文化祭まで残りわずか1週間しかなかった。

にもかかわらず、今年の吹奏楽部員の演奏といったら、全くなっていなかったのだ。

調和というものからはほど遠い演奏を、文化祭という舞台で披露出来るはずもない。

吹奏楽部顧問としての面目も立たない。

残り1週間、練習あるのみである。

いわんや、文化祭当日までの最後の日曜日に練習しないでどうする。

それが自分の誕生日だからといって、一体何であろうか。


そういう理由であった。

であるのに、目の前にいる彼女には何故それが理解出来ないのか?


「明日は の誕生日ですね!

日曜日だしゆっくり過ごせますよね。二人っきりで。ヘヘヘ。

わたし張り切ってごちそう作ります!リクエストがあったら何でも言って下さい。」

ウキウキした様子で話し続ける彼女に、きっぱりと明日は無理だと告げ、

その理由も述べた。

途端に彼女の顔が強張る。

「なんで……?」

「だから今言ったように……」

再び理由を述べるも、「なんで?」と問いを返される。

そして同じやり取りを何度も繰り返した。

要するに彼女が納得していないということだが、

彼女が納得するセリフを口にすることは出来ない。

欲しい言葉はわかっている。

「明日の日曜日は二人で一緒に過ごそう」

だが、それは無理なのだ。


何度も同じやり取りを繰り返すことに辟易し黙すると、

沈黙が部屋に重くのしかかった。

沈黙の中、突然立ち上がった彼女が、何も言わずに私のマンションから出て行った。

追うに追えず、私は深い溜息をひとつ吐いた。





ようやく、及第点を付けられるまでの演奏に辿り着いた。

右手に握った指揮棒を下げ、部員諸君に解散を告げる。

あからさまにホッとした空気を漂わせ、生徒達はそれぞれの楽器を下ろした。

今日は第3日曜日ではなかったが、

文化祭直前ということで、全員参加の態勢で臨ませていた。

ぐったりした様子で帰り支度をする生徒達に、

真っ直ぐ帰宅してよく休むようにと言い渡す。

時刻はもう21時に近かった。

完全な調和にはまだまだ到達していないが、

今日これ以上練習したところで成果は期待出来ない。

疲れをとり、また明日に懸ける。

残り5日。全力を尽くしかない。

私は音楽室の戸締まりをし、私物を置いている数学科教員室へと足を向けた。



自分が少々むきになっていることはわかっていた。

完全な調和を目指し、それに一歩でも近づく為に努力を怠らない。

それは無論必要なことであり、

今のままの演奏が到底人前で披露出来るものではないことも事実である。

ただ、

元生徒である彼女と付き合っていることが、いろいろ噂されていた。

同僚教師達の冷笑的な噂も二、三耳にした。


(最近の氷室先生、何だかたるんでるように見えるね……)

(課外授業の実施回数も減ったんじゃあないですか?)

(まあ、"女"が出来るとねぇ……。氷室先生も人の子だったというわけで。ハハハ)


確かに、私の生徒ではなくなり、別の時間帯で行動する恋人と会う日を合わせる為に

課外授業を実施しなかった時もあった。

だが、そんな噂をされるのは不愉快である。

これで文化祭で出来の悪い演奏を聞かせでもしたら、

『氷室先生は色ボケた』

などという不名誉極まりない汚名をそのまま拝受することになってしまうのだ。

そんなことは私のプライドが許さない。

彼女に憎まれようが部員達に恨まれようが、文化祭は必ず成功させてみせる。

そう決意したのだ。



数学科教員室の戸を開けると、正面の壁に掛けられた時計が目に入った。

21時をまわっている。今頃電話をしてもしょうがないだろう。

大体何を言ったらいいのかわからない。

昨日、怒って出て行った彼女の携帯に電話をかけたが、その機嫌は直らなかったのだ。

とっくに家に着いている頃合いを見計らってかけたというのに彼女はなかなか出ず、

何回かかけ続け、ようやく繋がったと思えば……


「はい…」

「俺だ」

「『俺』じゃわかりませんがぁ?」

「……氷室だ」

彼女の弟が傍らでこのやりとりをもれ聞いているのだろう。

『しょっぺー!』と言っている少年の声が受話口から聞こえてきた。

「氷室先生が元生徒に何の御用でしょうか?」

わざとらしく"先生"を付け、機嫌の悪さを明白に表している言に取り合わず、

「明日は無理だが、その次の日曜、13日はどうだ?

文化祭も終わり、ゆっくり過ごせる。君が望むなら一日中一緒にいよう」と申し出た。

「………………………」

押し黙る彼女。どう返答しようか考えているのだろう。


のお誕生日に会いたいんです……」

ようやく受話口から聞こえてきた言葉がそれだった。


同じことを何度繰り返せば気が済むのか。

「いい加減にしないか」

苛立ちを抑えきれず、つい口を吐いて出てしまった。

緊迫した空気を感じ「しまった」と思ったが、遅かった。

電話が切られる。

通話が終了した携帯電話を片手に、私は深くうなだれた。


誕生日に会わないからといって何だというのだ。

会いたくないわけではない。

これから二度と会えないわけでもない。

第一、今日は彼女の誕生日ではなく、私の誕生日ではないか。

何故それほど機嫌を損ねるのか理解不能だ。

だが、どうするか…………


こんな時間にかけてもしょうがないと思いつつ、

鞄から携帯電話を取り出した私は、だが、それを開くことも出来ずに握りしめたまま、

教員室の自分の机の前で突っ立っていた。

彼女に嫌われたままというのは忍びない。

このまま愛想を尽かされて、私から離れていってしまう可能性もある。

彼女を狙っている輩とて何人もいるのだ。

何とか機嫌を取りたいが、上手い言葉など考えつかない。

彼女を、失いたくない……………


突然、戸がノックされた。

まだ残っている部員がいたのか?それとも忘れ物か何かをして戻って来たのか?

足早に近づき、戸を開けた。


瞬間、時間が逆戻りしたかのような感覚が脳裡に立ち上った。

今は一年前の11月であり、

まだ私の生徒でしかない彼女が、ノートを携え私の許に訪れる。

いや、現下、目の前にいる彼女はノートを携えてはいない。だが……

8ヶ月前に卒業したはずのはばたき学園高等部の制服を着用し、そこに立っていた。

「………何故そんな格好をしている?」

一瞬の目眩の後、私はこめかみを抑えながら彼女に尋ねた。

「制服姿の方が楽に忍び込めると思ったので」

こともなげに言い、

そして、上履きまで持参してきた者に二の句が継げないでいる私の胸に、

ふわりと飛び込んできた。

彼女の背を抱き込みながら、押されるように椅子に腰を下ろす。

「ここは学園内だ…」

耳元にそう囁きながらも、

初冬の夜気に冷えたその身体を引き剥がすことは出来なかった。

正直、彼女が訪れてくれたことが嬉しかった。

あのまま、嫌われてしまいそうで怖かった。

私は腕の中の華奢な身体をいっそう強く抱きしめた。


彼女の甘い芳香が鼻腔をくすぐり、

密着している為、服の上からでも感じられる柔らかい感触に、

条件反射のごとく自身が勝手に反応してしまう。

まずい……そう思った矢先、

彼女の指が私の股上に触れ、ズボンのファスナーを勢いよく引き下げた。

「何をッ!」

その突然の行動に混乱する私を尻目に、床に膝をついた彼女は足の間にかがみ込み、

ファスナーを引き上げようとする私の指を押さえつける。

「こら!」

「ダメ!」

何がダメなんだ。

さらに開いた隙間に指を入れ、勃ち上がりかけているモノを外に出そうとする。

「ま、待ちなさいっ……」

混乱に恥ずかしさも手伝ってか、彼女の行動を上手く止めることが出来ず、

取り出された私のモノが、やにわに口に含まれるのを唖然と見下ろした。

「くッ……」

生温かい感触に自身が完全に勃ち上がる。

彼女が口を離し、私を見上げ、にこっと笑った。

「何を考えている!……どういうつもりだ?」

あまりの出来事に、どもりながら彼女を叱る。

が、今の自分の様ではどうにも格好がつかない。

「誕生日プレゼントですよ。 に喜んでもらいたくて」

シレッとしてそう答える。

「いくら何でも…」こんな行為をこんな場所でと言う私を無視し、

彼女の舌が今度は先端を舐める。

ぴちゃぴちゃという卑猥な音が狭い部屋に響いた。

「いい加減に……やめなさい」

肩を掴み引き離そうとしたのだが、思いのほか力が入らなかった。

「やめていいんですか?」

すでに収まりきらなくなっている私のソレに彼女の細い指が這う。

口調にも上目遣いに見る瞳にも、悪戯っぽいニュアンスが含まれていた。

そうか、嫌がらせなのだな。

私の職場であるはばたき学園でこのような行為をする。

しかもわざわざ制服まで着て、だ。

まったくたちの悪い……。

この行為が嫌がらせということなら、達したら私の負けということになる。

ならば断じて負けるわけにはいかない。


……勝負に置き換えることで、羞恥心を払い落とそうとしたのかもしれない。


挿し絵


再び彼女が私を銜え込む。

こんなことをされるのは、今日が初めてだった。

苦しそうに眉根を寄せ、小さな口をいっぱいに開け、私のモノを奥まで含む。

唇と舌の動きはぎこちないが、一所懸命でいじらしい。

この行為に途惑いを感じつつ、そんな彼女に愛しさが募る。

と同時に、快感の方も増してしまった。

大きくなったソレに、彼女が喉をグッと鳴らした。

目に涙が浮かび、開きっぱなしの口の端から垂れた唾液が顎まで伝っている。

それでもやめようとしない。

「もういい。もうやめなさい」

彼女の頭に手をのせ、停止を求める。

だが、彼女はいやいやをするように頭を横に振り、一際強く吸い付いてきた。

強烈な感覚に思わず腰が浮いた。

勝負は諦め、顔を動かしティッシュを探す。だが生憎、手の届く場所に無かった。

仕方がない、ハンカチを使用するしかあるまい。ポケットに手を伸ばす。

とにかく彼女の口の中に出すという最悪の事態は避けたかった。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼女は口と舌を動かし続けている。

まったく、誰に教わったのだか。それとも本ででも学習したのだろうか。

勉強熱心だからな……。

「もう充分だ。さあ、離しなさい」

彼女の両頬を優しく覆うように掴み、

射精寸前のソレに刺激を加えないよう取り出そうとしたのだが、

抵抗した彼女が顔を動かした拍子に、歯が裏側を擦った。

「うッ…」

その新しく加えられた刺激に耐えきれなかった。

腰が震えた次の瞬間、彼女の口の中に放ってしまった。


うっ……!」

むせ込む彼女の口からずるりと出されたモノは唾液で濡れそぼち、

先端からまだ飛び出ている白い液が、彼女の唇をも穢した。

「す、すまない!ここに吐き出しなさい」

手にしたハンカチを急いで彼女の口元に持っていく。

しかし、彼女は苦しそうにつかえながらも放たれた物を飲み下してしまった。

「ん…苦……」顔をしかめる。

「だから吐き出せと……!」

の……味?」


脱力のあまり、がくんと頭が落ちる。

どうしてこう、赤面させることを言ってのけるのかッ………。


濡れた口元と顎を拭いてやると、彼女はにこっと微笑んだ。

「気はすんだか?」

それに答えず、立ち上がると、私の膝の上にちょこんと乗り、

甘えるように頬を胸に寄せた。

「まったく君は……」

彼女の髪を指で梳きながら、私は溜息を吐いた。

「怒ってます?」

「呆れている。嫌がらせにしても酷いだろう」

暫くの間、ここに来るたび思い出してしまいそうだった。

学内であのような行為……。

休日の、こんな遅い時刻に誰か来るということはまずなかったであろうが、

それでも万が一ということもあった。

戸は閉まっていたが、鍵はかけていない。あんな場面を誰かに見られでもしたら、

色ボケたなどという笑い話ではすまなくなっていたところだ。

「だって、 が今日会えないなんて言うから……」

「だから来週にはと」

「今日は が生まれた大切な日なんですよ!来週とか他の日じゃダメなんです!」

何でわかってくれないのかと詰め寄られる。


彼女の思いが私の胸を熱くした。

彼女が、私を愛してくれているということが。

私を、大切に思ってくれているということが。


「ありがとう」

苦笑まじりに告げ、彼女の滑らかな額に唇を降ろす。


「お誕生日おめでとうございます。

綺麗な笑顔が贈られた。


〈ende〉


後書き

SS部屋に戻る