鼓腹撃壌
-こふくげきじょう-
I think; therefore I am!


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本文(白文・書き下し文)
帝尭陶唐氏、帝嚳子也。
其仁如天、其知如神。
就之如日、望之如雲。
都平陽。
茆茨不剪、土階三等。

治天下五十年、不知天下治歟、不治歟、
億兆願戴己歟、不願戴己歟。
問左右、不知。問外朝、不知。問在野、不知。
乃微服游於康衢。
聞童謡曰、
「立我烝民 莫匪爾極 不識不知 順帝之則」
有老人、含哺鼓腹、撃壌而歌曰、
「日出而作 日入而息 鑿井而飲 耕田而食
帝力何有於我哉」

尭立七十年、有九年之水。
使鯀治之。
九載弗績。
尭老倦于勤。
四岳挙舜、摂行天下之事。
尭子丹朱不肖。
乃薦舜於天。
尭崩、舜即位。
帝尭陶唐氏は、帝嚳の子なり。
其の仁は天の如く、其の知は神の如し。
之に就けば日の如く、之に望めば雲の如し。
平陽に都す。
茆茨剪らず、土階三等のみ。

天下を治むること五十年、天下治まるか、治まらざるか、
億兆己を戴くことを願ふか、己を戴くことを願はざるかを知らず。
左右に問ふに知らず、外朝に問ふに知らず、在野に問ふに知らず。
乃ち微服して康衢に游ぶ。
童謡を聞くに曰はく、
「我が烝民を立つるは 爾の極に匪ざる莫し 識らず知らず 帝の則に順ふ」と。
老人有り、哺を含み腹を鼓うち、壌を撃ちて歌ひて曰はく、
「日出でて作し 日入りて息ふ 井を鑿ちて飲み 田を耕して食らふ
帝力何ぞ我に有らんや」と。

尭立ちて七十年、九年の水有り。
鯀をして之を治めしむ。
九載績あらず。
尭老いて勤めに倦む。
四岳舜を挙げて、天下の事を摂行せしむ。
尭の子丹朱不肖なり。
乃ち舜を天に薦む。
尭崩じ、舜位に即く。
参考文献:「漢文読本」大修館書店

現代語訳/日本語訳

帝尭陶唐氏は帝嚳の子である。
その仁は天のように広く、その知恵は神であるかのように、人並み外れていた。
近づいてみると、その心は太陽のように温かく。
遠くから見ると、雲が大地を覆い、恵みをもたらすかのように偉大であった。
平陽の地に都を置いた。
宮殿の屋根はかやぶきで、その端を切りそろえておらず、
宮殿へ上る階段は、土で築いた三段だけであった。

天下を治めて五十年が経ったが、
天下が平安なのか、平安でないのか、
万民が自分を天子としてあがめることを願っているのか、願っていないのか、わからなかった。
側近に聞いたが知らず、外朝に聞いたが知らず、民間人に聞いたが知らなかった。
そこで目立たない服装をして大通りを出歩いた。
童謡を聞くとこのように歌っていた、
「私たち民衆を無事に生活できるのは すべてあなたの立派な徳のおかげです
知らず知らずのうちに 帝の法に従っています」
老人がおり、食べ物を口に含み腹つづみをうち、
足で地面を踏み鳴らして拍子をとりながら、このように歌っていた、
「日が昇れば耕作し 日が沈めば休息する
水が飲みたければ井戸を掘って飲み 食べ物を食べたければ田を耕す
帝の力が、どうして私に関わりがあろうか」

尭が帝位について七十年経ったころ、九年間洪水が続いた。
鯀にこれを治めさせようとしたが、九年経っても功績が上がらなかった。
尭は年老いて政治に疲労した。
四岳は舜を推挙して、天下の統治を代行させた。
尭の子である丹朱は親に似ず愚か者であった。
そこで、舜を天に推薦し、後継者とした。
尭が崩御して、舜が即位した。

解説

帝尭陶唐氏、帝嚳子也。
ていぎょうとうとうしは、ていこくのこなり。

帝嚳は黄帝のひ孫にあたり帝嚳高辛氏と呼ばれる。
春夏は竜に乗り、秋冬は馬に乗ったと言われる。
五帝の一人に数えられる。


其仁如天、其知如神。就之如日、望之如雲。
そのじんはてんのごとく、そのちはかみのごとし。
これにつけばひのごとく、これにのぞめばくものごとし。

帝尭の偉大さの形容。

「就」と「望」はここでは対義語で、それぞれ
近づいてみる、遠くから見る、の意である。


都平陽。
へいようにみやこす。

平陽は、現在の山西省臨汾(りんふん)。


茆茨不剪、土階三等。
ばうしきらず、どかいさんとうのみ。

かやぶきの屋根が豪華なものでないことはわかるであろう、
宮殿への階段は、九段あるのが普通であり、
それが三段で、しかも土でできたものであることは、「茆茨不剪」とあわせて
帝尭の生活の質素さを表す。


治天下五十年、不知天下治歟、不治歟、億兆願戴己歟、不願戴己歟。
てんかをおさむることごじゅうねん、てんかおさまるかおさまらざるか、
おくちょうおのれをいただくことをねがふか、おのれをいただくことをねがはざるかをしらず。

「歟」は文末に用い、疑問・反語・感嘆をあらわし
それぞれ「か」、「や」「か」、「かな」と読む。


問左右、不知。問外朝、不知。問在野、不知。
さゆうにとふに、しらず。がいちょうにとふに、しらず。ざいやにとふに、しらず。

外朝とは天子が政務を行う役所。


乃微服游於康衢。
すなはちびふくしてこうくにあそぶ。

「乃」は「すなは-チ」とよみ、
そこで・やっと、などのように訳す。

「游」は、
「あそ-ブ」と読むときは、出歩く・楽しみ遊ぶ・交際する・学問を求めて他の土地へ行く、などの意を表し、
「およ-グ」と読むときは、水面を浮くようにして泳ぐ・流動する・広く伝わる、などの意をあらわす。
(「泳」は水中をおよぐ )


聞童謡曰、「立我烝民 莫匪爾極 不識不知 順帝之則」
どうようをきくにいはく「わがじょうみんをたつるは なんじのきょくにあらざるなし しらずしらず ていののりにしたがふ」と

「立つる」とは、無事に生活させる、という意。
「莫」は、 「〜ニあらザルなシ」と訓読し、二重否定なので強い肯定を表す。
「みんな〜である。」「〜でないものはない。」などのように訳す。


有老人、含哺鼓腹、撃壌而歌曰、
ろうじんあり、ほをふくみはらをつづみうち、つちをうちてうたいていはく、

「哺」は口に入れた食べ物、をあらわす。
鼓腹撃壌(平和で安楽な生活を喜ぶ様子)の語源である。


「日出而作 日入而息 鑿井而飲 耕田而食 帝力何有於我哉」
ひいでてなし ひいりていこふ いをうがちてのみ たをたがやしてくらふ ていりょくなんぞわれにあらんや

撃壌歌と呼ばれる。
老人が安定した自由な生活を営めるような、まるで政治が行われていないように感じさせる、
このような尭の善政を、無為の政治と言う。


尭立七十年、有九年之水。使鯀治之。九載弗績。
ぎょうたちてしちじゅうねん、くねんのみずあり。こんをしてこれをおさめしむ。きゅうさいせきあらず。

「立つ」とは諸侯や帝王の位につくこと。
ここでの「水」とは洪水のこと。
鯀は夏王朝を開いた禹王の父。
「載」は「歳」のことで、1年をあらわす。


尭老倦于勤。四岳挙舜、摂行天下之事。
ぎょうおいてつとめにうむ。しがくしゅんをあげて、てんかのことをせっこうせしむ。

四岳とは、四方の諸侯を統治する長官。また四方を代表する山、泰山・崋山・恒山・衡山の総称。
摂行とは代行のこと。
「摂行せしむ」と何もないのに使役形になっているが、
漢文では文意上必要で、このようにつけることが少なからずある。
この文の構造は、 意味上「四岳挙舜」と「舜摂行天下之事」の二つに分けることができる。
このような分を兼語式の文という。
兼語式の文では主語が変わるためにしばしば文意に基づく使役の原因となる。

また、舜は有虞氏とも呼ばれ、自身も帝位を禅譲によって禹に譲った。



尭子丹朱不肖。乃薦舜於天。尭崩、舜即位。
ぎょうのこたんしゅふしょうなり。すなはちしゅんをてんにすすむ。ぎょうほうじ、しゅんくらいにつく。

「肖」は「似る」である。
「崩」は天子の死につかう。
このように、天子がその位を、自分の子孫でない有徳の者に譲ることを禅譲という。



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