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エロイカより愛をこめすぎて 05' act.05' 薔薇の名前 Post Fin "The Name of The Rose" From Eroica with too much Love
後日談 「あのバラのことはお父上からお聞きになったのですか?」 「なんのことだ」 「『エディス・クロウゼ』ですよ」 少佐が怪訝な顔で執事を見る。 「誰のことだ。君の愛人かね?」 「まさか、そのような…」 善良な執事は、いつものように冗談だか本気だかわからない少佐の切り返しに、噴出する汗を拭いた。 「ドイツ語では、『エーディット・クローゼ』。お母上のお好きだったバラです。特に東の庭にたくさん植えられている…」 「知らんよ。おれは花なんか興味ない」 執事は少佐を驚愕の表情で凝視した。 「では……伯爵様の偽名の意味は一体…!!!」 「偽名にいちいち意味なんかあるか! 適当に付けただけだ!」 執事はもはや顔面蒼白だ。 「本当に…ご存知なかったのですか?」 「しつこいぞ。母上はバラが好きだったのか? おれに話すとしたら君か親父だろうが、どっちにしろおれはそんな話は初耳だ」 執事はもうガタガタブルブル震え出していた。 そしてそのままその場に泣き崩れた。 「旦那様〜〜! 今一度お戻りを〜〜〜〜! 大変な勘違いをされたまま逝ってしまわれた〜〜〜!」 *** 「…もう諦めろ。死んだ人間が今更戻るはずがない」 いつまでも父の墓前から離れようとしない執事を、仕方なく少佐が迎えに来た。 いまだにぐずぐずとうっとおしく泣いていたが、少佐が睨むので懸命に涙を止める。 そして意を決した様子で、ついに執事が口を開いた。 「ご主人様」 「…なんだ」 「では…本当のところ…ご主人様は、伯爵様とは………」 少佐が振り向いた。 「な ・ ん ・ だ ・ ね(怒)」 そう言ったご主人様の、アップの目ぢからが怖い。 口許だけが笑っているのが怖い。 顔面中に青筋が浮き上がっているのも怖い。 その剣幕に押されて執事が小さく力なくつぶやく。 「仲がおよろしくない…………、ということで…」 「フン」 そう言ってご主人様はさっさと先に行ってしまわれた。 *** 屋敷に戻る途中、少佐と執事は東の庭の前を通った。 少佐が足を止めた。執事も従う。 「ご主人様、奥様は本当にこのバラを大切にされておりましたよ。旦那様も私もこの花が大好きでした」 「…そうかね」 少佐はタバコを銜えたまま、目の前に広がるバラ園を眺めた。 ものごころつく前から、夏にも秋にも違う色で庭を彩る豪華な花。 父上と執事が妙に気遣って幼いクラウス坊やに教えなかった『母上に関すること』も、じーさんは大抵なんでもかんでも話してしまっていた。 (例の、「言うことをきかん女はケツを引っぱたけ」と少佐に教えたじいさんである(苦)。) その頃から利発なクラウス坊やは一度聞けば何でも忘れなかったが、こちらも父上と執事には気遣って、一切何も聞いていないふりを貫き通していた。 今までも。 おそらくこれから先もずっと。 今年も見事な花を付けるだろうそのバラのつぼみを眺めながら、少佐はタバコの煙をくゆらせていた。 *** お父上が亡くなってから、妙に少佐に大事にされていると伯爵は感じていた。 気のせいか? いや違う。 君は本当に律儀だな。 それも悪くはないけれど… 久しぶりに少佐の自宅に遊びにきた伯爵は思い切って切り出した。 「少佐、報酬の件だけど…」 ソファでタバコを銜えて新聞を読んでいた少佐の視線が伯爵をとらえる。 伯爵は少佐の膝に手をついてその足元にしゃがみこんだ。 見上げるように伯爵が言った。 「この先、もうずっと私に頭が上がらないなんて思わないでほしい」 しばらく少佐が黙っていた。 伯爵もつられて黙っていた。 少佐の銜えたタバコだけが、ジリジリとその灰の長さを長くしていった。ようやく限界に来たタバコを落ち着き払って灰皿に押し付けると、 少佐はふーーーーーーーーーーっ………と長いため息をついた。 そしてついにわめきだした。 「だ…れが思うかこのくそばか野郎ーーーーーー!」 ムカーーーーーーーー! 少佐に負けじと伯爵も立ち上がっていた。 「前言撤回! やっぱり一生君は私に逆らうな! 私の言うことにはすべて従ってもらう!」 「ふざけるな! 勝手にほざいてろ!」 「君が言ったんだぞ!? 男に二言はないはずだ!!」 「それはきさまの方だろうが!」 ついに掴み合いの取っ組み合いのケンカになった二人を、涙にくれる執事が一人見守っていた。 FIN
エロイカより愛をこめすぎて
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ニ0一0 五月一日
サークル 群青(さみだれ)
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