18. 王正廷と結社の後援 満州事変と国際連盟
昭和6年に、支那の外務大臣王正廷が、郷里の浙江省慈渓県と云う所で、政談演説をしましたが、その中に「今年は失われた国権を回復するの年である。外人居留地の回収、不平等条約の撤廃、領事裁判権の撤廃、内河航行権の拒絶等々、殊に日本に対しては、南満鉄道守備兵を撤廃せしめ、南満地方の主権を回復せしめる。 而して若し日本が応じない場合には、一貫せる作戦計画を樹立し、軍器糧食を用意して、一戦を交えるの覚悟をもってかかったならば、日本は必ずや屈服すべし」と云う意味の御託宣をして居りました。この王正廷の演説の骨子は、満鉄と南満州とを回収すると云う事でありますが、これは決して支那独力で出来る仕事ではなく、背後に連盟その他の秘密結社の援助がある事は、前述のライヒマン、ソルターの動きに徴してみれば、明らかに看破し得られるのであります。
元来この王正廷とは如何なる人間であるかと言いますと、彼は米国仕込であるかも知れぬが、また大のユダヤ崇拝者であります。私は或る方面によってユダヤ人の機関雑誌を見ていますが、その雑誌に王が軟弱外交であると云うので学生達に袋叩きの厄に遭い、外務大臣を罷めました時、ユダヤ民族が王氏の退職を惜しむと云うので書いた一文の中に「王さんは実に吾々民族に対して理解あり、同情ある人である。かつてはこういう手紙をくれた」と云う全文がありますが、その中に「アイ・ハイリー・アドマイヤ・ザ・ジュウッシュ・レース」と云うように、実に手離しで徹底的に礼讃しているような人であります。これを思えばユダヤ人が王さんを引っ張り回すのは、実に易々たるものであったらしいと思います。
そう云う空気でありますから、ライヒマン君及びその時連盟の経済部長を罷めて来たソルター君が、支那に躍っていたのでありますから、共に眉唾者たる事は申す迄もありません。
そのソルター君が、今支那の経済十年計画と云うものを樹立して指導しているようであります。労農ロシアの最初の五ヶ年計画がほとんど完成に近づいたと云うので、第二次五ヶ年計画を樹てようという時に、南隣支那に十年計画を樹立し、そのつなぎを付けようとしたのであります。
彼等が国際連盟から出張して、しかく支那を誘導するようになってから、却ってますます事件が、満州に於いて頻繁に発生するようになって来ました。或いは満州の四平街付近の線路に石を積んで列車の転覆をはかり、或いは徹宵夜番しているところの忠勇なる我が守備隊に、秘かに接近して行って、暗殺すると云う事が、頻々として起こって参りました。その悪戯の最も甚だしいのが皆様御承知の9月18日の柳条溝の大爆破事件であります。
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