官を侵すの害(侵官之害)
-二柄第七より-
I think; therefore I am!


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本文(白文・書き下し文)
昔者、韓昭侯、酔而寝。
典冠者見君之寒也。
故加衣於君之上。
覚寝而説、問左右曰、
「誰加衣者。」
左右対曰、
「典冠。」
君因兼罪典衣与典冠。
其罪典衣、以為失其事也。
其罪典冠、以為越其職也。
非不悪寒也。
以為、侵官之害、甚於寒。

故明主之蓄臣、
臣不得越官而有功、
不得陳言而不当。
越官則死、不当則罪。
守業其官、所言者貞也、
則群臣不得朋党相為矣。
昔者、韓の昭侯、酔ひて寝ねたり。
典冠の者君の寒きを見るなり。
故に衣を君の上に加ふ。
寝より覚めて説び、左右に問ひて曰はく、
「誰か衣を加ふる者ぞ。」と。
左右対へて曰はく、
「典冠なり。」と。
君因りて典衣と典冠とを兼ね罪せり。
其の典衣を罪せるは、以て其の事を失ふと為せばなり。
其の典冠を罪せるは、以て其の職を越ゆと為せばなり。
寒きを悪まざるに非ざるなり。
以為へらく、官を侵すの害は、寒きよりも甚だし、と。

故に明主の臣を蓄ふや、
臣官を越えて功有ることを得ず、
言を陳べて当たらざることを得ず。
官を越ゆれば則ち死され、当たらざれば則ち罪せらる。
業を其の官に守り、言ふ所の者貞なれば、
則ち群臣朋党相ひ為すを得ざるなり。
参考文献:新釈漢文大系 特選 韓非子上 竹内照夫 明治書院

現代語訳/日本語訳

昔、韓の昭侯は酔って寝てしまったことがあった。
そのとき、主君の冠を管理する典冠という役職にある者が、
昭侯が寒そうにしているのを見た。
そこで、典冠の者は、昭侯の上に衣をかけた。
昭侯は眠りから覚めて、衣がかけられていることに喜び、
こう左右の者に聞いた、
「誰が衣をかけてくれたのか。」
左右の者はこう答えた、
「典冠の者です。」
そのため、昭侯は主君の衣服を管理する典衣という役職にある者と、
典冠の者の、二人とも罰した。
典衣の者を罰したのは、その職責を全うしていないと考えたからである。
典冠の者を罰したのは、典冠としての職権を越えていると考えたからである。
寒さを嫌がらないわけではない。
他者の職務を侵すことの害は、寒さのそれよりも重く見るべきだと考えたのである。

だから、明主が臣下を召し抱えておくときには、
臣下は職権を越えて功績を挙げることはできず、
自分の能力について述べたときは、
その通りの結果を残さなければならない。
職権を越えれば死刑となり、
自分の能力について述べてその通りの結果を残せなければ罰せられる。
仕事を職権の範囲にとどめ、発言に忠実であれば、
群臣は徒党を組んで君主を欺くようなことは無い。


解説

昔者、韓昭侯、酔而寝。典冠者見君之寒也。故加衣於君之上。
むかし、かんのせいこうえひていねたり。てんくわんのものきみのさむきをみるなり。ゆゑにころもをきみのうえにくはふ。

「昔者(むかし)」、「者」は時間を表す語によくつく。
「典冠」は主君の冠を管理する役人。

「韓昭侯」は韓非のしばしば推奨する君主。
在位はB.C.362-333。


覚寝而説、問左右曰、「誰加衣者。」左右対曰、「典冠。」
しんよりさめてよろこび、さいうにとひていはく、「たれかころもをくはふるものぞ。」と。さいうこたへていはく、「てんくわんなり。」と。

「説」は「悦」に通じる。
「左右」は"左右の者"、つまり"側近"である。
「対」は、目上の者に答えるときに使う。


君因兼罪典衣与典冠。其罪典衣、以為失其事也。其罪典冠、以為越其職也。
きみよりててんいとてんくわんとをかねつみせり。そのてんいをつみせるは、もつてそのことをうしなふとなせばなり。そのてんくわんをつみせるは、もつてそのしよくをこゆとなせばなり。

「因」は"そこで・そのため・すぐに"など。
「其」はあまり意味を考える必要ないだろう。


非不悪寒也。以為、侵官之害、甚於寒。
さむきをにくまざるにあらざるなり。おもへらく、くわんをおかすのがいは、さむきよりもはなはだし、と。

「非不」は二重否定で強い肯定の意味を表す。
「悪」は「憎」に近い。
「以為」はここでは(おも-ヘラク)と呼んでいるが、
上にある「以て〜と為す」と同じことで、"〜と思う"と訳す。
「官」は漢以前では、もっぱら役人のことではなく、"役人の行う仕事"を表した。
この韓非子は、戦国時代末期で、漢以前の書物なので、当然そう採る。
「[形容詞] 於/于/乎 A」は"Aよりも[形容詞]だ"という意味になる。


故明主之蓄臣、臣不得越官而有功、不得陳言而不当。
ゆゑにめいしゆのしんをやしなふや、しんくわんをこえてこうあることをえず、げんをのべてあたらざることをえず。

「蓄臣」で"臣下を召し抱える"。
「当」は(能力・資格が職務に適していて)、"職務をつかさどる"こと。

「陳言而不当」に関して、
これには、韓非(法家)の重要な主張の一つ、「刑名参同(審合)」が背景にある。
刑名参同(審合)とは、
君主は、臣下が自分の能力についての発言したときは、
それと結果が一致しているかを審査して、それに基づいて賞罰を下すべきという考え方である。


越官則死、不当則罪。守業其官、所言者貞也、則群臣不得朋党相為矣。
くわんをこゆればすなはちころされ、あたらざればすなはちつみせらる。げふをそのくわんにまもり、いふところのものていなれば、すなはちぐんしんほうたうあひなすをえざるなり。

「貞」は"純正・節操を守り意思が堅い・忠実"。
「朋党」は"利害・思想の一致する集団"。

最後の「為す」について、
徒党を組んで、何を行うのかということを考えるとき、
韓非が念頭においているのは、
おそらく、君主を欺いて利益を得ようとすることだろうと思う。
故にそう訳出した。




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