エロイカより愛をこめすぎたら 06 act.06 ただならぬ関係 (6) The Alarming Relations If Eroica put too much love
「あ…まっ……も…しょっ…いくっ…手…汚れ…」 震える涙声が必死で囁き身をよじるが、何をどう言っても無視される。 背後から、完全に抵抗を封じ込められたまま、身に覚えのある感触があてがわれ、今更ながら伯爵の身体がビクッと大きく打ち震える。 「…だ、めだ、そ…しょ、もち…よす、ぎる…」 赦しを請うような、なじるような囁き。 力なくかぶりを振る伯爵。 大きく押し広げられる唯一独特の感覚に、それだけで、硬直しているはずの身体がぶるぶる震え出す。 「…ばか。きさまだけだと思っとるのか」 噛み締めるように耳元で囁かれ、それだけでさらに身の内までぶるっと震える。そのまま伝わる内部(ナカ)の反応に、堪えきれぬ風情で少佐が、歯型が残るほどそのうなじの肉に噛み付いたまま、さらに身を進めた。 「ふあっ!」 『喰われる』という表現が最も当てはまるような愛され方。 あっけなく、本能的な悦びと切なさをその手のうちに吐露してしまう。 それでいて、さらにうながすような愛撫は異様にやさしい。 たまらない。 崩折れ、すすり泣き出してしまう自分。 敗北感。 屈辱感。 羞恥心。 情けなさ。 あらゆる感情が伯爵を支配するが、それ以上に身を貫くのは、「このまま死んでもいい」というほどの凄まじい快感。 この世で唯一の、たった一人、焦がれた相手とつながる、奇跡のようなこの感覚。 ひたすら乱暴にされる方がまだマシなのに。 でないと「愛されている」と、感じてしまうから。 そのすべてが嬉しくて、完璧に屈服してしまうから。 そうしてそのまま一番奥までこの男に何もかも暴かれる。 ――嫌だ。 ただでさえ、こんなにも、私ばかり………。 なけなしのプライドにすがって必死で暴れる。 「いや…だっ、こんな格好…!」 「…そうか? きさまの口は身体ほど正直じゃない」 カッ! 全身が羞恥に染まる。 今でも信じられない。 こんな意地の悪さ。 痛みを伴う屈辱的な姿勢。 こんな声を出さされるのも嫌なのに。 すべての思考を奪う君のすべて。 身の内の熱。 「あっ…だめ…だ、も…や…」 「まだだろう」 そう言ってことさらやさしく頭を撫でる…のかと思ったら邪魔くさい巻毛を根元から乱暴にひっつかみ、有無を言わさず一際大きく突き上げた。 「!!!!!」 悲鳴にもならない。 「きさまが教えたんだろう。『こんなんじゃ足らない』って…」 何かを堪えるような、苛立ったような囁きが直接耳に吹き込まれる。 ようやく最奥までつながって、イったばかりの伯爵だけでなく少佐もまた絶命前のように荒い息を繰り返した。 「信じられんな、おまえの身体は…」 伯爵は羞恥にひたすら口唇を噛む。 どんなに抵抗しても、口で何と言っても、身体中がこの男を欲しがっていることを、直接確かめられている。 それほどまでに「深く」つながっている。 逃れられない。 ついに観念したらしい伯爵に、少佐がゆっくりと向きを変えた。 少佐はやろうと思えば人間の骨くらい簡単に折れるだろう。が、そういう男であればあるほどなのか、こういうときの人体の扱い方は実に丁寧だ。 わざと乱暴にするときとそうでないとき。 そのすべてが伯爵を翻弄し骨抜きにする。 ベッドに仰向けにされた伯爵はできる限り顔を背けていた。 巻毛にうずもれた顔をさらに腕で隠して。 つぶやいた。 「…私を辱めるのがそんなに楽しいか」 「当たり前だ」 少佐もまたギリギリで、乱れる呼吸を整えながら返す。 「お互い様だってことを、そろそろわからせんとな」 伯爵の両腕を、少佐がベッドに縫い付けた。 そうしてむしろ屈服するように、ゆっくりと少佐が伯爵を味わいだした。 「…見なきゃわからんならよく見とけ。おれがどんなに無様かをな」 *** 「何を深刻に考えとるのか知らんが、おれも『遊び』だぞ、伯爵」 むさぼりながらの少佐はいつになく饒舌だった。 「きさまなんぞ『嫁』が見つかったら即刻捨ててやるから今から覚悟しとけ」 伯爵の方は、もう声を上げてしまうのが嫌で、顔をそらし必死に枕を噛むばかり。 しかし枕を噛んでも、切ない悲鳴が漏れ出てしまう。 たまらないのだ。 君に愛されるのはホントに死ぬほど気持ちいい。 こんなにも悔しくて仕方ないのに。 「だいたい、おまえなんぞに余計な心配をされる筋合いはない。おれだって『家』のことはちゃんと考えとる。 だからおれの意に染まない女の話を進めようとするのはもうやめろ」 伯爵がもろく崩れてしまうポイントなど、少佐はもう完全に知り尽くしていた。 容赦なく責め立てられ、ついに、あげたくもない声をあげさせられる。 「ふあっ!…んっ…ふっ…ううっ…」 「おまえらが何をどうしようが、おれはやるときはやるしやらんときはやらん」 再び、もう何度目になるかわからない高みに昇りはじめた伯爵の反応に、少佐の動きが徐々に追い詰めるものに変わる。 ますます派手になる、安普請なベッドの軋み音に、伯爵の身体がぶるぶるぶるぶる震え出す。 「…いっ…あっ…や…、も…、だめっ・だめっだっ…」 震える涙声はひたすら拒絶を繰り返す。 少佐が巻毛の後ろ髪を乱暴にひっつかみ、あごを上げさせ固定し、噛み締めた歯の奥から伯爵の耳に直接吹き込むように言った。 「いい加減あきらめろ。生憎だが、おれは、自分の意に沿うことなら、きさまが何をどう言おうが……やるんだ」 *** 意識を手放すほど乱れぐったりとした身体がようやく落ち着きを取り戻す頃、すでにホテル備品のベーシックな白いバスローブをまとい、ベッドの 端に腰掛けて、背後の伯爵に少佐が言った。 「…わかったか」 ぐしゃぐしゃのシーツの中、やっと呼吸が整いはじめた伯爵は、依然片腕で顔を覆い隠したままぐったりとしている。 「…わからないよ」 その憮然とした返事に、『なんだと』と振り返る少佐の視線。 「…見れるわけないだろ」 すねるように言った。 同時に力なく寝返り少佐に背を向ける。 「…見たらイッてしまうもの」 少佐は、むしろ完全に呆れたというような情けない声で言った。 「…………………………おまえ、クスリでも打っとるのか」 * 「………そんなことより…、君! マナー違反だ! 私の許可なく、そっ…中でって!…君より私の立場の人間の方がずっと大変なんだぞ! もう少し気を使え! なんで持ってないんだ!」 ガバリと身を起こしたその伯爵の剣幕に、少佐は若干眉をひそめた。 が、しれっと言った。 「そんなもんを持ち歩く習慣はない」 苦虫を噛み潰したような伯爵。 そりゃまあそうだろうが…そうだとしても… 恐る恐る訊いてみた。 「君…女性とのときはどうしてたんだ」 少佐が一瞬考えた。 「持ってる相手としかやったことがない」 (こ…の殿様SEXめ!) どれだけ少佐が『やりたくて』ではなく、相手が『やりたくて』しかやったことがないかがイヤでもわかる。 (どうせ偉そうに「持っとらんからできん」とか「持っとらんならやらんぞ」とか言ってきたんだろう(死)) はた…と気づく。 ということは… 伯爵がガタガタと震え出した。 昔は(それこそお稚児さん時代は)こんなマナー違反があっただろうか。 今ほどセーフ・セックスが叫ばれなかった時代だ。 いや、幼い頃から私は、本能的に、相手が自分にゾッコンかどうかを見分け、基本そういう相手としかしてないのだから、 その上相手の方がずっと大人だったのだから、やはりこんな不躾なことをされた記憶は実はあまりない。 いやそれより何より問題は少佐だ。 つまり少佐はそういう本当の意味で『じかに』ふれあったのは、現時点この世に私だけという意味で… 「…サイアクだ…」 しばらく黙り込んでいた伯爵が、愕然とした様子でつぶやいた。 言葉とは裏腹に、身体が異常なまでに歓喜している。 ゾクゾクとした快感は身の内を絞り、いまだ体内に残る存在を知らしめる。 私ほどではないにしても、少佐も確かに極まったという証(あかし)。 実際それが体内に残っている今でも信じられないが、つ…と溢れてしまうようなえもいわれぬ感覚が、 それを事実と教えている。 全身が粟立つ。 早くなんとかしないと、これ以上の醜態は耐えられない。 シーツを身にまといよろよろと立ち上がろうとする。 が、立ち上がろうとしたが立ち上がれず、再度ベッドに座り込んだ。 「伯爵」 珍しく気遣いをにじませる少佐の声を背中で聞く。 「おれがしでかしたことだ。おまえの言うとおりのことくらいはするが…」 何を言い出すんだ君は〜〜〜〜〜〜!!!! 座り込んでシーツをまとったまま肩越しにものすごい涙目で伯爵が少佐を睨んだ。 これ以上私を惨めな気持ちにさせる気か! 正気の君にあんな後始末をさせるくらいなら、私はそれこそ舌を噛んで死んでやる! 冷水を浴びせるつもりで伯爵がズバッと言った。 「…君が日ごろから言うように、私は不特定多数と平気で付き合うような輩なんだぞ? 君、私が病気持ちだったらどうするんだ。確実に移ったぞ」 案の定まるで汚物を見るような目で少佐が伯爵を見た。が、ひとつ息を吐いて気持ちを落ち着かせてから静かに言った。 「まあ以前ならともかく、いや…ないな。おまえは生きることを徹底的に楽しんどるタイプだ。そういう人間は、 羽目は外しても絶対にその身を危険にはさらさない。生への執着が強い分安全だ」 「…君からの冷静な評価、感謝するよ」 褒められているとは思えないが…やはり褒められてはいないのだろう。 伯爵は顔を上げた。 「少佐、頼みがある」 伯爵はいつにない厳しさで少佐に言った。 「シャワールームまで肩を貸してくれ。そしてその先は一切…」 ふっと笑った。 「…ほっといてくれ」 「了解した」 *** その作業は難航した。 そんなところをそんなふうにさわるのは、さすがにそうそうあることではないので、恐る恐るやったのが間違いだった。 下手にスイッチが入ってしまった(死)。 「…ふっ…」 それでもやらざるを得ない。 やるせなく、なんとか掻きだしながら、目元を潤ませ、口唇は自ずと『少佐』と切なく形どられる。 狭いシャワールームの壁に頬を押し付け、不安定な体勢のまま抽送を続ける。 すでに前は熱くなってしまっていた。 「んっ…くっ…」 切なく眉根が寄る。 つい先ほどのことなのだ。 私は彼をじかに味わい、彼もまた私の内部(ナカ)をじかに味わったのだ。 そう思っただけで、えもいわれぬ快感に全身貫かれる。 よみがえる愉悦に自ずと身の内がさらにぎゅっとしぼられる。 挿し入れた二本の指を広げると、熱い名残が指を伝い落ちる。 フラッシュバックされないわけがない。 気が遠くなるほど何度も刻みこまれた、その熱さ、硬さ、激しさ… 「…んっ…は………しょ…」 四肢がぶるぶると震え出す。 この、今、自らの指を切なく締め付けているこの感触を、君はじかに確かめ、延々と味わい、激しい求めの末に、あんなにも熱い劣情を私のこの奥に…… 「ふ…うっ……うっうっ…!」 大きく身を震わせ、達してしまった。 壁に頬を押し付けたまま、徐々に崩折れる。 絶頂を迎えることでさらにきつく締まった深部から、まださらに残滓が溢れ出る。 まるでねだるように浅ましく吸いついくそこを、抜き差す指が慰めるようにいやらしい音をゆっくりと立て続け…… 「…しょ…」 溢れる涙の向こう、ぼんやりとシャワールームの入口に… 「なに見てるんだ君は〜〜〜〜!!!」 「悪い」 ばしっとシャワールームの扉が閉められた。 *** 「おい伯爵、謝ったろうが」 「なんで君は私の言うことを何一つきいてくれないんだ!!」 布団を被り背を向けて丸くなっていた伯爵が布団の中から絶叫する。 「仕方なかろう! あんなおかしな声を3分以上聞かされたら踏み込まざるを得んだろうが! こんなところできさまに死なれたら、 おれはこの先NATOで食っていけん!」 「……ご心配、いたみいるよ(怒)」 君のデリカシーのなさは本当に最悪だ! 伯爵はもはや完全に機嫌を損ねた。 しばらくして少佐が静かに訊いた。 「おまえ…大丈夫なんだろうな」 「…何が」 ふてくされたように言う。 返事はない。 「大丈夫なわけないじゃないか!」 そう怒鳴った途端、くるまっていた布団を乱暴にひっぱがされ、伯爵の腕が強引に引かれ、仰向けにベッドに縫いつけられた。 「おい、真面目に聞いてる!」 目の前の少佐の真剣な目に、伯爵がみるみる真っ赤になる。 涙が盛り上がった。 ばっと腕をもぎ離し、伯爵が少佐の胸を何度もポカポカと叩きだした。 「大丈夫なわけないじゃないか! 君にあんなところを見られるなんて! もう死んだ方がマシだ! なんでそれくらいわからないんだ!!!」 しばらくそうやって暴れさせてから、少佐が泣きじゃくる伯爵を押さえ込んだ。 (まあ、これくらい元気がありゃ大丈夫だろうが…) 「暴れるな。おれはおまえのみっともない姿なんぞ5秒も見とらん」 『4秒も見たんじゃないか!』とくぐもった非難が聞こえるが、笑いを噛み殺した。 「どうでもいい。おれはおまえなんぞ『みっともないもの』だと最初から思っとる」 もう言語にならない非難が引き続き聞こえたが、少佐は笑ったままそんな伯爵を押さえ込み続けた。 *** PM10:30ごろ。 少佐がシャワーを浴びているあいだに、伯爵は静かに受話器を取った。 「済まないが、すぐにシーツを取り替えてもらいたいんだけど」 ほどなく安ホテルの下働きにふさわしいような男が入ってきた。 愚鈍な所作でシーツを取り替える。 ベッドの状態。 この場にそぐわないほど美しすぎる伯爵に向けられる下卑た視線。 黄ばみ薄汚れた不揃いな歯。 不健康な口唇が舌なめずり、そして伯爵を舐めるような視線のまま、にやにやと嗤った。 全身が屈辱に震える。 なんとか整えるが呼吸まで震える。 生まれてこの方、これ以上もないほどにプライドがザワめくのを感じた。 が、それ以上に、この場に少佐がいなくてよかったとひどく安堵した。 こんな思いを、あの誇り高い男には絶対にさせてはならない。 * 不意に後ろから抱きすくめられて、弱い首筋を的確にたどられる。 「わっ…うっ…ふっ…」 身をすくめたまま、思わず上がる伯爵の艶っぽい声。 突然絡み出した、ここらでは見たこともないほど高貴に美しい二人にボーゼンと見とれる客室係。 金髪をむさぼっていた黒髪の方が、不意に巻毛の奥から、ギラリと、殺意では済まないほどの凄まじい視線をその外野に向けた。 「……きさま目障りだ。仕事を済ませてとっとと出ていけ! 死にたいのか!」 *** 男が逃げるように大慌てで退散すると同時に、伯爵は少佐から身をもぎ離した。 「何してるんだ君は!」 「きさまこそだ!」 「?」 何か怒っている? クエスチョンにまみれる伯爵。 伯爵が、恐る恐る、そっと少佐の方に手を伸ばす。 「…早いよ。ちゃんと浴びたのか?」 「シャワーなんぞ2分で済ましてやる」 「ダメだよ。ここは君にふさわしい場所(とこ)じゃない」 少佐は伯爵を凝視したまま言葉を呑んだ。 (それはきさまの方だろうが!) 少佐にとって伯爵のイメージこそ、こんな場所とはかけ離れていた。ありえなかった。 おれは、職務上必要ならどんなところでも寝泊りするがきさまは… なのにこんなところに無理矢理放り込んだのはほかならぬ自分自身であり、ベッドをあんな状態にしたのも… 「…ふざけるなよ? きさまをここに連れ込んだのはこのおれだぞ」 どう見ても怒ってる。 伯爵には少佐が何をそんなに怒っているのか見当もつかず、そのまま口にした。 「少佐…何をそんなに怒ってるんだ?」 少佐がぎゅっと口をつぐんだ。 何度か何か言おうとしたが言葉にならず伯爵をさらに凝視した。 伯爵は殴られるのかと思った。 何か、そんなに君を怒らせるようなことを、また自分はしでかしたんだろうか。 まったく思い当たらないが… 少佐はイライラとした様子でまだ湿った頭をガリガリと掻くと、やけくそのようにガタンと椅子に座った。そしてついに搾り出した。 「…あんな下衆野郎におまえが辱められる言われは何一つない」 伯爵の目が驚きに見開かれる。 その後、泣き出すのかと思ったらそのままの顔で笑った。 少佐… 震えてる? どうして? どうして君がそんなに怒るの? 伯爵はそっと歩み寄り、座る少佐の頭部を、この上もなくやさしく抱きしめた。 「私は平気だよ。だって……正直君以外何も見えてない」 抱きしめられたまま、少佐の視界がぐにゃりと歪んだ。 (だめだこりゃ)と理性が根を上げた。 ものすごくおもしろくなさそうな表情で、そのまま手を伸ばし、うっとおしい巻毛に手を差し込むとその首を捕まえ引き寄せた。 「ちょ…少佐…シャワーを浴びた意味がなくなる」 なぜかまた突然その気になった(?)少佐に、伯爵が動転の声を上げる。 確かにシーツは交換されたばかりだが。 「ガタガタ抜かすな。シャワーくらい何度でも浴びてやる」 *** 伯爵は本当によく泣いた。 呆れるほど泣いた。 抱かれる間中、泣き続けた。 何度もうわごとのように詫びながら。 「…ごめん…少佐…ごめんね。君はホントは違うのに…ごめん…」 伯爵は、少佐が『ホモではない』ことを誰よりも知っていた。 一方的に望んで、最後の一線を超えたのも、結局は少佐のやさしさにすがった結果だとわかっていた。 いつもは突き放す(というか追い掛け回す(死))くせに、最後は伸ばした手を絶対つかんでくれる。そして離さないでくれる。 それを知っていた。 一方少佐は、確かにきっかけはあんな感じだったが、あれだって絶対に『やらん!』と思えばやらなかったし、その後、なし崩しに繰り返したのもそうだ。 そしてそのうちに完全に情が移った。 それは自分でも驚いた。 『情が移る』? そんなことが自分にありえるのかと。 伯爵との交渉。 それは、猜疑心の塊のような少佐ですら、相手の『想い』を信用せざるを得ないそれだった。 確かにこれまで関係した相手達も少佐に惚れてはいただろう。が、そういうレベルをはるかに超えていた。 伯爵の抱かれ方は、とてもじゃないが、本当に、心底相手に惚れてないとできないとわかるものだった。 その『すべて』を惜しげもなく少佐に与え続けた。 少佐にとって気持ちのいいことならなんでもやろうとした。 嫌がることは、ふれた時点で察して絶対にしなかった。 そのために全神経を集中させていること、その震えるほどの想いの深さ、熱さ、真摯さは自ずと少佐に伝わった。 直接、じかに。 確かに伯爵は、経験も豊富だし、やろうと思えばなんでもできただろう。 が、そんな技術的なことでは、この男には何も伝わらなかったはずだ。 非常に単純なことだった。 交渉中の伯爵のキス。 実はそれだけで十分わかった。 あのキスの仕方は、心底惚れた相手にしかできるものではない。 身体を重ねなければ、一生知らずに済んだかもしれない。 でも重ねてしまったのだから仕方がない。 少佐は本当に、元々不感症ではないのだ。 わかってしまったらもう目をそらせない。 その事実に。 そして応えざるを得ない。 『義務』とか『務め』とか『任務』とか、まわりが勝手にそう思っているであろう以上に、それは本当のところは自発的なものだった。 やられたらやりかえす。 それは何も悪いことばかりに言えることではない。 少佐は自分の意志で、その想いに『応えたくなった』だけだった。 確かに、自分の『これ』はこいつの『想い』とは違う気もする。 だが実際、そんなに遠いものではないこともわかっていた。 わかりたくなかったが(苦)。 *** 極まった直後、がくりと弛緩し身を重ね、荒い息のまま少佐はつぶやいていた。 別に聞かせたくて言ったわけではない。 勝手に口をついて出た。 「…『望みどおり』と言ったろう。…きさまがそんなに望むなら、おれを丸ごとくれてやる」 意識を飛ばしていたはずの伯爵の瞳からまた涙が溢れた。 なんでそんなことわざわざ言うんだ。 そんなこと言われなくたってわかってる。 ほんとはわかってた。 だからイヤだったのに。 力なく拳で少佐を叩きながら言った。 「望んでなんかない。君なんかいらない。私は君が大嫌いなんだから…」 そう言ったときには、伯爵はすでに叩いていたはずの拳で少佐にしがみつき、声を殺して肩を震わせていた。 *** 暗くなかっただけでなく、事後にまったりするのもはじめてだったが、そんなことすらもうどうでもよかった。 ようやく落ち着いた伯爵が、ベッドに死んだままつぶやいた。 「私をこんなに丸裸にしたのは君がはじめてだ…」 「脱ぎたがりが何を言うか」 すでに再びきっちりバスローブを着込んだ少佐は仰向けに、乱暴におっかぶせられたバスローブの下でいまだぐったりとした伯爵はうつぶせに転がっていた。 「服を脱ぐのはかまわないけど、『それ以上』を脱がされるのは私だって恥ずかしいんだよ」 指一本動かせない伯爵が視線だけで少佐を見上げた。 「…君、思ったより格好いい」 少佐は、片腕を枕に、なげやりな顔でタバコをふかしている。 「ずっと、ああいうときどんな顔してるのかと思ってた」 無視。 「もっと、嫌がってるかと思ってた」 無言。 「変なところが見たかったんじゃないよ。目が見たかったんだ」 無反応。 「よかった。ずっとわからなかった。他は別に…さわればわかるからね」 そう言って満ち足りたように、再度シーツに頬をすりつけた。 これまで、真っ暗闇でひたすら無言で『身体のみ』で交渉を続けてきたせいか、ピロートークとして言いたいことが山ほどありそげな伯爵と、 見るからに言いたいことなど何もなさそげな少佐。 銜えていたタバコが限界に来たので、少佐がやや身を起こしサイドテーブルの吸殻入れに押しつぶした。 伯爵がうっとりとその広い背中を眺めて言った。 「君はsexが上手だよ。少佐」 「…まったく嬉しくない」 本当に嬉しくなさそうな声。 うつぶせたまま、伯爵はようやく、少しけだるげながら楽しそうに低く頬杖をつく。 「はじめの頃より格段私好みになった。それを『愛情』と解釈するのは間違ってる?」 「ばか言うな。おれはもともと上手いんだ。それを言うなら……」 少佐は振り返り伯爵を見た。 「ふん、バカバカしい。おまえが感じとりゃいいだけの話だ。いちいち口にするな」 それより…という感じで伯爵を仰向かせ、再び身を横たえた少佐が言った。 「きさまうちの使用人に何をした。お陰でもう使い物にならん! あいつ、おれの顔を見る度に大泣きしやがる」 突然フリッツ君の話題を振られて少し驚いたものの、素直に答える伯爵様。 「…空港で1回キスしただけだよ」 その少佐の表情。 まったく納得してくれる気配がない。 まあ確かに、純情な子ならしばらく『キス』なんかできなくなるような、すんごいのをお見舞いしてやったが(苦)。 「本当だよ…」 伯爵が自然に、自分に覆いかぶさっているかたちの少佐の両頬を両手に包み込んでキスをする。 宥めるように。 弁解するように。 甘くやさしく繰り返す。 伯爵はイギリス人であり、イギリス人は世界で一番キスのうまい人種であり、その上伯爵はそんなことばっかりやってきた(穢れた)男だった(苦)。 少佐だって腐っても西洋人。 西洋人の割には、してきた回数は異常に少ないが、できないわけではないし、特段下手というわけでもなかった。 ただ、正直あまり好きではなかった。 そもそも、他人と接触するのがあまり好きな方ではないというか、大抵の場合、不快感の方がはるかにずっと比較にならないほど強烈に強かった(苦)。 が、伯爵はイギリス人だった。 しかも猛烈に、格別に、(もしかしたら世界一)キスのうまいイギリス人だった。 男でも女でも、それが人間でありさえすれば、嫌悪感など湧きようもないキスができた。 が、それが『鉄のクラウス』に通用するとは、伯爵自身が思ってもいなかっただけだった。 ――通用していたのだ(苦) (ただし前述のとおり、むしろ技術的なこと以外が)。 それまでなら、伯爵は、少佐の顔がそばにあると、まるで吸い寄せられるように自然に口づけた。 まるで我慢などできない(する気もない(苦))様子だった。 少佐がどんな顔をしようが、何をどう罵ろうが、おかまいなしだった(死)。 それが、この忌まわしい『メロドラマごっこ』の間はまったくと言っていいほどなくなっていたのだ。 正直わけがわからなかったし、ぶっちゃければ不満だった。 が、そんなことを要求する言葉を、少佐は持ち合わせていなかった。 …なんてことを想像もできない(できるわけがない(死))伯爵は、久しぶりの後戯(?)のキスを、少佐の様子をうかがいながら、いつにも増して恐る恐る控えめに繰り返していた。 「Bitte hoer niemals auf’」 「………なんで急にドイツ語?」 言葉とは逆にソレが止まってしまったことにか、あるいは訊かれたくないことを訊かれたことにか、少佐の唸り声のようなものが聞こえた。 熱に浮かされたようなドイツ語もその唸り声も実にセクシーだった。 なんだかわからない、という顔で苦笑しながらも再開する。 「…Good for you?」 やさしく訊きながら、伯爵はさらに熱っぽく何度も口づけた。 さっきとは違った感じの唸り声(「うるさい」に近い?(笑))だったが、それも十分伯爵を満足させ、伯爵は微笑みながらその腕の中で際限なくその行為を繰り返していた。 * 「ちなみに…こんなふうにはしてないよ…」 夢から醒めるようにゆっくりと少しだけ離れると、少佐のまぶたがやや上がった。 その半眼の瞳にジロ…と睨まれる。 「…あたり前だ。やってみろ。殺すぞ」 その台詞と声音にゾクッと震え、しびれたような恍惚の表情を浮かべると、 再び、伯爵が少佐の顔を引き寄せ、さらに猛烈に再開した。 つづく
エロイカより愛をこめすぎたら
act.06 ただならぬ関係 The Alarming Relations
ニ0一0 九月六日
サークル 群青(さみだれ)
|