もし魔法が使えるならば、あなたはなにがしたい? ソバカスのメアリーが、笑いながら私に問いかけてきた。 順調だった手が止まった。 私は、なにがしたいかな。 少し考えてみる。耳を澄ますと、シャーペンが紙の上を滑る音が聞こえた。窓の外には空が見えて、メアリーの瞳みたいに澄み渡っていた。 「おんぷちゃんおんぷちゃん」 小声で名前を呼ばれて、つんつん肩をつつかれた。隣を見ると、同じ吹奏楽部の木下さんが、苦笑いしながら教科書を指さした。 「ここ分かる?」 木下さんが見せたのは、もう私が解いた問題だった。ノートに和訳のメモを書いて簡単に解説する。木下さんは声には出さず、顔だけで「おー!」と驚いて見せたあと、 「ありがと、助かる〜」 と言って教科書を睨み出した。 だいじょうぶかな? 思ったけれど、私もまだ全部解きおわったわけじゃなかったから、また自分の教科書に目を落とした。 魔法が使えたら、私は。 答えを決めてシャーペンを手に取り、教科書の余白に筆記体を走らせる。 パン、と先生が手を叩く音が教室に響いた。 「じゃあ一人ずつ聞いてこうかな。今日は六月の……十日。16番、鈴木くん、答えてみて」 前の席の鈴木くんがびっくりしたように立つと、椅子が私の机にぶつかった。鈴木くんはちょっと振り返り、顔の前で申し訳なさそうに手を合わせた。私はシャーペンの頭を小さく振って、大丈夫だよ、と合図してみせる。 鈴木くんがたどたどしい日本語英語で答えると、先生は頷いて板書を始め、解説をする。一通り済むとまた教科書を持つ。 「次は後ろに行って瀬川さん。問3を問題から読んでみて」 「はい」 返事をして立ち上がる。 小学校のころからずっとやってる英会話。伊達にやってたわけじゃない。この問題も、できるだけ難しい構文を考えてみた。 おなかに力を込めて、精一杯きれいな発音を心がける。 もし魔法が使えるならば、私は―― 中学校生活は充実していた。 放課後になったら木下さんたちと音楽室へ行く。芸能人が集まる学校だから、部活動にはあんまり力が入ってないんじゃないか、なんて考えていたけど、入ってみるとそうじゃないことがわかった。どれみちゃんたちみたいな普通の子も多いし、部活動だって小学校のクラブとは比べられないくらい厳しく、充実していた。 廊下を歩いている途中、バイオリンの音が聞こえてきた。みんな顔を見合わせる。 「やっぱり早いね。私らも急いだほうがいいのかな?」 一人が言うけれど、授業が終わってすぐ来てるんだからどうしようもない。 扉の前。みんな並んで息を一度大きく吐いて、それから吸い込み、引き戸を開けた。 「おはようございます!」 頭を下げてあいさつをする。 バイオリンの音がやんだ。顔を上げると、部長さんはこっちを見て笑っていて、目が合うと「よろしくね」と言った。今度は一人ずつ、よろしくお願いします、と返した。 私たちが音楽準備室に入ると、またバイオリンの音色が始まった。 一年生の仕事はほとんど雑用だ。重くて持ち運べない楽器は準備室に置いてあって、それをみんなで慎重に運ぶ。そのころに先輩たちがやってきて、ちらほらパートごとに練習が始まる。準備室を空にして、音楽室に並べたり、他の練習場所の教室に置いて戻ると、みんな並んで腹筋をする。 「運動部みたいだよね」 と、不満を漏らす子もいた。私は楽器をやりたいんだぞ、と。 「まあまあ、夏からはすぐ吹かせてくれるらしいよ」 輪の中の一人がそんな風になだめながら、基礎練習に打ち込む。 それが終わると、それぞれの楽器を持って練習場所に行く。私のフルートは人数が少なくて、先輩たちに混じって音だしをする。細かく練習を見てもらえはするけれど、その分厳しかった。でも、日が経つごとに褒めてもらえる部分も増えた。部活動が楽しくなって、自分でも上手くなるのがわかって、基礎練習にも力が入った。 部活が終われば、すこし張ったおなかの筋肉をほぐしながら駐車場へ向かう。昇降口でみんなと別れて、裏に回ると広い駐車場がある。ママがそこで他のお母さんと立ち話をしていた。 私のことを見つけると、話を切り上げてこっちに歩いてくる。相手のお母さんも気づいて、お辞儀してきたので、私も頭を下げた。 「ご苦労さま、おんぷちゃん」 ママはそう言って車に乗り込んだ。私も助手席に座る。車が動き出して、私たちとおんなじような、お迎えの車のあいだを抜けて校門を出る。 車の中では、宿題と予習。英語はできるけれど、算数……じゃなくて数学は難しい。サボるとすぐついていけなくなりそうだった。スタジオにつくまでに、解き方がわからない問題をまとめてメモにしておく。 お仕事の休憩時間。メモを頼りに、メイクさんとか、スタッフの人に質問をする。みんなすごく親切で、「頑張ってるね」なんて言いながら、仕事の合間を縫って私に勉強を教えてくれた。 撮影が終わったら家に帰る。ゴールデンに間に合ったらパパ、ママと一緒にドラマを見る。自分が出た作品を観て演技のチェック。他のドラマでも演技の勉強をする。間に合わなかったら、録画テープにメモを添えて、オフの日に見る。 それからお風呂に入って、ベッドに寝転びながら友達とメールをする。魔法を使って会わなくても、離れてる人とお話ができるようになった。本当に便利。私の演技について、気づいたこととかを教えてもらって、また演技に工夫する。 昼間もオフなら、英会話の教室に通う。段々難しくなってきたけれど、これも世界に通用する女優になるためだから。 上手くやっていると思った。 ◆
学校が終わって、お迎えの車に乗ったとき、ママが一瞬私から目を逸らした。 そのとき、なにかあるな、と思った。 話してみると分かる。表情が暗い。声だってなんだか低い気がした。運転をしながら、いつもどおり撮影スケジュールや新しいお仕事のことを話すけれど、どこか歯切れが悪く感じた。 何かあるの? 聞こうと思った。スタジオに着くまで、車の中で何度も尋ねてみようと思った。 でもそのたび、考え直す。 ママが黙っているのは、今言う必要がないからだ。必要ならば話してくれるはずだから。私はこれからお仕事だ。余計なことは考えないで済むなら考えない方がいい。ママだってそう思っているから言わないのだろう。 ママの横顔を見る代わり、私は外の、まだ見慣れないビルや車のライトを眺めた。 控え室に入って、お仕事モード。つまんないことは忘れるに限る。 「今日の宿題、わかんないところある?」 私の髪を梳きながら、メイクさんが聞いてくる。笑顔を作って見せると、鏡の中の私は普段の私で、なんだか安心した。 「いえ、今日は数学なかったんで。大丈夫です」 「そーお? ところでこないだ教えたところ、合ってた? 実はちょっと自信ないんだよね〜」 「やだ、そうだったんですか? プリント提出しちゃって、まだ返ってきてませんよ」 「あはは。ごめんごめん。……ほんとごめん。もし間違ってたら、なんか奢ってあげるよ」 ファンデーション。マスカラ。薄い口紅。 ドアがノックされる。 ADさんが顔を覗かせるのが、鏡越しに見えた。 「おんぷちゃん、出番だよ」 「時間ピッタリね。はいできた」 椅子から飛び降りて、元気よく振り返る。 「はーい。今行きまーす!」 家に帰ってお風呂から上がると、リビングにパパとママが座っていて、二人一緒に私の顔を見た。察して、自分の席に座る。 パパがリモコンでテレビを消すと、電気がジリジリと音を立てているのが聞こえた。 しばらく二人は顔を見合わせて、ママが一つ咳をした。 「あのねおんぷちゃん。学校のことなんだけど」 学校のことなんだけど。そこでママは言葉を切った。 「ことなんだけど、じゃわからないわ。ねえママ、はっきり言ってよ」 私が言うと、ママはパパの顔を見た。 「ちゃんと話した方がいいよ」 「でも……」 ママが言い淀む。すると、パパは私に向き直って、テーブルに身を乗り出した。 「おんぷにね。お仕事の話がいっぱい来てるみたいなんだ」 「ええ。それで?」 「学校、しばらくお休みした方がいいんじゃないかな」 パパの言葉は、大体想像した通りだった。私はタオルで髪の水気を切りながら、できるだけ、素っ気なく答えた。 「今までだって、ちゃんとやってきたわ」 「今までとは違うお仕事なのよ」 ママが口を挟む。 「春から中学生になったおんぷちゃんにね、子役じゃない、もっといろんな演技をして欲しいって、たくさんの人が言ってくれてるの」 子役じゃない、役。 「こんなときのために、今の学校を選んだんでしょ?」 ママの言葉に、私は頷いた。 チャイドルから女優になるために。 いつか通らなきゃならない道なのは、十分知っていた。 「なんだ。それだけなの?」 二人はポカンと目を開いた。 「お仕事の方が大切に決まってるじゃない。どんなオファーが来てるか、教えてよ」 そう言うと、ママは目を輝かせて、 「はいはい! 今、持ってくるから、ちょっと待っててね!」 と部屋を出て行った。 パパは少し笑いながら、少し悲しそうな目をしていた。 「お友達とか、部活動とか……、楽しくないのかい?」 「もちろん楽しいわ。でも、それとこれとは話が別よ」 そうかい。おんぷが決めているなら、そうするべきだと思うよ。 パパはそう言って、今度はちゃんと笑った。 書類や台本を抱えたママが、ニコニコしながらリビングに入ってきた。 「ほら、あんまり撮影に時間がかからないのとか、東映映画とかからもお話が来てるのよ。無理しないで、ゆっくり選んでね」 ベッドに寝転びながら、天井を見つめた。 英会話。週二回。部活動。週四回。お仕事。週、十五時間くらい。学校が、これくらいの時間。 とても……全然、立ち行きそうになかった。 もう分かりきっていたことだから、なにも、思うことはなかった。 むしろ私は、私の決めたことが、正しいことを確かめて、安心して毛布を被った。 これからのお仕事は、全然知らない人たちとやることになる。それにもう子役じゃ通用しないんだ。甘えてなんていられない。いろいろ、下調べとかもしなきゃいけない。 忙しくなると思う。それでも、きっと楽しい。そう思う。 ◆
「しばらくお休みしようと思います。ご迷惑おかけします」 朝、職員室の真ん中で、私はできる限り深く頭をさげた。 たっぷり五秒。顔を上げる。 先生は腕組みして、私を見ていた。 「うん。お母さんからお話は伺ってます」 先生は少し背もたれを軋ませた。 「出席とか勉強のことは、課題を出しますので、それさえ提出してもらえれば、こちらで配慮します」 そう言ってもらえて、少し、気が楽になった。 「よろしくお願いします」 もう一度頭を下げる。 「でも、残念ね、瀬川さん」 え? と、私は先生を見た。 「せっかくクラスにも慣れてきて……吹奏楽も頑張ってるんでしょ? これから楽しくなるところだったのに」 「……はい。できるだけ、学校には来るようにします」 「それがいいね。あんまり無理しないよう、身体には気をつけて」 先生はそう言って、笑いかけてくれた。 それこそ無茶、無理なんだけどな。 少しだけそう思った。 職員室を出ると、教室には行かずに、そのまま駐車場へ向かった。ママが心配そうな顔で車に手をついていた。 「どうだった?」 「オッケーだって。宿題はいっぱい出るみたいだけど」 ほっ、とため息をついて、ママは運転席のドアを開けた。 「その分、お仕事頑張らないとね」 「もちろんじゃない。今までも手なんか抜いてなかったけどね」 「その調子で頑張ってね」 車が動き出す。校門を抜けるとすぐ角を曲がり、すぐ学校は建物の影に隠れてしまった。 これから向かうのはテレビ局だった。学校からはだいぶ距離があった。 私は後部座席に置いたままだったバッグを取って、中からケータイを取り出した。 すぐに新規メール作成画面を呼び出す。 宛先は、部長や、同じパートの先輩や、木下さんみたいな、クラスの吹奏楽部の友達。 件名……少し考える。 『お仕事でちょっと』 違う。削除する。 『部活動について』 削除。 『部活動のことで』 ……まあ、こんなところかな。 本文を打ち始める。お仕事が急に忙しくなったこと。とても部活には出ていられないということ。学校にはお休みを貰ったということ。 書いては消して、書いては消して。 やっと、短くてシンプルにまとまったとき、車がテレビ局の駐車場に入った。 「頑張ってね。たどたどしくてもいいから、自分の言葉で、はっきり言うのよ」 ママは私の肩を握って、背中をさすった。 扉の向こうから大勢の人たちの気配が感じられた。 「ひとつ、大人になったらけじめをつけなきゃいけないんだからね」 ママはまた念を押して、扉を開いた。カメラのフラッシュが一斉に焚かれて、思わず目を細めてしまった。 久しぶりに早い時間に家に帰った。 パソコンをチェックすると、未開封のファンメールがたくさん届いている。そのひとつひとつに目を通しているうち、夕方になった。 私はリビングに行って、ソファーに腰掛けながらテレビを点けた。ママも食器を洗うのをやめて隣に座った。 テレビの中では私が満面の笑顔を浮かべ、マイクに向けて話をしていた。 テレビの右隅に、大げさなテロップが浮かんでいた。 『国民的チャイドル・瀬川おんぷさん、芸能活動専念!?』 誰も専念だなんて言ってないのに。 私に向かって記者さんたちの質問が飛ぶ。 『いままでのような子役ではなく、大人なおんぷちゃん、に対して出演依頼が来ているそうですが』 「はい。詳しいことはお話できませんが、私をそう買ってくれた方がいることは確かです」 『東映映画がおんぷちゃんを起用したがっているって話を耳にしますが、どうなんでしょう』 「詳しいことはまだお話できません」 一言喋るたびに、フラッシュで画面が白く霞む。 『この決断は、中学校よりお仕事を優先する、ということですか?』 「いえ、もちろん学校の勉強も大切だと思っています。宿題もいっぱい出されちゃいましたし、サボれませんよ」 あはははは、と、みんなの愛想笑いが聞こえる。 『お友達や先生にはお話しましたか?』 「はい。先生には快く送り出していただけましたが、友達にはこれから話します」 『今回、芸能活動に専念する、と決めた経緯についてお聞かせ願えますか?』 「いえ、専念するわけではなく、あくまで比重を大きくしただけですので」 テレビの中のママが、記者さんに釘を刺していた。 「決断したのは、少しでもたくさん経験と練習を積んで、一日も早く世界に通用する女優と呼ばれるのが、私の夢だからです」 カメラが私の顔をズームアップして、映像はスタジオに切り替わった。 自分の出た番組は、たとえワイドショーでも全部チェックしている。 たぶん、今までで一番立派に答えられていたと思う。 テレビの中の私は、私がなりたいと願った、大女優の姿に近づいているんだろうか。 そんなことを考えた。 『批判もあることと思いますが、私は自分の目標を明確に持っていて偉いと思いますよ。国民的チャイドルというだけあって、ここまでのことが言えるのは同年代の女の子ではそうはいないでしょう』 白髪のコメンテーターさんが、私の記者会見を見ながら褒めてくれた。 この人の言うとおり、私は本当に立派だったと思う。 前みたいに、子供っぽいわがままさなんて、どこにもない。子供だから許される甘えも、ないと思う。大勢の大人に囲まれてよく答えられたと思う。 でも。 でも、ほんの少しだけ。 私はこんな風になりたかったんだっけ、という考えが、頭に浮かんで、取り去れなかった。 ポケットのケータイが震えた。開いてみると、一度にたくさんのメールが来ていた。学校の友達からだった。 『テレビみたよ』 そんなタイトルのメールばっかりだった。 少しうんざりして、ケータイをテーブルに投げ出して、テレビを見る。 『それでは恒例、町のグルメ特集、行きましょう! 今日はステーキ屋特集です!』 ステーキ。ステーキかあ。 きっとどれみちゃんも、このテレビを見ているかもしれない。私を見て、どれみちゃんはどう思っただろう? 聞いてみようという気には、なぜだかなれなかった。 『この店イチオシ! 完食すれば賞金三千円のジャンボステーキを見てみましょう』 ソファーに寝転がって、テレビを横目に眺める。 テレビからはナレーションが流れ続けている。カメラが漫然と店内を行き来して、お客さんを映していく。 今日はなんだか疲れた。ご飯の前に、少し眠ろうかな。 ウトウトまぶたが落ちかけたとき。 テレビの画面が、信じられないものを映した。 私は飛び起きて、テレビに近づいた。 頭に二つ、おだんごヘアー。 美空中学校のブレザー。 『ジャンボステーキを食べているのはなんと、女子中学生!?』 仰々しいナレーション。 『えーっ!? こんなの、食べられるのー!?』 女の子に、マイクが向けられた。 テレビ越しでも、間違うわけがなかった。 『とーっぜん! こんなのよゆーっすよ!』 ドンッ、と胸を叩いた女の子は、盛大にむせ返った。女の子のお母さんが不安そうにその姿を眺めていた。 『頼もしいやら不安やら……さてさて、CMのあと、女の子に負けじとリポーターの前にもあの極厚ジャンボステーキが!』 画面が切り替わった。 どれみちゃん……どう見ても食べきれないよ、それ。 どれみちゃんは全然変わってなくって、それがなんだかおかしくて、私は笑った。 無茶苦茶で、欲張りで、後先考えないで。 すごく子供っぽいなと思った。 思ってから、ふと、自分にもそんなときがあったんじゃないかという気がした。 それは私がチャイドルだったころのことだ。 自分の好きなことを全部、無理でもなんでも、がんばってがんばって、なんとかしようとしてたころ。好きだったら、がんばれば、なんでも全部できるんじゃないかと思ってたはずだ。どれみちゃんみたいに。 でももう私は、どれみちゃんみたいにはできなくなってしまったことに気づいた。 もう誰も私を甘えさせてはくれないんじゃないかと思った。一度大人として振舞って、けじめをつけてしまったら。素顔を晒すことが、もう二度とできなくなってしまったのだ。 私は早く大人になりたかったはずなのに。 フルートも友達も学校も、もうきっと、戻ってはこないのだ。それこそ、魔法でも使わない限りは。 大人になって、できないことばかり、できなくなったことばかりが目に付く気がした。 どういうわけか、悲しくないはずなのに泣きたくなってきた。どれみちゃんの声が聞きたいと思った。どれみちゃんの前で泣いてしまいたいと思った。 魔法が使いたいと思った。 また戻りたい、と。なんでもできたあのころに。 そして思い出したのは、ハナちゃんにお別れを告げたときのことだった。魔法なんて必要ないと気づいて、魔法を捨てた日のことだ。 私はどうすればいいんだろう。 ケータイがまた震えた。 受信メール、三件。すがるように、メールを探した。 暗くなった部屋。ケータイの画面が眩しかった。 『春風 どれみ』 真っ白な光の中に、その名前が浮かび上がっていた。 『ニュース観たよ』 『さすがおんぷちゃん! おっとなー! すごいカッコよかったよ!』 『あ、でもでもその番組、見ちゃダメだからねっ、ねっ!』 もしどれみちゃんが、私と同じことを考えたなら、どうするだろうと思った。 ――きっと、どれみちゃんなら。 想像をした。 どれみちゃんの、妙に抜けた声が聞こえてきた気がした。 そうだなー、あたしだったら―― テレビに、おなかをパンパンに張らしてなおステーキを食べるどれみちゃんの姿が映った。 思わず吹き出してしまった。 『食べきれないと自腹なんですよ〜!』 時計を持つ店長さんに哀願しながら、ステーキの切れを口に運んでいる。 きっとどれみちゃんなら、こう言うに違いない。 『ステーキがたくさん食べられるから、大人も悪くないよね』 みたいな。 無常にも、秒針が最後の半周を登り始める。 『う、おりゃあああああああ!!』 どれみちゃんの雄たけび。 濡れふきんでお皿を掴んで、脂身たっぷりのお肉を口の中に流し込んだ。 店長さんとリポーターさんが、ぽかんとどれみちゃんを見ていた。ハムスターみたいにほっぺたを膨らませるどれみちゃんに、ナレーションが大笑いしていた。私もおなかを抱えて笑った。 あとあとがきおジャ魔女SS二作目です。「ノンスタンダード おんぷのないしょ」の雰囲気を目指した……のですが。いろいろツッコミどころありそうですね。おお、もう。 |