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理樹×鈴のためのマナー教室 ―麻雀死闘編―


 サクラサク、とは言うけれど、日本上空に居座った寒冷前線の影響で春はまだ先だった。桜のつぼみが冷たい雨に晒されていた。鈴がグダグダ言い出したので僕らは出かけず、インターネットで滞りなく合格を確かめ、恭介にメールを打った。
 その夜恭介は泣いた。
 突然押しかけてきたかと思うとダンボールの前で正座し、コップで出したコーラを呷った。嗚咽と、恭介の涙がダンボールを叩く音だけが部屋に響いた。
「まったくもって嘆かわしい」
 お代わりで出したコーラを飲み干し、恨みがましく僕を見る。
「ちょっとは喜んでくれていいと思うんだけど」
「お前らが努力した結果だったらな!」
 そんなことを言う。
 そりゃ僕が鈴に合わせた感もあるけれど、それにしたって言い過ぎだ。
 反論しようとする僕を手で制し、恭介は立ち上がった。
「こんなことではお前ら二人はやがてくる現実に絶望してしまう」
 きっぱりと言い切って真っ直ぐな目を僕に向けた。
「いやに意味不明な断定するね……不吉だし」
「お前たちは弱すぎる」
「やなことでもあったの? 聞くよ?」
「だが安心しろ。たった一時間で友達ができる魔法の遊戯を教えてやろう。お前ら二人に」
 僕の言葉をすべてスルーし、持ってきた黒い箱を取り出して、ダンボールの上に置いた。中からジャラジャラと音がした。
 恭介が箱を開け、白い駒を手に取った。どうやってるのか指先でくるりと回す。
 いや、これは駒じゃなくて――
「麻雀をしよう」
 竹製のマージャンパイだった。
「はぁ?」
 鈴はその言葉が理解できなかったようで怪訝な声をあげている。
「とうとうイカレタか、馬鹿兄貴」
「麻雀だよ」
 もう一度僕らの顔を見回し、そう告げた。
「麻雀をしよう」
 大事でもないのに二度言った。
「チーム名は――」
「きょーみない。ゴタクが済んだならもう行くぞ」
 立ち上がった鈴の手を、恭介がすごい勢いで掴む。
「こらこら鈴。どこへ行くつもりだ」
 瞬間、チッ、と。
 憎々しげな舌打ち。
 乱暴に恭介の手を振り解いた。
「明日も仕事だろ。はよ帰って寝ろ、ばーか」
 固まってしまった恭介をよそに、鈴は靴を履いてドアを開けた。一度半身になってこちらを向いて、
「行くぞ、理樹」
 そう言った。
 僕も慌てて後を追った。
 鈴は外で仁王立ちして待っていた。
「なんか、すまん。うちの馬鹿兄貴が」
「いやまあ、いつものことだから気にしてないけど」
 答えると鈴は控えめに笑って、廊下を歩き出す。
「やっとべんきょーから開放されたんだから、遊ぼう」
「え、でも、恭介は?」
 名前を出したとたん、鈴の顔が不快そうに歪んだ。
「ほっとけ、あんな馬鹿」
 そうは言っても、置いてきちゃうのは気が引けた。その場に立ち止まる。遅れて、先を行く鈴が振り返った。
 そしてため息。
「理樹は、合格して嬉しいだろ?」
「え? ――ああ、そりゃもちろん嬉しいけど」
「あたしも、また理樹と同じ学校に通えるようになって、嬉しかった」
 鈴はまた歩き出した。
「あたしら、頑張ったよな?」
 そう思ったらまた振り向いて、尋ねてくる。
 僕は猫断ちして(推薦のクドに世話を任せた)勉強していた鈴の姿を思い返して、はっきりと頷いた。
 鈴もまた満足そうに頷き、前を向いた。
「それが分からんやつは、もういい」
 鈴の声が寂しげに聞こえて、僕は鈴を見たけれど、顔は見えなかった。
 それから鈴は黙って歩いた。どうやら学食に向かっているらしい。夜中なのに学食には灯りがついていて、廊下まで人の話し声が聞こえた。
「あたしたちが嬉しいんだから、今日はお祝いだ」
 学食の入り口を開く。
 突然、パン、パン、と。
 たくさんのクラッカーが弾ける音がした。
 紙テープが顔にかかって、火薬の匂いがした。



「「「理樹くん、鈴ちゃん、合格おめでとー!」」」



 天井には紙のチェーンがぶら下がっていて、窓にはクリスマスに使うスノースプレーだろうか、大きく「おめでとう!!!」なんて書いてある。
 鈴は小毬さんやクドに抱きつかれて、僕は真人と謙吾に囲まれた。
「ふふふ、これでやっとみんなで遊べるわけか!」
 謙吾はそう言って僕の肩をバンバンと叩いた。
「服は?」
 尋ねると謙吾は意外そうな顔をした。
「ん? ああ、タキシードを持ってなかったんでな。今日はネクタイだけだ。気になったならすまん」
 ツッコミとか無駄な気がして僕は黙った。まさかお酒が入ってるわけでもあるまいに。
「おう謙吾っち! 理樹の肩独り占めすんなよ! 俺にも掴ませてくれ!」
 真人が横から割り込んでくる。当然のようにネクタイだった。
「もちろんだとも! 理樹の肩はみんなのものだ!」
「よっしゃあ! 絆スキップ、行くぞ!」
 二人に脇を固められる。
「よぉぉぉしっ! 神北! 俺たちは少し席を外すが、すぐ戻る! 先にやっててくれていいぞ! はーっはっはっは!」
「いやいや、多分二度と戻ってこれなくなるし、やめた方が……」
 言い切る前につま先が浮く。
「理樹。俺、この日のためにいっぱい筋トレしたんだぜ」
 熱っぽい目で見つめられる。
「さあ、出航だあっ!」
「おぉともーーーーっ!」
 叫んだ瞬間、バコンといい音がした。
 グラリと謙吾の巨体がよろめく。
 なにごとかと振り向くと鈴がワインドアップで振りかぶり、今まさに右腕がしなったところだった。
 今度は真人の眉間を正確に捉えた。
「うっさいぞ馬鹿ども」
 靴下の鈴がこっちにひょこひょこ歩いてきて、上履きを拾った。
「どれ。馬鹿どもも寝たことだし、そろそろ始めるとしようか」
 耳元で声がして振り向くと、いつのまに回り込まれたのだろう、来ヶ谷さんにがしっと腕を掴まれる。
「理樹くんを二人占めしようったってそうは問屋が卸さねえぞコンチクショウ!」
 反対側に葉留佳さん。
「なにするつもりなのさ?」
「え? 私らはただ理樹くんと楽しくお話したいだけですヨ!」
 葉留佳さん、顔に出るなあ。
 そんなことを思うと、マイクの電源が入って、トントン音が聞こえてきた。
「あー、テス、テス〜。本日は……あめだけど、明日は晴天なり!」
 小毬さんが無理やり言い切る。
「じゃあみんな、どんどん食べて飲んじゃいましょ〜!」
 おー! と賑やかな声が上がって、一斉に拍手。




 宴もたけなわ、僕は恭介のことが気になっていた。
 あとで色々言われても面倒だと思い、かといって鈴にグダグダ言われるのも面倒なので、トイレに行く振りをしながら駆け足で寮に戻った。
 部屋の鍵はもちろん開いていたけど、電気は消えていた。
 廊下の灯りが差し込んで、ダンボールの上に恭介のカバンが置き去りにされているのが見えた。
 一枚、走り書きのメモがあった。

『すまん、帰る。鈴によろしく』

 恭介、やっぱり忙しいんだろうか。
 あとでメールしよう。
 そう思って戻り際、マージャンパイと一緒に、別の大きな箱が置いてあるのに気づいた。開けてみると、色とりどりのケーキが入っていた。
 悪いことしたな、なんて思いながら、僕はそれを持ってみんなのところに戻った。
「馬鹿兄貴のことなんてほっとけって言ったろ」
 鈴はやっぱり不機嫌になった。
 でも小毬さんは、
「このケーキ屋さん、雑誌に載ってた! すごいおいしいんだって〜!」
 そう言って目を輝かせた。
「あ、私も知ってます! 並ばないと買えないんですよね!」
 みんなが喜んでいるのを見て、鈴も溜飲を下げたようだった。
 箱の中にはだいたい人数分の、いろいろな種類のケーキが入っていた。
「一人一つかな?」
「じゃーはるちんオレンジケーキ!」
 葉留佳さんが一番に手を伸ばして、オレンジの砂糖漬けが乗ったケーキを取った。
「私はモンブランを頂こうか」
 次は来ヶ谷さん。
「りんちゃんと理樹くんは、おそろいのいちごショートかな?」
「こまりちゃんは?」
「私は、生クリームだめだから、レアチーズケーキ貰おうかな」
「ではわたしは抹茶クリームケーキを」
「私はイチゴタルトをいただきます!」
「馬鹿どもはプリンでいいよな」
 ひとり一つ、気に入ったケーキを手に取る。これだけ人がいても、不思議と取り合いにはならなかった。
 全員にケーキが行き渡ったところで、僕は箱を覗き込んだ。
 他と比べて、見るからに安っぽいコーヒーゼリーがひとつ。
 保冷剤に囲まれて、ぽつんと取り残されていた。
 それを鈴も見つめていた。
「気の利かん奴だな」
 そしてぽつりと。
「料理とか、余るだろうが、あの馬鹿」





あとがき

 本邦初の選択肢形式を導入しました。

 本編もきりきり書きます。

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