エロイカより愛をこめすぎて 04' act.04' ボーナム君の受難 The Sufferings of Mr.Bonham From Eroica with too much Love
「ど…どうでした?」 「残念ながら」 伯爵は頭を振った。 「少佐にはすぐバレてたらしいよ」 もそもそと伯爵がケーキを口に運ぶ。お茶の時間だ。 「…スミマセン」 「少佐が異常なんだよ。ボーナム君はよくやってくれたよ。実際少佐は熟睡してたし。ただ私が何もできなかっただけだ」 「どうしてですか?…ていうか、え? 少佐はわかってて食べたんですか?」 「………」 伯爵は赤くなって黙った。 ボーナム君はZ君に感謝・感激していた。 実は先日会ったとき、『知り合いの某氏の話す内容が過激すぎて困る』という相談をしたら、 「そういう人って訊かれると逆にしゃべりたがらないんじゃないかなあ。ボーナムさんが苦手がるから言ってくるんですよ」と言った。 ――その通りだった!(←違う) 調子づいてボーナム君は訊いてみた。 「…実際、少佐ってどうなんですか?」 伯爵が、頭のてっぺんから足のつま先までみるみるじわじわと赤くなる。 そのまま頭を抱えた。 (「YES!」…とボーナム君は内心ガッツポーズで叫んでいた(苦)) 「すごいよ。私でもしたことないことするよ…。暗い間は…」 (え?) 基本的には聞きたくないはずが、ものすごく気になる発言だ。 ボーナム君がひとつ生唾を飲む。 「…た、例えば?」 「さ……… 口で言えるわけないじゃないか!」 思い切り怒鳴られてしまった。 ボーナム君は丸い身体をできる限り萎縮させて謝った。 「ス…スイマセン…」 聞かされなくてよかったような悪かったような…。 もうボーナム君まで変な汗が止まらない。 ――暗闇で一体何が!?(泣) *** 実はあの日の伯爵の半ベソはなかなか少佐のツボを突いたらしく、それまでになく徹底的に伯爵は少佐にかわいがられてしまったのだった(苦)。 「いったいどこの女にあんなこと仕込まれてきたんだか! 本当に腹の立つことだよ! 今度会ったら絶対問い詰めてやる!」 「………」 目を四方八方に泳がせたまま、もうボーナム君は何も言わなかった。 *** ジュネーブの某会議。 席上で久しぶりに少佐はペーペー時代の同僚に会った。 出世頭の少佐の噂は嫌でも耳に入る。元同僚ならなおさらだ。 閉会すると同時に、元同僚は身支度を整えると少佐の席まで来て声を掛けた。 「相変わらず派手だな」 「そっちも元気そうだな。昇進おめでとう」 トントンと机で書類の耳を揃え、鞄にしまいながら少佐はこともなげに言った。 元同僚の方が驚いた。 「耳が早いな」 「情報部だ」 少佐が薄く笑った。元同僚は苦笑しながら訊いた。 「今日は泊まりか」 「そっちは?」 少佐も立ち上がる。 元同僚が腕時計を見た。残念ながらあまり時間はない。 「19時の飛行機。おまえも来るんだったらおれも泊まりにすりゃよかった」 「それ程のもんでもない。一杯しか奢らんぞ」 二人は連れ立って会議場を後にした。 *** 別れ際、少佐が一本電話を入れている間に、店から先に外に出た元同僚は、出るなり一人の男とぶつかった。 「失礼」 相手はそっと微笑んで風のように行ってしまった。 *** 後から少佐が出てくると、元同僚が通りを見つめてぼんやりしている。 「どうした」 「さっき、すごいのとぶつかった」 「そうかね」 少佐が財布を内ポケットにしまう。 ふたりして大通りに向かって歩く。が、元同僚の歩みはお留守になりがちだ。 「おい」 「あんなきれいな人間見たことない」 若干嫌な予感。 「…よかったな」 「男…か。まあ、あそこまでいけばどっちでもいいが…」 「いいわけあるか。ほれ、ぼんやりするな」 よほどの衝撃だったらしく、ソレが立ち去ったらしい方向をしつこく振り返る。 「…あんなのと付き合うのはどういう人間なんだろうな」 「知らんよ」 その口調。 元同僚が改めて少佐を見た。 お互い独身なのはもちろん知っているが。 「…おまえ相変わらずだな。いや、おまえでも実際アレ見たら多少あると思うぜ」 「そりゃ残念だったな」 そのセリフには残念さのかけらもない。 むしろ目が死んでいる。 元同僚は失笑した。 理解を求めても無駄なようだ。 「ま、派手さじゃおまえも負けてないがな。命だけは大事にしろよ」 「お互い様だ」 じゃあな、と軽く手を上げると元同僚は立ち去る。 見送る少佐。 タバコを一本銜えた。 大通りの人影はまばらだ。 後方から何度目かになる「少佐」という呼びかけは無視し続ける。 嫌な予感は的中した。 元同僚の姿が、通り向こう、タクシーの中に収まるまで『くるな』『くるな』『くるな』『くるな』 というオーラを背中から猛烈に発し続ける少佐だったが、無視され続けることに腹を立てて逆にムキになった伯爵は、 『君がそういうつもりなら、絶対に無視できないことをしてやる!』とばかりに(まわりに人気があまりないのもいいことに)、 後ろからがばりと少佐に抱きつくと、頬に『chu!』とキスをした。 「な…!!!」(←少佐) すごい形相でタクシーの中、元同僚が窓ガラスにへばりついた。 「こ………のばか野郎ー!」 天地を揺るがす少佐の怒声。 「君が無視なんかするからだ!」 さっき見た奇跡のような美形が、往来で、出世頭の元同僚に追い掛けまわされている(苦)。ふん捕まえて殴りつけようとするあいつと嬉しそうに逃げまわる金髪。 「な…?!」(←元同僚) 信じられない。 見間違いか? 元同僚は目をこすった。 あのあいつが後ろから抱きつかれてキスって…(汗) あり得ない! しかもあんなすさまじい美形に!(しかも男に!) つか、「あんなの」と付き合うのは……おまえだったのか??? 普通に加速するタクシー。 バックガラスの向こう、どんどん小さくなっていくその二人の、掴み合い罵り合う姿を凝視したまま、固まったまま元同僚は空港へと連れて行かれてしまった…。 *** 伯爵は一発殴られたが、そんなものは覚悟の上だった(苦)。 お互い息が整うと伯爵が訊いた。 「…昔のお仲間?」 「お前のファンらしいぞ」 若干イライラを残したまま少佐がタバコを一本銜えた。 伯爵は一瞬ぽかんとしたが、思い出したらしい。 そういえば少し前に確かぶつかった。 「さっきのアレ? なんだ、それなら声でもかければよかった」 「かけるな阿呆。あいつはノーマルだ」 「だって私の知らない君の過去を知ってるんだろう? くそ、なんて惜しいことを。今日は特に聞きたいことが山ほどあったのに」 悔しげに爪を噛む伯爵。 「あほか」 そう言ったきり、少佐はタクシーの行った方向を遠くに眺めていた。 伯爵はそんな少佐の横顔を大人しく見つめる。 しばらくしてからそっと声をかけた。 「彼は…有能だった?」 「まあな」 「信頼できた?」 「…ああ」 実質、出世ペースは少佐と張れる唯一の元同僚だ。 だいたい少佐がそんな目で男を見送るなんてこと自体が珍しい。 若かりし頃、それなりの死線をともに越えたんだろう。私の知らない少佐と。 「…妬けるね。ホントに声かけとくんだったな」 そのセリフに、若干眉間に皺を寄せ、ジロッと少佐が伯爵を見る。 睨まれるくらい『へ』でもない伯爵が「ふん」と見返す。 最後の煙をため息のように吐いて、少佐は携帯灰皿にぐりぐりとタバコの火を押し付けた。 そのままぐいっと伯爵の胸ぐらを掴むと顔のすぐそばで不遜に言った。 「おれが許さん」 伯爵は顔面アップの少佐に一瞬ぽかんとした。そしてじわっと赤くなった。 意味は二通り取れる。 『元同僚に私を近づかせたくない』と『私に元同僚を近づかせたくない』と。 恐らく前者なのだろうが、後者もあながち皆無でもないと錯覚すると、少佐の『はじめてのやきもち』のように感じられてしまい、 猛烈に嬉し恥ずかしくなってしまった。(でも恐らく無自覚なのだろう。……トーヘンボクめ!!(怒)) 「…そ、そんなセリフで私がごまかされると思うなよ」 胸ぐらを掴まれたまま、うつむいて、伯爵はごにょごにょとそう言った。 少佐は『わけわからん』という目で伯爵を見ると、あっさり手を放した。 *** 『おまえでも実際アレ見たら多少あると思うぜ』 …とのたまった元同僚が思い出された。 新しいタバコを銜えるついでにあらためてまじまじと少佐が伯爵を見る。 ホントにコイツの見てくれにはよくもまあありとあらゆるヤツがごちゃごちゃと… 「…………」 「…な、なんだよ」 まだ若干頬に赤みが差したままの伯爵が、急に人のことをジロジロ見だした少佐におもしろくなさそうに言う。 思わず少し笑えた。 そのまま少佐がからかうように言った。 「いいこと教えてやるぜ伯爵」 「?」 「おれはおまえのツラなんぞ、まったくいいと思わん」 は? 怪訝な表情で首をかしげたまま伯爵が言った。 「『いいこと』?…私には悪口にしか聞こえないんだが」 「そうとも言うな」 少佐は上機嫌に何度もうなずくと、さっさと歩き出した。 呆然と置いていかれる伯爵。 今度は伯爵の方が『わけがわからない』という目で、遠ざかっていく少佐の背中をポカ〜ンと眺めていた。 しばらくしてから少佐が振り向いた。 「…さっさとしろ、グズ」 「!」 ムカッとした。 と同時にこの動悸は……………くそ。 完璧に機嫌を損ねながら、それでも歩みを止めてくれたトーヘンボクの方へと、伯爵はしぶしぶ歩調を速めていった。 *** で、結局、その日、自他共に認める『やきもち焼き』の伯爵は、本当に『夜のコト』を、酒の力も借りて少佐本人に問い詰めていた(苦)。 (今日の本題だ! 絶対問い詰めてやると決めて来たのだ!) 不機嫌さ丸出しに拗ねて言った。 「一体どこの女に仕込まれてきたんだか!」 なんだこいつ…という目で少佐がテーブル向こうの伯爵を見る。 もう酔ったのか。 酔っ払いの相手など真面目にする必要はないのだが。 「おれはきさまにされたことを仕返してるだけだ。つまり仕込んどるのはおまえだろうが」 くだらない、とばかりの少佐の言い草だが、伯爵はみるみる青ざめた。 酔いも一気に醒めたようだ。 「……私は君に×××××なんてしたことないぞ?」 「んなもんは常識だ」 しれっと言って揚げた芋をつまむ。 「常識!?」 伯爵の巻き毛が爆発した。 *** 「ボーナム君! 男女間では×××××は「常識」なのか!?」 「そんなナマナマしい話を聞かせないでくださいよう〜」 すでにボーナム君はZ君を恨んでいた(苦)。 お陰で伯爵のそれはますます悪化してしまったのだ(苦苦苦)。 帰宅するなりそんな伏せ字を口にする伯爵なんて、ボーナム君にしてみれば誰よりも見たくないハズで、必死に両手で両耳を塞いでいる。 実際は、女に仕込まれたというより、少佐は単に『一を聞いて百を知る』タイプだった上、一度経験すれば忘れない上、呑み込みがいい上、 応用力がある上、一般紙からスポーツ新聞までを常に隅から隅まで読んでいただけだったが、そんなこと伯爵が知る由もない(苦)。 「許せない」「許せない」と、地団太踏んで悔しがる。 ますますジェイムズ化してゆく美しい伯爵の崩壊に、ボーナム君はひらすら哀しみにくれるばかりだった……。 *** 「しかしあの少佐をソノ気にさせるなんて、それだけで伯爵は十分すごいじゃないですか。もうそれで満足しましょうよ。 普通絶対できませんよ。一体どうやるんですか?」 聞きたくないことでも本人が聞かれたがってるであろうことは聞いてあげる。 すでに青春カウンセラーだ(苦)。 ぐじぐじとしつこくやきもちを焼いていたはずの伯爵は、そうしたボーナム君の必死のよいしょで、やっとなんとか少しずつ浮上してくるのだ。 照れ恥ずかしそうに若干小声で打ち明ける。 「…少佐にはね、最初のうちは、とにかくおずおずやるのがコツなんだ。私がとろとろやってるとそのうちイライラしてきて、期待以上に頑張ってくれるからね」 そう秘訣を告白すると、最後には嬉しそうに小さくウインクした。 「…………」 今日もまた心臓に悪いことを聞いてしまったと、ひきつる笑顔で応対する。 この伯爵の『期待以上』とは一体… そして、あの少佐が『頑張る』とは一体… それにしても相変わらず、騙し騙されの緊張関係が大好きなんだなあ…と、ボーナム君はしみじみとふたりに感心した。 自分の心臓には悪いが、伯爵がしあわせそうだから仕方ないか、とその日も伯爵に甘々なボーナム君だった…。 FIN
エロイカより愛をこめすぎて
act.04' ボーナム君の受難 The Sufferings of Mr.Bonham From Eroica with too much Love
ニ0一0 三月二十五日
サークル 群青(さみだれ)
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