一夜だけの約束? 11
一夜だけの約束? エピローグ Promise of One night only 二週間後。 仙道が食堂へ入ると、瑠璃子、花道、彩子、そして操が丸テーブルを囲んで座り、笑い、コーヒーを飲んでいた。計画中なのだ。仙道は足を止め、 満ち足りた気分で入口にたたずんだ。 愛する女が全員いる、一緒に。 まったく人生っていいもんだな。 牧がぶらぶらと近づいてきて、湯気の昇るコーヒーカップを手渡した。 「婚約パーティーの計画を立ててるぞ。どでかい、ド派手なやつになる。ばーさんの意見が通ればな」 仙道はうなずいた。 「なんでも桜木のしたいように」 牧が笑った。 「おまえの恋患いは水戸より重症だな」 2メートルと離れていないカウンターの席に座っている水戸を見た。一心に女たちを見ている。いや、もっと厳密に言えば、操を見ている。 全身に強烈な満足感が漂い、雰囲気には穏やかな鋭さがある。仙道は天を仰いで苦笑した。 花道が仙道に気づいた。 途端あからさまにオロオロする。あの必死の形相は……明らかに逃げ道を探している。 がたん、と花道が椅子の音を立てて立ち上がる。 より前に仙道は動いていた。 勝手口に通じる廊下のギリギリ手前で仙道は花道を捕まえた。 花道の前方の壁に手をついて退路を断ち、両腕をついて閉じ込めてしまう。 「…どこへ行くの?」 「べ…べ…ベンジョだ」 仙道がクスッと笑った。 「ん…んだよ!」 「こないだも言ったよね? お手洗いはアッチ」 真逆を指差す仙道に、真っ赤になった悔しそうな顔で花道は、仙道の腹辺りのシャツをつかんだ自分の手を凝視して震えていた。 「…桜木?」 十分近い仙道がさらに身を寄せ囁いてくる。 「な、…もういいだろっ。みんなが見てるじゃねえか! 離せよ!」 「見てないよ」 自分こそ花道以外何も見ていない仙道がのうのうと言い、さらに間合いを詰め、その愛しい赤い髪に顔を埋めてしまう。 花道が必死でなじるような悲鳴を上げた。 「セ、センドー!」 「『オレのそばにいたい』って言ったくせに…」 「『ソバ』過ぎる!」 真っ赤になって暴れもがく花道を、仙道はクスクス笑いながらひたすらしあわせそうに抱きすくめ、キスの雨を降らせ続ける。 ああ、人目を気にせず花道を愛せると思うと、苦しいくらい胸が一杯になる。 一晩中愛し合ったあとなのに、このイキのよさはなんだろう。 再びこの腕の中で切なさに泣かせたいと、飽きることのない欲望が頭をもたげてしまう。 甘く囁いた。 「…ねぇ、すぐ仕事?」 「シシシシゴトだ!」 火を噴くような花道の返事など無視して牧を伺う。 牧は3秒考えた。桜木に恨まれるのと仙道に恨まれるのでは…、悪いな桜木。 「まだオレのとこで働いてて、こっちはそんなに急いでないから、午前中はオフにしてもかまわない」 「そういうことなら……」 仙道はひょいっと花道の膝をすくいあげ、抱き上げるとスタスタと歩き出した。 「テメェ! 何すんだ! はなせ! おろせ! うおー! バカー!」 その絶叫と怒鳴り声には女らしさのかけらもない。もはや全身真っ赤になって仙道の髪をひっつかみジタバタと暴れもがく花道。 しかし、その場の誰も助けてくれない。なんせふたりは婚約中なのだから。この必死の花道の大騒ぎも、プレイの一環くらいにしか思ってもらえないのだろう(苦)。 しかももう誰の目にも珍しいものではなくなっていた(さらに苦)。 そしてその日も仙道は、顔中引っかき傷をこさえられながら、それらすべてをものともせず、満面の笑みで厨房の福田、 フロントの池田と藤井に手を振り、花道を部屋に連れ込んでいくのだった…。 *** 花道を壁に押さえつけ、腰を腰に押し当て、キスをし続けていた。 烈火のごとく怒り狂っていた花道が、自分の愛撫で徐々に蕩けていく様は、何度見てもたまらなかった。 甘いキスに弱い花道は、すでに時折、鼻で泣くような声を洩らし、仙道の腕の中で大人しく、されるがままに、 むしろ甘えるように求めるほどになってしまっていた。 「今日、三井さんの弁護士から電話があったよ」 くにゃくにゃになっていたはずの花道の身が、一瞬こわばったが、ほんの少しだけだった。 ミッチーはもう手出しできない。 「…ほ、ほーか」 「うん」 仙道のあごを鼻でつつきながら花道が訊ねた。 「ベンゴシはなんて?」 「オレが瑠璃子さんにいやがらせの訴えを取り下げさせれば、ヤツは事実上おまえの人生から消えると言ってきた。オレは断った」 花道が少し仙道を押し戻して、顔を見つめた。 「なんにもしてこねーなら、それで十分じゃねーか」 「違うね。オレは今でもアイツをぶちのめしたい。あんなへっぽこパンチじゃ少しも気分がよくならなかった。 瑠璃子さんは小躍りするくらい喜んでたけど、オレはまだ腹の虫がおさまらない」 花道が思い出し笑いをした。 「バーチャン、テメーにベタボレだったな」 「そのようだね。こっちは頭がおかしくなりそうだよ。まるでオレたちには愛情の長い歴史があるみたいな振る舞いなんだから」と首を振る。 「多分、おふくろがそそのかしてるんだ。あのふたり、今じゃすごくうまくいってるみたいだから」 「ふたりともテメーにベタボレだ」 仙道はゆっくりと微笑んだ。そしてもう一度花道を腕の中に包んでしまう。 「おまえは? おまえもオレを愛してる?」 花道が途端におもしろくなさそうにムスっとした。 「オンナはみんなテメーに惚れてんだろ。知ってるくせによ…」 「そうやってまたはぐらかす。オレが聞いてるのは…」 花道が仙道の首に腕をまわした。そのままあごにキスされ、身体を撫で下ろされ、誘惑に逆らえず、仙道は再び花道の甘い口唇に口唇を重ねた。 …ああ、本当に。花道の口唇はいつでも仙道にとって甘く完璧。 しかしまだ気を逸らしてはいけない。丁寧な口唇の愛撫を重ねながら囁くように訊く。 「結婚式の日取りは決まった?」 「ああ…、七ヵ月後…」 キスだけでとろとろにされた花道は、すでに頬を上気させ、とろんとした瞳で、短い吐息を洩らしながら、夢遊病のように指をジッパーの前で上下に滑らせていた。 仙道はその手首をつかんだ。 「なんだって? おい、ちょっと待って。オレは七ヶ月も待つなんて…」 花道が手首を引き抜いた。 「好きにしていいっつったじゃねーか。バーチャンが招待客のリスト作って招待状用意して、操サンが式場とかの予約すんにはそんくらいかかんだってよ」 「そんなのどうだっていい! オレの望みは…」 「オレにふれてもらうこと、今すぐ。そうだろ?」 その囁きとまなざしに、仙道は目をパチクリさせた。そしてあっけなく陥落した。 「ああ…」 それから首を振って、 「だけど、七ヶ月は待たないからな」 花道の手がジーンズ越しに育っていくヤツを探り当てた。仙道が息を呑んだとき、花道が口をとがらせて囁いた。 「文句言うなよ。シゴトを軌道に乗せてからシンコンリョコウに行くにはそれくらいかかんだからよ」 「新婚旅行?」 ボタンを外されジッパーを下ろされ目を閉じた。 「バーチャン、オレらを地球の裏側に行かせてくれるらしいぜ?」 そっとベッドの方へ押された。膝の裏がマットレスに当たると、花道が仙道を腰掛けさせ、それからその足元に膝をついた。 仙道は熱いまなざしで花道を見つめ、どうしてそんな姿勢を取るんだろう、これから何をされるんだろうということ以外、すでにほとんど何も考えられなくなった。 「地球の…裏側?」 「ああ。バーチャン、最初はヨーロッパに行かせようと思ったらしいけど、オレが『冒険がしてえ』って言ったら…」 花道のうなじを手で包んだ。 「なんでもおまえのしたいように」 花道の笑みに仙道の心は蕩けた。 「じゃあ腰を浮かせろ。ジーパン脱がすんだから」 「いい考えだ」 すぐに言われたとおりにしたが、小さな手でくるまれたとき、異議を唱えていたのを思い出した。 「なんでもしたいようにしていいけど、七ヶ月待つのだけはダメだからな」 「んだよ、その日がいいんだよ。いいじゃねぇか…」 愚痴るような花道のつぶやきに、声を発するより先に、花道が屈んでキスをした。 「うあっ」 「暴れんなよ。じっとしてろ。オレにも楽しませろ」 仙道は横になったが、また口を開いた。 「七ヶ月も待たないったら待たないぞ」 「待ふほ」 花道の口唇が先端を撫でまわし、それからちゅっと吸った。仙道は悲鳴を上げ、尻がベッドからずり落ち、全身の筋肉がギュッと締まった。 花道の魔法のような舌が、舐め、こすり、味わっている。 オレを。 もちろん、女性にコレをされたことがないわけではないが、相手が花道となると話は別だ。ずっと恋焦がれてきたあの桜木だぞ? 目がチカチカする。 その紛れもない花道が、やや紅潮した頬のまま顔を上げ、仙道ににかっと笑った。 「もうその日でいいって言っちまった」 それからまた、仙道の気を散らしにかかった。 「…くら…ぎっ」 すでに危ないくらい絶頂に近づいていた。 花道の口唇は熱く、濡れて、仙道を焦らし、いたぶっている。熱に浮かされたように。 「なっ…みち…」 さらにヤツを咥えこみ、先端がのどの奥にふれるまで呑んだ。前後に動かし、こらしめるように甘噛みし、かと思うと舌でちろちろとあらゆる側面を刺激した。 その愛撫の度に揺らめく花道の赤い髪。 信じられない。 一体ドコで覚えたんだ、とか、本能的なものなのか、とか、いろいろな論理的思考は長続きしなかった。花道の熱のこもった愛撫にさらされ、 結局仙道は自制心を取り戻そうとする戦いに負けた。心臓はガンガンと打ち、息遣いは荒れ狂い、そして果てた。 ぼうっとしたまま天井を見つめて焦点を合わせようとしていたら、花道がひょいと起き上がって隣に寝そべった。仙道の肩にキスをして囁いた。 「七ヶ月だぞ、センドー」 「ああ…。わかった。好きにしてくれ」 悔しいことに、ほとんど息もできなかった。 「だけど」 隣に寝そべる花道をぎゅっと抱き寄せる。 「そのときまで、おまえはここでオレと寝起きするんだからな」 「…えー」 花道があからさまにイヤそうな顔をした。 「コイツ」 そのままつかまえて思い知らせてやろうとすると、花道が歓声のような声で笑った。仙道は疑わしそうな顔で花道を見た。 「…オレのことを笑ってる?」 「べっつにぃ」 見上げた瞳にはいたずらっぽい光がまたたいていた。 「テメーをエッチでコントロールすんの、おもしれえな。なんでテメーがしょっちゅーやるのか、 よくわかったぜ」 「…今のって、そういうことだったの?」 花道を抱き上げ、腰で両手を組む。 「まーな」 「オレの考えてること、わかる?」 花道が見上げた。 「なんだよ」 「またやってほしい」 「…クチで?」 積極的なその言い方にゾクゾクした。 「いや、コントロールしてほしい。だけど今度は……おまえの中に入りたい」 ショートパンツの裾を指でいじり、なめらかなお尻をつつく。 花道が転がって逃げようとした。 「ゆ、ゆうべも散々やったじゃねえか!」 「桜木が煽ったりするからいけないんだ」 「そ、それに食堂にはみんなも…」 「家族だけだろ。わかってくれるって」 「バカヤロー! わかられたくねえ!」 真っ赤になって逃げながら花道は叫んだ。 「センドー、ダメだ! やめろよ。やっ…」 花道を組み敷いた。耳に口唇を当てる。 「あっ…」 「…好きなくせに…」 うなるように言って腰をこすりつけてしまう。 「あっ…あっ…セッ…」 再び固くなった自身を、花道の、おそらくまだ敏感に昂ぶったままのはずの弱い箇所に当てると、硬直した花道の全身が、快楽にビクビクとわなないた。 「ふぁっ」 「かわいいよ、桜木。どうしてこんなにかわいいの?」 「知るかっ…よっ、バ…ああっ」 こするように腰を使われ続け、花道の小さな手が、快楽をこらえようと、必死にシーツをつかむ。 「セン…ド…セン…ドォッ…」 身をよじり、つま先までおののきを走らせながら、哀願のような声を洩らす。 あらがおうとしながらも、悩ましげな表情にゾクゾクする。 仙道の中に燃え上がってしまったこの愛欲の焔を鎮められるのは、この世でただひとり。 この腕の中の、愛しい存在だけ。 大きな満足感とともに言った。 「『いい』…って言わせられるんだぞ」 ようやく抗うのをやめた花道が、不服そうに言った。 「…知ってる」 ぷいっとへそを曲げたようにそっぽを向いている。頬を染めたまま。 きれいだった。 花道はオレのもの。 「愛してるよ、桜木」 「オレだって……クソ、もう知らねえ!」 *** その頃食堂では、瑠璃子がうんざりしたように首を振っていた。 「彰がかわいそうなあの子を引きずって行ったから、計画を仕上げられないじゃないか。彰が協力してくれないなら、 こんなに盛大な結婚式をどうやって取り仕切れと言うの」 操が同情を示そうとした時、洋平が顔を寄せて耳にそっと囁いた。申し訳なさそうな、あやふやな笑みを浮かべて、 操は席を立った。ふたりは学校をサボる高校生のようにドアから駆け出して行った。 瑠璃子は天を仰いだ。 どうやら彰の旺盛さは親譲りらしい。 さっき紳一と彩子を見かけたカウンターの方を向いて、ふたりを呼ぼうとした――が、目にした光景に、思いとどまるしかなかった。 ふたりはまさにカウンターのところで、世間体もはばからずにイチャイチャしていた。 まったくもって破廉恥な。 プリプリして席を立ち、ハンドバックを手にした。勘定と、特別寛大なチップをテーブルに置いてドアに向かった。 怖い顔をしているつもりだった。本当に。 けれど勝手に笑みが浮かび、たちまちかすれた笑い声が洩れた。 使っても使い切れないくらいお金を持っている。が、豊かにしてくれたのはお金ではない。 そう、はるかにそれを上回るものだ。 紳一と彰。彩子と赤毛娘(名前をいつもごまかされる)、操さんとそれに今は水戸洋平も。 愛すべき、素晴らしい連中。 瑠璃子の家族。 それが彼女をこの世で一番豊かな女にしてくれた。 FIN
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