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最後の卦=64火水未済 次の卦=02坤為地

01乾為天 けんいてん

 

乾 乾下乾上(けんか けんじょう)

八卦の(けん)を重ねた形だから、乾(けん)と言う。
通称は乾為天。
同じ八卦を重ねた六十四卦は、計八つあるわけだが、それぞれ、その八卦と同じ名で呼ばれる。

乾とは、すこやか、かわかす、といった意味。
六本すべてが陽なので純陽であり、陽は、その性は剛、その徳は健やか、その体は円満、その用は進み動き、精粋盈実の至りであり、勉めて行うこと止まない徳がある。
従って、その陽の特質をもって乾と名付けられた。

 

卦辞

乾元亨、利貞、

乾は元(おおい)に亨(とお)る、貞(ただし)きに利(よろ)し、

卦辞(かじ)はまた彖辞(たんじ)とも言い、卦の意義を書いた文章で、周の文王作と伝わる。
その卦辞や、後に出て来る爻辞(こうじ)には、貞という文字がよく出てくるが、その場その場で意味合いに多少の違いがある。
易経の訳本の中には、「貞(てい)に利(り)あり」と、意味合いを考えずに、どんな場合でも、同じように貞(てい)と読み下すことも多い。
他の漢字についても同様の傾向があるようだ。
しかし、それでは、意味がすんなりとはわからない。
そんな中、江戸時代後期の名著、眞勢中州の『周易釈故』では、同じ漢字でもその時々の意味合いを汲んで読み方を変え、よりわかりやすくしようと試みたのだ。
これから書いて行くのは、その『周易釈故』に書かれている易経の解説を、現代語の翻訳である。
ただし江戸時代と現代では生活習慣や価値観の違いがあるので、単に翻訳しただけではわかりにくい場合もある。
そこでその違いを補うために、外国語を日本語に翻訳するときのように、言葉を補いつつ書いた。
言うなれば意訳といったところである。

さて、その意味を汲む際に、重要なポイントがある。
そのひとつが、貞の字の意味だ。
貞節、貞操などという言葉があるが、易経の中では、貞は三つの意味合いで使われる。
貞正=ただしい、貞常=つね、貞固=かたい、である。
前後の文脈、卦象との関係から、貞がこの三つのうちのどの意味合いで使われているのかを把握して読み解く。
そうすれば、すんなり読めるのだ。
この貞の意味を曖昧にするから、易は難解だ、ということにもなるのだ。

さて、陽の特質は、先に掲げたように剛健円満進動精粋盈実・・・である。
このようであれば、どんなことでも成し遂げらよう、だから、元いに亨る、と言う。
また、乾を天とし、君とし夫とし、坤を地とし、臣とし妻とする。
乾天は陽徳にして、率先して坤地に働きかけることだ。
その始めが雨だ。
天が地に雨を施し、地はその施しに従い、雨を承けることで草木百物が発生するのだ。
雨とは、人事について言えば仁であり愛情である。
上の者が下の者にまず愛情をかけることで、上下両者は心が通じる。
乾なる上の者が、下の者から愛情をかけられることを待っているようではいけない。
それでは、乾の道に反する。
乾の特性に従った貞正の行いをするべきである。
だから、元いに亨る、と言い放つのみではなく、貞しきに利ろし、と戒めているのだ。

彖伝=たんでん・卦辞(彖辞)の解説で孔子作と伝わる。内容はすでに書いたことの重複になるので、ここでは原文と書き下しのみとする。他卦についても同様。

大哉乾元、万物資始、乃統天、

(おお)いなる哉(かな)(けん)の元(げん)は、万物(ばんぶつ)(と)りて始(はじ)む、乃(すなわ)ち天(てん)を統(す)ぶ、

雲行雨施、品物流形、

(くも)(ゆ)き、雨(あめ)(ほどこ)し、品物(ひんぶつ)(かたち)を流(し)く、

乾道変化、各正性命、保合大和、乃利貞、

乾道(けんどう)変化(へんか)して、各(おのおの)性命(せいめい)を正(ただ)しくせり、大和(だいわ)を保合(ほごう)せんとならば、乃(すなわ)ち貞(ただ)しきに利(よ)ろし、

大哉乾乎、剛健中正純粋精、六爻発揮旁通情、

(おお)いなる哉(かな)(けん)なる乎(かな)、剛健(ごうけん)中正(ちゅうせい)純粋精(じゅんすいせい)、六爻(ろっこう)に発揮(はっき)して旁(あまね)く情(じょう)に通(つう)ぜり、

大明終始、六位時成、時乗六竜、以御天、

(おお)いに終始(しゅうし)を明(あき)らかにして、六位(りくい)(ここ)に成(な)れり、六竜(りくりょう)に乗(じょう)じて、以(も)って天(てん)に御(のっとりおさ)む、

首出庶物、万国咸寧、

庶物(しょぶつ)に首出(しゅしゅつ)して、万国(ばんこく)(ことごと)く寧(やす)し、

 

象伝=しょうでん・卦の象(しょう=形)の解説でまた大象とも呼ばれ、彖伝同様孔子作と伝わる。内容はすでに書いたことの重複になるので、ここでは原文と書き下しのみとする。他かについても同様。

天行乾、君子以自彊不息、

(てん)の行(ぎょう)は乾(けん)なり、君子(くんし)(も)って自(みずか)らを彊(つとめ)て息(やま)ず、

爻辞

上九━━━
九五━━━
九四━━━
九三━━━
九二━━━
初九━━━○

初九、潜竜 勿用、

初九(しょきゅう)、潜竜(せんりょう)なり、用(もち)いる勿(なか)れ、

爻辞(こうじ)はまた象辞(しょうじ)とも言い、卦中の爻(こう)の意義を書いた文章で、文王の子、周公旦の作と伝わる。

さて、その爻はそれぞれ、陽ならば九(きゅう)、陰ならば六(りく)という。
乾為天はすべて陽爻だから、どれも九と付く。

そもそも九とは、老陽の称である。
易は八卦の属性を数で表現するとき、少陽を七、少陰を八、老陰を六とし、老陽を九とする。
根拠は、陽を三、陰を二として計算することにある。
老陽は乾のことで、乾は陽三本で構成されているから、三+三+三で九、
少陽は(しん)(かん)(ごん)のことで、それぞれ陽一本に陰が二本だから、三+二+二で七、
少陰は(そん)(り)(だ)のことで、それぞれ陽二本に陰一本だから、三+三+二で八、
老陰は(こん)のことで、坤は陰三本で構成されているから、二+二+二で六、
ということである。
易は、陰極まって陽になり、陽極まって陰になると考える。
爻辞とは、簡単に言うとその爻が変化しようとしているときの対処を書いたものである。
したがって、陰陽それぞれが極まった老陽老陰の数の九、六を以って、その爻を呼ぶのである。

また、初というのは、最下が始まりだからである。
易の卦は、占うとき、下から積み上げて行くものだから、最初に得られるのは最下の爻である。
したがって最下を初と言い、上に向かって順に、二、三、四、五の爻とし、最上を上と言う。

竜は通常「りゅう」と読むが、正式には「りょう」と読む。
漢字の音読みには、漢音と呉音の別がある。
呉音は言わば方言であって、漢音が正式なのである。
しかしながら、日本には最初、呉音で漢字が入って来たことから、その呉音で読まれることが多い。
竜を「りゅう」と読むのも呉音であり、漢音では「りょう」となる。
江戸時代の一時期、易を初めとする中国古典は漢音で読むべきだ、とされたことがあった。
丁度、中州の時代である。
したがって、他の漢字も含め、音読みは呉音で慣れ親しんでいたとしても、敢えて漢音を用いるのである。
漢数字の六も、呉音では「ろく」だが、漢音では「りく」と読む。
なお、読みやすさ分りやすさを考慮して、ここでは呉音や慣用音で読むことにした字も一部にある。

さて、竜は陽物にして、大小自在に変化し、地に潜み、水に躍り、飛んで天に在るときは雲を起して雨を成す。
実に霊変不測の神物である。
また、乾は天であり、天の徳は雨をもって主とするのだが、その雨を自由に操るものこそ竜である。
だからこれを乾の卦の六爻に喩え、君子の徳に擬えたのである。
潜むとは、隠れ伏すということである。
六画卦における三才は、上爻と五爻を天位、四爻と三爻を人位、二爻と初爻を地位とする。
ただし初爻は地下の位でもある。
初九は、竜が地下に潜み隠れて、未だ地上に出ていないときである。
だから、潜竜という。
君子ならば、身を立て名を顕すのには、用いるべきではないときである。
だから、用いる勿れ、という。

なお、象伝=大象と同様、孔子の作と伝わる爻辞の解説を書いた象伝または爻伝、小象とも呼ばれる文章もあるのだが、内容が重複するだけなので、ここでは省略する。他卦についも同様。

上九━━━
九五━━━
九四━━━
九三━━━
九二━━━○
初九━━━

九二、見竜在田、利見大人、

九二(きゅうじ)、見竜(けんりょう)(でん)に在(あ)り、大人(たいじん)を見(み)るに利(よ)ろし、

九二は地上の位置である。
初九の潜竜が地上に現れたのである。
だから、見(あらわ)るる竜、という。
田とは地の上面にして、百穀を発生し、人命を養育し、功徳利益莫大な、よい土地の称である。
大人とは九五の爻を指す。
九五の爻は君の定位であり、二の爻は臣の定位である。
この卦は二五君臣の爻、ともに剛中の徳が有るを以って、同徳相応じているものとする。
およそ易は、陰陽相応じるを以って、相応じ相助けるのが通例である。
しかしこの卦は、二五ともに同じ陽剛にして、相応じ相助けるのである。
なぜなのか?
それは、この卦が乾の純陽剛健の卦であり、乾の円満進動の時を示しているからであり、爻を以って言えば、二五ともに剛中の徳が有る。
以上のことから、同徳を以って相応じ相助けるとするのである。
このように、両剛相応じているとするのは、他に山天大畜の九三と上九、沢水困の九二と九五、雷火豊の初九と九四、巽為風の九二と九五、兌為沢の初九と九四および九二と九五、風水渙の九二と九五、水沢節の九二と九五、風沢中孚の九二と九五などがある。

なお、この乾為天の九二の爻には、三才の義も具わっている。
見竜とは、天の時を得たことである。
在田とは、地の利を得たことである。
利見大人とは、人の和を得ることである。
およそ君子という者は、まず自分自身によく九二の如き才徳を具え、九二の如き時を得たならば、九五の如き目上の有徳有位の大人に会って、その徳業を天下に普く施すのがよろしいのである。
吉という字はないが、吉であることは明らかである。

上九━━━
九五━━━
九四━━━
九三━━━○
九二━━━
初九━━━

九三、君子終日乾乾、夕タ若、持ル咎、

九三(きゅうさん)、君子(くんし)終日(しゅうじつ)(つと)め乾(つと)む、夕(ゆう)べにタ若(てきじゃく)たれば、(あやう)けれども咎(とが)(な)し、

ここでの君子は、学者を指す。
この爻は三才に配すると人位である。
だから竜とは言わず、君子と称する。
乾乾とは、健々というが如く、勉めて止まない様子である。
夕は夕方だけを指すのではなく、終夜=夜を徹してということであり、終日に対しての言葉である。
タ若とは、畏れ敬い慎むことである。
この爻は、陽剛を以って陽位に居て正を得ている。
その上、内卦の極位に在って、進むことに尖鋭な者である。
したがって、終日勉め努めて休むことない様子である。
だから、君子終日乾乾、という。
しかし、この爻は過剛不中である上に、内卦外卦の改革遷転の位置であり、人位改革の危き地である。
気ばかり焦り、徒に上を狙う傾向がある。
したがって、そういう過失がないように畏れ敬い慎み、常に反省を心がけるべきだとして、夕べにタ若たれば、獅、けれども咎无し、という。

上九━━━
九五━━━
九四━━━○
九三━━━
九二━━━
初九━━━

九四、或躍、在淵无咎、

九四(きゅうし)、或(ある)いは躍(おど)る、淵(ふち)に在(あ)れば咎(とが)(な)し、

この爻に竜と言わないのは、三爻と同じ人位だからである。
そしてこの九四は、陽爻にして陰位に居るわけだが、陽爻であることから進もうとし、陰位であることから退こうと思い止まる。
進むもうとするときは、まず足を上げるものである。
しかし、思い止まって退こうとすれば、その足を下げる。
躍るというのは、進もうとして足を上げ、退こうと思い止まってその場に足を下ろすことである。
したがって、或いは躍る、というのは、進もうとして思いとどまる、ということである。
或いは、というのは、決断がつかない様子である。
もし、進めば、忽ちに九五の君の位を犯し凌ぐことになり、そんなことをすれば咎有りとなる。
だから退いて、淵に安んじ守ることがよい。
そうすれば咎は无い。
淵というのは、水の深いところであって、竜が安んずるところである。
爻辞では、直接に竜とは言わないが、竜を想定しているから淵に在れば、という言葉になるのである。
初爻は、未だ仕えない時、二爻は出て仕えるとき、三爻は仕えて公事に努め励む時、この四爻は人臣の極位にして威厳富貴殆ど君の位に迫る時である。
だからこそ、これ以上進もうとすれば君上から咎められ、退き安んじていれば咎は无いのである。

上九━━━
九五━━━○
九四━━━
九三━━━
九二━━━
初九━━━

九五、飛竜在天、利見大人、

九五(きゅうご)、飛竜(ひりょう)在天(ざいてん)、大人(たいじん)を見(み)るに利(よ)ろし、

飛とは、地を離れて天を行くことであり、五爻は天位だから、そうあるのである。
竜が飛んで天に在るときは、よく雲を起こし雨を成す徳がある。
もとより天の徳は、雨を成すことを以って第一の功とする。
河図の天一の水というのも、要するに雨のことである。
万物の中で、よく天に代わって雨を成すのは竜より他にはない。
だからこの乾為天に竜を擬えたのである。
しかし、潜む〜躍るといったときには、未だ雨を成すことはできない。
この九五の時を得て、初めて天を飛び、雨を施すことができるのである。
これは、聖人位に在って、雨を仁とし、よく仁の恩恵を世の中に溢れさせることの比喩である。
だから、飛竜在天、という。
飛ぶというのは、その時を得、その勢いを得た、ということである。
このときの九五の君がするべきことは、九二のような剛中の才徳がある君子を、挙げ用いることである。
大人というのは、その自分より下にある九二の君子の賢者を指す。
だから、大人を見るに利ろし、という。
大人とは、本来は五爻の君子を指す言葉だが、位が下だからと見下すのではなく、才能がある者は自分と同等だと考えるのが、仁の君主だから、敢えて九二を指して大人と言ったのである。

上九━━━○
九五━━━
九四━━━
九三━━━
九二━━━
初九━━━

上九、亢竜有悔、

上九(じょうきゅう)、亢竜(こうりゅう)なれば悔(く)い有(あ)り、

亢とは進み上がることの過極な様子である。
上九は陽剛にして、乾の健やかにして進むの卦極に居て、退き守る道を知らず、尚も進もうとしているときである。
だから、亢竜、という。
およそ、進むことだけを知り、退くことを知らない者は、いつか必ず失敗して後悔するものである。
だから、亢竜ならば悔い有り、と戒めているのである。
と同時に、亢竜の如くにせず、退き守れば、悔いるようなことはない、という教訓も込められているのである。

上九━━━○
九五━━━○
九四━━━○
九三━━━○
九二━━━○
初九━━━○

用九、見群竜、无首吉、

用九(ようきゅう)、見(あら)われたる群竜(ぐんりょう)なり、首(かしら)(な)きがごとくにすれば吉なり、

用九とは、本筮法や中筮法で占い得たとき、すべての爻が老陽すなわち爻卦が乾のときをいう。
なお、略筮法で占うときには、この用九の爻辞は使う機会がない。

さて、この用九は、全爻計六竜が群がり動いて現れ出て、それぞれ雲を起こし、雨を作(な)す勢いである。
こんなに勢いが強く盛んなのはよくない。
自重して、恐れ慎み退き守るべきである。
そもそも竜の威猛の勢いは首(かしら)=に在る。
今、六爻が全部変じて坤の柔順となれば、群竜の威猛盛んだった者が、忽ちに首を隠して順徳を守る様子となる。
人間も、この群竜の威猛強盛なときの如くの状況に出遇ったら、速やかに天道に則り習い、竜が首を隠すように、坤の柔順の徳に退き守るのが吉である、との教えである。
だから、見われたる群竜、首无きがごとくにすれば吉、という。

最後の卦=64火水未済 次の卦=02坤為地

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01.乾為天 02.坤為地 03.水雷屯 04.山水蒙 05.水天需 06.天水訟 07.地水師 08.水地比 09.風天小畜 10.天沢履 11.地天泰 12.天地否 13.天火同人 14.火天大有 15.地山謙 16.雷地予 17.沢雷随 18.山風蠱 19.地沢臨 20.風地観 21.火雷噬嗑 22.山火賁 23.山地剥 24.地雷復 25.天雷无妄 26.山天大畜 27.山雷頤 28.沢風大過 29.坎為水 30.離為火

31.沢山咸 32.雷風恒 33.天山遯 34.雷天大壮 35.火地晋 36.地火明夷 37.風火家人 38.火沢睽 39.水山蹇 40.雷水解 41.山沢損 42.風雷益 43.沢天夬 44.天風姤 45.沢地萃 46.地風升 47.沢水困 48.水風井 49.沢火革 50.火風鼎 51.震為雷 52.艮為山 53.風山漸 54.雷沢帰妹 55.雷火豊 56.火山旅 57.巽為風 58.兌為沢 59.風水渙 60.水沢節 61.風沢中孚 62.雷山小過 63.水火既済 64.火水未済

ここに書いているのは、江戸後期の名著、眞勢中州の『周易釈故』より抜粋し、現代語で意訳したものです。
漢字は原則として新字体で表記しています。
易の初歩的なことについてはなるほど!易学入門のページをご覧ください。
また、六十四卦それぞれの初心者向け解説は無料易占いのページをご覧ください。
占いながら各卦の意味がわかるようになっています。

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最終更新日:平成30年02月02日 学易有丘会
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