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友へ贈るの詩


 ともだちってなんだろう

 一緒に笑ってくれる人

 一緒に泣いてくれる人


 仲間ってなんだろう

 並んで叱られてくれる人

 私を叱ってくれる人


 親友ってなんだろう

 絶対ケンカをしない人

 お互い許し合える人


 ともだちってなんだろう

 一緒に遊んでいたい人

 ずっと一緒にいたい人

 「がんばれ」って言いたくなる人

 応援していて欲しい人


 ともだちってなんだろう。



 ――『ともだちってなんだろう。』 著 作者 数学ノート 5p 2007








 三枝は目を見開いて、俺を見つめ返してきた。
 夕暮れに染まる顔。静まり返った教室で、彼女の息遣いだけが聞こえた。
「もう一回、言って」
「え?」
「もう一回!」
 感極まったように目に涙を浮かべ、俺にすがり寄ってくる。
 あまり、何度も口にしたくない。
「お願い……」
 ぎゅっと制服の裾を掴まれる。
 仕方なしに息を吸い込んで、気づいた。心臓の鼓動が聞こえる。俺の心臓だった。こんなにも俺の胸は高鳴っていたのか。
「――三枝」
 唾を飲み込んでみても、喉のつかえは収まらない。乾いた口から、それでも声を出す。
「お前のルート、カットで」





  友へ贈るの詩





 涙腺崩壊な三枝をなだめてすかして無駄だったから、とりあえずミカンを与えた。
「皮にリラクゼーション効果があるらしいぞ」
 捩じ込んでやる。
「にがっ!」
「それがいいんじゃないか?」
 柑橘汁を口から溢す三枝に、優しく噛んで含んで教えてやった。
「だってお前、全然理樹とくっつかねえんだもん。ぜってー脈ねーよ諦めろ」
「そんな殺生な!」
 もう食べ終わって涙目で抗議してくる。
「だってこれ何回目だよ。脱いでも無理だったじゃん」
「私だって心の傷を癒して貰いたいんだい! あわよくばネンゴロになってリア充気分を満喫したい!」
「それが無理だってんだよ」
「無理じゃない!」
「無理だ!」
「約束したじゃん!」
「何年前だよ! 覚えてねーよ時効だよ!」
 不毛な争いだった。
「なんでそんなに終わらせたいんデスカ?」
 再び涙目なのでミカンを再準備する。
「じゃあお前、鈴困らすネタ、代わりに考えてくれよ」
「そんなん無理、あの子不惑の貫禄だもん、ドラフト特集で山本昌二世って言われてたし」
「不惑ってか米寿も近いが。お前のせいだろ」
「転校とかさせればいいじゃん。転校させたんだっけ?」
「終わったよ。予定繰り上げたよ。カウンセラーの先生もびっくりだよ」
「もっとシッカリしてよ!」
「だからお前のせいだろ!」
 言い切るが早いか、教室の引き戸が開く。
「……あら? うふふ、お邪魔しちゃったかしら?」
 ついつい二人で固まってしまう。鈴が隙間から顔を出してにっこり微笑んでいた。
「鈴ちゃん……」
 ぐびりと三枝が唾を飲んだ。
「何の用だよ!」
 声を荒らげてみるが鈴は無視して、
「ごめんなさいね、気がつかなくって。お茶請けでもあれば良かったんだけれど」
「あ、いえ、お構い無く」
「うふふ、いつもきょーすけのカスと仲良くしてくれてありがとね」
「いいからもう出てってくれよ!」
「はいはい。それじゃ、あたしはこれで」
 三枝に会釈して、廊下に引っ込む。
「……エントリーシートは書いたの?」

 ピシャッ。

「無理だろ」
「いっそバス事故ばらしちゃったらどうですかね?」
「理樹とおんなじ墓に入れたら幸せって言ってたぜ、ってかそれお前やっぱ要らないじゃん」
「最近野球の勧誘以外じゃ全然話さないからよく分かんないんですが、理樹くんはどうなんですか?」
「鉄道模型に凝ってるよ」
「この歳でそれはドン引きですネ」
「だからもういいだろ、諦めろ」
「それとこれとは話が違う、理樹くんとネンゴロになりたい」
「だったらなんか考えろって。あいつらに一杯食わせてやれ」
「なんか私怨っポイですけどそうですね。あんまり酷いこと思い付かないんですが、例えばみんなしてやれば出来るよガンバレガンバレってのはどうでしょう」
「精神攻撃考えてどうすんだよ」
「じゃあ恭介さんが考えてよ!」
「俺は終わらせりゃいいんだよ」
「ゴメンナサイ、ミカン出さないで!」
 ふう。
「じゃ、じゃあ理樹クンを苦境に叩き込めば鈴ちゃんも困るんじゃないですかネ?」
「苦境?」
「イメージして下さい。イマジン。自分の愛する人が自傷、被害妄想、希死念慮」
「お前じゃん。ご両親に謝れ」
「そんな設定ないよ! 誰が謝るかバーカバーカ! ……あっ、あっ、ミカンらめえ!」
「いやあ似たような話ばっかで混同しちゃうんだよなあ」
 ぐりぐりぐり。
「だが理樹の苦境を鈴の苦境に置き換えるという発想はアリだ」
「でひょでひょ」
「なんか考えろ」
「そうですネ、では……」



  ◆



 休日の朝6時のことである。
「はろーリキー」
 庭木の手入れに精を出す理樹のもとにクドが歩み寄って行った。
「おはようクド。今日もいい朝だね」
 剪定バサミの手を止めて、首にかけた手ぬぐいで額の汗を拭う。
「ちょっとお時間よろしいですかー?」
 そう言ってクドがにぱッと笑う。


 草葉の陰的なポジションから二人を見守る。
「おお、自然自然。上手くやるじゃん」
「クド公使わせたらはるちんの右に出るものはいないですヨ」
 言いながら顔の前で忍術の印を結ぶ仕草をする。
「で、ここからどうすんだ?」
「まあ見てて下さい」


「理樹はなんで野球やってるんですか?」
「え? ははは、いきなり難しいことを訊くなあ」
 花壇の縁に腰掛けて、理樹は青空を見上げる。
「やっぱりさ、人っていうのは、鉄道みたいなものなんだよね」
「ほーほー。らいく・あ・あいあんろーど! ですね!」
「よく『他人の敷いたレールみたいな人生』って言うだろ? だけどね。僕はそんな人生が羨ましいと思うんだ。レールっていうのは鉄だから、温かかったら伸びるし、寒かったら縮む。でも、絶対に歪まない。それはね、沢山の人が技術や知識や、もちろん労力や、たくさんの実験、たくさんの時間をかけて、安全に電車が運転できるよう工夫しているからなんだよ」


「なげーからカットしろ」
「私に言わないで下さいヨ……」


「つまり駅から駅へ、ずっと繋がっていくものなんだな。鉄道っていうのは。人も同じさ。誰しもが駅だし、誰もが駅と駅とを繋いだレールなんだよ。僕は野球を通じてさ、みんなとのレールの繋がりを強くしたいと思ってるんだ」
 理樹は話し終え、照れたように笑った。
「つまらない話をしてしまったね」


「いいですかー。ここからこうやって……」


「でも私たちって卒業したらお別れですよね」
「え?」
「野球なんて糞長ったらしい球遊びじゃなくって、もっと建設的な交流法もあると思うのですが」
「あはは、確かにそうかもね」
「さっきの鉄道のお話も、駅じゃなくて新幹線とかの方が立派じゃないですか? 誰も褒めない何も産まない人生じゃないですか。不毛ですよ。大体今は航空機の時代です」
「……」
「みんなと仲良くするのが人生で一番大事って、何も作れないつまんない人生をコジつけて誤魔化してるだけなんじゃないですか?」


「てめえ!」
「ぶわっ! いきなりなにすんですか!」
「さっきから黙って訊いてりゃいい気になりやがって!」
「痛い! 痛い! 女の子殴ってなにが楽しい!」
「ちょ、恭介なにしてんのさ!?」
「理樹、お前も殴れ!」



  ◆



「さて、失敗したから次の作戦を考えよう」
「誰が失敗させたんだか」
「今日はザボンの一種を用意しました」
「でかっ!」
「果汁たっぷりで嬉しいだろ?」
「食べません!」
「なんならウナコーワクールでもいいんだぞ」
「すみません、考えます」
「大体あんなん成功するわけないだろ」
「誰が失敗させたんだが」
「おっ、これ皮ブ厚いぞ」
「すみません、考えます」
「それでいい」
「そうですネ……では非常手段なのですが、アレを使ってみましょう」
「あれ?」
「はい、こちらに悪名高いハンガリー政治警察が使っておりました自白剤があります。アモバルビタールナトリウムと呼ばれている薬剤なのですが、こちらとレセルピンを繰り返し投与致しますと」
「却下」
「なぜ!」
「自分の胸に聞いてみろ」
「むう」
「……ちなみにどうなるんだ?」
「精神障害が誘発します」
「追試してみようか?」
「ヤですヨ!」



  ◆



「そんなこんなで今回も終わってしまいました」
「ました」
「お前言っとくけどな、終わるたび俺は這いずり回ってるんだぜ」
「そうなの?」
「最近ガソリンタンクの修理を諦めた」
「わお、救急車呼べ!」
「これホントに燃えるか試していいか?」
「さっきから危険な遊び大好きですネ」
「そろそろ飽きたよ。早く終われよ。つーか理樹もいい加減気づけよ」
「ここではるちんの出番かっ!」
「もういいから押し倒すなりなんなりして終わってくれ」
「私のトラウマは!?」
「お前ネンゴロになれたら身も心も満足とか言ってたろ」
「一ヶ月前の話なんて覚えてませんヨ」
「じゃあお前のトラウマってなんだよ?」
「そりゃあれですよ、ホラ……それじゃ次はアレ行きましょう」
「おーおー、早くしろ」
「人は誰でも、もうひとつの人生を歩んでみたいと思うものです」
「残念な人生だったな」
「憐れむな!」
「まあそれで?」
「CIAの裏技に、新しい身分を保障するから遺書を書けというものが」
「殺してどうすんだよ」
「ですよね」
「そんなにスパイ好きか」
「恭介さんのレベルに合わせてあげてるんですよ」
「そんなにミカン好きか」
「もう恭介さんが鈴ちゃん襲えばトラウマになるんじゃないですかね?」
「だからなんで俺がやんなきゃいけないんだよ。お前がやれ」
「だって、怖いし……」
「ウザい上にメンドクサイ」
「酷い!」
「きょーすけさん、そんなこと言っちゃめっ、ですよ。はるちゃんに謝って下さい」
「小毬はいいよな、日がな一日菓子食うだけだし」
「そーだそーだ! ちっとは節制しろー!」
「もういいからポッキー食って寝ろ」
「このゴクツブシ! 減らないけど!」
「ふ、ふえええっ!?」



  ◆



「なんだってお前そんなトラウマ克服したいの? 十中八九死ぬんだが」
「理樹くんとネンゴロになりたい!」
「お前の精神が失調してるように見える」
「なんでそんな酷いこと言うんですか」
「いい加減疲れた……」
「二人でも幸せに暮らせるように。初心を忘れちゃダメですよ」
「ここからまた60年とか生きるのも憐れじゃないか」
「他人の幸せは測れません」
「お前が不幸なのは分かる」
「憐れむな!」
「で、なんか考えろよ」
「恭介さんの就職がなかなか決まらない」
「俺を苦しめてどうすんだよ」
「いやあ、鈴ちゃんの心労も相当だと思いますよ」
「そんなことないぞ」
「氷河期・高卒・危機感ナシ」
「黙れ!」
「とにかくやろうよ。ほら、さん、はい!」



  ◆



 6月頭の雨の降る日曜日だった。
「恭介くんを応援することはできません」
 進路指導の社会科教師はそう言って窓際に立ち、降り続く雨を眺めていた。ポケットの上から煙草の箱を二、三度なぞり、こちらへ向き直ると忌々しげにため息を吐いた。
「先生。なんとかなりませんか?」
 鈴の呟きが、静けさを縫って部屋に響いた。
「なんとか、と言われましてもねえ」
 教師はパイプ椅子に深く腰掛け、俺に胡乱な目を向ける。
「こう、本人に危機感がなくっちゃ」
「まあなんとかなりますよ」
 俺は答える。教師がまたヤニ臭いため息を吐く。
「こら恭介、真面目になさい!」
 鈴が俺の肩を小突く。
「なあ棗。現実問題として、お前このままじゃどうにもならんぞ。妹さんに心配かけて、恥ずかしくないのか」
「まあなんとかなりますよ」
 鈴が息を飲む音が聞こえた。分かっていても背筋が冷えた。
「この通り、私の方から言う事はありません」
 言い残して、教師は指導室を出て行く。
 鈴はしばらく立ち上がれないでいた。
 それから鈴は二日二晩泣き明かし、理樹は鈴の肩を支えながら、含みありげに俺を眺めるだけだった。

 お前らのためを思ってやってるのに!

 声に出せないフラストレーション。
 俺は漫画に没頭した。幸い漫画はタダで読めた。
 ある日のことであった。俺が部屋へ帰ると、どういう訳か鍵が開いていた。不穏なものを感じて、ドアを開く。入ってすぐ目に入る本棚が、全て空になっていた。目を真っ赤にした鈴が、部屋の中央に立っていた。
「お前のためを思ってやってるんだ」
 鈴は言った。
 気がつけば俺は、下駄箱の脇に立てかけられた靴べらを手に取り、鈴に振りかざしていた。
 それだけはダメだと思っていたのに。
 一度手を出してしまえば、あとは転がるようだった。鈴はニーソックスを履いて肌を露出しないようになった。
「あれあれ鈴ちゃん、ニーソックス派に転向ですか? やっぱニーソだよね! でもはるちんの先発明主義的既得権益は渡さんぞー!」
 三枝の言葉に、鈴は力無く笑うだけだった。
 鈴は一転大人しくなった。
「あたしが養ってやるから、恭介は遊んでていいぞ」
 その夜、俺は初めて鈴の顔を殴った。
 たまたま遊びに来ていて、止めに入った理樹も殴った。殴って殴って殴り続けた。こんなにも愛おしい二人を殴る、俺の心も痛んだ。フライパンのグリップを握る手のひらも痛かった。今まで俺の心も痛かった。だから二人も痛みを知るべきだと思った。殴って殴って殴り続けた。
 殴り疲れて、俺は言った。
「これがテメエらの人生だ! ざまあみろ!」
 翌日二人は俺の前に姿を見せなかった。
 二人は過酷に耐えかねて、ついに逃げ出してしまったのだった。



  ◆



「目論見通りでした」
「マジで殴ってましたよね」
「俺が二人を本気で殴ったりするわけないじゃん」
「信用できません、猫とか殺すの余裕ですし、てかこれダメじゃん! もうおしまいじゃん!」
「今気づくなよ。俺は今気づいたが」
「ダメじゃん!」
「まあいい、早いとこ終わろう、あとお金の問題突きつけて予定終わりだから」
「私のトラウマ!」
「もういいじゃん、真人とか謙吾とか最近見ないし、小毬とか太らないのをいいことに食っては惰眠をむさぼる人生だし」
「ふええっ、貪ってないよ〜」
「ウザいですネ」
「な、なんかふたりとも酷い〜」
「まあいいや、おまえのトラウマってなによ?」
「……親のこと」
「家庭の事情は家庭内で片付けろよ」
「そんな奴ばっかだから無理心中が!」
「ああ、はいはい。生き残れたらなんとかしてやるよ」
「そんな殺生な! はるちんのトラウマ! 解消! 小人さん!!」
「ああそうだ小毬、絵本書き直した方がいいんじゃないか?」
「ほえ?」
「小人の人数減らしとけ」
「んー?」
 小毬は唇に指を当てて考える。
「これでいいんじゃないでしょーか?」
「こまりんまで!」
「はるちゃん、もうずーっと楽しかったでしょ?」
「……うん。ずっと楽しかった。トラウマなんて忘れてましたヨ」
「真似すんな! 忘れてないよ! 忘れられるトラウマってなんだよ!」
「じゃあもう分かったよ……万一、生きて帰れたら俺が全部なんとかしてやんよ」
「さっきも言った!」
「不満か? だがもうどうにもならんぞ」
「……わかりましたよ! もういいですヨ! 実際私もどうせ覚えてませんよ! 半世紀前だぞ! 覚えてないよ!」
「うし、じゃあそういうことで」
「化けて出てやる!」
「世の中には化けて出たくても出られない連中がいっぱいいるんだぞ。あー、そう考えれば相当ラッキーだったな」
「私は不幸だ!」
「俺はラッキーだ。就活も仕事もしないで遊び放題だぜ」
「……まあ、この楽チン覚えちゃったら困りますよね」
「うんうん、私も食べて太るのやだ〜」
「いやあ、ラッキーだった。はっはっは」
「あっはっはっはっは」

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