義和候補への応援をどうするのか。首相と会う前に、事実上の結論を口にしない保証はない。
 もし、事前に結論を表明するような形になれば、首相をより刺激することは間違いない。会談延期は知事を窮地に追い込み、結果的に首相とは会えなくなる危険性を内包している。「知事のフライング」を狙った作戦と言えなくもない。
 名護市長選は、前市長が辞任したことを受けて行われる。再度、市民投票と同じ結論が出るかどうかは分からない。しかし、大田知事の意向に加え、もし玉城氏が勝利するようだと、日米両国の特別行動委員会(SACO)最終報告は根底から崩壊しかねない。

安保・外交を問う

 さらに、一昨年四月の普天間飛行場返還合意を足場にした日米安保共同宣言と、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)取りまとめにいたる日米両国間の信頼関係への影響は避けられない。
 市長選は事実上の終盤戦に入っている。市民投票の余勢を駆った玉城陣営の活発な動きに比べ、地域の振興問題を掲げた岸本陣営は動きが鈍い。
 だが、岸本陣営には市民投票で基地反対を投じたグループもいる。単純に海上基地「反対」「賛成」で色分けできないねじれ現象がある。
 沖縄は今年七月の参院選、十一月の知事選に加えて統一地方選挙もある選挙の年である。その最初の選挙となる名護市長選は、好むと好まざるにかかわらずわが国の安保・外交を問う。同時に主要選挙の前途を占なうことになる。

200821日付)