2000年冬 厳寒の稚内・札幌 (1)


1: またまたなんでこんな時期に北海道!?

去年の12月に引き続いて、3年連続の冬の北海道。何を考えているんだこいつは、と思われるのも無理はないし、弁解する余地もない。

今回の経路は至って単純である。

12月10日(日):東京−(飛行機)−稚内(泊)
12月11日(月):稚内−(朝一番の特急)−札幌−(飛行機)−東京

稚内とは、北海道の最も北、つまり日本の最も北にある街である。

これを踏まえて、旅行記を書いていこうと思う。

なお、以下の地図(自作)をご覧になった上で読み進めると、理解が深まるはずである。

 

2: 羽田空港でのあれこれ

いつも、羽田空港へ行く時は遅刻しそうになるため、家を早めに出た。その結果、早く空港に到着することができた。11時過ぎの出発便だが、着いたのは10時。実に素晴らしかった。

しかし、そこへ待っていたのは厳しい現実(?)であった。

「天候調査の為、搭乗手続き中断中」

たしかに、当時の宗谷地方は吹雪だったらしい。しかし、午後には吹雪が強まると天気予報が言っていたので、遅延になったらアウトだと思った。飛行機が今日中に稚内に着かないと、計画全体がパーとなるからである。

しばらくして、事態は、少し改善した。

「飛行機は定刻に飛ぶが、天候の状況次第では旭川空港に着陸することも考えられる」

というものであった。
旭川から稚内、近いように見えるが列車で行けば4時間かかる。そうなると、稚内に着くのは夜。稚内に着いたら宿泊して、日本最北端・宗谷岬を見ずに朝一番の特急で帰ってしまうのである。つまり、何しに稚内まで行くのか分からない。

しばらくして、事態は、少し悪化した。

「飛行機は定刻に飛ぶが、天候の状況次第では旭川空港または新千歳空港に着陸することも考えられる」

代替飛行場が増えてしまった。旭川もヤバいということなのだろうか・・・
札幌に降ろされたら、その日のうちに稚内に到達することもできない。

とりあえず、搭乗口へ向かう。バス移動の搭乗口であった。雰囲気からして稚内市民が多かったように思える。

バスが飛行機の前に着けられ、地上に降りる。そこから機内へは、可動性階段(階段がついた特殊な車)を使っていくのだが、今回は乗客が多かったためか、階段が2つあった。ひとつは屋根つきの階段、そしてもう一つは、総理大臣が政府専用機に乗り込むときによく出てくる、屋根なしのやつであった。当然私は、後者を選ぶ。

階段を上りきたところで、下を見下ろして、出迎えの人々の声援に応える、、はずだったが、あいにく今日は観客はみんな体調が悪く、出迎えは無かったようだ。

 

乗る飛行機は全日空便。バーゲン運賃で2ヶ月前に買ったものなので、なんと1万円で行く。
しかし、バーゲン運賃の最終日のため、稚内へ帰る人が大半。稚内市民が多いのはこのため。

さて、離陸してから10分もしないうちに、雲、登場。この日は北海道に低気圧の中心があり、この先雲が切れることはなかった。

羽田から稚内までの実質飛行時間は95分。離陸後80分くらいして、「最終の着陸態勢に入る」とのアナウンス。この時間まで水平飛行を続けたということは、札幌・旭川に着陸することは事実上なくなったわけで、ひと安心。そして、低下を開始した。下が吹雪であり相当の揺れが予想されたが、難なく切り抜ける。そして、80分ぶりに地上を確認。稚内独特の、カブトムシの頭のような地形が眼下に広がる。もちろん、一面の雪。

午後1時10分、日本の最北の街へ無事着陸した。

 

↑ 稚内空港に到着。屋根を増設中(写真右)らしい。

 

その2へ続く