矢先稲荷神社


松葉町の氏神様 矢先稲荷神社

拝殿天井の100枚の武者絵

縁起によると祭神は宇賀御魂命で、寛永19年(1642)第3代将軍家光が武術振興の為、京都三十三間堂を模し建立したとある。 「遠(通)し矢」(決められた時間にどれだだけ矢を通すかを競う)の矢場の先に祀られたことから、矢先稲荷と名付けられた。 三十三間堂はその後、元禄11年(1698)のいわゆる勅額火事で焼失し、再建されたところは深川であったが、神社だけは地元の要望でこの地に残り現在に至っている。深川.浅草の地名を冠して呼ぶのが通例となっている。



江戸時代の三十三間堂

【社宝】
社殿の格天井に100枚の武者絵がある。神代の神武天皇から昭和の西中尉まで、代表的人物の武者姿で武具、衣装は大変貴重な資料である。絵は画家の海老根駿堂(明治38年〜平成元年)によるものである。


神武天皇

日本武尊

源頼朝

乃木大将

【例祭】
6月第3土.日曜に、旧松葉町1町1社の祭りが行われる。厨房器具の商店が建ち並ぶ合羽橋道具街を本社神輿が渡御する。松葉町は八区に区切られ、松一、松二、三新会、五葉会、六新会、七冨久会、八笑会からなる。矢先神社前の五区三番に新門辰五郎の後継者が住んでいて、鳶職とともに「江戸木遣り友声会」を結成している。
昨年(平成12年)は神輿修理のため宮神輿は出なかった。それだけに今年は盛り上がっている。黒塗りの屋根に輝く金箔の神紋、ゆれる大鳥や珱珞(ようらく)、風鐸鉢(ふうたくばち)の音、息があった掛け声で「セイヤ!セイヤ!」


合羽橋道具街を渡御する矢先稲荷神社本社神輿


所在地 台東区松が谷2−14−1

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矢先稲荷神社、浅草三十三間堂、合羽橋,合羽橋通り、杉村 覚、松が谷、松葉町、台東区