エロイカより愛をこめすぎたら 06



act.06 ただならぬ関係 (4)
The Alarming Relations
If Eroica put too much love








 小さくつばを飲む音で伯爵はうっすらと目を開いた。


 目の前のフリッツ君があからさまにビクッとした。
 横たわったままの伯爵の方が、むしろ平然と、淡々と、つぶやくように囁いた。

「…寝込みを襲うのは好きだけど、襲われるのは趣味じゃない」

「そっ…そんなんじゃありません! ただ…!」
 フリッツ君の声は悲鳴のようだ。

 伯爵は静かに促す。
「…ただ?」
「どうしても…確かめたくて」
 うつむいて搾り出すように彼はそう言った。

 庭の寝椅子。
 伯爵は少し身を起こすと、頬杖をついた。
 フリッツ君を眺めた。

「君は私をどうしたいの? 私に何かしたいの?」
「とっ…とんでもない! ご主人様を敬愛しております!」
「………少佐? 君は少佐のファンか!」
 伯爵は、『ようやく合点がいった』という顔をした。

 フリッツ君は懸命にかぶりを振った。
「自分はただ…おふたりがいつまでもしあわせにいてくださればそれで…!」

 伯爵が、フリッツ君を凝視したまま首をかしげた。
 ……善意のG君?(いやG君にも悪意はないが(苦笑))

 変わった子だ。
 苦笑いする。

「…私でも理解しがたいんだ。あのトーヘンボクにそんな説明が通用するかどうか」
「でも…ご主人様はエーディット様を…『あなた』を…!」

 伯爵は目を細めてフリッツ君を見つめた。
 この子のこの確信。

「…フリッツ君、君一体何を見たんだい?」
 途端、フリッツ君は口を堅く閉じた。

 可能性があるのは…

「…西翼の庭?」
 純情そうなその顔がカッと赤くなる。


 西翼の庭。
 私のお気に入りの場所。
 人目に付かないあの隠れ家に、一度だけ少佐が訪れたあの日。


 伯爵が苦笑した。
「どっかの国には『家政婦は見た』なんて番組があるらしいけど、君、気をつけた方がいい。本気で怒ったご主人様は私にも止められないよ。 ご主人様の職業は知ってるだろう。視線には異常に敏感だ。君のこともおそらく把握してる」

「…すいません」
「まあ、悪いのは少佐だ」

 あのときはいろんなことが普通じゃなかった。
 知っててやったのかどうかもわからないけれど、いずれにしても『お父上のご意向』以外のことに考えなし過ぎた。



     ***



 伯爵は、いつでもできたであろうはずのことをようやくした。
 ロンドンに、たった一本の電話を入れるだけ。


「ボーナム君、私を迎えに来て欲しい」



     ***



 そして一人静かに手紙を書いた。

 書くことは、前から決めていた。
 たった四行。

『ずっと言い出せなかった。
 私にはもう君より好きな人がいる。
 だからお別れしよう。
 さよなら。私の少佐殿』

 封をして少佐の机の上に置くと、伯爵は静かに寄り添うように少佐の部屋のドアを閉めた。



     ***



 ボーナム君は飛んできた。

 急用があると、伯爵は執事に伝えた。だからもう発つのだと。
 その表情。

 もちろんいつものように明るく笑っている。
 でも…

「あの…」

 執事が何か言おうとする前に、伯爵は彼を抱きしめた。

 もちろん、はじめてのことだ。
 抱きしめられたまま執事はおろおろする。
 執事からは見えない、伯爵の眉根がきつく寄った。

(…少佐を頼むよ…)

 最後に一瞬、ぎゅっと抱きしめて、伯爵は振り向くことなく立ち去った。
 あまりに『今生の別れ』のようで、執事にはもう何も言えなかった。



     ***



 伯爵は空港にギーゼラ嬢とフリッツ君の二人を呼んだ。

「お仕事中に申し訳ないね。どうしてもこれだけは伝えたくて…」
 にっこりとギーゼラ嬢に笑いかけそう言いながら、伯爵はフリッツ君の腕をぐいっと引っぱった。

 よろめいたときにはすでに濃厚な一発をフリッツ君はくらっていた。
 フリッツ君のくぐもった悲鳴が待合ロビーに響き渡る。

 たじろぐギーゼラ。
 頭を抱えるボーナム君(苦)。

 数十秒後(苦)、「ぷはあっ」と口唇を離すと『これで心残りはない』とでも言わんばかりに満足げにギーゼラ嬢に向かって微笑んだ。

「私にはもう、少佐より好きな相手がいるんだ。誤解されたまま去るのは忍びなくてね。 でも、たとえ私のような者がいたとしても、何があったとしても、へこたれないくらいでないなら彼には手を出さない方がいい。 一番難しいのは少佐本人だから。でも、それだけの価値はある男だよ。それは私が保証する。あとはあなたの人生に、彼のような男を関わらせるかどうかは、 ……あなた自身が決めることだ。幸運を祈る」

 そう言って「君の従兄弟はなかなかだった」とウィンクすると彼を彼女に渡し、伯爵は立ち去った。


 可哀想な従兄弟は再起不能(苦)。
 ギーゼラは、まるで真昼に幻影でも見たかのように、従兄弟を支えたまま待合ロビーに立ち尽くしていた。



     ***



 久しぶりに帰ってきた懐かしいコーンウォールの城は、季節の花々に彩られ、伯爵をやさしく癒した。
 伯爵は派手な大輪の花も好きだったが、可憐に咲く小さな野花の良さが変に心に染みるような静かな日々を過ごした。



     ***



 足の状態は徐々に良くなり伯爵と部下たちを安堵させたが、完治を見る前に、しばらくの休業を部下たちに宣言して、伯爵は単身アメリカに飛んだ。

 どこでもよかったが、静かなところや淋しいところはもう嫌だと思った。
 コーンウォールでの日々は、静養にはよかったが、つい余計なことばかり考えてしまったから。
 何より、ここなら絶対に『アレと偶然ばったり出会う』なんてことはないだろう
(どこででも恐ろしいほどそんな可能性があるから怖いのだあの男は(苦))。

 少佐にとってはアメリカなんて、『行きたくない国ワースト1』だろうから。

 伯爵は苦笑した。
 活気はあるが歴史のない街。

 まったくもって好みじゃないが、今の私にはちょうどいい。
 昼も夜もニューヨークの喧騒にまぎれる伯爵がいた。



     ***



 ボン。
 エーベルバッハ家。
 執事の誕生日に一枚の無記名のカードが届いた。
 美しい天使の描かれた、見たこともないような繊細なつくり。

『祝福を。愛をこめて』

 書かれているのはそれだけ。
 けれどその、かすかな移り香でわかってしまった。

 あの日の忘れがたい抱擁。

 伯爵様…



     ***



 少佐はおよそ半月ぶりに出張から自宅に戻り、久しぶりに情報部に出社しようとしていた。
 朝食時。執事が言った。

「ご主人様、昨日は私の誕生日でした」
「そうだな。おめでとう」
「ひとつお許しいただきたいことが…」
(なんだ、改まって)とパンをちぎる手が止まる。

「お客様を招いてささやかな食事会を致したく、お部屋を一つお借りしてもよろしいでしょうか?」
 少佐がやや怪訝な顔になる。
「それくらいかまわんが…おれは呼ばれないのか」
 そう言ってからパンを口に入れる。
「来ていただいてもかまいませんが、ロンドンからのお客様ですよ」

 若干喉につまらせた。水に手を伸ばす。

「…何か?」
 と執事。

 相変わらずすっとぼけてやがる。

 水で流しこんでから若干むすっと言った。
「…今日は多分遅くなる」
「承知いたしました」

 執事は厳かに了解した。



     ***



「ご主人様?!」

 執事の驚きの声。
 その日10時ごろ、ご主人様が戻られた。
 乱暴にベンツのドアを叩き閉める。

「癪(かん)に障る任務だ。自宅待機を命じられた。…君の呪いかね?」

 心底嫌そうに少佐が執事を睨む。
 汗を垂らす執事は例のごとく返答のしようもない。
 確かに今日『ロンドンからのお客』が昼前にはやってくるが…

「…おれは部屋にこもるから好きにやれ」

 そう言ってとっとと自室に向かおうとするご主人様。
 執事ははじめ躊躇しながらも、最後は心を決め、廊下を闊歩してゆくご主人様に声をかけた。


「ご主人様、お客様はボーナムさんですよ!」


 少佐がぴたりと歩みを止めた。
「ボーナムさんお一人だけです。よろしければご一緒ください」

 執事がなだめるように笑った。



     ***



「唐突なご使命恐縮です」

 ボーナム君は相変わらずの風体でやや頬を染め愛想笑いを浮かべた。
 執事がお茶を勧める。

「お元気そうで何よりです。皆様お変わりなく?」
「ええ、お陰様で。ジェイムズがますます人間離れして困ってますが…」
 恐縮したままの様子でお茶をいただくボーナム君。

「伯爵様は?」
「元気に泥棒してますよ」
「今はどちらに?」
「それは企業秘密です」
 ヒゲだるまはにっこりと笑った。

 ちゃらんぽらんなようでいて、こういうときの部下の教育だけはきちんとしているような不思議さが、こいつらにはたまにあった。 まったく無関心な様子でそっぽを向いて少佐はテーブルについたままタバコをふかしている。

「少佐も執事さんもお変わりなくて何よりでした。執事さんお誕生日おめでとうございます…いや『ました』か」
 そう言って、少し申し訳なさそうに頭を掻いた。
「そのことなのですが、ぜひ伯爵様にお礼をお伝えください。素晴らしく美しいカードを戴いたのです。私は感動で震えましたよ。 あの方のセンスは本当に素晴らしい」

 ボーナム君はやさしく、そして少し得意げに笑った。
「伯爵はサービス精神が旺盛ですからね。相手が何を喜ぶかを、あんなに楽しそうに考える人は見たことがありませんよ」

「素敵な方ですね」
「まったくです」
 しみじみする二人。

 そこで『しーん』と言葉が途切れた。
 自ずと二人の視線はテーブルの少佐にじとっと向かう。

 気づいた少佐が噛み付くように言った。

「…なんだ!」

「いえ何も」
「別に」

 二人同時にあらぬ方向を向いた。



     ***



 昼食についたワインで執事があっさり酔っ払った。
 少佐は執事の飲酒もはじめて見たが、執事はなんと絡み酒だった。

「聞いてくださいボーナムさん! ご主人様にお仕えしてもう四半世紀も軽く超えたのに、 ご主人様は私の誕生日のお祝いをしてくださったことが一度もないんです!」
「それはひどいですね」
 おろおろと執事さんをなだめるボーナム君。

「はじめて頂戴したのはなんだと思います? 先日いただいた『そうだな。おめでとう』これだけなんですよ! 信じられますか!」

 執事のモノマネは正直あまり似ていなかったが(苦)、若干非難をにじませる目で少佐をちら、と眺める。
「…ひどいですね」

「なんなんだぐだぐだうっとおしい。何を今更言い出しとるんだ! 欲しいものでもあるなら言えばいいだろうが!」

 執事が座った目で少佐を見据えた。
「だったらもっとお酒を頂戴したいです。今日は思い切り酔わせていただきます」

 くるっとものすごい勢いで向きを変え、ボーナム君をご指名する。
「ぜひお付き合いくださいボーナムさん! そのためにお呼びしたのですから!」
「え? わ、私ですか? 私はあまりお酒は得意では…」
 若干驚きを隠せないボーナム君。

 執事の顔面は、瞬時に悲しみに彩られた。
 両目がうるっと涙に包まれている。
 そして、やや芝居じみた様子でテーブルにくず折れる。

「ボーナムさんまで私の誕生日をないがしろに……!!」

「おい、いい加減にしとけ。みっともない」
 ため息まじりにうめく少佐。

 執事は白いテーブルクロスを握り締めたまま顔だけ上げ、キッとそんな少佐を睨み付けた。。
「ご主人様は黙っていてください。お部屋を貸してくださる約束ではないですか! なんならさっさとお部屋におこもりくださってかまいません!」

 少佐は迫力の執事に部屋を追い出された。
 ボーナム君は『力関係で執事さんの方が上のこともあるんだ』…と妙なところで感心していた。



     ***



 日ごろ飲み慣れない真面目な二人は限度というものを知らず、止める者もなく二人して見事に酔いつぶれていた(苦)。
 しばらくしてから様子を見に来た少佐が、呆れながらテーブルの上、壜に残った酒をかざしてその残量を眺めていた。

 ふとボーナム君が少佐に気づいた。
「あ、すいません…少佐…とんだ醜態を………」
 ろれつがあまりまわっていない。

「かまわん、おれが執事に許したんだ。…しかし君も随分弱いな」
 やや嘆かわしげにボーナム君を眺める。

「こんなに飲んだのは5年ぶりです。いやもっとかな…」

『こんなに?』と少佐はまわりを見た。
 二人で1本も飲めてない(苦)。

「伯爵も…あまり飲む方ではないですしね。あの人は…『お酒』というより…もっとオシャレな………」

 やつを思い浮かべるヒゲだるまは、いつも夢見るような表情を浮かべる。
 少佐がテーブルのつまみを一つ口に入れた。
 そして下手な感情が表れないように口にした。

(……下手な感情?
『下手な感情』とはなんだ???
そもそも『感情が表れないように』などということにはじめて気を配る自分に驚きながら。)

「…あの阿呆、『新しい男』とはうまくいっとるかね」

 少佐のセリフに、しばらく酩酊の表情で止まり、ボーナム君は一つしゃくりあげた。

「………そんな人いませんよ」
 少佐の怪訝な視線がボーナム君をとらえる。

 ボーナム君はそのまま寝言でも言うようにムニャムニャ言った。

「もう長いこと…あの人のそばにいて、考え方も…感じ方も、だいたいわかったつもりでいましたけど…全然違いました」
 少佐の顔がさらに怪訝になる。

 そうしてボーナム君はゆっくりとテーブルに突っ伏して、うたたねするように、でもうっとりとしあわせそうに笑った。

「あんなに…あんなに大胆不敵で軽やかな人は…、世界中どこを探してもいないと思ってました。けどそれは…あの人がそう見えたのは、 単にそれは、すべてがあの人にとっては『お遊び』みたいなものだったから…。だからいつも、何をするときでも、いつでもとても楽しそうで…………。 でも…」

 顔だけ少し上げて、低くひじをついて、夢見るように、少佐を眺めたままボーナム君は言った。

「でも…本当のあの人は、ただの普通の…すごく臆病な…むしろかわいい人でした……」

 少佐は二の句も継げないまま、語るボーナム君を見返していた。

「……伯爵が本当に少佐のことが好きなのは、もうずっと知ってました……。だけど、まさかあの人があんなふうになるなんて………。だって、 ここ最近の伯爵ときたら……、もうびっくりするくらい泣いてたんですよ。私も、はじめは『亡くなられたお父上を悼んで』…かと思ってた……。 もちろんそれもあったでしょうが………、どうもそれにしては様子がおかしくて……、よくよく聞けば……」

 またボーナム君は徐々に突っ伏してしまった。
 でもその言葉は聞き取れた。

「…やっぱり涙の原因は『あなた』でしたよ、少佐。
 そりゃあもう何年も、あの人の行動の『原因』は確かにあなたでしたけど……」

 しようのない人だ…という口調で苦笑する。

「伯爵は毎日、目が溶けるくらい泣いてました。
『もうこれ以上は…、遊びじゃ済まなくなる』…って………」



 少佐はすでにポカーンとボーナム君を眺めていた。



 なん……だそりゃ。

 理解…でき………ない。



『あそ……び』?

『遊び』だと???


 しかし『アソビ』とは?????????(苦)



 そもそも、あいつの『遊び』はどこまで『遊び』なんだ。

 あんなこと(←05参照)まで『遊び』でできるものなのか。

 これが泥棒なんかで生計を立てている人間の考え方なのか。



 だが合点もいった。

 正直、伯爵に返しきれない借りができたと思ったが、
 あいつにとってはそうではなかったのだ。



「…よくわかっ………た」

 そのとき、情報部から呼び出しのベルが鳴った。



     ***



 車での移動中。
 少佐は一人、もの思いにふけった。

 ――そりゃそうだ。
 あいつはおれをどーのこーの、口で何をどんなに言ったところで、自分の意に染まないことなんぞ絶対にやりはしない。

 あいつはあの一連の『ホームドラマごっこ』を楽しんだのだろう。自らの意志で。
 お互いの利害が一致しただけ。いつものことだ。
 おれは『親父のおもちゃ』が必要で、あいつには『おれ』と『親父』というおもちゃがちょうどよかっただけなのだ。

 ただ、『これ以上』『これ以下』とはなんだ?
 これまでと一体何が変わったと言うんだ。

 出かける間際、ヒゲだるまは確か言っていた。


「伯爵は怖がってました……あなたのことを……。
 あなたに本気で愛されることを……。
 それで……逃げ出したんです」



 なんだそれは!!(気色が悪い!)


 思わず身震いし、ハンドルを握っていない片手で、少佐は慌ててネクタイを緩めた。


 わけがわからん!
 おれは何もしとらんぞ???



     ***



 NY。

 厳選して高級酒場などを利用していたとはいえ、恐ろしいほど美しい英国紳士が、夜な夜な夜の街(しかもゲイ街限定) に出没するという噂はたちまち広まった。

 NYは結局のところ移民の街だから、すでに世界中のありとあらゆる人種が揃っているはずなのだが、中でも最も希少なタイプが、 その存在自体に歴史や伝統を感じさせる高貴さを兼ね備えた伯爵のような人種だからかもしれない。大抵のそういう人種は『アメリカそのもの』 を嫌うものだから。

 その上伯爵の美しさは飛び抜けていた。
 ゆえに伯爵はどの店でも注目の的でありモテモテであった(苦)。

 そして中にはしつこい類も出始めた。
 大抵の場合伯爵はうまく逃れたが、その日は運悪く面倒なことになりかけたとき、あいだに入る男がいた。

 やや長めの黒髪。
 硬派な雰囲気。
 視界を遮るたくましい背中。
 嫌が応にも誰かを思い出させる。

 思わずすがりつきそうになる。

 暗い店内で、しつこい輩を追っ払ってくれた彼は、誰かほどハンサムではないが、誰かほど愛想が悪くもなかった。

「ケガは?」
 首を振る。

「助け舟、ありがとう。……刑事さん?」
「元…な」
「まずいな。私はおたずね者だ」
「知っている。『怪盗エロイカ』」

 少し笑って、興味無さそうに彼はそう言った。

 伯爵は頬杖をついてやや楽しそうに言った。
「……君、どうも私の知ってるある男を思い出させるんだけど」
「それはあの方もよろこぶだろう」


「?」



     ***



「私のことを覚えていてくださったとは嬉しい!」


 NYの銀行強盗・ブリンクス氏は、実はローマのマフィア・ボロボロンテ氏と張り合うほど熱烈な伯爵のファンだった。 ボロボロンテをもう少し実業家風にスマートにした体(てい)で伯爵を歓迎した。

「いつこちらに? お一人で? 言ってくださればいろいろ手配しましたのに!」

 実はまったく覚えていなかったが、伯爵は愛想よくお行儀よくご挨拶する。
「いえ、突然のことでしたので。お久しぶりです。お変わりなく」
「伯爵は少し…痩せましたかな? 『恋やつれ』にも見えますな。しかし相変わらずお美しい」
 伯爵はどう返したものか曖昧に苦笑した。

「どのくらいこちらへ?」
「あまり何も考えていないのですが…とりあえず気の済むまで」
 海千山千のブリンクス氏は、傷心旅行と推察した。
 黙ってうなずく。 「なるほど…では」

 氏がパチンと指を鳴らす。

 先ほどの『元・刑事』が姿を見せた。
「最近のここらは物騒ですから、この者をお使いください。確かに、彼は若い頃の私に似ているという者もいます。君、しっかりと伯爵をお守りするように」
「Yes, sir!」
 小声ながら軍隊のような厳粛さで彼は即答した。

 似ている………か? という本音は隠しつつ(苦笑)、恐縮して伯爵は言った。
「そんな、お気遣いなく。…というかすでに彼には先ほども助けられましたけどね」
「なかなか使える男です。うっとおしいようでしたら目障りにならないところからガードさせます」
「いえいえ、そんな。では……そうですね。なかなか素敵な黒髪だし。私の暇つぶしにしばらくお付き合いいただきますか」
 軽く微笑む。

「もちろん私も時間の許す限りお付き合いしますよ!」
 少しむきになってブリンクス氏は言った。
 伯爵は一瞬驚いたような顔をしてから、さらにブリンクス氏を蕩けさせるような笑顔でにっこりと笑った。
「ありがとうございます」

 そして見事な夕食をご馳走になり、至れり尽くせりの大歓迎を氏から賜ったのだった。



     ***



 朝、ホテルで目覚めると、部屋に男がいた。

 伯爵は、少し身を起こし、目をこすり、何度も見直して確認すると、布団の中で座ったまま、ややけだるげに頭を抱えた。

「…なぜ君、ここにいるんだい?」
「…『いろ』と言われたから」
「…誰に」

 彼は黙って伯爵を指差した。

 ため息をついて頬杖をつく。
(そんなに飲んだんだろうか…)

 うつろな視線の先。
 確かにテーブルには酒瓶があるが(それも複数本)。

「あんた…泣いてた。………失恋か?」
「直球だね」
 伯爵は苦笑した。

「ベッドに誘われたけど、傷心の酔っ払いを襲うのはフェアじゃないし、それに…」
 情けなくて聞いていられなくなり伯爵は彼の言葉を遮った。

「賢明だよ。済まなかったね。私もこれからは気をつける」
「別に気をつける必要はない。泣きたいときは泣いた方がいい」

 伯爵が苦笑を浮かべた。
「泣くと頭が痛くなるんだよ」
「じゃあ適当に」

 頬杖をついたまま、伯爵はその男を困ったように見ていた。

 だんだん意識がはっきりしてきて、この男が何者だったかが思い出されてきた。
 昨日ブリンクス氏のご厚意で付けていただくことになったボディ・ガードのようなもの。
 元・刑事さんで名前は確か、クレイグ・ギアとかなんとか…。

 そして何度か仕方なさそうにうなずいた。

「…その、やさしいんだかやさしくないんだかよくわからないところとか、似てるんだな」
「………恋人に?」
 困ったまま微笑む。
「…違うな。『天敵』だ」

 彼は『どちらでも』というふうに肩をすくめた。
 そしてぶらぶらと歩いてベッドの傍らまで来ると、伯爵をじっと見つめてはっきりと言った。

「言っておくが、昨夜(ゆうべ)おれが遠慮したのは……、おれはあんたとは真面目に付き合いたいと思ったからだ。酔っ払いの慰みものとかでなく…」

 伯爵は久しぶりに本気で驚いていた。
 口説き文句も直球か。

 寝起きもあってボーゼンとしている伯爵の頬を、彼が指の甲ですっと撫でる。
「…あんたの泣き顔は悪くない」
 眉をひそめた伯爵がやや赤くなった。


 急にそういうことを言い出すところも…よく似てる。








つづく



エロイカより愛をこめすぎたら

 act.06 ただならぬ関係
The Alarming Relations


ニ0一0 七月二十八日
サークル 群青(さみだれ)
 

あああああ〜〜〜〜。
ついに上げてしまった〜〜〜〜。
こんなんでいいのかどうか、今までに輪をかけてわからないシーンを〜〜〜〜(苦笑)(…っていうのはボーナム君と少佐のくだりなんですけどね。ここ、元々 抜本的に書き直してるからねえ…(苦))

でもま〜とりあえず暫定でも上げないと、先進めないから…
しっかり〜〜〜!さみだれさ〜ん!(哀)

ついに、この物語最後の舞台、NYに、伯爵様行っちゃいましたね。 (あ〜、てことは半分以上終わったんだろか…(苦))
つか伯爵の誕生日に浮気?シーンを上げるさみだれ…(苦)

元・刑事さんのビジュアルイメージは、地元民の皆さんに眺められてる少佐の学生時代のコマ(確か左下)の感じで。あれを年相応にした感じでお願いします。

05の例のあのシーン、私的には絶対誰にも見せたくなかったというか、 少佐はその辺のところは絶対抜かりない男であってほしかったんですが、 意外なところに意外な伏兵が(笑)。 書いてた頃はもちろん思いもよりませんでした。
(その頃フリッツ君自体存在してないし(笑))

これ、そろそろこれまで読んでくださってきた若干名の皆様にも 見放されてきてる気がしますが、 確かに「長すぎてもう付き合えない」とか「飽きちゃった」とかじゃあどうしようもありませんのですよね(笑)

で、もひとつすいません(先に謝っとく)。
本当にコレどうなるかわかりません…… とか言い続けてましたが、ようやくオチが見えてきました。ただそこに至るまでのシーンに 自分が納得できる自信が………(いろんなトコ含めて) …………ない(死)。
とりあえずできる範囲でトライしてみますが(苦笑)。
すでに猛烈に長い…(死)。

これまで通り、期待をしない感じで(哀)、どう転んでも 今まで以上に温かくお見守りいただけると幸甚です。 どうぞよろしくお願いいたします。

ブログ引っ越しましたんで一応告知します。
http://gunzyo710.blog134.fc2.com/
(↑新型)今後新しいコメントはコッチに入れていきます。

http://blogs.yahoo.co.jp/gunzyo710
(↑旧型)しばらく当時のまま置きます。

ご感想なども絶賛大歓迎です。お返事もマメに頑張りますよ〜。
gunzyo710@yahoo.co.jp

お読みいただきありがとうございました。
(by さみだれ)






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