家紋に関して
| 家紋の由来 |
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| まる九字 |
下がり藤 |
まる九字 |
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| まる丸字 |
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天徳三年(959年)藤原常遠が鎮守府将軍の時、関東下野国
で乱が勃発し、これを平定したことを、村上天皇より「東国安泰」
より安東の名を賜ると同時に、それまでの藤原氏の紋「丸に藤」
を、旭の字を轉して「丸に九」の字を賜る。
「旭日の出現まで云々からの丸に九が起源である」
また、一方では上の墓石にあるようにまる丸字であり、漢字「旭」
のくずし字は九に点を右に打つにである。まる九と使い分けをして
いたようである。
豊後から豊前そして肥後へと移動した熊本安東氏の墓石熊本市
薬園町にある久本寺境内にある肥後細川藩の家臣の墓石にある
にも「丸に丸」が彫らている。このことは家紋の由緒を末代に継承し
ていった証であり「こだわり」あることが家紋の云われを知するが
ゆえであろう。
また、岡山の系図調査では一人者であられます清水さんの調査に
よりますと岡山県の土橋安東家で使用されている家紋は「まるに丸」
とのことです。
これには、非常に興味あることです。
今後、岡山の安東氏の情報を入手していきたいと思います。
しかし、中には江戸時代にこの「九」を「苦」に通ずることから、「藤」
に返った家系もあるようです。肥後の細川藩家中でも九曜紋から変
えた家系もあるというなかで、この家紋を継承しておられることは
大慶です。