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廊下でみたもの


 夜の校舎は薄暗く、肌寒い静けさに包まれています。
 日中の喧騒は欠片も残らず、どこか遠い場所へ持ち去られてしまったようでした。
 動くものはありません。
 ただ、晩秋の月の光を受けて、剣の切っ先だけが鈍く仄かに輝いています。
 舞は今日とてひとりきり、冷たい廊下に立っていました。息を殺して身じろぎもせず、魔物の姿を探していました。目がくらむほどに冷たく暗い、夜気の向こうを見据えています。
 しかし、この日は魔物も休みと見えて。
 舞は大きく息を吐き、剣を下ろして座り込みます。背中を壁にもたれさせ、ゆっくり身体をほぐします。
 舞はふと、廊下の端に目を向けました。ただ気まぐれに、そちらを見やっただけでした。
 魔物もいない深夜の学校。動くものなどありません。
 そのはずなのに。
 冷え込む夜気の向こう側、月の明かりも届かない、べたりとした暗がりの中。廊下の奥の曲がり角に、動くなにかがありました。
 舞は跳ね起き剣を取り、なにかに向けて駆け出します。夜もしじまも切り裂いて、なにかの背中に追いすがります。
 なにかは耳をぴょこぴょこ揺らし、廊下の角に消えていきます。
 月の綺麗な夜でした。



 なにかを追って角を曲がると、そこは教室でした。一年生の教室棟、一番奥の突き当たり。火災報知器の赤い光が、なにかの影を映していました。
 油断無く構えた剣を、いっそう強く握り締め、舞は歩みを進めます。舞の息が白くなります。
 夜露に濡れたリノリウムを踏むたびに、ぎゅ、ぎゅ、と耳障りな音が立ちます。魔物との度重なる戦いの中で、舞の上履きは常に何かとの軋轢に晒され、すり減らされていたのでした。一歩ずつ、確かめるようなすり足で、舞は教室の前に立ちます。
 いったい、あのなにかはなんなのでしょうか。人ではない。しかし、魔物でもない。そんなものが、この教室の中に居るのです。
 舞は自然、息を整えました。わずかに生まれた動悸を抑え、神経を研ぎ澄ませます。気を抜くことはできません。ぎゅ、と床を踏みしめて、教室の中へ入ります。
 教卓の横まで歩いたときでした。
 舞は、ひとつの異変に気付きます。
 ふい、と、緊張が緩みそうになります。生まれかけた空腹感を慌てて引っ込め、舞は再び五感を集中させます。
 教室の中ほどに立って、改めて周囲を見渡します。
 ここには、なにもいませんでした。
 なにかを追って来たはずが、しかしここには誰もいない。舞の居る教室は、昼間となにも変わらない、ただ明るさだけが抜け落ちた、普通の教室でした。舞を包む暗闇は、とつとつと、静謐な時間を流しています。なにかなど、どこにも居はしませんでした。
 手汗に濡れた剣を置き、真ん中の列の後ろ側、机の一つに腰掛けます。昼間ならピンク色をしていたはずの、水玉の折り畳み傘が脇に下がっていました。
 舞は首を傾げます。あの影は、もしかしたら見間違いだったのでしょうか。それとも、自分の気付かないうちに、あの影はこの袋小路から逃げおおせたというのでしょうか。窓を開ければ気付きます。廊下を歩けば、必ずなにか気配がするはずでした。
 考えていると、おなかの虫が鳴き出しました。

「川澄舞、先輩ですか?」

 唐突に、声がしました。教卓の向こう側でした。舞は剣を掴み、寝静まっていたはずの可哀想な机たちをなぎ倒しながら、教卓に突進します。
「私は、一年の天野美汐と申します」
 声は丁寧な自己紹介を始めました。舞はその喉元に、鋭いやいばを突きつけます。
「いくつか、お尋ねしても良いですか?」
 声は平然としていました。その声は地味めな顔立ちと、辛気臭いような癖っ毛と、いささか謙遜が過ぎるような背格好を持っていました。
 その背格好の上に、この学校の制服を羽織っています。リボンの色は分かりませんが、もしそんな背格好の彼女が上級学年だとすれば、そんな殺生なことはないでしょう。
「川澄先輩」
 美汐は言います。
「もし今、空からお菓子が降ってきたりすれば、素敵だと思いませんか?」
 舞は想像しようとしましたが、空腹のせいで集中できませんでした。糖分が足りていないのでしょうか。舞は剣を下ろして、とりあえず頷きました。
「分かりました。では、私がご馳走しましょう。少し下がってください」
 両手を組んで上を向き、美汐が何かを念じます。
 するとどうでしょう。天井が光り輝き、雨あられとお茶請け類が降ってくるではありませんか。
 のりせん揚げ餅ソフト煎餅、チーズおかきに梅せんべい……。
 包装もなにもないまま、ばらばらばらと床に直接積もっていきます。梅の香り、醤油の匂い、せんべい臭。そういった類の臭気が、底冷えするような秋の夜に立ち込めていきました。粉っぽいかすが舞の足元まで飛び散ってきます。明日、この教室はきっと使い物にならないことでしょう。
 立ち尽くしている舞を尻目に、美汐はひとりで山のお菓子をえり分けています。山の奥底、本来ならば万人にとって闇であるはずの場所から、美汐は次々とチーズおかきを引き込んでいきました。
 一通りの作業を終えて、美汐が舞に気がつきます。
「先輩もお一つどうぞ」
 空腹には勝てず、舞はチーズおかきを頬張りました。チーズの舌触りとおかきの歯ごたえがなんとも言えません。咀嚼するうち、上あごが荒れてきました。
「今、先輩は、束の間の奇跡の中にいるのですよ」
 そう言い残して、美汐は立ち去りました。舞は上のほうの汚れていなそうな揚げ餅を頬張りながら、その背を見送ろうとしました。
 しかしです。
 次の瞬間、舞は米菓の山を蹴り崩すことになりました。
 美汐の頭に――耳。
 あの「なにか」に生えていた、うさぎの耳です。
「待って!」
 舞の声も届かず、教室の引き戸が閉まります。一瞬遅れて廊下に飛び出すと、美汐はなんと窓の外、中庭のベンチに腰掛けていました。
 舞は廊下を駆け出します。揚げ餅の油で滑り、靴底はもう鳴りませんでした。



 月明かりに照らされるベンチには、二人の少女が座っていました。ひとりは流れるようなウェーブのロング、もう一人は、これと言って形容詞のつかないおかっぱをしていました。
 同じベンチに腰掛けて、お互い半分ずつ身体を捻り、向かい合っています。ウェーブがポーズをとり、おかっぱはスケッチブックを広げていました。
 舞は二人に近づき、美汐について尋ねます。
「うさぎの耳の女の子?」
 おかっぱは目を丸くして聞き返しました。
「ねえお姉ちゃん。なにか知らない?」
 話を振られたウェーブは、気だるそうに半眼になり、
「ねえ栞。早く描いてくれないと、お茶会に遅れちゃうんだけど」
 そう言って制服の胸元から、難儀そうにずるずると懐中時計を取り出しました。
「あと五分。それまでに終わらなかったら、あたしは行くわ」
 栞は困ったように、視線を舞とウェーブの間をさ迷わせます。
 それを見てウェーブは、ぼりぼりと後頭部を掻いて言いました。
「あのですね、川澄先輩。栞はまだ現実と虚構の区別が上手くついていないんですよ。あんまり変なことを言って混乱させないで下さい。――ねぇ、栞。さっきまであたしどんなポーズしてたっけ? ちょっとそれ貸して見せてよ」
 舞は二人の隣のベンチに座り、中庭を見渡しました。月の光に照らされて淡く輝く幻想的な世界と、それすら及ばぬ暗い闇。舞はその、目の眩むような深い闇を見つめ、うさぎの耳を追っていました。
「ちょっと。ポーズを見るだけなんだから。貸しなさいって」
 脇の方で、二人が言い争いをしているようでした。
 栞はスケッチブックを抱きかかえ、いやいやと首を振っています。
「えうー。起きないから奇跡っていうんですよー」
 しかし数十秒後、栞の必死の抵抗も虚しく、スケッチブックはウェーブの手に渡りました。
 栞のスケッチブック。そこには、夜空に描かれた大きな月と、その曙光を浴びる巨大な月見大福アイスが描かれていました。
 ウェーブは驚きに瞠目しました。そして擬音語が付くほどに拳を握り締めます。
「栞っ……!」
 ウェーブは荒い声で妹の名を呼びます。栞はびくりと肩を震わせ、俯いてしまいます。
 そして、数瞬の間。
 ウェーブはひしと妹を胸に抱き寄せ、そのおかっぱの頭を優しく撫ではじめました。
「栞。いつのまにか、こんなに上手になっていたのね。やっぱり貴女は、あたしの最高の妹よ」
 そう言って、妹を抱く手をさらにきつく締め上げます。
 そのまましばらく、栞は黙って抱きしめられていました。永い永い抱擁でした。
「お、お姉ちゃん……ちょっと、苦しい、よ……」
 掠れた声で、途切れ途切れになりながら栞は言います。恥ずかし紛れに、軽口を叩こうと声を絞り上げるのですが、そのほとんどは、嗚咽に変わってしまい。
「お姉ちゃん……おねえちゃん……っ」
 いつの間にか、辺りには雪が降り始めていました。月の明かりを反射して、雪片の一つ一つが、まるで無数のともしびのように輝きながら、きらきらと降り積もっていきます。悲鳴のような栞の嗚咽も、その雪に吸い込まれるようにして、少しずつ小さくなっていきました。
「さぁ……栞。続きを描いてしまいましょう。だんだん冷えてきたわ」
 ウェーブは目じりの涙を拭い落として、精一杯の笑顔を作り言いました。
「うん! 私、がんばるから!」
 意気込んでそう言ったのも束の間、栞は突然不安そうに表情を翳らせました。
「お姉ちゃん。お茶会の約束はどうするの?」
「そんなもの、知らないわ。あたしは、貴女が元気なら、それでいいのよ」
「で、でも、それじゃみんなに悪いよ……」
 栞は困ったように呟きます。
「そうだわ、あたしに良い考えがある!」
 ウェーブはベンチの上に丸まり、月見大福のポーズをとりながら言いました。
「そこのお方。どうか、あたしの代わりにお茶会に出てもらえませんでしょうか。なに、遠慮は要りませんとも」
 舞はいきなりのことに困ってしまいました。全く話の内容が見えてこないのですから。
 いつの間にか後ろに回りこんでいた栞が、うさぎのカチューシャを舞に着け、有無を言わさずその背を押します。
「それでは、よいお茶会を」
 遠くから栞の声がしました。



 場所は食堂に移ります。学食のカウンター前。舞を挟んでサイドに二人、計三人が並んでいます。舞に向かって左側、入り口の方には狐がいます。その反対には、どてらがいます。
「ふんふん、なるほどねー。そんなことがあったんですかー。香里ったら、横着なんだからー」
 どてらが船を漕ぎながら、その割りに明瞭な声で相槌を打ちました。どてらの前の食卓の上には、多彩多様な猫が並べられています。
「まったく、あんたも災難だったわねー」
 細長い花瓶のような器を飲むのに難儀しながら、狐も言います。狐の前には肉まんと、生地にぶどうの皮を練りこんだ肉まんが置かれています。
 舞がお茶会会場に到着してだいぶ時間が経ちました。先着の二人とも打ち解けて、楽しいお茶会が続きます。
「それにしても、遅いね、あゆちゃん」
 雑談と雑談の間、どてらが愚痴をこぼします。
「さぁ? またたい焼きでもパクッてんのかなー?」
「それにしたって、遅くない?」
「それじゃ、自分がパクられちゃったとか」
 狐は花瓶に入った葡萄酒をチロチロと舐めています。
「あゆちゃんに限って、そんなヘマはしないと思うけど……」
 どてらは今度は心配そうに呟いて、猫の一つに手を伸ばし、口に運びます。
 舞はその様子を眺めていると、どてらが気を回して、「あ、舞さんも味見します? おいしいですよ?」と言いましたが、舞は丁重に断りを入れます。
「うーん、残念」
 どてらはしゅんとうなだれました。長い髪がテーブルに落ちて、あやうくカップのなかに入りそうになります。
「ねー名雪ー。やっぱりそのカップ、飲みにくいんじゃない? 舞も困ってるよ?」
 横から狐が言いました。さきほど、酸っぱい葡萄肉まんにご用心(パック入り三個のうち、一つだけがとても酸っぱい肉まん。ときおり、このはずれが好きな変なのがいる)のはずれを引いて、不機嫌なのです。
「えー? そんなことないと思うな。わたしは飲みやすいし……」
 名雪は弁明しながら、手前のカップを持ち上げます。招き猫の形に掘られた樫の彫刻に持ち手をつけて、おなかの小判のところから内側をくりぬいて作られた、それはそれは高価なマグカップでした。
「ほかにも。なんでそんなにネコ型に拘るの? 動物なんてほかにもいっぱい居るじゃない。食器を猫の形にすることに、一体どんな意味があるっていうの?」
 狐の不機嫌が最高潮に達しようとしていました。
 そのときです。
「ごめんみんなー、遅くなっちゃったー」
 元気の良い能天気な声が真っ暗な食堂に響きます。入り口を見ると、薄ぼんやりと発光するカチューシャの少女が、バタバタと羽ばたくなにかをつれて中に入ってきました。
「もー、あゆちゃんったら、遅いよー」
「そうよー! あたしたちがどれだけ心配したと思ってるのよ。反省しなさい反省!」
 みんなが口々に不満を漏らします。
「うぐぅ……。ごめんって言ってるじゃない……」
 あゆは悲しそうに言いながら、元気の良い羽根リュックの紐をテーブルの足に括りつけます。羽リュックは悲哀に暮れてに、あるいは憤怒に駆られて、羽ばたいています。その勢いで僅かにテーブルが動くようですが、誰も気には留めませんでした。
「あれ? その人は?」
 ひと仕事終えた、という風に額の汗を手袋で拭うあゆが、今更のように舞を指差します。
「あ、こちらはねー。この学校の三年生の、川澄舞さん。今年の冬、祐一がくびったけになる人だよー」
「くびったけって?」
「しっぽり嵌りこんで抜き差しならなくなることだよー」
「ああ、なるほど。参考になったよ」
 にっこりと満面の笑みで答えます。
「舞さん、よろしくねっ!」
 握手を求めてきたので、舞は左手を差し出しました。
 しかし。
 どういうわけか、あゆの手は舞の手のひらではなく、手根骨の下、手首の辺りを掴んだのです。
 ――ぞわり。
 舞の背筋に悪寒が走ります。そのミトンの手袋は、まるで氷でも詰まっているかのように、まるで死に行く人間の手のように、冷たいものでした。
 舞は咄嗟にその手を振りほどくため、右手で左の指先を握りこみ、痴漢撃退の一テクニックを披露しようとしました。
「舞さんは動かないで」
 その声に、舞は竦みあがってしまいました。金縛りにあったように、四肢が言うことを聞かなくなりました。これが本当に、あのあゆの声なのでしょうか。背筋の凍りつくような、暗い声でした。
「ねえ名雪さん」
 あゆは眠りこけてる狐を一瞥し、それから舞を指差して、
「ゆういち、って、あの祐一くん? 名雪さんの永遠の従兄弟の?」
 瞬間。
 また船を漕いでいた名雪が、舞の視界から消失しました。
 立ち上がるとき、凄まじいまでの速度で椅子を跳ね上げ、その椅子を踏み台にし、跳躍。あゆたちを一息に跨ぎ、背面に移動する、普通であれば、奇襲と呼べるような代物ではとてもとてもありません。
 しかし。
 その薄暗さと己の発光ゆえ、あゆは視界が極端に制限されながら、名雪は後方にいるあゆの位置さえ捉えうる、という限定的状況に於いてあれば、必殺の一撃に繋がる一手でした。
 そのはずでした。
「ごめんね、名雪さん。ボク、一人じゃ自信なかったからさ」
 名雪は常に冷静であるつもりでした。挑発されてから正面攻撃の愚を踏むなどということはしませんでした。しかし、ほんの僅かに、怒りに理性を侵食された。
「はね、リュック……?」
 それきり、名雪の声はしませんでした。



「あなた、人間じゃない……?」
 舞の問いかけに、あゆはふふんと笑い、言い返します。
「やだなあ、もう。失礼しちゃうな。これでもボク、れっきとした普通の女の子だよ。ちょっと冷え性気味で手は冷たいけど。それに、子供っぽい子供っぽいってよく言われるけどさ、脱ぐとスタイル良いんだよ? 足なんかスラッとしててさ」
 そんな軽口冗談嘘八百を黙殺し、舞は毅然と言い放ちました。
「私を、元の世界に戻して欲しい」
 舞は闇を貫く視線を以て、あゆの赤い瞳を睨みつけます。あゆはすこしキョトンとしてから、唇に指をあて、また笑います。
「ああ、なんだ。そこまで気づかれちゃったのか」
 そう言って、あゆはやれやれとため息を吐きました。
「どこでばれたのかなぁ。全部うまくやってきたはずなのに。やっぱり、こういう異常に関する鼻は鋭いんだね」
 舞は既に感覚のない左手を諦め、右手で、腰に差した剣の柄を握り締めます。
「ああ、やめてやめて、舞さんとやりあうつもりは無いよ」
 しかし、舞の手首を握る左手は、よりいっそう圧力を増したようでした。
「ただ、ひとつお願いがあるんだ」
 可愛らしい声。おねだりするように、上目遣いに頬を染め、無垢無邪気を装いながら。
「舞さん。この世界、貰ってくれないかな? それで、僕の代わりにこの世界に居て欲しい。ボクは、この世界にいるわけに行かないんだよ。ボクは、一週間でも二週間でも、祐一くんと一緒に居たいんだよ。舞さん。この世界を見てよ。今は夜だけど、ちゃんと昼も来るしさ、日はまた昇るってやつだね。それにお菓子だって降って来る、絵は上手くなる、猫に囲まれながら肉まんだって食べられる、羽リュックだって生きている。それに――」
 真琴の穏やかな寝息が、暗い室内に響きます。
「ここでは、魔物を討つ必要なんてないんだよ? 誰もあなたのことを奇人扱いしない。誰とすり減らしあう必要もない。ここでは、望んだものが望んだ形で手に入るから」
 言い終えて、あゆは舞の目を見つめ返します。にわかに、あゆを包む光が、青白さを増していきます。
 舞は、どう返事したものか考えます。イチゴジャム入りロシアンティーで、糖分はばっちり脳に行き届いています。
 しかし、いざ考えようとして、舞は途方に暮れてしまいました。
 元の世界がいいのかどうか。この世界に居たいか、否か。答えなんて、一つしかありえないのですから。
「私は――魔物を討つ者だから」
 真琴が寝返りを打ちました。



 うっすらと目を開けると、辺りはまだ暗い夜に包まれていました。
 舞はゆっくり立ち上がり、辺りを見回します。なにかを見つけた、あの廊下でした。どうやら、夢を見ていたようです。
 あのなにかは、いったいなんだったのでしょうか。夢だと分かったこの瞬間も、その疑問は立ち消えません。もしかしたら、あれも魔物だったのでしょうか。舞が討つ類のものでない、別のなにかとか。
 舞は廊下の真ん中に立ち、窓の向こうを見上げます。煌々と輝く月の真ん中で、うさぎが餅を搗いていました。



 ……どうやら、朝のようだった。朝起きても、私は羽リュックにも月見大福にもなっていないらしく、安心して涙が出そうになる。
 どうやら、私は廊下に座って寝てしまったようだった。
「あ、舞。目が覚めた?」
 ……目は覚めた。しかし、お尻が痛くて起き上がる気力がない。
「舞、どこにもいないんだもん。心配しちゃったよ」
 私は黙る。何も、佐祐理に説明できることはない。
「……どうしたの? どこか、調子悪いとか?」
 佐祐理が心配そうに、私の顔を覗き込んでくる。佐祐理にそんな顔をさせるのが忍びなくて、私は半分、正直に答えることにする。
「……お尻が痛い」
 佐祐理はすこし面食らって、それから盛大な笑顔を浮かべる。
「あははーっ、よかったー。舞、風邪でも引いちゃったのかと思ったよ。見て、ほら」
 佐祐理の手を借りて起き上がる。佐祐理の指差す中庭には、一面純白、とはいかないまでも、はっきりと雪が積もっていた。

あとがき


 このSSは自動筆記を採用しました、と注釈すれば免罪符になるのではないかと思いましたが、深層意識の中でこんなことを考えているというほうがよっぽどアレなので注釈しませんでした。
 完成に向かうにつれて不安が募るSSっていうのも随分なものですが。
 タイトルの通り、「まほらば」単行本五巻「廊下でみたもの」をKanonでやってみようということです。
 ……でした。
 でしたが、この手の文章は、客観的に面白い面白くないを差し置いて、書いていて楽しいものでした。そういうことです。
 望み薄とは思いますが、もし楽しんでいただけたなら、ほっと胸を撫で下ろす所存です。

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