Nongenre7+10 #01 江ノ島
エノスパ・カップリング・パーティ EnoSpa COUPLING PARTY 江ノ島に温泉ができた。 「エノ●パ」という。 温泉は花道もキライではない。 そもそも、湘南の汚れきったソレであるとしても海自体キライでないし、もう来飽きたはずの江ノ島だってキライではない。 死にかけたカニかフナムシくらいしかいなくてもそこでの磯遊びだってキライではないし、作り物くさい岩屋で蝋燭持って歩くのだって全然キライではない。 「ソコ」に来る今の今まで花道は大ハシャギだったのだが…。 *** 奴が呆けた顔でニコニコと湯に浸かっているのを横目におさめながら、花道は苦虫を噛み潰したような表情で舌打ちをした。 *** 確かに「エ●スパ」はすばらしい(ちょっと値は張るけどどうせ仙道持ちだし)。 出来たばかりでまだキレイだし、打たせ湯のイキオイは笑えるくらい凄まじいし、ジェットバスは背中や腰に効きそうだし、 洞窟風呂は海に面しているし、展望風呂は海に面しているし、室内風呂からだって海が見えるのだ。 視界に広がる水平線。 夕日をバックにおもちゃのように見える乗合船(満席)が何度も往来を繰り返す。 ついさっきまでそれに乗って「押した踏んだ」とオヤジたちと大ゲンカになっていたせせこましい自分がウソのようだ。 なんて素晴らしいんだ「●ノスパ」!と思ったその時ようやくハタと気づいたのだ。 己のいる状況の異常さに。 *** 湘南。 そこはタダでさえカップル人口が多いサザンの都。 もうみんなこれみよがしにカップルなのである(泣)。 それが水着になってぬるま湯に浸かるとどうなるか。想像するだに恐ろしい…。 が、花道は気づかなかった。今の今まで。 だって本当に自分自身の大ハシャギが忙しかったのだから。 もうすでに花道は顔を上げることすらできない。 カップルには羞恥心などというものは、ぶっちゃけナイ(汗)。 そんな体勢を取りたいなら、そんなに互いの肌を密着させたいなら、そんなに至近距離で相手の毛穴が見たいなら、 頼むからハジメから個室を取ってくれ! 花道は湯当たりとは全く別の理由で(そもそも当たるほどの高温ではないのだ、湯の温度が)顔を真っ赤にさせながら俯いて、 自分をこんなところに連れてきた仙道を盗み睨んでは舌打ちするのだった。 が、仙道の方は花道の異変にはまるで気づかずに、のほほんと夕日を眺めては「ふう〜極楽だねぇ〜」などと実に年寄りくさいコメントとともに ご満悦である。 *** 実は仙道はもっと冒頭から警戒していたのだ。 男同士で風呂になんか連れてきた自分を、怒鳴り散らしそもそも一緒に入ってくれないのではないのかと。 それが意外にもすんなりすっぽんぽんになったかと思うと水着を着込み、喜び勇んで巨大風呂に飛び込み(はた迷惑)、 すべてのゾーンを満喫しては大ハシャギしていた花道。仙道が望外のシアワセを噛みしめたのは言うまでもない。 デカイ男が二人して大騒ぎすることで、イチャつくカップルたちの何十倍もまわりに迷惑をかけたことなど、 当の本人たちに自覚があるわけがないのだ。 が、一通り満喫してハシャギ終わると、今度は俯いて気味が悪いくらい大人しく静かになった花道。ようやく気づいた仙道も、思わず心配げに声をかけていた。 「ん?…桜木?どうした、気分でも…」 「寄るな…」 「え?」 「…こっ、こんなとこにオレ様を連れてきやがって、こんな、こんなトコ…こんなトコ男同士で来るトコじゃねぇ!」 仙道にだけ聞こえる程度の小声で仙道を怒鳴りつけると、ざばぁっと花道は別の浴槽へ行ってしまった。 「え、ちょ、なに?…なんでそんな急……に…………」 言ううちに仙道も気づいてきた。己のいる場所の異常さに。 仙道以外のその湯船の人員は皆カップルで、しかも直視できないようなキワドイ体勢(騎乗位もどきや座位もどき)で、うっとりと互いを見つめあったり 抱擁しあったりしているのだ。彼らよりよっぽどキレイな夕日には目もくれず。 「…ああ……」 花道の方へ手を伸ばしたまま、仙道は力なくその湯船にへたりこんだ。 ついさっきまでのシアワセな気分がウソのよう。 花道の満足そうな笑顔のスグそばで暖かくて気持ちのよかったハズの風呂が、途端に心の寒いナマあたたかいキモチの悪いトコロに変化した。 そして無性に腹が立ってきた。 この周りのアホどものお陰で、さっきまであんなに喜んでくれていた花道が機嫌を損ねてしまったのだ。 実は何を隠そう、湯船の中でそっと手を握っても嫌がったり振り払ったりしなかったのだ、奇跡的に今日の花道は。 それが、ヒト前でイチャつけない自分たちの最高レベルのささやかなイチャつきだったのにこいつらは(怒)。 仙道の八つ当たりのような報復劇が静かに始まっていた。 *** 「……………」 室内風呂に顔半分まで浸かり、ぶくぶくと湯船に鼻息を吐いていた花道は(はた迷惑)、やっと仙道にあたってもしょうがなかったと思いはじめていた。 そりゃ、花道はカワユイ女の子とお付き合いをしてこんなところに二人で来るなんてとても夢見ているし、 そんなことに実際なったら嬉し恥ずかし過ぎて、絶対に岩のように動けなくて何もできないと思うけど、やっぱり憧れる。 仙道の気持ちは、その思いの深さも真剣さも併せて、さすがに花道ももう知っている。 さっきまでのシアワセそうな仙道の表情。 仙道は花道と一緒ならいつでもシアワセそうだが、特にさっきまでの仙道はそのまま溶けてお湯になってしまうのでは ないかというくらいシアワセそうな顔で微笑んでいた。 奴があんまりシアワセそうに笑うから、思わず花道は目をそらして、口唇をとがらせたままつまらなそうに乗合船を睨んだのだ。 湯はそんなに熱くないはずなのに身体が熱くなってしまいそうで。 仙道は見境なく花道を襲う時もまあなくはないが(苦)、とりあえず今日はそんなことはなかった。 大ハシャギする自分と一緒になって、本当に楽しそうに笑っていた。 楽しかったのだ花道も。 それがトツゼン楽しくなくなったのは決して仙道のせいではない。 「…………………」 花道は海坊主のようにザバァと湯船から立ち上がると、まわりのオッサンたちを芯からビビらせ、無言のまま 仙道のいる階下の洞窟風呂へと戻っていった。 *** 「な…な…な…」 花道はもちろんカップルが死ぬほど羨ましかった妬ましかった。 自分だってダイスキな女の子と、こんなところで人目も憚らずイチャつきたい。 が、そんなものをはるかに凌駕するスゴイ男がそこにいた。 一体ひとりで何人相手にしとるんだコイツは…。 花道は顔面蒼白だった。 仙道。 それに群がる水着ギャルたち総勢7,8人。 見ればさっきまでそれぞれのパートナーとイチャついていたはずの女の子たちが、 皆自分の彼氏をうっちゃって仙道とイチャついている。しかもさっきまでとは比較にならない艶めいた嬌声を上げながら。 呆然と周りを取り囲む取り残されたオトコたち。 かたや、ぼんやりとつまらなそうにカノジョらのさせるままにしている仙道。 「な…な…な…なにやってんだてめ〜〜〜〜!(※注:仙道はナニもしていません。)」 花道は仙道の耳をつねり上げた。 「いてててててて、痛い痛い痛い………桜木!?」 千切れそうなほどに耳をつねり上げられた仙道が、一変して輝くような表情でその己の耳を引っ張る相手を見つめた。 そのまま派手に花道に抱きつくとそのイキオイのまま二人して湯船に倒れこんだ。 「おわぁあああああ…ごぼごぼごぼ…」 湯の中で暴れもがく花道とそれを離さない仙道。 その仙道を狙うギャルたちが、今まさにピラニアのごとく仙道に群がりその湯船に高い水しぶきを上げたのだった…。 *** 「意外だった…」 「オレも…」 「え?」 二人は互いに顔を見合った。 風呂から上がって脱衣所。それぞれに身体を拭き服を着ている時だった。 「だって桜木が一緒に入ってくれるなんて思わなかったもん…」 顔面に派手な痣をこさえた仙道がシャツを被りながら、照れたようにつぶやいた。 「オ、オレだって…」 花道は顔を背けた。 「オレだってこんなトコでテメェが何にもしてこねぇとは思わなかったぜ」 仙道がふと動きを止める。 「…あれ?もしかして期待してた?」 「するか!バカヤロウ」 怒ったように、花道はバスタオルでガシガシと髪を拭きはじめた。 仙道はそのバスタオルごと花道を抱きしめていた。 「…………ナニしてんだテメー」 「いいじゃん、誰もいないよ」 「そういうモンダイじゃ…」 「それだけの問題だろ」 バスタオルの隙間越しに見える仙道の表情がすでに変わっていた。 これまでの経験から花道の体内にすでにセットされた危険信号が「ピコーンピコーン」と鳴り出した。 そのままロッカーを背に、腕をつく仙道に追い詰められる体勢になっていた。 「…て、てめーナニいかってんだ」 その迫力に花道が少々たじろぐ。 「…あいつら…………これみよがしに人前でイチャつきやがって、オレがどんだけ我慢してると思ってんだ…」 「…が………我慢…?」 思わず声の裏返った花道が、冷や汗を垂らしたままアイソ笑いのように微笑する。 「ああ、ココ来たときからギリギリ臨界点」 「…こ、ココって、………………………………ココか?」 花道がこの脱衣所の床を指差して確認する。 「そう。もうおまえの腹チラでアウト」 「…は、腹チラ…?」 微笑はそのまま泣きそうな顔に変わってきている。 「…あんまり桜木が嬉しそうにしてくれたから、しょうがない。我慢してた。」 仙道がイライラッとした様子で、まだ湿った自分の頭をガリガリと掻いた。 しょ、しょうがないって…。 じゃあ、ここに来てあんなにばしゃばしゃと楽しげだったのも、「極楽極楽」とか年寄りくさいこと ほざいてたのも、乗合船を指差して笑いあったのも全部コイツは本心からではなかったのか…。 花道はなんだか無性に情けなくなってきてウルウルと瞳をにじませた。 仙道が、もはや何も言えなくなった花道の半乾きの赤い髪に指を梳かす。 「もう…だめだ、はやく行こう桜木。オレ…」 すでに仙道の声が震えている。 「…オレ、マジで今日はもう…」 花道の瞳から「ポロリ」と涙が落ちた。 「…な…!」 *** 途端に仙道がオロオロと動揺する。 「な…なんだよ、何泣いてんだよ。ちょ、待てよ、おまえの泣き顔なんか見たら、オレ、マジで止まんなくなるって。 おい、どうしたんだよ、なあ! ワ、ワザとか?」 その日の仙道の動揺ぶりはみっともないを通り越して哀れすらもよおした。 が、深く俯いてしゃくりあげる花道の涙は滝のように床に流れ落ち、肩がブルブル震えている。 「!?」 そのままグワシッと力任せに仙道の首に抱きつくと、花道は泣きながら悔しそうに大声で仙道をなじりはじめたのだった。 「なんだよ!てめぇこのウソツキ野郎。つまんねぇならつまんねぇってハッキリ言えよな! 付き合いで無理に合わせろなんて言ってねぇじゃねぇか、クソ野郎!」 花道は本当に楽しかったのだ。仙道と二人で。 ヤツを見直しもしていた。 服を脱いでも慎ましく(?)、ささやかなシアワセ(どうやら湯船の中でこっそり手を繋いだことを言ってるらしい…(汗))を 噛みしめ、そっと隣にただ並んで目の前に広がる景色を共有して、心の奥の方で一緒に静かに満たされたと思ったのに。 そりゃあ、花道だって人前だろうがドコだろうが、好きな相手とイチャつきまくるのが羨ましいに決まってる。 けれど、心の一方ではそんなの全然羨ましくないとも思っている。 「初心(ウブ)だ」だ「お子様だ」と言われても、大事な相手とだったら尚更花道ならそんなこと絶対出来ないだろう。 だって嬉しくて。 ただ嬉しくて。 一緒にすぐそばでジーンと暖かい湯に浸かって、ふと目が合うと恥ずかしくなってしまうような、ただそれだけのシアワセが 嬉しくて。 でもコイツは違ったのだ…。 一方、仙道の方はただでさえムラムラしていたのを、大量のカップルに当てつけられ、 それでも花道のためとギリギリに我慢し続けた挙句にモロツボな泣き顔を見せられ、 その上震える熱い身体に力一杯抱きしめられ、ついに目を回していた。 「…な……え…ちょ…さ…」 花道のイキオイに押され、今度は逆に仙道の方が反対側のロッカーに背をついてなんとか立っていたのだが、 そのまま力なくズルズルと背をロッカーにあずけたまま床の上に座り込む。 花道の抱きつき方は「抱きつく」というよりもむしろ「締めワザ」に近いのだ。ギリギリと音が出るほどに。 ハッキリ言って息ができない。死んじまう。 仙道にはわけがわからなかったが、花道のどうやら本気のマジ泣きに、もはやどうすることもできなくなった。 ただ、手持ち無沙汰になった腕を、そっと震える身体にまわし、右手指で花道の後ろ頭の髪を軽く撫で梳きながら、しゃくりあげる熱い身体を抱きとめていた。 花道の髪の洗いたての備え付けシャンプーの香りが鼻腔をくすぐるが、それ以上に花道の哀しげな嗚咽にただひたすら切なくなる。 イタ気持ちいいこの拷問のような状況の中で、仙道はぼんやりとこの原因を考える。 自分の何がこんなに花道を哀しませたのか。 それとも他の女とイチャついていたからか。 あるいは単に周りのカップルが羨まし過ぎて複雑な気持ちになってしまったのか。 そのカップルの中に花道好みの女の子でもいたのだろうか。 「…………」 仙道は花道の震える首筋に頬をすりつけ、そっと手の力を強めて抱きしめる。 自分が、花道の「理想」や「好み」から程遠いことはもちろん仙道も知っている。 それでも強引にはじめた関係だ。 そんな中、ようやく、ほんの少ずつ、花道が自分に心を開いてきてくれているような錯覚をたまにする。 今日のように。 ふたりで一緒に出かけてくれる。 嬉しげな、輝くような笑顔を向けてくれる。 たまに不意に目を逸らしたりするが、誰も見ていない時ならば握った手は振り払わないでいてくれる。 それらを自分の都合のいいように解釈すれば、もう少し仙道にも余裕が持てるのかもしれない。………が、それはまだまだまだまだ無理だった(苦)。 *** 花道の嗚咽が少しずつおさまり、身体の震えとキツイ腕の力が弱まってきた。 仙道の手がやさしく花道の髪を撫でる。そのまま静かにつぶやいた。 「…桜木、ゴメン。…オレのせい?」 花道はしばらく返事をしなかった。盛大に鼻をすする。 「…それ以外、何があんだよ」 イヤ、いろいろとサ…と少し苦笑するように仙道が視線を泳がす。 「オレ、浮かれすぎた。桜木が、「付き合い」でオレと出かけてくれてんの、忘れてた。オレ、桜木が喜んでくれてるとか、勝手に思っちまって…」 花道は仙道との間を少し離すとヤツの顔を凝視した。 なんだか今おかしなことを聞いたぞ? 花道は仙道を凝視したまま首をかしげた。 「ゴメンな。男同士でこんなトコ…。オレはその、ホントに、えっと…嬉しかったんだけど…」 目を逸らしたまま、ヤツが少々さみしそうに微笑んだ。 はじめて花道は、仙道に、さっき自分が感じたのと同じ思いをさせていると知った。 いつも…? もうずっと長い間? 「落ち着いたら、もう行こ。オレホントにヤバイから。ゴメ…」 花道の口唇が、仙道の口唇を塞いだ。 ただ押し付けるだけのそれだが、仙道は雷に打たれたように動けなくなる。 *** 花道がキスなどうまいわけがない。それでも仙道には誰からのソレよりもたまらない。 ワナワナと震える仙道の腕が、花道を抱きしめたい欲求と、これ以上泣かせるわけにはイカン抑えねばという理性のせめぎ合いを如実に表し、 しばらくどうすることもできないままその位置でビキビキと筋を立てたまま停滞していた。 が、ついに欲求の方が勝ったらしい。堪えきれない風情で花道の肩と頭部をかき抱く。 仙道からのキスは言うまでもないが職人芸だ(…)。花道のような初心者など一発で目を回す。 塞がれた口唇から花道の悲鳴が何度か漏れても、しばらく味わうことをやめず、ようやく口唇を離す仙道。 「…さ、桜木、おまえ…自分が何やってるか、わかってないだろ」 珍しくなじるような仙道の口調。息も上がっている。 花道は何も言わない。ただこちらも、仙道よりさらに上がった息で、瞳を潤ませたまま仙道を見つめている。 その瞳が、何か熱いものを湛えているように見えるのは、自分のこの一方的な激しい恋情のせいなのだろうか。 たまらない。 簡単に、自分の必死の理性を食い破る花道の表情・しぐさにあらがえない。 仙道がいまいましげに舌打ちした。 「…クソ……全部、おまえのせいだからな…」 なじるようにそうつぶやくと、花道が冷たい床に頭を当てぬよう腕で庇いながらもその上体を押し倒し、一瞬ひどくつらそうに花道を見つめた後、 もう一度さらに深く口唇を重ねた。 花道は仙道のTシャツの胸のあたりを掴んだまま、観念したようにそっと静かに目を閉じる。 キレイな涙が一粒、こぼれ落ちた。 *** 「………?」 ナニかオカシイ。 仙道に甘く丁寧に口づけられ、自然と身体が火照りはじめ、正気を失う一歩手前で花道は、妙な違和感に渋い顔で薄目を開けた。 「!?」 大量の目がぐるっと自分たちを食い入るように凝視している。 「ぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」 その脱衣所、というか、●ノスパ全体を震わせる叫び声が館内じゅうに響き渡った。 掃除のオジちゃん、オバちゃんたちがクイックル●イパーの柄にアゴを乗せたりしたまま輪になって、身体を重ね口づけあうふたりの大男を観察していたのである。 気も狂わんばかりの照れ隠しのため、即座に花道は仙道を殺しかねない勢いで、容赦ない殴る蹴るの暴行をヤツにくわえ始めていた。 どよめきながらも、その激しい男の子たちを頬染めながら見つめる熟年たち(お年寄りには意外とプロレスファンが多い)。 しばらくその熱い格闘をナマで堪能した後、ようやく止めに入ったオジちゃんたちのお陰で、仙道はなんとか命は取り留めたものの、すでに意識を失っていた(…)。 それが、後にエノス●全職員たちの語り草となる「噂のカップル」の誕生であった…。 *** 自分の部屋でようやく意識を取り戻した仙道も、ナニカ変わった夢を見ていたような気がするが、どこまでが現実でどこからが夢なんだかイマイチわからない。 それを確認しようものなら、今度こそ本当に息の根を止められそうで、恐ろしく怒り狂っている今の花道には確認することはどうしてもできなかった。 ただ、なんとなく… なんとなく花道がいつもよりやさしい気がする。 もちろん、非常に怒った様子なので、表情などは全然やさしくないどころか、時折般若か鬼のようにも見えるのだが(苦)。 それでも、仙道のために卵入りのおかゆを作ってくれて、ベッドの上で身体を起こしてくれて、スプーンに少しずつ取ってはふうふうしながら食べさせてくれた。 あまりのことに(←見返りナシ慣れ)、内心大興奮の仙道だったが、殺されそうなのでとりあえずその日は手は出さず、 頬を染めたまま大人しくおかゆをいただき、また静かに言われるままに素直にベッドに横になった。 「さ…桜木?」 恐る恐る仙道が声をかける。 「…んだよ」 花道がいつも以上にぶっきらぼうに、怒ったように返事をする。 それどころか決して仙道と目を合わせようとしない。 けれど… 決してこちらを見ないくせに、自分の横になっているスグそばにいてくれるのだ。 手を伸ばせば触れられる位置に身を寄せて。 でも触れた途端、遠くへ行かれてしまいそうで怖くて手が伸ばせない。 それでいて向けられた背が、肩が、むしろ仙道の腕を待っているようにも見えるのだ。 花道のそのやや火照ったように見えるうなじに、しびれるような切なさを感じながら、黙ってそのつれないうしろ姿を見つめていることしか仙道にはできなかった。 傷がひどいので熱が出たのだが、それすらもイタ気持ちイイような、ふわふわと夢か現かわからない、すべてが不思議な夢の中のようだった。 *** もう完全に日は落ち、夜空の下、ひっそりと静かな住宅街。 かすかに犬の遠吠えが聞こえる。 花道はあとどれくらいこの部屋にいてくれるのだろう。 傷の痛みではない甘い痛みが仙道の胸の奥で疼くが、切なくてとてもそれを口にすることが出来ない。 なんだかイロイロ大変だったような気もするが、 また行きたいな、江ノ島…。 うとうとしながら懲りずにそう思って、仙道はシアワセそうに目を閉じた。 FIN
|