劇団うえのの本とは?

①東京都立川市に十数年続くコメディ劇団「神馬」の付属として、同劇団員「関谷誠」が2010年に設立
②神馬の作家である「上野憲明」の脚本の物語性に焦点を当てた演出で上演する
③目標は「名作を作る」
こんな劇団です。
もちろん神馬でも上野憲明の脚本で上演をしています。
それを、あえて別の団体で上演する。 こんなことはあまり例の無い話かもしれませんが、それだけ、脚本に魅力があり、なにより深みがあると感じたのだからやむをえません。
神馬では「オルタナティブコメディ」と称し、喜劇的要素に光を当てての上演ですが、「うえのの本」では、喜劇的要素はもちろんですが、なにより脚本の物語性に注目しています。
そこで、今度はその物語性に焦点をあてて上演しようと、そんな衝動に駆られたのです。
この原動力となった、上野氏の脚本の魅力、また上野氏自身の魅力とはいったい何なのか? その一端を匂わせるようなエピソードがありますのでご紹介しましょう。
劇団神馬劇団員「粂川雪菜」さんの寄稿です。


題:「ある夕方のうえのさん」 文:粂川雪菜


新宿にて。上野さんと観劇前にはらぺこで大戸屋へ。

到着すると待っていたのは大行列。雑居ビルの地下にある入口から、階段、地上まで人が連なっている。 外から地下への階段をのぞきこむ。薄暗く、狭い。人々がじっと階段に座って順番を待っている。 「定食屋さんが人気アトラクション状態って」私が少々ためらっていると


「俺、別にいいぜ。並んでも」


気前のいい兄ちゃんのように上野さんが言う。
まぁいいか。その勢いに乗り行列の最後尾に並ぶ。


★ ★ ★

しかし5分、10分・・・時が経つにつれ言葉少なになっていく。行列はなかなか進まない。 狭い階段の途中、186cmの長身でただうつむき下をみつめる上野さん。 そのうち立って待つ事にも疲れ、我々も他の人たち同様座り込む。横を見る。上野さんはうなだれ模様。 眼鏡の奥のつぶらな瞳も、空腹のためかいつもの輝きを失っている。 「かなり消耗している。並んでも別にいいっていうのは強がりだったか・・・」抜け殻のようになっている隣のノッポをみつめながら思う。 「この重い空気は、お店に入れるまで、終わらない」おそらく、そこの場にいる者全員が、そんな暗い気持ちに支配されていた。


しかし・・・ちがったのだ。 やおら抱えていたリュックサックから布に包まれた四角いものを取り出した上野さん。 流れるような動作で、布をほどく。ふたを開ける。そして箸箱から箸を出し、箱の中身を黙々と口に運ぶ。ごはんを頬張る。 そう。おべんとう。(ごめいとう。)上野さんは、密かに隠し持っていたお弁当を食べ始めた。定食屋さんの順番待ちをしながら。
一瞬の静寂の後、「ぶっ!ぶ、ぶふう!!」まさに堪え切れない笑いというものが、階段に響き渡った。 私の笑い声だけではない。 一緒に並んでいた人、行列の様子を見に来た人。多くの人が、その行為を目にし、そして笑った。 それを全く意に介さず、わんぱく小学生のように元気いっぱいに、弁当に集中する上野さん。


都会(まち)の片隅。上野さんは彼だけの方法で、どうしようもない閉塞感を打ち破った。


てか、あなたナニモノ。


うえののプロフィール

1973年7月、東京都大田区に生まれる。
都立立川高校出身。 1993年に劇団神馬を結成し立川市を拠点に活動、 翌年に「天国への13階段」を上演。 脚本、演出、役者として2009年までに22回の公演を行う。

関谷誠のプロフィール

宮城県出身。1977年生。


劇団さっぽろ付属演技研究所で演劇を学んだのをきっかけに俳優を志す。


2000年上京。


以後、パントマイムと俳優の二つの道を邁進。


パントマイムでは、ハッピィ吉沢氏のマイム教室の生徒有志として「NPO法人パントマイムクリエイション・マリオ」の前身である「パントマイムサークル・マリオ」を立ち上げ、舞台公演とともに東京都内地域のお祭りやイベント・学園祭・企業パーティーなどに出演しイベントの盛り上げ役としてのパントマイムを磨く。


一方、「N・M・P」代表の望月章氏の創作する公演にも参加し、甘美で情熱的なキャラクターを作るパントマイムを磨く。


また、2008年秋からDesign・Festa(東京ビックサイト)に参加し、池田悟氏(ClownCrown)と共に、映画のワンシーンをパントマイムと活弁でコミカルに表現する「活弁シネマイム」を発表。2009年秋のDesign・FestaVol.30では、二日間でのべ2000人ほどの観覧を得る。


俳優では、立川市の劇団「神馬」に所属し、年1、2回の公演に俳優・制作として参加。


また、客演も積極的に行い、東京ギヤマン堂、劇団花鳥風月などの作品に参加する。


2005年から2009年まで、女優・演出家・演技トレーナーの竹内晶子氏(PureStage主宰)に師事し、『ニュートラルな身体からの演技』を学び、同氏主宰の公演に参加。


2009年は前述の様々な団体の公演に参加し、年間15回の舞台を踏む。


2010年、劇団神馬付属として「劇団うえのの本」を設立し、『キャラクター一人一人の物語の集合による一つの作品』を作ることを目指し鋭意活動中。