これぞワインのトンデモ本!!



トンデモ本』なる用語をご存知でしょうか?
珍説・奇説の入り乱れた書籍を網羅する古書マニアにして”と学会”の会員である藤倉珊氏の定義によれば

「著者が意図したものとは異なる視点から読んで楽しめるもの」

実際の『トンデモ本の世界(文庫版)』(洋泉社 2006年 762円)、『トンデモ本の逆襲(文庫版)』(洋泉社 2006年 762円)等を読むとこの言葉が何を意味しているのか、笑いとともに理解できます。

さて、本物のトンデモ本は誰が読んでも楽しめる(?)ものですが、ここは曲がりなりにもワインのホームページ。ブルゴーニュはフランス北部といった基礎的知識どころか、ワインに関して驚嘆すべき知識と経験を持つ人が数多く訪れる場所です。
そこでそんなワイン愛好家からみて、「明らかにおかしいだろ!」とツッコミどこ満載、しかも著者は大真面目に書いている素晴らしき”ワインのトンデモ本”を紹介しましょう。



〜これは野生ブドウ
      の解説書か?〜


                       永田 十蔵 
                       
『誰でもできる手づくりワイン』
農山漁村文化協会  1350円(税込) 初版 2006-01-20

いわゆる酒造り本というのは、違法行為のはずですがそれなりの数が出ています。このうち単にアルコール飲料を造るならば、ワインほど簡単に造れるものはないことは酒類の歴史からみても明らかでしょう。
これはそんなワイン造り本の一冊ですが、特筆すべき本であることは疑いありません。

著者である永田氏は福岡県で野生ブドウや西洋葡萄、ワイン作りの研究を行ってきたとプロフィールに書いてあり、後述するように野生ブドウへの造詣は深いものがあります。
永田氏は野生ブドウだけでなくワイン造りにも並外れた自信をもち、序文によれば「いわゆるワイン通がすすめるワインを飲んでみたところで、一向に美味なるものとは思われない。それどころか薬品臭くて頭痛を覚えることすらある(中略)かくなるうえは、自分でワインをつくってしまおう。」と思い立ち、さらに「ワイン専用種のブドウでワインをつくれば、ブランド品をしのぐものができる。」と超強気の発言まで飛び出します。まあ味覚はその人の問題なのでとやかくはいえませんが、ここまで言い切ってしまえるというのある意味偉大です。
ちなみに亜硫酸塩(亜硫酸)などの保存料、こういったものを添加しないのが正しいと主張するのはご想像どおり。


なおあらかじめ断っておきますが、この本で説明される発酵過程などの説明や手づくりワインのための醸造方法は、妥当なもの。本書の目的である、「自分の手でワインを造る」実用書として無価値などということはけしてありません。
ただ、随所随所に私たちのようなワインマニアが「?」と思う一言あり、しかも真面目に造っているワイナリーの方々に失礼じゃない?という発言が多いのが、この本の楽しいところ。

・ドンペリニョンは「白」ではなく「ロゼ」だが → いえ、どっちかというと「白」が一般的です
・マスカットの香りも高い(原文ママ)ブドウだが、ワインにするとこの高貴な香りは消失し、逆に悪臭とさえ感じられるものになってしまう。市販のものでマスカットのいい香りのするワインは、マスカットフレーバーが、添加されているのではなかろうか → 単純に自身の醸造技術上の問題では?

などというのは序の口。

コラムにおいてマゼランが世界一周に持っていったワインへの推論などは感動的ですらあります。氏は、マゼランが航海に持っていったワインはおそらくアルコール度数の高い頑強なワインであったに違いないが、当時はフォーティファイドワインはない。ならばそれはポルトガルのどこかの島で収穫された糖度が30度を越すブドウから造ったワインであることは容易に想像できる、と言い放ちます。さらに糖度が30度を越すというとワインマニアはありえないというが、貴腐ワインなどは40度を越すものもあるからまったく不思議ではない、と。

ブドウの糖度の問題で貴腐ワインとノーマルなスティルワインの糖度をいっしょくたに考える永田氏の発想は不思議そのものですが、この推論はそれ以前に致命的な欠陥を持っています。
マゼランは、ポルトガル王に見切りをつけスペインのカルロス一世(カール5世)に援助を受けたのは有名で、世界一周に際してはワインを持っていったのも事実でしょう。しかし、この推論を読むと何で同じ地中海性気候にあって比較的似たような品質のワインが収穫できるはずのスペインがわざわざポルトガルのワインを持たせたりしたのかという疑問が浮かびます。
著者の最大の誤解は酒精強化(フォーティファイド)の技術はマゼランの頃にはとっくに開発されていたことを知らなかった点。もちろんマゼランが持っていったのはシェリーです。産地であるヘレスでも「世界一周した初めてのワイン」としてそのことを喧伝しているのは、シェリーの解説書などには結構出てくること。永田氏も推論に推論を重ねる労力をもう少し史料を読み解く方に向けるべきだったでしょう。

なお他にも、ベリーAはワイン用葡萄なのにいつの間にか生食にまわされてしまい今では誰もワイン用葡萄であることに気づいていないとの勝手な思い込み。果皮には香味成分が多く含まれているのだから良心的なワインの作り手もこの事に気がついて白ワインの仕込みもやがて赤ワインと同じように醸して発酵するようになるだろう、という驚くべき未来予測も述べられています。

また「熟成」についても珍説が炸裂。
「熟成とは何か?」ということに確たる正解を誰も出すことは出来ないと永田氏は語ります。そのとおりで熟成のメカニズムはだいぶ分かってきたものの完全には解明されていないのは事実。が、続けての文章が凄い。

 以上のように、熟成とは、亜硫酸塩が抜けて飲みやすくなることをいうのではないか。これが私の解釈である」(こんなことを言うと、みんな怒るだろうなあ)。

・・・いえ、醸造家や愛好家のほとんどは怒らないでしょう。呆れるとは思いますが。
永田氏は推論しだすとほぼ100%結論がぶっ飛んだところにいくのですが、その中でもこれはなかなかヘビー。確かに亜硫酸を加えると熟成に時間はかかるようにはなりますけど。でも熟成という概念はワインの専売特許ではなく日本酒やら蒸留酒にもあるうえ、それらは亜硫酸なんか間違ってもいれてないんですが・・・。永田氏がうまい白ワインを造ると誉めていたニコラ=ジョリーもこの「熟成理論」を聞いたらどう思うのでしょう?



白ワイン・赤ワインからさらに続く醸造理論!

 赤ワインまでの醸造の説明が終わると、「あれ、ずいぶんページがあまってるな」と気づきます。ここから先は山ブドウと野生ブドウの話がはじまり、なんと総ページ数の4割強がこの話で埋まっているというボリューム。野生ブドウからワインを造る方法も丁寧に書いてあり、これはこれで勉強になるのですが、これ「誰でもできる手づくりワイン」の本だったような・・・。永田氏は原料は簡単に手に入るようなことを言っていますが、金額面と労力からみて原料の確保段階でいきなりきついワイン造りになりそうです。

この野生ブドウの素晴らしさを確信する永田氏は、健康によいとされるアントシアニン(色素成分の一種)がヤマブドウと野生ブドウがいかに多いかを表で解説していますが、10種類近いこうした野生品種とアントシアニンの量を比較されているのがデラウェアのみ!これでは「シャルドネはカベルネよりも色素が薄い」といってるのと変わりません。
また、貴重といえば貴重なこれらの野生ブドウによるワインのテイスティングなどもありますが、このへんにも面白いことが落っこちています。例えばシラガブドウというブドウから造ったワインはタクアン臭がするのでワインに向かないと言われていることに憤慨する著者は「タクアン臭などするはずがない」と断言。さて、そのワインのテイスティングコメントをみると「タクアン臭はするが、予想よりは少なく」と記載されてます。程度の問題とはいえ、自分で諸説にあることを立証してしまっているのに前文では全否定。不思議な文章です。

さらに熟成問題に次ぐ最大の爆弾発言もこの項に隠されていました。氏はヤマブドウの醸造工程で加水を行うことを推奨していますが、そこでまた余計な一言。

「(前略)に適量の水を加える。これは普通のワインつくりでは決してやらない。ヨーロッパのワインつくりでは、ブドウの色素や酸が加水に耐えられるほど濃くはないので、水を足すことなど考えもしない」

この方は本当に西洋品種の栽培を手がけているんでしょうか?ヨーロッパの黒ブドウは加水に耐えられないから加水しないのではなく、加水と補糖で水増しする不届き者が後を絶たなかったから、フランスでAOCという制度ができたという側面があるのは周知のこと。「考えもしない」どころか相当前から(多分、永田氏の生まれる以前から)行われていたはず。だいたい、ヤマブドウでワインを造っているワイナリーの方々も加水なんかしてないと思うんですが。


重要なことが抜けている!


さて、最後に最重要と思われるこの本の問題点、それは
「酒税や税務署について一言も書かれていない」
普通、書いたことに色々と茶々を入れるのがこの手の批評ですが、書いてないことを批評することになるとは・・・。
いわゆる素人用の酒造り本は、醸造酒どころか焼酎まで出ていますが、その中で個人醸造を認めない税務署への文句は書いてあっても、「許可のない個人醸造は違法」という認識が一定レベルであります。
が、この著書、どこを見渡してもそこへの言及がないのです。そのくせ、著者が適当なボトルに入ったワインを見たときに
「もしかして、これは密造酒?」と思われたが、ボトルのネックにはちゃんと納税証明ラベルがあった。
・・・その前にあなたの造っているのが、正真正銘の密造酒なんですけど。

しかし個人ホームページや同人誌ならともかく、あまり一般的でない野生ブドウの研究者に手づくりワインの本を書かせるというのはどういう経緯があったのかは謎です。
ちなみに私はもともとワインや酒類をそんなに健康的な飲料とは考えていないし、味に不平もないので、市販の「正しくない」ワインで満足です。



------------------------------------------------------------------------------------------

このように面白い本がありましたら、ぜひご推薦ください。
なお次回はワイン本の古典的迷著として名高い「ワインの常識」(岩波新書)を記載予定。お楽しみに。



最後にこのホームページが実は私が気づかないだけで「これらの著書に負けずにトンデモ」だったりしないことを心から祈ります。