北条ワイン醸造所
〜砂丘に立つ 孤高の大樹〜
外観

訪れた方はご存知でしょうが、鳥取県の海岸の国道9号線沿いはかなり内陸まで砂地で覆われています。道路のすぐ脇にあるタバコやらっきょうの畑の土壌は砂礫などという甘いものではなく、本当の砂。
見渡せばスプリンクラーが時間になると定期的に畑に水を撒く光景も見えます。正直言って、恵まれているとは言い難いそんな地域の一つに北条町があります。
この町の名を冠する、鳥取県唯一のワイナリー「北条ワイン」は、建物の看板こそワイナリーを主張していますが、細い路地に入り口のある洒落っ気とは縁遠い赤いトタン屋根の工場。およそ洗練された外観ではありません。
が、外観と中身が一致しないのはワイナリーではよくあること。そしてここもまたその好例なのです。
歴史
鳥取県に現存する唯一のワイナリー、それが北条ワインです。
その歴史を紐解くと、第二次世界大戦まで遡ってしまうほどに古い歴史を持っています。戦前・戦中に設立されたワイナリーは山梨県を除くと現存している数が少なく、中国地方では最古、西日本全体でも3番目の歴史を誇ります。

創業は銀行員であった山田定伝氏。山田氏が20歳の時に兵役検査を受けたところ、当時の兵士の選抜基準である「甲乙丙丁」の「丁」、つまり兵士として不適格とされました。その際、医師に心臓検査を受けたほうがよいと言われ、そこで名古屋の病院に行ったところ、待合室でたまたま知り合った酒造の人間と意気投合、誘いを受けてそのまま事務職として酒造で働くことになりました。それから10年後、年老いた母親の面倒をみるために酒造を退職し、鳥取に戻って農業を営んでいたのですが、そこへ軍需省から酒石酸を生産する工場の設立の話が入りました。
戦前から北条町は葡萄栽培がさかんであったため、このような計画が持ち上がったようです。常々、独立した事業を営みたいと考えていた山田氏は渡りに船と酒造免許を獲得し、銀行の融資を受けて1944年に「北条ワイン醸造所」を設立しました。
当時、北条町のほとんどの葡萄はこの醸造所に集められて、酒石酸を採るためにワインに加工されていきました。現社長の山田定広氏によると自宅の工場にはそうした葡萄(この時代に栽培されていたのは全て甲州)が山積みになっており、甘いものが乏しい時代だったためよく友達とこっそりつまみ食いをしていたそうです。

しかし山梨と違い地元消費がない悲しさで、戦争終結と同時にワイン醸造では生計が成り立たたなくなり、醤油、製麺、果ては牛の飼育と6〜7種類の多角経営でもって何とか北条ワイン醸造所の命脈をつなぐ苦しい経営を余儀なくされます。当時から甘味果実酒だけでなく、テーブルワイン (当時の生ブドー酒)も生産していたのですがごく一部のワイン愛好家が評価してくれるものの、売上げは芳しくなかったようです。しかし、大阪万博の開かれた1970年頃になると、徐々にワインは売れ始め、現在では地元に根強い消費者のいるワイナリーへと成長しています。

2代目社長である山田定広氏は1965年にワイナリー業務に携わっており、先代の遺業をさらに発展・拡大させることに成功しています。現在の生産本数は約13万本と、純国産ワインでは西日本でトップクラス。原料は自社畑の葡萄と、契約農家を通じて入手しています。その販売網は広く、県内にとどまらず隣県の各デパートや酒販店でも”ホージョーワイン”が陳列されている様子を見ることができます。
かなりスタンスがしっかりしており、ほぼ全てが食中酒として通用する辛口主体の本格ワインのうえ、地元で数多く栽培されていても生食用の品種からはワインを醸造しないといった姿勢を守っています。
あまり目立った2次産業がない北条町において貴重な醸造所ということもあってか、町のホームページにまで特産品として「北条ワイン」が掲載されており、その名を周辺地域に知らしめています。

3代目となる山田章弘氏はフランスで醸造・栽培を学んで帰国しており、ワインのさらなる品質向上に期待がかかります。

施設の概略

施設は事務所そのもので、来訪客を重視していないようです。訪問する際にあらかじめ連絡しておいたほうがよいでしょう。
なお、醸造所の前には自動販売機が置かれていますが、なんとこの自動販売機には缶ビールとともにフルボトルのワインが販売されています。価格はもちろん定価ですが、今のところワインを売っている自動販売機というのには出会ったことがない私には衝撃でした。考えてみると、こうして自動販売機で手軽に買えるワインが販売されているということは、地元に消費層があるということの証といえます。

醸造施設の見学は要相談。
ご好意ににより見学させていただいたので、レポートを記載します。

発酵タンクの置いてある工場はかなり古いものであることが歴然で、梁などもかなり年月を過ごした木製のもの。また、よくよくみると壁も漆喰で、まるで昔の蔵の中にいるような気分になります。醸造器具の多くも年月をかなり経ています。
樽や圧搾機の置いてある作業場は別棟で、施設の骨組みが全て木で出来ています。屋根も見事な総木造り。しかも、一見したところ、古くはありません。
新しいのも当たり前で、この作業場は現社長が経営に携わってから建設した作業場です。普通、現代において工場は鉄骨で造るのが当たり前なのですが、北条ワインは立地が海岸に近く潮風による影響を免れないことから、木製としました。機材にもかなり錆び対策を施しています。ただし、金額もその分上乗せされ安い買い物ではなかったそうですが・・・。
なんにしても、新旧ともども非常に味のある醸造場なので、もし足を踏み入れることを許可されたならじっくり見学させてもらいましょう。



外観  歴史  施設の概略  葡萄畑 テイスティング  購入方法  アクセス  管理人のワイン記録 
葡萄畑
ワイナリーから少し離れたところに自社畑が散在しています。まとめて大きな土地があるわけではないので、北条町のあちこちに畑があるのですが、その合計は4ヘクタールとなかなかの広さ。契約栽培の畑も北条町に15ヘクタールとかなりあり、北条ワインを支えています。

栽培品種は甲州、ベリーA、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、シャルドネ。甲州は全て棚栽培、赤白ヨーロッパ品種は垣根と棚の両方で栽培が行われています。生食用葡萄も周辺農家で生産されていますが、生食用品種からは目指すワインが造れないとの理由から北条ワインではいっさい使用されていません。

土壌は外観の項でも書きましたが、砂そのもの。北条町の地勢について調べたところ、海岸から1.3km内陸まで砂地だそうですから、誇張でなく砂の上にある町です。
言わずもがなですが、砂地は保水力がない、温度を地面に貯められないため昼夜の寒暖差が激しい、養分に乏しく微生物少なめといった特徴があります。
葡萄はかなり乾燥に強い植物なのは前知識として知っていますが、この厳しい環境でも元気に育っている姿を実際に見るとやはりその強靭さには驚かされます。また沿岸近くであることを考えると、意外に塩害にも強いのかもしれません。
山田社長によると砂地だと雨が多くてもどんどん排水してしまうので、水はけに限ればけしてワイン造りに不向きな土地ではないそうです。

栽培好適地かどうかは素人なのでわかりませんが、沿岸の砂地栽培の葡萄畑は世界的にみても珍しいので、ここの畑は必見です。
場所については社員の方に聞きましょう。

テイスティング
テイスティングはできませんが、ワインの販売は行っています。
使用品種は様々ですが、砂地で造っているだけあってかなり個性があります。
銘柄は多いのですが、もっとも高いものでも2300円程度、樽熟成のワインでも1300円と格安で販売されており、コストパフォーマンスにおいてかなり優れています。
全体にラベルセンスが良く、中には鳥取県の形を表現したラベルなどもあります。ただセンスに欠ける私は説明されるまでわからず、ユニークなラベルだな〜と感心していただけでしたが・・・(^_^;
この”顔”の良さなどをみると酒販店など売る側の人にとってもかなり良いワインではないかと思えます。
他、フルーツワインの梨ワインを少量生産しています。

どれもお奨めしたいところですが唯一、無添加ワインだけは、山田社長が「毎年、造るのを止めようと思っている」と言っていらっしゃたので、その前向きでない発言から判断するに、あまり購入はおすすめできません。
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事務所内の商品棚。全て販売されている銘柄で、その場で購入できます。
購入方法 
公式ホームページからの購入が可能です。他、県内の各種デパート、酒販店でもかなり販売されています。県外にも一部販売されており、中国地方の人であれば目にすることも多いでしょう。

ワイナリーアクセス
アクセスに関しては公式ホームページに掲載されているのでそちらを御参照下さい。


総論
あまりワイン雑誌にも掲載されず、ワインも中国地方以外ではあまり見かけることもないため、いまいち有名ではありませんが、実際はしっかりした品質のワインを造る実力派です。

ワインは総じて香りがしっかりとして複雑で、香りと比較すると特に赤ワインは薄いわけではないのにやや味わいがシンプルなように見受けられます。ある酒販店の方にうかがったところ、砂地のワインは香りはともかく、味わいが単純になる傾向があると言っていたのですが、飲んだ限りではこれが当てはまっているかもしれないと思わせるタイプのワインは確かにありました。
が、品質がけして低いわけではなく、値段から見た品質はかなり割に合っている、または「値段以上!」と思えるものもあります。全体に低価格でほとんどのワインが1000〜1500円以内、もっとも高い長期熟成の「砂丘」でも2300円と、リーズナブルという点では中国地方で一番と断言していいかもしれません。品質・価格ともに日常的に飲めるデイリーワインがそろっており、地元消費層が構築されているのも納得です。その中で適正な価格の長期熟成ワインも商品化しているなど、飲み頃などを意識したかなり良心的な販売方針も個人的には好感をもっています。
お買い得なので鳥取とその周辺の県に在住の方で北条ワインを飲んだことのない方は、この文章を読んだ後に必ず飲みましょう(^_^)

ただ、実際にワイナリーを訪れるとなると案内用の事務員などがいるわけではないので、ワイナリーを訪れる場合は要連絡です。
北条町は甲州の栽培以外に生食用葡萄の栽培や、梨やメロンなどの果樹栽培がさかんな行われている町なので、冬以外の時期であれば果物の購入などもできます。また、有名な鳥取砂丘も車で行けばすぐです。
ただ、観光どうの以前に日本、というより世界のワイン産地からみても珍しい環境にある醸造所なので、栽培に興味がある人や愛好家を自認する人ならば訪れたいワイナリーです。
この厳しい環境を見た後で飲む北条ワインの味はまた違ったものになるでしょう。
銘柄: 北条ワイン 樽熟 1998
生産元: 北条ワイン
価格: 1890円
使用品種: 甲州(鳥取県産100%)
備考 鳥取産甲州を100%使用。
色は濃いめの黄色で、生のパイナップルのみずみずしい香り、ローズとほのかな樽香を感じます。含み香は、やはり果物とほどよい樽の香り。味わいは辛口ですがドライというほどではなく、わずかな糖度と、意外にしっかりした旨味があります。また軽快な酸味があり、キレがあります。
樽の香りの付け方もワインの香りを邪魔しない程度に上手く調節され、酸味や香りの点においてもトータルバランスの高いワインです。
山梨の甲州とはあまり似ていませんが、品質においては山梨の甲州のレベルの高い醸造所に劣るものではないことは確かです。
熟成した甲州であることを加味すると、個人的にはお買い得と思えるワインです。
飲んだ日: 2004年11月28日
棚栽培の自社畑。写真では砂地かどうかわかりにくいですが、雑草の少なさに注目。
こちらは垣根栽培の畑。当日、雨が降っていたので画面が暗めなのは甘受してください。
社名  北条ワイン醸造所 / ホージョー・ワイン
住所 鳥取県東伯郡北条町松神608 電話番号 0858-36-2015
取寄せ オンラインショッピングあり HP http://www.hojyowine.jp/
自社畑あり 契約栽培畑あり ツアー等 訪問可(要相談・要連絡)
テイスティング不可
栽培品種 甲州、シャルドネ、カベルネ・ソーヴィニヨン、マスカットベリーA、メルロー 営業日 土日祝祭日 休業
営業時間:8:00〜17:00
★  2004年6月7日
備考:鳥取県産葡萄のみ使用、砂地栽培、ワインビネガー生産
銘柄: 北条ワイン 砂丘 赤 1997
生産元: 北条ワイン
価格: 2320円
使用品種: カベルネ・ソーヴィニヨン、マスカットベリーA
備考 自社畑のカベルネ・ソーヴィニヨンとマスカットベリーAをブレンドしたワイン。
雑誌「danchu」2004 12月号の座談会において”この価格でこの品質はスゴイ!”と絶賛されていた3本の赤ワインのうちの1本です。

枯葉、胡椒、チョコレート、といった熟成と樽による複雑で落ち着いた香りが主体です。
香りと比べるとかなり味わいがシンプルで長期熟成特有の深い複雑味などがあまりないように感じます。しかしワインには骨格があり、また滑るような喉越しはこの価格帯ではなかなか出会えません。余韻はやや短めで、やはり枯葉などの熟成香が主体のようです。
あまりマスカットベリーAの印象はなく、むしろカベルネの熟成感が目立つワインに仕上がっています。
私の文章には否定的なコメントが入っていますが、価格を考えるとだんぜんお買い得であることを最後に付け加えておきます。
飲んだ日: 2004年11月28日
北条ワイン前の自動販売機。左から2番目がフルボトルワインです。ビールと値段が全然違うのですぐわかります。
バスラン圧搾機と樽。樽熟成の銘柄が多いこともあって工場内には少なくない数の樽をみかけます