昭和43年卒業で、唯一の田村先輩

 現在は、画壇で活躍され、名古屋近辺でも毎年個展を開いておられると聞いている
 インターネットに依ると

  田村勉 −春陽会会員−

テニスで鍛えた、若々しい田村先生。
10年毎年、個展をお願いした。毎日、5分でお弁当を食べ、会場では1日中立ったままで決して座らない。

と、紹介されていた


 (早飯は、当時のままか? 1回生は、自分が食べ、先輩の給仕をしなければならない。これが、癖になりこの癖は、上級生になっても抜けないので始末が悪い!!



平成20年10月18日に三重県鈴鹿市のスズカ画廊での再会

 17日夕刻に帰宅すると、お願いした写真とスズカ画廊での個展の案内状を同封されたいる郵便が、着いていました。案内状からは、「来い」とのメッセージが、先輩の顔と重なってひしひしと感じられました。もうひとつ、私にはある想いから「逢える人がいる機会が有るならば、行ける時には必ず逢いに出かけよう」と30年来誓っています

 先輩の読みでは、あいつの事だから案内状の意味を感じてきっと来るだろう。来るとすれば19日(日)だなとの読みだったそうですが、どっこい私は、18日(土)の午前中に訪れました


 そんな訳でなにも考えずにその夜「明日鈴鹿に行って来る」と言って出かける準備をして、18日にスズカ画廊さんに押し掛け、4時間も話込んで来ました(きっとお邪魔になっただろうと思いますが、懐かしさには勝てませんでした)
 偶然、近くに住んでいる2年まで部員だった「丹君」も来たので、男三人のカシマシイく当時の思いでに浸りました

田村先輩
 
くどいが、昭和43年度卒業の唯一部員でした
校舎のある丘の下の池を埋め立て、コートと部室ができた項と思う

フルオープンだが、腕は良く振れている手首の返しもしっかり出来ている

先輩に許可を頂きましたので、作品を独断で紹介させていただきます

      
アトリエにて(2008.10.13)               鉄線F10                コスモス              



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