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前の卦=59風水渙 次の卦=61風沢中孚

60水沢節 すいたくせつ

「旧約聖書」モーセの出エジプト神話を構成する4卦(豊・旅・節・小過)のひとつ。詳細はコチラ。

 兌下坎上(だか かんじょう)

八卦の(だ)の上に、(かん)を重ねた形。

(せつ)は、節度、節目、といった意。
この卦は兌を沢とし、水を入れる容器とし、坎を水とすれば、水がコップなどの容器に入っている様子となる。
水を容器に入れるには、その量に限度がある。
例えばその容器で一定量の水を持ち運ぶとき、容器に入れる水が多過ぎれば溢れ、少な過ぎれば何度も運ばなければいけない。
節度ある丁度よい量にすることで、最も効率的に運べるものである。
だから、節と名付けられた。
また、交代生卦法によれば、もとは地天泰より来たものとする。
地天泰の六五の陰が下卦に来て三爻に居り、兌の主爻となり、代わりに九三の陽が上卦に往きて五爻に居り、坎の主爻となったのが、この水沢節である。
これは三爻にやってきた一陰が、兌の沢の池を治めて、適度に水を入れる様子である。
だから節と名付けられた。
そもそも地天泰は、乾坤が相対している卦であり、乾は純陽にして有余、坤は純陰にして不足を意味する。
したがって水沢節は、乾の有余の極の三の爻を減じて、坤の不足の中の五の爻に増したことになる。
これは、増すも減らすも、共に節に中(あた)り、程よい様子である。
だから節と名付けられた。
また、坎を険難とし、兌を悦ぶとすれば、険難のときに在っても、よく悦んで安んじている様子である。
節操のある君子ならば、このように余裕がなくてはいけない。
険難のときに慌てたり、自暴自棄になったりするのは小人である。
だから節と名付けられた。

 

卦辞

節亨、苦節不可貞、

節は亨(とお)る、苦節(くせつ)(かた)くする可(べ)からず、

節というのは、事物それぞれその分に安んじ、限度を知り、止まることを言う。
およそ天下万般のことは、よくその節に中(あた)るときには、亨通するものである。
だから、節は亨る、という。
また、成卦主の九五が、剛健中正の徳を得ているわけだが、これも亨るという所以である。
成卦主とは、その卦がその卦である所以の最も大事な爻のこと。
この水沢節の場合は、兌の器に入れる水の量の節度をもってその意が発生したのだから、その水の中心すなわち上卦坎の主爻である九五が、成卦の主爻なのである。
また、坎を険難とし、兌を悦ぶとすれば、険難の中で悦ぶ様子である。
険難に出遇っても、よく節の道を悦ぶという節操があるときには、これもまた亨るものである。
だから、節は亨る、という。

さて、節操、節約など、節とつく物事は、無条件によいことのようにも思えるものである。
しかし、その節の道を極めようとすれば、過激になってしまい、却ってよくない。
これでは、水を入れすぎてコップから溢れるようなものであり、これを苦節という。
そもそも節は、事物共に分限に安んじることである。
中を得ず、徒に節の度を過ごせば、却って節の本義に反することになる。
だから、苦節貞(かた)くする可からず、という。

貞には、貞正(ただしい)、貞固(かたい)、貞常(つね)という三種の意味がある。
貞正の意味で使われる場合が最も多いが、ここでは貞固の意味となる。

彖伝=原文と書き下しのみ

節、剛柔分、而剛得中、

(せつ)は、剛(ごう)(じゅう)(わ)かれ、剛(ごう)(ちゅう)を得(え)たり、

苦節、不可貞、其道竆也、

苦節(くせつ)、貞(かた)くす可(べ)からずとは、其(そ)の道(みち)(きゅう)すれば也(なり)

天地節、而四時成、節以制度、不傷財、不害民、

天地(てんち)(せっ)して、四時(しじ)(な)る、節(せつ)(も)って度(ど)を制(せい)し、財(ざい)を傷(そこ)なわず、民(たみ)を害(がい)せず、

 

象伝=原文と書き下しのみ

沢上有水、節、君子以制数度、議徳行、

(さわ)の上(うえ)に水(みず)が有(あ)るは、節(せつ)なり、君子(くんし)(も)って数度(すうど)を制(せい)し、徳行(とくぎょう)を議(はか)るべし、

爻辞

上六━ ━
九五━━━
六四━ ━
六三━ ━
九二━━━
初九━━━○

初九、不出戸庭、无咎、

初九(しょきゅう)、戸庭(こてい)をも出(い)でざれば、咎(とが)(な)し、

初九は節の始まりである。
陽爻にして陽の位に居て、正を得ているので、よく時の通塞進退を知り、正しく節を守れる者とする。
戸庭とは、人の出入り毎に、課ならば通る要路のことである。
その出入りの要路である戸庭にすら出ないとは、その履(ふ)み行うところを慎んで、妄りに出ない節度が有り、よく止まれる人とする。
だから、戸庭をも出でされば、咎无し、という。
また、初爻は、爻の象にしては、戸の位に当たるとともに、足の位である。
したがって、節に止まるの始めである義を教え諭しているのでもある。

上六━ ━
九五━━━
六四━ ━
六三━ ━
九二━━━○
初九━━━

九二、不出門庭、凶、

九二(きゅうじ)、門庭(もんてい)をも出(い)でざれば、凶(きょう)なり、

まず、初九の爻は、節の始めなので、正の位を得て以って節を守る義を善とする。
これは、初九が無位にして野に在るの爻の象位であることによる。
対するこの九二の爻は、剛中の才徳が有るとともに、臣の定位に居る。
これは、節に中(あた)るという義がある。
としても、尚も強いて門庭をも出ずに、節を高尚にして家に居るべきの位ではないし、時でもないし、道でもない。

そもそも君子の道は、出る時には出て仕え、退くぺき時には退き家に居て、黙すべき時には黙して言わず、語すべき時には便々として言うものである。
こういったことが、時宜に適中するを以って道とする。
要するに、君子は幾を見て為すべきことを為すのである。
もとより九二は臣の定位に居て、剛中の才徳を得ているのであって、君臣の大義としては、同徳を以って相応じて、臣としての節を尽くし、九五の君の国政を輔佐するべきである。

また、この卦の初九は、なお乾為天の卦の初九の潜竜のようなものである。
したがって、戸庭にも出ないのが時であり道なのであり、また節なのである。

対するこの九二は、乾為天の九二の見竜のようなものである。
出て仕えて才徳を現すのが、時であり、道であり、また節なのである。
だから、門庭をも出でざれば、凶なり、という。

節に固執して、出て仕えない時には、終にはその時を失うのである。
今、九二は速やかに往き、九五の君に応じ仕えれば、共に剛中なのを以って、必ず同徳相応じ相合して成功が有るのである。

上六━ ━
九五━━━
六四━ ━
六三━ ━○
九二━━━
初九━━━

六三、不節若、則嗟若、无咎、

六三(りくさん)、節若(せつじゃく)たらざれば、則(すなわ)ち嗟若(さじゃく)たらん、咎(とが)むること无(な)かれ、

節の時に当たって、六三は陰柔不中不正なので、その節操を固く正しくすることができない。
節するべき時に当たって、節することができないのである。
このようであれば、失敗して憂いを来たし、嘆くに至ることになるのである。
だから、節若たらざれば、則ち嗟若たらん、という。
節若とは、節を軽んじること、嗟若とは、嘆くことである。

今、六三が嗟若として嘆くとしても、それは己が不中正にして節の道を失ったからであって、自ら悔いて反省するべきことである。
誰かのせいではないので、他人を咎めるべきではない。
だから、咎むる无かれ、という。

なお、この爻の辞は、節若でなければ、物事は上手く行き、嗟若となることはない、と教えているという面もある。

上六━ ━
九五━━━
六四━ ━○
六三━ ━
九二━━━
初九━━━

六四、安節、亨、

六四(りくし)、節(せつ)に安(やす)んず、亨(とお)る、

六四の爻は、節の時に当たって柔正を得て、九五の君とは陰陽正しく比し承けている。
これは、節に安んじる者である。
上は君上に陰陽親しみ比し、内には自ら臣としての節に安んじる。
こうであれば、その道は亨通するものである。
だから、節に安んず、亨る、という。

上六━ ━
九五━━━○
六四━ ━
六三━ ━
九二━━━
初九━━━

九五、甘節、吉、往有尚、

九五(きゅうご)、節(せつ)に甘(あま)んず、吉(きち)なり、往(ゆ)けば尚(たっと)ばるること有(あ)り、

節の時に当たって、九五の爻は君の位に在って、剛健中正にして、よく自ら節制して楽しむ者である。
だから、節に甘んず、吉なり、という。
甘と楽とは同義である。
往くとは、為ること有るの義である。
九五の君位に在って、自ら節を楽しみ、その行実もまた節に中っている。
ここを以って、天下の節を制すのである。
これによって、天下の民は、九五を仰ぎ見て尊敬することが特に甚だしい。
だから、往けば尚ばるること有り、という。

上六━ ━○
九五━━━
六四━ ━
六三━ ━
九二━━━
初九━━━

上六、苦節、貞凶、悔亡、

上六(じょうりく)、節(せつ)に苦(くるし)めり、貞(かた)くすれば凶(きょう)なり、悔(く)い亡(ほろ)びん、

上六は節の卦の極に居り、その身は重陰不中である。
これは、節に過ぎている者である。
もとより君子の道は、節度節制節操がないといけない。
しかし節とは、本来は限りが有って止るの義にして、「ほどよい」という意である。
したがって、強いて節を過剰にする時は、節に善なる者ではない。
卦辞にも、苦節不可貞とあるが、これはこの上六の爻を指しているのである。
もし少しでも、節がほどよい加減を過ぎると、それは却って凶を取る道である。
だから、節に苦しめり、貞くすれば凶なり、という。
このことを弁えて、節を過剰にせず、ほどよいところに制する時には、節に苦しむような悔いに至ることはないものである。
だから、節に苦しむようなら悔い改めよ、という意味で、悔い亡びん、という。

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ここに書いているのは、江戸後期の名著、眞勢中州の『周易釈故』より抜粋し、現代語で意訳したものです。
漢字は原則として新字体で表記しています。
易の初歩的なことについては易学入門をご覧ください。
また、六十四卦それぞれの初心者向け解説は無料易占いのページをご覧ください。
占いながら各卦の意味がわかるようになっています。

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最終更新日:平成30年10月06日 学易有丘会
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